第2章

第1話 新たなる階層守護者

 すべての食器が片され、テーブルクロスが大々的に現れたところで、私は正面の壁に大きなモニターを作成した。

 そこに映し出されるのは第12階層の場景。

 この食堂で戦いの一部始終を見守って、万が一に備えることにした。

 エネマがワゴンに人数分の紅茶を用意して運んできた。

 魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスが私のダンジョンに来るまでにやっておかなければいけないことがある。

 決戦前に万全な食事をとり、私の体力は十二分に回復した。

 底をつきかけたという私の魔力もエネマの料理のおかげか、大分戻ってきていた。

 回復したい今の魔力を使い、魔王が来るまでに残りの階層守護者を想像しなければいけない。全階層守護者が揃う事で、魔王に与える影響力は絶大となるからだ。

 私の配下はすごく強いって事はもうわかっている。下手をしたら、魔王である私より強いかもしれない。それで下克上とか起こったらいやだな。そのためにも私の鍛錬も行っていこう。

 さて、そんな私の配下が魔王相手にどれだけ戦えるかはわからないけれど、魔王を苦戦させるくらいはできると思う。だとしたら、そんな配下をあと少しで倒せると思わせたところで、そこに同格の者が何人もその場に現れたら、無駄な争いはそこで幕を引くだろう。ある種の歯止め策だ。同じ魔王同士の無益すぎる争いなんか、やらないに越したことはない。

 今現在、階層守護者は3人。第12階層のレファエナに第80階層のハルメナ、第90階層のアルトリアス。

 一応、戦力順に階層守護者は配置しているけれど、ハルメナとアルトリアスの間には然程差はないと思う。彼女らの強さは群を抜いている。とはいっても、比べる指標が今のところほとんどないんだけれど。

 残りの階層は第20階層、第28階層、第36階層、第42階層、第50階層、第64階層、第70階層。計7階層分。つまり、あと7人の創造になるわけだ。


 ……ひどく骨の折れる作業だ。

 まあ、取り敢えず、順々に創造していくとしよう。


 この階層守護者は一人として同種を入れないと云う、私なりの縛りを設けている。だからこそ、創造が非常に難しくなっていた。異世界の種族というものを私はほとんど知らないので、管理ボードに記載されている多種多様な種族一覧と補佐役のエルロデアの補足説明によって種族を選定していく。これがまた時間がかかってしょうがない……。

 魔法に特化させたレファエナは死兆の影ドッペルゲンガー。次は守りに特化させた者を置いてもいいかも。でも、それってどんな種族だろう?


「防御特化となれば、右に出る者がいないとされる種族があります」


「それってどれ?」


 私は管理ボードをエルロデアに見せながら訊く。


「そうですね――」


 エルロデアは管理ボードを触って、数多く羅列された種族の中からその種族を探し出した。


「この種族です」


擬態液スライム? スライムってあのぷよぷよしてるやつ?」


 さすがの私でも、スライムくらいは知っていた。ゲームとかの序盤で出てくる弱い魔物だったはず。でも、その概念はどうやら違っているみたいだった。


「はい。体のすべてが液体でできた種族で、その体は、物理攻撃を一切受け付けないと云う絶対防御を有している種族です。魔法防御にも秀でていて、ある特定の系統魔法でしかダメージを受けないのです」


「なにそれ、最強じゃん!」


 最弱とは対照的な能力だった。

 私の知っているスライムではなく、擬態液スライムという事なのだ。名前からして、様々なものに擬態できる性質を持っているらしく、どんなものにでも変身することができるそうだ。無論、人間の姿を模すことだって可能だ。

 なら、まず一人目は決まりだ。人型に擬態してくれるのなら問題はない。意思疎通も取りやすいだろうし。問題はなさそう。

 さて、次は……自動人形オートマトンなんてどうかな? 一覧を見ていた中で、少し気になった種族。


 自動人形って、つまりは機械だよね? 

