第48話 開戦

 

 アルヘイムに来て三週間が過ぎた。

 主要な観光地は、ほぼ巡ったと思う。


 王都と各街の間は道路が整備されており、どの街とも二日で行き来することができるので、移動は楽だった。最後の週は世界樹のあるここ、王都でのんびりする予定だった。


 リファとの結婚の件だが、ティナの時のように大臣と王族だけに知らされることになった。


 この国では正式にリファ、ティナとの結婚が認められたが、俺の両親にはまだ報告していなかったからだ。ティナ達は俺の両親に挨拶して、俺の妻となることをちゃんと認めてもらいたいらしい。


 俺専属メイドだったティナと、魔法学園の同級生で、エルフの国の王女であるリファ。このふたりと結婚すると言ったら、両親はすごく驚くだろう。


 俺の両親に結婚を認めてもらえたら、改めてアルヘイムの国民にティナの帰還と、俺との結婚を知らせる予定となった。


 そういうことで、割とのんびりした日々を送っていたのだが──


 朝、エルフ王に呼び出された。


 グレンデールに帰る日が近づいて居るので、リファやティナに何か言っておくことでもあるのだろうか?



 ──***──


「悪いが、今すぐこの国から出ていってくれ」


 エルフ王と謁見して開口一番、そう言われた。これまで、エルフ王からは客として丁寧なもてなしを受けていたため、突然の言葉に俺たちは固まった。


 俺たちがなにかしてしまったのだろうか?


「お父様、どういうことですか?」


 リファがエルフ王に尋ねる。


「……この王都にアプリストスの軍が向かってきている。これから、ここは戦場になる」


 エルフ王から帰ってきた言葉は驚くべきものだった。昨晩、アプリストスの軍がアルヘイムの国境を越えたのだという。


 突然の奇襲で、国境警備隊は壊滅。その後、国境付近の村を幾つも蹂躙しながら、軍はこの王都を目指しているらしい。


「……もしかして、俺がリファと結婚したのが原因ですか?」


「それもある。しかし、一番の原因は私の力不足だ」


 アプリストスは以前からアルヘイムの世界樹を狙っていたが、アルヘイム王都の防衛を崩せる手立てがなく、その侵攻は停滞していた。


 アルヘイムへの侵攻は停滞していたものの、近隣の小国を幾つも統合し、着実にアプリストスは力を蓄えていた。


 そんな時、アルヘイム側からアプリストスにリファを嫁がせて、両国の同盟を結びたいという提案がなされたのだ。


 実はこの提案、とある貴族と大臣が勝手に行ったもので、リファもエルフ王もまったく知らなかった。



 その提案を受け入れる──アプリストスから来た使者がそう告げた時、エルフ王は初めて大臣たちの暴走を知った。


 だが、その直後、シルフにリファを俺のもとに嫁がせるように命令されてしまう。アルヘイムはシルフの命令と、アプリストスとした約束に板挟みにされてしまう形となった。


「大臣たちの暴走を停められなかった私に責任がある。リファ、お前は既にハルトと結婚した身で、この国とは関係ない。早くこの国から逃れるがいい」


 エルフ王が選んだのはシルフに従う道だった。アプリストスと交わした約束は間違いだったと使者に伝えたが、アプリストスの王族がこれにキレた。


 エルフの姫と結婚できると思い舞い上がっていた王子が憤怒し、私有軍を率いてこの国に攻め入ってきたのだ。


 その結果は先ほど聞いた通り、奇襲による国境警備隊の壊滅。この時点でアルヘイムとアプリストスとの戦争が始まった。


 後に引けない状態になったからか、アプリストスの国軍もこちらに向かってきているという情報がもたらされた。


 王子の私有軍が三千人。

 そしてアプリストス国軍が十万人。


 対してアルフレイムの戦力は国軍が一万人。私有軍の三千人はアルフレイムの国軍で十分防衛できる。


 しかし、アプリストスの国軍が到着してしまえば包囲されて一方的な戦いになるだろう。


 人族は他種族に比べ、人口が多いのが特徴だ。本気で軍を起こすと、その戦力は圧倒的だった。だからこそ、エルフ王はリファを今のうちに逃がしたいと言うのだ。


「で、でも私はまだこの国の王女です」


 リファが俺を見る。

 この国に残ると言いたそうだ。


「俺はリファの旦那だから、リファが残るなら俺も残るよ」


「ハルトさん……」


「旦那様が残るというのなら、私も残ります。それに生徒であるリファさんを守らないといけないですし」


「ティナ様、ありがとうございます」


「じゃ、俺もこの国の戦力として戦うよ。人族だけど、俺はこの国が好きだから」


 ルークも残り、この国の戦力として戦うと言う。先週できたエルフの彼女を守りたい、というのが本心だろう。


 同じ人族の国といっても、グレンデールとアプリストスは同盟関係にない。だから俺やルークがエルフと共にアプリストス軍と戦っても問題は無い。


「主様が残るなら我も残るぞ」

「「私たちもです!」」


 ヨウコ、マイ、メイも残ってくれるそうだ。


「俺も戦力になれると思う」


「私は回復役ですね。国境警備隊で亡くなられた方がいれば私が生き返らせます。今ならまだ間に合うはずです」


「そのサポートは私がします。魔力の増強も任せてください」


「じゃ、ウチはリュカやルナの護衛する!」


 結局、全員が戦う気のようだ。


「皆さん、ありがとうございます!!」



「お前たち、いい加減にしろ。これは戦争なんだぞ!? 相手は本気でお前たちを殺しに来る。魔物相手は経験があるかもしれないが、学生身分のお前たちが戦争で人と戦えるはずがない!」


 エルフ王が脅してきた。

 恐らく、俺たちに戦ってほしくないのだ。


 エルフ王はいい人だ。俺やティナの実力を知っていながら、戦力にすることを考えない。エルフ王が国民に好かれているのは、この滞在中によくわかった。


 また、王都に敵が近づけは前線に出て、自ら剣を振るうだろう。そういう人だ。だからこそ、俺はエルフ王の力になりたいと思う。


「確かに、俺は人を殺せないかも知れません。戦争とはいえ、仲間が誰かを殺すのも嫌です」


「だったら直ぐに逃げなさい!」


「だけど、俺たちには力がある。たとえ俺たちを殺しにかかって来る奴らが相手でも、俺たちは相手を殺さず無力化できます」


「な、何を言ってるんだ君は」


 全力で殺しに来る相手を殺さず無力化する。

 それも十万もの敵を。


 まるで夢物語。

 だが、俺にはそれができる自信があった。


 俺ひとりでは全てをカバーできず、少なくない犠牲が出るかもしれない。俺は仲間を見る。


 ルーク、ルナ、リファ、メルディ、ヨウコ、マイ、メイ、リューシン、リュカ、そしてティナ。


 この十人がいれば、俺の作戦は成功する。

 その確信があった。


「大臣たちを集めてもらえますか? アプリストスの侵攻を止める作戦を伝えます」

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