第4話 魔王の絶望、そして敗北

 開戦の合図など存在しない。

 遺骸となった仲間の蝙蝠人を視界に捉え乍ら、眼前に佇む強敵に、四騎士は自らの得物に力を籠める。

 牛頭鬼ガレは四騎士の中で最強の膂力を誇る。大斧を振れば如何なるものも粉砕してしまう。そして強靭な肉体は、鋼の如く並大抵の攻撃など受け付けない。武力の中では四騎士一だ。

 しかし、それを凌ぐほどの戦闘力を持つのが、血爪の黒山羊シュヴェラギエゾーン。彼はその名の通り、血の様に真っ赤に染まる鋭利な爪で相手を攻撃する。彼の得物は自身の爪なのだ。俊敏性に長け、攻撃の手数も他の者より多い。そして、彼の強さはそう云った近距離攻撃面だけではない。彼のもっとも得意とするのは相手の能力を下げ、自身の能力を上げる魔法を使う事だ。

 それに、彼は攻撃魔法をも行使するため、攻撃に置いて一切の隙を見せない。

 相手の戦力を落として畳みかける。それが、四騎士最強の力だ。

 そんな二人の補助を担うのが、人喰い蛇ハモンだ。

 彼は相手を拘束することに長けている。相手の動きを封じて、人喰い蛇がもつ特有の猛毒の牙でゆっくりと相手を殺す。それが人喰い蛇ハモンの戦い方だ。一応槍を手にしているが、それを使う前に相手は彼の猛毒で死んでしまうので、ほとんど使ってはいない。

 そんな彼らの先陣を切ったのは、四騎士最強のゾーンだった。

 開口一番に相手の能力を下げた。


能力低下フルーフ


 そして、それに合わせてガレが猛進した。

 岩壁をも容易く砕く彼の一撃が鬼人の女に向けられる。だが、彼女は両の剣でをれを防いだ。しかし、本来なら片手で一撃を防げたはずなのに、ゾーンの魔法の所為で、力がうまく入らないようだった。

 続けてハモンが躰を滑らせながら、ガレに気を採られている隙を狙って近づき、彼女の躰に長く強固な鱗で包まれた身体を巻き付かせ、彼女の動きを完全に封じた。彼の拘束は岩もを砕かせるほど強力で、一度絡まれたら二度と出られない。

 弱体化させられ、拘束され、攻撃もままならない鬼人の女に対して、畳みかけるようにゾーンとガレが獲物を振り下ろす。風を切る音と共に彼女の躰に向かう二つの刃がまさに血肉を抉る瞬間だった。

 彼女の躰が豪炎に包まれた。

 瞬時に彼女から距離をとったガレとゾーンだが、彼女に絡みついていたハモンは拘束をほどくのが遅れ、彼女の豪炎に巻き込まれた。


「ギャャャーーーーー!!!!!!!!」


 苦痛に絶叫しながら、炎は一瞬にしてハモンの躰に燃え広がり、見悶える彼は次第にその動きを遅め、仕舞には動かなくなった。

 墨色になった燃えカスは最早原型など留めてはいない。

 鬼人は体に絡みついたその墨色の物体を軽く手で掃いのけると、まるで砂の様にパラパラと崩れ落ちていった。


「これで、あと二人だな。弱体化の魔法を使われたところで、私の戦いに影響は出ない」


「そのようですね。だからと云って貴方が勝てるとも云えませんよ。《氷殺の一撃アイシクルペイン》」


 炎々と燃え上がる彼女の周りに無数の氷の刃が現れ、一斉に彼女へと降り注ぐ。

 氷刃は炎の壁に衝突する成り、熱に負け、一瞬で蒸発した。無数の氷刃が次々と蒸発していき、辺り一面白い湯煙に埋まり、鬼人の姿は消えた。

 そんな視界最悪の中にゾーンは飛び込み鬼人へ血爪の刺突を食らわせた。

 突如として現れた巨大なゾーンの影と、攻撃に少しばかり反応が遅れた鬼人は剣で攻撃を塞ぎきることができず、後方へと吹き飛んだ。少しだけ苦い顔をする。

 弱体化が予想以上に効いている所為か、通常の物理攻撃には鈍くなっている。

 ゾーンの弱体化は効果時間がある。だから効果が持続しているうちに相手を叩かなければ勝ち目は薄くなる。後方で態勢を立て直す彼女に空かさず連撃を食らわす。そして、ガレもそれに加わり、一度に3つの攻撃を受けなくてはいけない鬼人の女は、余裕だった顔を歪ませ、若干のイラつきを覚え始めた。