 これも種族なんだ……。どんな種族なのかとても気になる。


「自動人形は世界に殆ど現存しない種族で、過去の遺物として今もなお残っている生命体の一つです。その寿命は不明で、永劫に近いともされていますが、急逝する可能性も非常に高いので不安定な寿命の種族ともされています。自動人形は戦闘に非常に優れた種族で、この世界に存在する最も硬い鉱石よりも硬い外殻に覆われ、魔法に似たもので攻撃を行います」


「魔法に似た攻撃って何?」


「残念ながら、私の情報保管データベースには存在しない攻撃手段となっております」


 なかなかに過ごそうじゃない。

 そして私は次なる配下を選定した。


「変わった種族とかもいいよね」


「変わった種族ですか?」


「そうだ、みんなも新しい仲間造りに協力してくれる? 何かおすすめの種族がいれば教えてほしいの」


「稀有な種族と云うなら、悪魔使いハントハーベンや、流氷の天使リオネリアといった種族なんかはいかがでしょうか? どちらも絶対数が少ない希少な種族です」


 ハルメナが聞きなれない名前を口にする。


「確かに悪魔使いハントハーベンはいいかもしれません。無数の悪魔を操る種族で、稀有でありながら、その実力は有能です」


 アルトリアスが肯定する。


「じゃあ採用!」


「うちは氷雪精妃グラキュースがいいと思うんやけど、どうですか、マリ様?」


「それはどんな種族なの?」


「絶対零度の雪山に暮らす種族で、氷冷系の魔法には絶対の耐性を持っていて、その攻撃も氷冷系の魔法を駆使して行う種族です。一部に特化した分、属性の弱点は大きいですね」


 エルロデアが応える。


石目蛇の頭メデューサなんてのはどうでしょうか?」


 ロローナが新しい種族を提案する。

 配下がそうして続々とおすすめの種族を提示してくれたおかげで、種族の設定は然程時間は掛からなかった。

 私が管理ボードとにらめっこをしている最中、配下たちは第12階層とダンジョンの入り口を映した画面に目を見張っていた。

 そして、ダンジョンに魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスの軍が見えたころ、私は欠けていた階層守護者7人の設定を終えた。生命の創造は非常に魔力を使うと云う事は前回の事で理解できている。なので、今回はこれ以上の作業は行わないようにする。

 とりあえず、新しい仲間を呼ぶとしよう。

 私は設定が完了した新しい階層守護者を食堂に召喚した。

 その圧巻する光景に私は確信を得た。


 これなら魔王相手でも優勢となれるはず。


 □第20階層:シエル・ロエカトフ (擬態液スライム)

 □第28階層:メフィニア・イルヴァレウ (流氷の天使リオネリア)

 □第36階層:オフェス・デ・アルタ (自動人形オートマトン)

 □第42階層:モルトレ (悪魔使いハントハーベン)

 □第50階層:オーリエ・ベレーナ (石目蛇の頭メデューサ)

 □第64階層:ゼレスティア・メル・ネザスト (首無し騎士デュラハン)

 □第76階層:サロメリア (氷雪精妃グラキュース)


