第15話 治療室の美女はドS

 エネマの元を離れ次に向かったのは樹妖精ドライアドのメアリーがいる治療室だった。

 重労働によって体を酷使し続けている岩窟人ドワーフに彼女の治癒魔法をかけてもらい、疲れた体を少しでも癒してもらいたい。

 まあ、この世界には労働基準法なんてものはないし、別に心配する必要もないのだけれど、疲労で倒れられてもこれからの関係に問題が生じるし、いいことなんて一つもない。それに、彼らを癒すことで少しでも効率があれば私としても万々歳。

 って、こんな考え方している私って、もうブラック企業の社長じゃん。

 やだやだ。私も昼休憩を削ってまで仕事をさせられた身なのに、人に似たようなことをしてしまうなんて。

 心も魔王になりつつあるせいなのか、それともこれが上に立つ者の思考の終着点なのか。

 でも、彼らの体を労わっているこの心は本物だと信じたい。

 そんな心胆の真意を猜疑しながら、私は治療室の前についた。

 治療室というにはあまりにも豪華な扉に手をかけたところで、眼前で扉は開いた。


「お待ちしておりました。マリ様」


 慮外な言葉に私は少し戸惑う。


「私が来ることを知っていたの?」


「はい」


「どうやって?」


「私は樹妖精ドライアドです。気配や物音、空気の匂いに私たちは敏感なのです。お慕いしているマリ様の気配ともなれば、マリ様の配下のなかで私が一番察知できる自負があります」


 そんな特性を持っていたのか。

 まさに治療役に適した人材だったというわけだ。彼女にかかればケガ人の場所を瞬時に把握できる。そうなればいち早く治療をすることだってできる。


「それで、マリ様はどのようなご用件でいらしたのですか? なにも私に会いに来ただけというわけではないと思います。そうであったなら、非常にうれしい限りですが……」


 彼女に案内されるがままに中へ入り、治療室にある一番寛げるだろう椅子をすすめられ、私は座った。


「お願いを一つね」


「お願いですか?」


 そう言って彼女は私の前で膝を折る。


「ここへ戻ってきてずっと働き続けている岩窟人の彼らにメアリーの治癒魔法をかけてほしいの。できれば継続的にね。建物や道の建設にはまだまだ時間がかかると思うし、きっと彼らは働き続けになるだろうから、少しでもそんな彼らの助けをしてほしいのよ」


「そういうことでしたか。マリ様の命とあれば断ることなどできません。かしこまりました」


「ありがとうメアリー!」


「ただ、本音を言わせていただけるのであれば――」


 不穏当な面持ちになった。


「あんな者どもの治療などやりたくはありません」


「どうして?」


 彼女は膝をついたまま不服を漏らしていく。


「そもそもここへ来たのは外界に出没した龍退治のお礼として、城外の建設を行うというものです。ですので、不眠不休で仕事をするのは当然のことです。恩人のために仕事で礼を尽くす。それができる身の上だということを、彼らは自覚していないのですよ? それに、マリ様と同行してダンジョンへ資材調達までいったではないですか? マリ様のお傍に長い時間一緒にいたこと自体、私は非常に許せないのです。しかも、醜い雄如きが――」


 驚くほどにメアリーは岩窟人を嫌悪しているようだった。

 半ば嫉妬の情が占めていた気もするけれど。


「ま、まあ、そういわずに。彼らにも頑張ってもらわないと、私の夢にはまだまだ時間がかかってしまうわ」


「……マリ様の願いとあれば嫌なものでも好んでやれるように私も精進しないといけませんね」


 なんだかブラック企業に勤めるもののセリフに聞こえてしまうのは私だけだろうか。

 上が白といえば黒いカラスも白になる。そんな理不尽なことを配下に言わせている時点で、私はなかなかにブラック社長に一歩踏み込んでしまっているのだろう。


 いやだーーー!!


「それで、その治療についてですが、どのようにやっていくおつもりですか?」


「そうね。定期的に治療が行えれば問題ないのだろうけれど、それだけじゃまだ問題は解決しないわね」


「それなら、こういうのはどうでしょうか?」


 エルロデアが口を開く。


「岩窟人には時間を決めて作業をしてもらい、終了後にはこちらの治療室に来てもらい治癒してもらうというのは?」


「なるほど、それはいい考えね。――ん?」


 てか、今の状況って岩窟人の彼らは終わりのない労働を強いられているわけ? それとも彼らには仕事をする時間帯がある程度決まっていて、それに従って今現在仕事をしているというの?


