第7話 奴隷商と娼館
カウンター横のゲートをあげ、奥の部屋へと三人を案内する男は、まっすぐと前だけを見ていう。
「まさか、光国で暗黒騎士と出会うなんて驚きました。もう一人は
長く暗い廊下を抜けた先には外見では想像できないほどに開けた空間が広がっていた。
「これはどういうことだ?」
「なにがですか?」
「この空間のことだ。どこにこれほどの空間があったというのだ」
「ああそのことですか。こちらは魔法によって形成された空間になります。この商売上、あまり大きな場所を使用できないため、こうした空間拡大魔法によって場所を確保する必要があるのです」
「そんな魔法が。随分と便利な魔法があるのだな」
「はい。この商売には欠かせないですよ。なにせ、これだけの商品を扱うのですから場所は余る程ほしいですので」
そういって部屋に置かれた商品たちをみる。
拡大された空間には数多くの檻がおかれ、その中には汚れ一つない服を身にまとう奴隷たちが並んでいた。それは人間以外に亜人や、中には
生きる気力など、とうの昔に捨ててきたようなそんな表情をするものばかりだった。
なにせ、奴隷となったものは奴隷の証に体のどこかに奴隷印を刻まれるのだ。それは一度つけられれば二度と消えない生涯の汚点。運よく解放されてもまともに外を歩けなくなるのが奴隷の定め。そのため一度奴隷印を刻まれたものは二度とまともな生活ができないと、生きることをあきらめるのが大半なのだ。
幾ら奴隷商で惨めな扱いをされなくても、綺麗な体を保たれても、犯された心は癒されない。
そんな彼らの死んだ目を見たディアータはバイザーのなかで紅く目を光らせていた。
「奴隷というのはこれほどまでに身綺麗にされているのが普通なのですか?」
コーネリアが訊く。
「いえ。劣悪商ならもっと環境は最悪ですよ。奴隷たちだって病気にかかっていたり、死かけだったりとかで商品としての価値がないものまで店に置くこともあります。ですが、ボレット商会は違います。しっかりと商品たちのケアは怠らず、最善の環境で保管し、出荷日まで万全を期しております。そのため少しばかりほかの店よりは値段が張りますが。相応の商品を提供できると自負があります」
もし仮に村人がこの街で奴隷にされていたらと心配していたが、この環境下ならまだよかったと、少しの安堵をつくコーネリアとは反面。隣で檻の中の奴隷たちを見るディアータは虫の居所が悪い様子だった。
「それで、お客様は本日どういった商品をお求めですか?」
「ここ最近で、このまちにテテロ村から売りに出された奴隷はいますか?」
コーネリアの問いかけに少しだけ間を開けてから男は答えた。
「……なるほど。そういった方たちでしたか。少し待ってください。いま帳簿を確認いたします」
そういって男は部屋の奥へといき、紐で綴られた紙束を捲りながら戻ってきた。
「えっと。テテロ村入荷の商品……。あっ、ありました。結構前から定期的に入荷されてますね。えっと、数は8つ。すべて女性ですね。ただ、既に出荷されたものが2つほどあります」
「本当ですか? すみません。その人たちを見せてもらっても構いませんか?」
少し怯えながらも、コーネリアの後ろに隠れていたメルの顔に光が差した。
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
男の案内で部屋の奥へと通される。
部屋の入り口から奥へと行くにつれて、檻に掲げられる商品の金額が下がっていく。
入り口付近には非常に状態の良いものを、そして売れやすい、人目を惹く商品たちを置いて、店の価値を確かめさせているようだった。
そして、奥にいくにつれて、金額も下がっていく。とはいえ、良質な商品を提供すると謳っているだけあって品質に関してはすべて等しいように見える。
ただ、それでも売れるような美形な商品や、有能な種族ではない者たちは奥へと置かれるらしい。入り口で値踏みして手の届きそうにない相手には少し値の低いものを案内するというのがこの店の方針だ。
「こちらがテテロ村から入荷した商品たちです」
客を案内された瞬間、檻の中の女性たちは恐怖に身を震わせ顔を強張らせていた。
そんなことも気にも留めずに、メルは檻へと駆け寄ると、中を確かめる。
そして、「お姉ちゃん!」と嬉しそうに叫んだ。
そんな彼女の言葉で我に返ったのか、檻の中で、怯えていた女性の一人がはたと檻に手をかけ叫ぶ少女を見据えた。
「メル!? メルなの!? どうしてこんなところに! ああ、でも、会えてうれしいわ!」
瞳に大粒の涙を浮かべ檻の内側から檻の外の少女を抱きしめる。
そんな姉妹の再会に感動覚えるはずもない奴隷商の男は、淡泊に言う。
「それで、お目当てはこちらの商品でよろしいですか?」
「はい。こちらの女性たちをすべて買わせていただきたいです」
その言葉に、檻の中の女性たちは吃驚に各々顔を見合わせていた。
「かしこまりました。なんと気前のいいお客さんでしょう。こちらとしても大変喜ばしいことです。――では商品の譲渡と、金額の確認を行いますのでこちらへ」