 繰り広げられる連撃の攻防。二本の魔剣で素早く重い攻撃を何度も受けながら、彼女は一瞬のすきを窺っていた。

 そして、連撃の後のインターバルが生まれたほんの一瞬を彼女は見逃さない。

 額に生える一本の角が紅く光り出し、彼女の眼も真っ赤に染まる。鬼人特有の力の開放だ。

 自身の力を何倍も増幅させる技。

 そして彼女は弱体化を振り払うように強化した力で、両の手に持つ剣を振り、彼らめがけて一閃を放つ。その威力は凄まじく、風圧で空間を振動させた。そして、そのあまりにも早い動きに反応が遅れ、ガレとゾーンはその腹に一撃を食らってしまった。

 その瞬間、彼らは悟った。


 死んだ――と。


 一撃を食らい、はるか後方にいる魔王オバロンの元まで吹き飛ばされ、地面へと倒れ込む彼らは驚愕した。

 あの一撃で、自身の腹に大きな風穴があいたとばかり思っていたが、痛みはあれど、躰に傷は一切なかったのだ。


「貴様らは今ので死んだ。もういい、さがれ」


 彼らを見下ろす魔王の眼は、配下の無様さに憤慨するものではなく、何処か興奮した様なそんな目だった。


「オルクレウス。お前はあの女を倒せるか?」


「無論でございます。魔王様。私はこやつらのような醜態は晒しませぬのでご安心を」


 身を煉獄の炎に覆われた鬼神、炎獄の牙フィメランナのオルクレウスは無様に転がるゾーンとガレの横を通り吐き捨てる。


「四騎士ともあろうものが、魔王の加護を受けながら、二人も殺され、間一髪で加護によって守られ敗北するとは、何とも情けない限りか。万死に値する恥さらしだ」


「「……ッ」」


 何も言い返せなかった。

 炎獄の牙オルクレウスは軽く跳躍すると、まるで瞬間移動でもしたのかと思わせる速さで鬼人の前に立つ。


「なかなか強そうなやつが来たな。でも、あんたの相手はあちらの方が相手してくれる」


「いや、それには及ばない。後ろの女と交代する前に終わらせる」


「は、何を云ってい――っ!!」


 一瞬だった。物凄い勢いで、鬼人の女は上空へ吹き飛び天蓋へ激突した。


「ぐはっ!」


 先ほどまで圧倒的だった鬼人の女を容易く扱うオルクレウスの強さに、後ろで彼女の戦いを見守っていた黒服の女も少し狼狽する。

 天蓋にめり込んだ彼女を休ませること無く、先ほどと同様の瞬間移動紛いの速さで飛び、鬼人の首を握り、そのまま地面へと投擲した。その威力の凄絶さは叩きつけられた後に生まれた小さなクレーターが物語る。