 召喚された彼女らは私の前に整列すると、深々と頭を垂れた。


「私らを生み出していただき、誠、感謝につきません。これから主様に絶対の忠誠をお誓い致します。この身、御心のままにお使いくださいませ」


 白銀の世界に身を染める美しい氷雪精妃グラキュースのサロメリアの非常にかしこまった態度に水を差すように、私は砕けた口調で彼女らに接した。


「ありがとう、私はマリ。このダンジョンの管理者をしてるいるわ。いきなりなんだけど、サロメリアたちも、私と話すときはもう少し砕けた感じで話してくれると助かるな」


「かしこまりました。善処いたします」


「あと、細かいことはそこのハルメナや、こっちのエルロデアに訊いておいてもらえる?」


「はい」


 そして、彼女らを空いている席に着かせると、私は大まかな状況を改めて彼女らに説明した。

 そして、説明が終わると同時に妖鬼フェアリーオーガのレイからメッセージが入る。


『マリ様。魔王軍がダンジョンに到着いたしました』


 映し出される画面を見やると、そこには岩の鎧を身に纏う大柄の魔王と、武装した異形なる存在ゲシュペンストの群れが映っていた。


『確認したわ。そこはもういいから、レイもこっちへ戻ってきて』


『はい』


 画面に映る異形の群れは何とも不気味さを感じさせるものがある。魔王軍というのはああいう集団のことを示しているんだろうな。それに比べて、私の配下は異形の真逆だ。綺麗すぎて、天使軍とでも呼称されそうだ。でも、その実は化け物じみた実力者ぞろい。何ともギャップ萌えの集団だろうか。


 そんなことを考えていると、レイがこの食堂に戻ってきた。


「お疲れ様。ありがとうレイ」


「侵攻している魔王軍ですが、存外弱い物ばかりですね。うちでも勝てそうな連中ばかりでした。ただ、別格な存在もいます。あの炎の異形なる存在ゲシュペンストなんかは桁外れの強さを感じます。うちじゃ絶対に勝てないです」


 レイが画面に映された魔王軍の中にいる全身を炎に包まれた異形の鬼を指さして云う。


「そんなに強いの?」


 12階層のレファエナとアカギリが非常に心配になってきた。

 治療役のメアリーにいつでも処置ができるように連絡を入れておこう。一撃で即死レベルの攻撃さえ喰らわなければ、瀕死状態に陥った配下なら自動でメアリーの元へ転移される。彼女の治癒を受ければ一瞬で負った傷も回復する。


「あの中では魔王の次に強いかと」


「なら、できるだけ戦いは避けたいわね。あの子たちが痛い思いをするのは心が苦しいから。魔王も話が分かる人だったらいいんだけど……」


 魔王オバロンがダンジョンを潜り、警報が鳴る。

 12階層まではさほど強い魔物はいない。とはいってもある程度の戦力が無ければ1階層すら抜けられない。それがSランクのダンジョンだ。

 そんなダンジョンを力押しで進んでいく魔王軍。


「マリ様、もし他の魔王と謁見されるのでしたら、一度お召し物を変えてはいかがでしょう」


 確かに前の世界の服装じゃ、あまりよくはないよね。まえからこの格好は何とかしなきゃいけないとは思っていたけど、すっかり忘れていた。


「じゃあ、取り敢えず何か適当な服を選んでもらっていい?」


「はい。それでしたら、一度衣装部屋へ行きましょう」


「わかった」


 エルロデアの提案にのり、私は彼女の案内で一度食堂を後にしようとしたときだった。


「私も選びたいです!」


「そんなんゆーたら、うちだって選びたいです!」


「ちょっとあなたたち、守護者統括の私を差し置いてそんな事。席の配置では譲りましたが、今回は譲れません!」


「全く。守護者統括ともあろうものが、そんなんでいいのか……」


 配下が私の衣装選びに立候補するなかで、一番過剰だったハルメナにくぎを刺すアルトリアス。この二人の掛け合いは見ていて楽しい。


「なら、みんなにお願いしようかな」


「マリ様。でしたら、私はここでお待ちしております。何かありましたら直ぐにご連絡いたします」


「分かったわ。それじゃあ頼むわね、カテラ」


 食堂にカテラだけ残して私たちは衣装部屋へと向かった。

 廊下を歩きながら、氷雪精妃のサロメリアが質問を投げてきた。


「先ほど、ハルメナから聞いたのですが、マリ様はこのダンジョンに街を作るというのは本当ですか?」


「ええ。本当だけど……変?」


「いえ、そう云ったことではないのですが、あまり例を見ない事例でしたので、少々気になりまして。なにか理由があるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 彼女が近くにいると、少しばかり肌寒く感じる。彼女の躰から漏れ出る冷気が、その周りの温度を数度下げているせいだ。


「私はこのダンジョンからでられないのよ。ダンジョンにこもりっきりで生活するにも、色々と不足するものが出てくるわけね。だから、そう云った物資の不足なんかをなくすために、このダンジョン自体に街を作って他国と交易をすれば、こんなダンジョンの中でも十分に生活ができるかなって思っただけよ? 大した理由じゃなくて恥ずかしいけれど、ひとまず、それが私の目的なの」