男は檻がおかれている広間を進み、さらに奥の部屋へと三人を案内した。
そこは商談室だろう。少し瀟洒な装飾がなされた部屋で、中央にはテーブルが置かれ、高級そうな椅子がテーブルを挟む形で2脚ずつ置かれていた。
そして男は、一枚の紙に帳簿に掛かれている内容を写した後、テーブルに置かれていた小さなハンドベルを鳴らすと部屋に黒服の女性が入ってきた。
「こちらの商品の準備を頼む」
「かしこまりました」
それだけ言うと女性はそのまま姿を消した。
「さて、商談を行いましょう。今回の商品は1つあたりの価値は同価値です。1つ当たり金貨50枚となり、すべて合わせて金貨300枚となります。支払いは現金のみになりますので、現状で持ち合わせていないようであれば、明日の夕刻までなら仮契約を行うことができますがいかがいたしますか?」
「問題はありません。この場で金貨300枚をお支払いいたします」
と、いい終わったところで、コーネリアは一つ忘れていたことを思い出した。
「すみません。これで再検討してもらえますか?」
取り出したのは在留カードだった。
Sランク冒険者専用の在留カード。奴隷商の男も狼狽するのだろうと踏んでいたが、慮外にも反応は薄かった。
「ほう、Sランク冒険者でしたか。これは失礼いたしました。では、再検討させていただき、1つあたり金貨32枚とさせていただき、合わせて金貨192枚となりますが、まとめてご購入いただきましたので、190枚に負けさせていただきます。こちらでいかがでしょうか?」
支払金が一気に半額になった。
Sランク専用の在留カードのおかげでここまで割り引かれるとは正直思っていなかったので嬉しい誤算だった。
「それでお願いいたします」
「かしこまりました。では商品の譲渡につきまして、なにか付与するものはございますか?」
「付与?」
聞きなれない言葉にディアータがこぼす。
「奴隷には逃げなくさせるための呪縛や首輪などが一般的に付与されるものです。ご自身で行う場合や持ち合わせの者を使う場合はこちらで準備することはありません。見たところ……失礼。お客様は奴隷を購入されるのは初めてでいらっしゃると思いますが、そういった準備はされていますか?」
「いや、別にしていない」
「でしたら、是非ボレット商会の商品をご購入ください。性能もさることながら、非常に安価でそろえることができます。購入された奴隷と合わせることで、付与商品がさらに安く買うことができます。後日、個別で購入される場合は通常価格になってしまいますので、是非この機会にご購入されることをお勧めいたします」
奴隷商の男の営業トークに全く動じることなく、ディアータはいい放つ。
「結構だ。私たちにそういったものは不要だ。早く譲渡の手続きを頼む」
バイザーから漏れる鋭い眼光に、流石の男も額に汗を流した。
「かしこまりました。では、こちらの書類にサインを頂き、こちらに支払金をお乗せください」
男が出したのは奴隷商共通の契約書類であり、それにサインすれば無事奴隷を譲渡される。そして男が同時に出したもう一つの四角い木の板は硬貨を乗せることでそこにいくら乗っているかを瞬時に判断する、いわば計算版だった。
そして、コーネリアは書類にサインをしてアイテムポーチから指定の金額だけを取り出して計算版に乗せえた。
「確かにサインと金貨190枚をお預かりいたしました。ただいま商品の準備をしておりますのでいましばらくここでお待ちください」
男が書類と金貨をもって席を立ったとき、ディアータが男に訊いた。
「既に出荷されたという2人の所在を聞くことはできるか?」
男は立ち止まり振り返る。
「そうですね。教えることはできますが、何せこちらも商売ですのでそう簡単には情報を漏洩しないのが――」
「金貨30枚」
男はにたりと笑った。
「かしこまりました。ではさきにこちらの処理を済ませてから続きをお話いたします」
そういって男は一度部屋から姿を消した。
男が完全にいなくなったところで、ディアータは大きなため息を吐く。
「全く……。実に不愉快な場所だな。一刻も早く出たいところだ。だが、残り二人の所在を確認しなければいけない」
「そうですね。確かに通常の奴隷商とは違いここは非常に清潔感のある場所のようですが、本質はどこも同じです。居心地のいい場所ではありませんね。願わくばここにとらわれている人たちをすべて解放してあげたいですが、流石にそれは非現実的な話ですので諦めますが」
「まあ、全員ってわけには流石に……。だけど、これだけの者たちを助けて、すべてマリ様の元へと送ることができれば、きっとマリ様のためになるのだがな」
扉が開き、男が戻ってきた。その手には最初に持っていた帳簿が握られていた。
「お待たせしました。それでは先ほどの話の続きと行きますか。こちらから既に出荷されたテテロ村の商品ですが、1つは領主ビュレイド子爵の元に買い取られ、もう1つはデモンという女性に買い取られていますね」
領主のビュレイドはともかく、もう一人のデモンという女のほうは全く持って素性がわからない。