 土煙が舞う中で、たった数秒で、満身創痍になりかけた鬼人だが、魔剣を支えに立ち上がると口の中に溜まった血を吐き捨てる。


「半端ない強さだ。でも主様の敵じゃないな」


「ほう、貴様の主はそれほどに強いのか? なら、その主とやらを引きずり出すためにもここで貴様を存分に嬲殺してやる」


「やれるならやってみろ――ぐはっ!」


 目では全く捉えられない速さで繰り出す強烈な一撃は彼女の躰を砕いて行く。魔剣で防御をしようにも早すぎて防ぎきれない。

 守ることも出来ずにひたすらに殴られ続けた彼女は血反吐を吐いてその場に倒れた。

 既に瀕死の状態の彼女に容赦なくとどめの一撃を食らわせようとした瞬間だった。


「……なんだ?」


 眼前で倒れる鬼人の女が急に淡い光に包まれ始めた。

 オルクレウスは奥にいる黒服の女に目を向ける。もしかしたら、黒服の女が回復魔法をやってるのか思ったのだが、彼女はその様子をただ見守っていただけだった。

 そして、鬼人の躰がひかりにつつまれ、次第にその光が強まると突然、眼前で鬼人の女が跡形もなく消えてしまった。


「消滅したのか? まさか、今の女がこのダンジョンの再生する魔物レナトゥスだと云うのか? 流石にそれはあり得ない。だとしたら、このダンジョンの強さは壊れている。だが、こうして消滅したと云う事は、外界の生態ではないと云う事だ。だとしたらやはり……」


 何かを悟ったオルクレウスはその場から距離をとった。


「あの子がやられてしまうなんて想像していませんでした。きっと主様も今頃お怒りになられているでしょう。私も非常に怒っています。可愛い彼女をあんなに痛めつけるなんて。非道そのもの。とても赦せるものではありません。ですので、貴方には私がここでその非道に対する贖罪を与えましょう」


 黒服の女はその場から一切動くこともせず、その場で掌を前へ突き出した。


呪縛円陣フルクライシス


 行き成り何か呪文を唱えた彼女に先を越され、空かさず攻撃に出たオルクレウスだったが、彼が彼女の元まで移動するよりも早く、詠唱直後、彼女を軸に半球状の半透明な黒い空間が生まれ始め、それが次第に広がっていき、第12階層の半分を埋め尽くした。そして、詠唱後、直ぐに飛び込んだオルクレウスは回避などすることはできず、黒い半透明の半球に飲み込まれてしまった。

 だが、彼はそれでも彼女へ次の攻撃をうたせないためにそのまま飛んでいき、鬼人の女を昏倒させた一撃を食らわせようとした。しかし、それが彼女に届く事は無かった。

 烈火の一撃は黒服の女の顔目掛けて飛んでいき、回避不可避の速度でぶつかるはずだった。だが、ぶつかる直前、彼女はその軌道をゆっくりと目で追いかけ、まるで止まっているものを避ける様に一撃から顔を反らした。そして彼女の横を過ぎ空振りに終わった横で、彼女は空かさず魔法を唱えた。


雷獄ヘルライトニング


 そんな莫迦なっ!


 オルクレウスがそう吐き捨てるよりも先に、轟雷の雨が獲物を目指して突き刺す槍の如く、炎々と燃え上がる彼の躰を容赦なく串刺していく。全身を雷電が巡り、激痛の叫びを強いられる。


 どうなっている……?

 何故、あの女は俺の動きより早く動ける?

 まさか、この黒半球が……。


 オルクレウスは何かに気が付き、未だ体に雷電が走るなか、急いで黒半球の外へ退避しようと後方へ跳躍を試みる。だが、どうしてか、跳躍がうまくできない。足が岩の様に硬く動かなかった。ふと下を見てみれば、足には黒い蛇が絡みつき足に喰らいついていた。そして、喰われた部分の周りが石化している事に気が付く。

 雷撃の痛みで足の痛みに一切気が付かなかった。

 徐に彼女を見やると、美しい顔とは裏腹に、口元が全てを見透かしたかのように嘲笑に吊り上げていた。

 そして、警鐘が鳴り響いているかのような幻聴がオルクレウスの耳に届き、にたりと笑う黒服の女は聞いたことのない魔法を唱えた。


蓋棺への鐘アヴィゾフィーネ


 彼だけに届く鐘の音は次第に大きくなり、炎々と燃え盛る彼の躰は音に比例して、黒い土塊と化してボロボロと朽ち果てていった。手の先から徐々にそれは浸食され、身動きができないまま、彼は自身の躰が崩壊する様を見ているしかできなかった。