「生活基盤を整えるため、そう云う事ですか。ですが、なかなかにそれは難しいことですよね。マリ様はこんな私らを創造してくださっていますが、その種族が全て異なると云う、非常に稀なことを行っています。本来、種族ごとにそれぞれの天敵というものが存在しているのです。ですが、私らのような存在は、マリ様という共通の主を持っているため、天敵の種族がいようと、特別な感情を抱くことはありません。ですが、もしこのダンジョンに住み始めると云う外界の者がいたとき、多くの種族同士の共存というのはとても難しいと思われます。そこの所はいかにお考えですか?」


 ……やばい。何も考えてなかった。

 そうだよね。種族同士全てが全て仲良くできるわけじゃないもんね。


「そこはおいおい考えるよ。ありがとうサロメリア。すごく参考になったわ」


「いえ、配下である私の愚行をお許しください」


 愚行なんて何一つしていないけれど……?


 頭を下げるサロメリアに大丈夫と伝えると、顔を上げた彼女の宝石のような眼は安堵としていた。

 城内はまだ不明なところも多く、エルロデアの案内の下、廊下を進むことが多い。

 衣裳部屋につくと、そこには多くの瀟洒な衣装が飾られていた。

 配下の彼女らは部屋に入るなり綺麗な服群に感嘆の声を漏らす。ロローナやキーナ、レイなんかは入るなり中を探索し始めていた。洋服の森と化しているその部屋では小さな者は少しばかり面白い光景に映るかもしれない。特にキーナやレイは低身長。けれど、同じように低身長の悪魔使いハントハーベンのモルトレや自動人形オートマトンのオフェスなんかは落ち着き払っていた。


「こんなに服があるなんてすごい! 選び放題ですね、マリ様!」


「そうね。こんなにあると本当に迷っちゃう」


「では、配下たちに服を選んでいただきましょう」


 エルロデアの云う通り、私は彼女らに服を選んでもらうように頼むと、みんな率先して服を選定しに走った。

そんな中、アルトリアスが私の下へ来ると一つ助言をくれた。


「マリ様。愚昧なる吾の進言をお許しください。マリ様には魔王たる風格が少しばかり欠如しているように思われます。他の魔王とお会いになられるのなら、それ相応の立ち居振る舞いが必要だと思います。全てを完璧にはしなくてもいいと思いますが、最低限の威圧的態度というものを身につけたほうがよろしいかと。いくらマリ様のお力が凄いと云えど、嘗められてしまいます」


 アルトリアスの云う通り、そこは確りしないといけない点だ。

 こんな私の態度では魔王として認知されないかもしれない。そんなんじゃ今後の平和暮らしに大きな障害として立ちはだかってしまうかもしれない。せめて、魔王の前や敵には魔王らしい威厳を見せられるように努力しよう。


「じゃあ、その指導をアルトリアスにやってもらっていい?」


 そんな私の頼みに、ほほを染め動揺を見せる彼女に私は少しばかり驚いた。


「わ、吾が指導をですか!? 吾なんかに務まるわけが……」


 どう見てもさっきの進言はそう云う事だと思ったけど、違うのかな?


「そんなこと無い。アルトリアスなら、きっと私を立派な魔王にしてくれるはずだよ。頑張って!」


 その言葉にアルトリアスは膝をつき赤面する顔を伏せた。


「マリ様の意に反論などありません。立派にその勤め、果たさせていただきます」


 私はそんな彼女の頭をそっと撫でると、竜の尻尾がグネグネと動いた。


「お願いします」


 そうして私はもっと魔王らしくなるために、オバロンが12階層へ到着するまでにアルトリアスに指導してもらう事になった。

 そんな中、他の配下たちは非常に仕事が早く、各々が推薦する瀟洒な服を引っ提げて私の元へ戻ってきた。

 

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