第9話 悪魔生成

 第101階層――魔王城


 まるで外の世界と大差ない大草原のそこにぽつねんと佇む城。

 何もないそこが、いずれ賑わいが闊歩する大都市へと変わっていく未来予想を立てながら、私は異空間魔法を発動した。

 何もない平原だからこそこれからの事ができるのだ。

 異空間魔法で私は先ほど収納された【炎龍の遺骸】を出した。

 発動すると、何もない草原に突如としてそれは現れた。

 そのあまりにも強大なそれに私は思わず腰が抜けそうになったけれど、主である私がそんな醜態を見せるわけにはいかない。

 炎龍の遺骸は私の想像をはるかに凌ぐものだった。

 その全長は、およそ50mはあるだろう。

 深紅の鱗を身に纏い、所々破られた大きな両翼。一振りで城の城壁を砕いてしまいそうな立派な尻尾。そのどれもが威風堂々たる存在だった。


「これが……ドラゴン」


 まさに伝説通りの存在だった。頭は恐竜のような、厳つい蜥蜴のようなもの。

 私は炎龍の頭まで歩み寄り、その顔に手を触れる。

 鱗ってこんなにかたいのね。まるで岩盤みたい。生き物から生まれたものとは到底思えない代物だわ。

 こうして近づいてハッキリとわかる。ドラゴンの大きさは埒外なものだった。

 160cmもない私がドラゴンの下顎までしかないのだ。手を伸ばせば巨悪な牙まで届く程度だ。こんな異常な大きさのものを今まで生きてきて目にしたことはない。


「それじゃあ早速、素材もらってもいいですか?」


 この埒外な存在を眼前にしても一切動じていない配下たち。


「いいけど、素材ってどこを使うの?」


「骨と血です!」


 骨となると結構採取するのが大変そうだ。

 外皮であるこの鱗事態が非常に硬いがために、そもそもその下の肉まで刃が入らなそうだ。


「この鱗が相当硬そうだけど大丈夫?」


「問題ないです」


 そう毅然と言い放ったモルトレは何かを唱えた。


「【ゾディア】」


 刹那、モルトレの前に黒煙が立ち込め始めたと思ったら、次第にそれが晴れていき、中から赤頭巾をかぶる白い猫型の人形のような小さな子供が姿を現した。頭巾を外せば猫耳が露になるだろう形を頭巾に残し、下から覗く猫のような顔の、悪魔と云われれば悪魔のような、生物とは存在を異にする異質な雰囲気をはなつそれは、非常に小さな体躯だった。幼い体のモルトレと同じ背丈だ。

 背中には体に見合わない大きな大剣を携えている。


「それがモルトレの使役している悪魔?」


「第三の悪魔【ゾディア】です。主に戦闘特化型の悪魔です。剣で戦う物理攻撃に特化した悪魔です」


 モルトレには今現在、3体の悪魔がいる。


 第一の悪魔:キルラビ

 第二の悪魔:エルドロー

 第三の悪魔:ゾディア


 これはまあ、私が設定したモルトレの情報だ。

 悪魔使いの使役できる悪魔はその者の力量によって左右される。そのため、モルトレに関してはまだまだ余力を残している。だからこそ今回あらたな悪魔の生成に来ているわけだ。

 悪魔の情報も一応私が設定したものだけれど、その容姿までをも設定はしていない。だからこうして実物を見てみたかったのだ。

 でも結構可愛い悪魔でよかった。

 これが悪魔相応の醜悪な怪物だったら嫌だったけれど、こんな可愛らしい悪魔で本当に良かったよ。


「ゾディア。そこのドラゴンの腕を切り落とせ」


 言葉なく、コクリと頷く悪魔はその小さな腕で背中の大剣を手にとり巨腕へとそれを振り下ろした。

 すると、まるで豆腐でも切ったかのように軽々と切れていき、刃負けしそうな鱗すら無視するように一瞬にして切れていく巨腕に私は言葉を失い、可愛い悪魔に驚愕した。

 けれど、切り落としたその腕を小柄な悪魔は更に駒切にすると、その一部をモルトレの下へと献上した。ちょうどモルトレの両の手に収まるサイズへと変貌した巨躯の肉塊を嬉々として受け取ると、それを地面に置いて、アイテムポーチから赤い液体の入った瓶を取り出した。