 オバロン最強の配下であるオルクレウスも未知の魔法と対峙して対策の使用が無かった。足掻くにも蛇の拘束により動くことができない状態で、事態の回避など不可能だった。


 万策尽きた。そう諦めた瞬間だ。

 彼の時間は永劫となる。


「やれやれ、恐ろしい魔法を連発する。俺の配下が悉く通用しないとはな。驚くばかりだ。だが、そいつはまだ死なせるわけにはいかないからな。貴様の魔法を止めさせてもらった。今からは俺が貴様の相手をさせてもらおう」


「魔王自らお出ましいただけるとは。此処まで来てなんですが、まだお続けになりますか? 私共の主様は戦いを望んでいませんので、できればこのへんで終わりにしたいのですが」


「貴様ほどの強者と戦えるのだ、こんな機会逃す方が馬鹿々々しい。それに、俺の配下を殆ど殺しておきながら、それは不可能だ。諦めろ」


 魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスは岩鎧を軋ませて、大きな岩の大剣を構える。


「やはり戦うのですね。貴方はお強い。私の魔法を打ち消すなんて。呪縛円陣が効かないと云うのでしたら、正攻法で貴方をたおすしかないようですね。ただ、貴方に私の魔法が通用するかどうか」


「貴様、なかなか慧眼だな。貴様の云う通り、俺には並の魔法は一切効かない。だが、貴様の魔法ならいくらか俺に効くかもな」


「じゃあ、ためしに一発」


雷獄ヘルライトニング


 轟雷の雨が彼の体に命中し、爆音が響き渡る。しかし、彼は痛みを知らないという顔をして毅然として立っていた。

 やはりこの程度の魔法は効かないようだ。

 魔王の装備はゴツゴツとした威圧的な鎧であり、武器も同様の見た目のものだった。そのことから、明らかに武器で戦う戦士であることは見て取れる。だが、魔法への耐性が高いことから、魔法も行使しそうでもあった。

 轟雷による土煙を掻き分けながら、魔王は歩み寄って一言。


「その程度なら無効だ」


「そのようですね。でしたら、つぎは数段上の魔法を使わせていただきます」


「そんなにも魔法を習得しているのか。いったいどこでそれほどの知識を得たというのか。実に興味が唆るな」


「興味を持っていただきありがとうございます。それに応えるためにも私の中でも上位の魔法を使わせてもらいます」


 魔王は大剣を構えた。


「打ってみるがいい」


「では……」


 黒服の女は膝をつき地面に手のひらをつけて魔法を唱えた。


業なる石眼大蛇フィエラバジリスク


 石の床盤がガタガタと震え始め、大地が揺らぐ。空気を震わせる異様な気配の圧力に、後方で動くことのできない血爪の黒山羊と牛頭鬼と、下級者たちは意識を削がれていった。圧倒的な何かがいる。一同がそう理解した瞬間だ。

 大地が盛り上がり、爆発でもしたかのような轟音を立てて、敷き詰められていた石床盤が散々に砕け飛んだ。

 そして、地面から現れたのは天蓋まで身体を伸ばす巨大な蛇だった。

 兇悪な二本の牙からは液体がしたり、床に落ちた瞬間、消化音と共に石が氷のように溶けていった。

 大蛇の瞳は真紅の光を放ち、その眼を1秒以上見れば全身が石へと変化していく。すでに、下級者達の中に石化されたものもいた。


石眼大蛇バジリスクだと!? 高難易度のダンジョン最下層に存在する主を召喚したのか?」


 仲間の石化を目の当たりにした血爪の黒山羊ゾーンが喫驚の声を上げる。

 だが、彼らは再び恐怖をしいられる。

 再び爆発音が響くと、もう一体の石眼大蛇バジリスクが姿を現したのだ。そして、続けてもう一体。計3体の石眼大蛇が階層に出現した。空間を圧迫させるほどの巨大な蛇が魔王オバロンを睨め付ける。


「眼を合わせると石化させるという怪物を召喚するとは。だが、残念ながら俺には石化は効かないぞ。この鎧は如何なる状態異常をも弾く防具。そして、俺自身石化耐性があるからそもそも効かない」


 黒服の女は残念そうな顔を見せる。


「そうなのですか。でも、それなら存分に戦えるということですね。3体の石眼大蛇を相手に楽しんでください」


 石眼大蛇相手なら、物理攻撃に特化した魔王との相性も悪くないだろう。

 魔王は大剣を構え、ゆっくり石眼大蛇の方へ歩む。

 そんな魔王の動きに反応して、1匹の大蛇が魔王めがけて鋭利で兇悪な牙を突き立てる。それを軽くかわして見せると、その牙を手で掴むと、握力だけでその牙を砕いた。


 ギィャャャーーーー!!!!