「そのデモンという女性の話を詳しく聞くことはできますか?」
しかし、男は首を横に振った。
「残念ですが、流石に顧客の詳細な情報は持ち合わせていませんので、名前と職業くらいしかお伝えすることしかできません」
致し方ない。そう感受してディアータは答える。
「それで構わない」
男は書類を見て登録された顧客情報を確認する。
「女性の名前はデモン・リトリア・フィメル。職業は商人ですね。どういった商いをしているかはわかりませんが、こういった店を訪れる人の仕事は大抵偏っていますので推測はできます。もう既に過去のことなので、容姿がどういった方だったかは覚えていませんが、フィメルという家名の貴族はこの街に存在しません。貴族以外の商人。となれば必然的に見えてくるのは娼婦です」
「娼婦というのは」
「もちろんご想像されたままの意味です。この業界ではよくある話です。奴隷の中には磨けば十分売り物として価値の出るような少女が現れます。そういった少女たちを探しに娼館を経営する方や娼婦たちが見に来ては買っていくのです。娼婦というのは自身の体を売るため、商人としての称号が付きます。ですので、女性の商人である場合は大抵は娼婦がらみの人が多いのです。――満足のいく話ができたでしょうか?」
「もう一つ。この街ではその娼館は幾つもあるのか?」
「そうですね……。私はそちらには詳しくないですが、確か大きな娼館は一つだったかと。小さい娼館までは流石に把握なんてできませんが、お得意様の情報なら少しは把握するのがこの商売の秘訣です。その娼館の館長はよくこちらを贔屓に取引を持ち掛けてくれます。小さい娼館の娼婦が買えるほど、私どもの扱う商品は安くはありませんので、消去法で考えれば、自ずと件の娼館に絞られるのではないかと。店の名は【豊穣の女神】といいます」
「豊穣の女神か……わかった。随分と多くの情報を提供してもらったが、支払いの上乗せをしたほうがいいか?」
もとより訊こうとしていたものより、大分多く聞いてしまったため、男が金額をあげてくるのではと踏んでいたのだが、存外あっさりと首を振った。
「いえ、最初に提示していただいた金額で問題ありません」
「そうか。ならこれが約束の金貨30枚だ」
ディアータはアイテムポーチから金貨を取り出して机上に出す。
「たしかに。ではこちらにサインをお願いいたします。何事も信用のためです」
ただの情報提供をしただけで、金銭のやり取りをしたということの証明書を用いてわざわざそれにサインをさせるのは、何かしらの悶着がないようにするための布石である。
情報を受けとり、金銭のやり取りを済ませたところで、村人たちの準備ができたようだった。扉が開き中に女性たちが入ってきて、並んで立たされた。
「ではこちらがお買取りいただいた商品になります。ご確認ください」
女性たちには皆重そうな手枷が繋がれており、見るに堪えない光景だと、ディアータは彼女らに近づき、ぼそりと言い放つ。
「【
その瞬間、彼女らの手枷が一瞬にして砕け散った。
その光景にさすがの奴隷商も驚きを隠せない様子で椅子から立ち上がると、彼女たちに駆け寄る。
「いったい何を……!?」
「彼女らにはこれは不要だからな。外させてもらった」
「い、いえ、そういうことではなく。この手枷はこのボレット商会の特注品であり、いかなる手段でも他者の力で外せるようなものではありません。専用のカギでないと外せない代物なんです。それを一瞬ですべて破壊した。それはあり得ないことです。いったい何をしたんですか?」
男はディアータに迫る。
「それは言えない」
「これは奴隷商として、大変危ぶまれる案件です。このように容易に手枷が外されてしまうのであれば、商品の安全性が脅かされてしまいます」
「なら心配はいらないだろう。これは私にしかできない芸当だ。危険だと思うのなら、私をこの場で始末するのだな」
ディアータの言葉に男はごくりと唾を飲み込んだ。
「お客様を手にかけるなど……できるはずもありません。……わかりました。今回のことは見なかったことにいたしましょう。せっかくのお客様を無碍に扱うなどできませんので。――この度はボレット商会をご利用いただきありがとうございました。よい旅路を祈っております」
男は深々とお辞儀をして二人を見送る。
そして、二人は奴隷商から買ったテテロ村の女性たちを迎え入れ店を出た。
メルはあれからずっと姉のそばにくっついたまま離れようとしなかった。
後ろでと徐々に小さくなっていく奴隷商をしり目に、一同は表通りに出るとまるで奴隷商にいた時が随分と長かったような感覚に陥ってしまうほどに、外に出たとたん、時間というものを如実に体感した。
「さて、これからのことですが、まずはあなた方には少しこの街の宿で待っていてもらいたいのですが大丈夫ですか?」
「……はい」
メルの姉が周りの女性を見ながらそっと返事をした。
「私たちの紹介はまたそのあとしたいと思いますので、ひとまず宿にいきましょう」
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