「これはですね。悪魔使いが使役する悪魔を生成する際に使うものなんです」


「何か生き物の血なの?」


 ケロッとして、


「僕のです」


 瓶はそれほど大きくはないけれど、しかし血の量としてはかなりの量だと思う。あれほど抜かれていると結構体に響きそうな気もする。モルトレの躰はまだ幼い。一層に問題が出そうなものだけれど、彼女はいたって健康そのものだった。そうなると、一度に採取したものではなく、都度都度採取しているのかもしれない。


「僕ら悪魔使いの血は悪魔の生成に必須な特殊な存在なんです。この血を素体に染ませ、呪文を唱えることで悪魔生成を行うんです」


 彼女を創ったものの、その種族についてはほとんど知らない。見た目は非常に人間そのもの。しかし人間ではない。特質して何か見分ける特徴を探すのなら、悪魔使いの眼と爪くらいだろうか。

 悪魔使いの眼は血色に赤く、猫のような縦の眸。そして、鋭い長い爪。それに沿った指先。それくらいだろうか。云ってしまえばそれ以外は人間と遜色ない。


「じゃあ、はじめてもいいですか?」


「おねがい」


 うずうずさせながらそう云ったモルトレは、私の許可をもらうや否や、手にもつ瓶から血を肉塊へと数滴たらし落すと、それが滲んでいくのを確認して詠唱を始めた。これも一種の魔法らしい。


「《大いなる純血の恵みが、混沌の闇へとの契りを齎せ》」


 今までの魔法と全く違うものだった。魔法名を詠唱するのではなく、何かの言葉群を詠唱する変わったものだった。

 彼女が詠唱を終えると、巨躯の肉塊が赤黒い煙を帯び始め、いかにも邪悪感が漂う様相だった。

 ダンジョン内で創った魔物が消滅する時と似たような黒煙が眼前に広がっていた。

 次第にその黒煙が広がり、モルトレや私なんかを優に凌ぐほどまで膨れ上がった。一帯に黒煙が立ち込める中、その先を見据えてモルトレが独白を零した。


「やっぱりドラゴンの素体は違うな」


 生成によって生じた黒煙からようやく悪魔の影が見え始めた。

 その巨躯に私は吃驚を強いられる。

 なにせモルトレの悪魔と云ったらまだゾディアしか見ていないけれど、彼女も悪魔も非常に小さな体だからか、その体格差は明瞭なものだった。

 生成された悪魔は全長3mを有しており、頭には大きな編み笠をかぶり、そこから突き破るように生え出た二本の赤い角。それは鬼人のそれに酷似していた。そして、漆黒の外套に身を纏い、襤褸の布のようなそれから覗く躰には灰色の汚れたこれまた襤褸の包帯がまかれていた。腰には細い刀身をした日本刀が二本刺さっている。そんな一切の肌を見せないその悪魔は、まるで時代劇の用心棒のような見た目だった。

 これは明らかに別格で強そう……。


「マリ様。この悪魔に名前を付けてくれませんか? マリ様に名付けていただきたいんです」


 また名付けか。

 私って名前に意味とか考えないけど大丈夫かな?

 私は今一度、眼前の巨躯の悪魔を見ながら、その禍々しい見た目にそれに見合う名前を必死で絞り出した。


「それじゃあ……ボロス、なんてのはどうかな?」


 そんな感じでしょ? ボロスって感じの見た目じゃない? いかにもボロスって……だめかな?


「ボロスですか。とってもいい名前だと思います。それじゃあ、この悪魔はボロスと名付けます」


 悪魔の生成と云うのは、慮外にもあっさりとしたものだった。

 明確な何かを想像していたわけではないけれど、こんな数分で終わるようなものなんだ。

 それにしても、生成に使った素材は非常に微々たるもので、炎龍の遺骸の一割も満たない。まるまる遺骸が残っている状況だけど、これを全て素材へと分解していくとなると大変な未来が容易に想像できる。


「モルトレノ用ガ済んダなら。次はワタシの番」


 自動人形のオフェスが無表情にそう云った。



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