 蛇の怒号が響き渡る。

 その声が狼煙となり、周りの大蛇も動き始めた。

 牙を砕かれた大蛇は一旦首を引いて距離を取ってから、口を閉じて頭突きのように魔王へ頭から突進した。オバロンはそれを回避しようとしたが、もう一体が待ち構えていた為、回避でなく、受け止めることにした。武器を構え大蛇の一撃を受け止めるが、その威力は絶大で、防御力に自負のあるオバロンでさえ、攻撃を受け止めただけで体の骨が数本砕けた。だが、魔王が持つ特殊能力、自然治癒が発動したおかげで、砕けた骨はすぐに回復した。

 だが、休んでいる暇はない。次から次へと攻撃が降り注ぐ。その度に攻撃を食らってはいくら自然治癒の効果があっても間に合わない。そのため、なるだけ攻撃は受け流すようにして回避を続けていた。そして隙を見つけた瞬間、渾身の一撃を大蛇の身体に食らわせる。しかし、オバロンの一撃でも大蛇の血肉が吹き出すことはなかった。頑丈な鱗が数枚剥がれる程度の軽傷で済んでしまう。


「ふっ。俺の攻撃を受けてこれしかダメージがないとはな。物理攻撃に相当の耐性がある。なら、これならどうだ」


 そういってオバロンは手に持つ大剣に魔法を唱えると、剣身に青白い光が放つ。

 そして、再び大蛇の身体めがけて光放つ剣を振り下ろす。すると、今度は嘘のように容易に切断することができたではないか。

 物理に耐性を持つものには魔法を付与した武器での攻撃をしてやれば効果は絶大となる。その法則が眼前の石眼大蛇に効いたということだ。

 身体を両断された大蛇は首だけとなってもまだ意識はあるようで、オバロンめがけて毒液を放つ。それを咄嗟に剣で防いでしまい、一瞬で剣はドロドロに溶けて消滅してしまった。

 だが、大蛇は毒液を吐くなり力尽きたので残りは2体と、少しばかり余裕が生まれる。しかし、武器を失ったオバロンは攻撃手段を魔法に縛られてしまう。


「全く。失態だな。唯一の武器を無くしてしまうとは。まぁ、だからどうというわけではないがな」


 徐に地面を触ると床の石盤が粘土のようにその形を変化させ、先程オバロンが持っていた大剣とそっくりな剣へと姿を変えた。

 それを拾い上げると、再び魔法付与する。

 そんな最中、大蛇が突進をするが、容易にかわして見せると魔法付与された大剣をその大蛇めがけて一閃。

 最初の時より少しばかり固く感じるものの、見事粉砕する大蛇の身体。

 今度は頭を狙ったために毒液という先程の失態は防ぐ。


 残り1体。


 畳み掛けるように残りの大蛇へ剣を振るう。しかし、オバロンの一撃は大蛇の身体を粉砕も両断もすることはできなかった。鱗は剥がれ、辛うじて身体に刃は通っているが、非常に浅い。

 明らかに最初の大蛇よりも体が硬い。


業なる石眼大蛇フィエラバジリスクは三首一体の存在で、首がひとつ減るたびに、その力は倍増していきます」


「なるほどな。クソ厄介な相手だ。だが……」


 数段化け物とかした石眼大蛇にめがけて、オバロンは光放つ大剣を右から左からと何度も斬りかかる。その速さは次第に増し、1秒に4撃するまでになり、畳み掛けるように凄絶な剣戟を石眼大蛇にぶつける。

 強化した剣戟すら軽傷として受けられてしまう石眼大蛇だったが、積み重なる攻撃に、許容範囲を超し、その肉を徐々に削られ、終いにはぶつ切りとなって階層に遺骸と化した。

 5分くらいの連撃に流石のオバロンも疲れを見せる。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、終わりにさせていただきます」


 黒服の女は冷徹に新たな魔法を発動した。


神化の豊穣ディユファヴォーレ


 しかし何かが起こるわけでもなく、ただ石眼大蛇が朽ち果てる音しか空間には響かない。


 いったい何をした?