「可能性はあるかもしれません。知恵ある岩窟人は常に時間を気にしながら仕事をするようですから、時間の管理はしているはずです。彼らは決められた時間内により成果のある仕事をこなすことで有名な種族です」


「そうなんだ。この世界の時間の管理ってどうやって行っているの? 時間を図るような道具があるのかしら?」


「時計具というものが存在します。岩窟人は常にその時計具を身に着けています。非常に小型で持ち運びしやすいことから、時間を確認するために多くのものに使われています」


「やっぱりエルロデアは博識で助かるわ。じゃあ、それについても後で岩窟人の方たちと話をして確認するとして、ひとまず、彼らのもとに赴いて、少しの休憩でも取ってもらうことにしましょう」


 すこしでも温情なところを彼らに見せていい印象を与えなければいけない。さなもなくば、彼らとの契約が解除され、国へ戻った時、このダンジョンの悪い噂を流されて、街を作ったとしても蛻の殻のゴーストタウンと化してしまう。それでは全くの無意味。だから、私に関わる者に対してはなるだけ好印象を抱いてもらうように精一杯のことをしていかなければいけない。


「今から行かれるのですか?」


「そうよ。メアリーも来てくれる? 早速やってもらいたいのよ」


「かしこまりました。マリ様の命とあれば」


 そして私は席を立ち、岩窟人のもとへと、城外へと向かった。

 城外の、いま彼らが作業しているのは町の入り口になるところ。正門近辺の建設に携わっている。距離としてはまあまあな距離がある。それを素直に歩いて向かうのは少しばかり面倒なので、正門まで転移することにした。



 転移した先にはもちろん岩窟人たちが黙々と激しく作業をしていた。

 声をかけようにも取り付く島もないほどに忙しそうな彼らに私は思い切って声をかけた。


「すみませーん!」


 私の声は意外と届いたようで、組み立てた屋根の上に上って作業をしている者も皆私のほうを向いた。


「マリ様、どうかされましたか?」


 そういって近くまで来たのはドンラだった。


「皆様だいぶ働き続けだと思いますのですこし休憩をとってはどうでしょう?」


「ありがたいお言葉ではあるのですが――」


「マリ様の言葉が聞けないというのですか?」


 隣で威圧的な眼光を飛ばすメアリーに私は抑えるように指示をしてから、話をつづけた。


「まあ、限られた時間内で作業を進めなければいけないことはよくわかってはいますが、ドンラさんたちに体を壊してもらっては私もドルンド王国から貴重な人材を貸していただいた以上、無碍にはできません。すこしでも良い環境下で作業をしてもらえるように私も協力させてもらいたいのです」


「まあ、そういうことなら是非お願いしたいですが、いったい何をなさるおつもりで?」


 岩窟人の方たちが全員私の元まで来るのを待つと、私は話をつづけた。


「なにをといいますが、非常に単純な話なのですけど。働いた後に私の治療員である彼女メアリーの治癒を受けていただくというものです」


「へ、へえ……。その美人さんが俺たちを治療してくれるんですか?」


 ギエルバがすこしばかり気おされ気味に聞く。


「こう見えてメアリーは私の自慢の治療員。彼女の力に掛かれば疲労なんてどこ吹く風のごとく消えるに違いありません。ま、ものは試しに皆さんにかけさせてください」


 岩窟人たちの了承を得て私はメアリーに魔法をかけてもらった。

 すこし、いや、すごく嫌そうな顔をしながら、メアリーは魔法を放った。


治癒ヒーリングっ」


 非常にぶっきらぼうに言い放った魔法だったけれど、魔法は感情に左右されることはないようで、確りと岩窟人たちを回復させたみたいだ。


「お、おお!? すごいぜ、これ。さっきまでの疲れが嘘のように消えたぞ?」


「むしろ前より体が軽くなった気がするな」


「そういえば、治癒魔法なんて、俺たち随分とかけられていなかった気がするな」


「確かに。僕たちはずっと工房に籠りっきりで、休む時なんて酒か寝るくらいしかしてなかったからね」


「ま、そもそも治癒魔法なんて冒険者でもなければそうそうされることはないだろうしな。でも、これはそんな冒険者が使う治癒魔法より断然効果が高い気がする」


 彼らには非常に絶賛の声をいただいたけれど、魔法をかけた本人は笑ってしまうほどに清々しい顔をしていた。


「これで私の役目は終わりですかマリ様? でしたら……」


 治癒魔法のおかげで嬉々として話す岩窟人たちに睥睨の眼差しを一瞬みせるも、直ぐに表情を変えて何かを欲しているような眼を私に向けてきた。

 そして、そっと私の耳元まで顔を近づける。


「ご褒美をいただけますか?」


 鼓膜を溶かすような甘い声に魅了されながら、私は彼女の求めるものを理解した。


「わ、分かったわ。また後で。ここではダメよ」


 そっと身を引き、相好を崩すメアリーは非常にかわいかった。


「かしこまりました。ではマリ様の用が済み次第、私の部屋で――」


 彼女の求めるものをあげるにはまだ私の心は落ち着いてないので、なるだけ時間を稼ぎたいというのが本音だ。


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