 そうオバロンは思うが口には出さない。

 何か異様な空気が流れ始めそして、漸く黒服の女が動いた。

 華奢で白皙で遠距離型の彼女だったが、そんな彼女がいきなり走り始め、徐々に加速させる。オバロンまでの距離をあっという間に無くして、近距離戦闘を得意とするオバロンめがけてその華奢な腕を伸ばし、白皙で綺麗な拳をぶつける。

 そのスピードそれほど早くはないが、決して遅いものではなかった。オバロンなら容易に全て躱せるレベルだ。だが、その手数の多さに不意を打たれてしまう。堅牢なオバロンの鎧なら彼女の拳など虫の攻撃ほどしか受けないだろう。

 そう思っていたオバロンだったが、彼女の拳が鎧に当たった瞬間、バキバキと嫌な音が響く。そして、刹那に粉々に粉砕してしまった。


「馬鹿なっ!?」


 思わず言葉を零す。


「私の攻撃も受けきれない鎧なんて捨てたほうがいいですよ」


 そう言って容赦なく連続拳と連続脚が彼へと降り注ぐ。回避し続け、たまに攻撃を食らって、また鎧が砕ける。

 彼の鎧がほとんど砕けた時、彼は黒服の女が不防備になった身体めがけて一撃を食らわせようと拳を突き出した瞬間、そこに一瞬の隙が生まれたのを見逃さず、そこへ大剣を振り上げた。

 隙を作り、攻撃を許してしまった黒服の女は、強化された大剣を腹に食らっても、後方へ吹き飛ぶだけで、眼に見える傷はなかった。少しばかり吐血を見せるも、肉が裂け血が出ることはない。

 ほとんど刃を通さない石眼大蛇を両断したという強化した剣だというのに、まるで棍棒に殴られただけのように振る舞う黒服の女に、流石の魔王も驚きを隠せない。


「貴様、魔法職じゃないのか? なぜ俺の攻撃を食らって平然と立っていられる?」


 口元を押さえながら、女は言う。


「先程、私が唱えた魔法は、能力を飛躍的に上昇させる魔法。それにより、強化された私の力と防御性はこの通りです。では、


 それはどう言うことだ?


 そう訊こうとした瞬間だった。

 黒服の女の隣に様々な種族の女が9人姿を見せた。

 異様なまでに整った顔立ちの女たちは、誰一人として同じ種族のものはいなかった。全てが違う種族で絶佳の女達だった。

 そんな女の中で、蝙蝠のような羽を腰から広げ、艶かしい風采の女が前に出る。


「私はこのダンジョンの第80階層守護者兼全階層守護者統括にして、主人様の側近。ハルメナ。あなたが戦った先程の者はこの第12階層守護者、レファエナ。いかがでしたか? 主人様の子の実力は」


「一つ聞かせてくれ」


「はい。何でしょう?」


「その階層守護者ってのは下層の方が強いってことか? そこの女より他9人の方が強いとそう言うことか?」


 ハルメナと名乗った女は妖艶に口元を釣り上げる。


「一概には言えませんが、単純に考えればそうなります」


 つまり、魔王であるオバロンの体をボロボロにした女より強者がこんなにもいると言うことになる。だとしたら、いったいどれだけの戦力だと言うのか。

 これはもはやダンジョンと呼べるレベルをはるかに超越している。


「訊きたいことは以上ですか? でしたら話を進めさせていただきます。このまま戦闘を続けられるおつもりなら、私ども階層守護者全てを相手していただきます。よろしければ早速、魔王であるあなたの力を見せていただきたいと思います」


 ハルメナの合図で一斉に戦闘態勢をとる9人。

 そして、魔王オバロンは彼女らに向けて手を挙げた。


「降参だ」

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