第49話 記憶の補強

 召喚してほしい条件があるとコアお姉様の端末に言いに来たのは、側室上長。

 側室上長という言葉は聞いたことがないと思うが、単なる側室の一番偉い人という意味。

 この世界では、一般的な側室と違い、王妃とともに重要な職務を分担する者の意味合いが強く、跡継ぎなどの関係はない。

 

 そして、その条件とは、

『物忘れが多いような気がするので、それを防止する方法が分かる人を呼んでもらいたい』だった。


 そうして呼ばれたのは、作業服でヘルメットを被り墜落制止用器具を付け右手にボールペン、左手にメモ帳を持っている人。

 この人物が、物忘れについての解決策を話してくれるもの…と思っていたが、微妙に違うような話を始めた。


「そうですか、物忘れがあるということですね」

「いえ、物忘れが多いような気がするだけで、はっきりとは分からないのですが」

「なるほど。少し方向性が違うかもしれませんが、“指差し呼称”などをやってみませんか?」

「はぁ~?その、“指差し呼称”とは、何ですか」

「指差し呼称とは、職場などでの安全確認に使われているもので、特別な事ではありません」

「それが、物忘れに効果的なのですか?」

「指差し呼称の目的は、不安全行動の防止…すなわち仕事による事故やケガの予防です」

「今回の場合は、物忘れなのですが」

「しつこいですね。続けて説明をしますから、しばらくは頷くくらいにして頂けると…」

「わ、分かりました」

「指差し呼称とは、目標物に対して右手人差し指で指差し、目標物をしっかり見た上で、右手を耳元まで振り上げて、目標物ヨシと言うと同時に右手を振り下ろすことです」

「…はぁ」

「なんだか、反応が薄いですね」

「それのどこが物忘れに関係するのでしょうか」

「…頷かない。ま、まぁ、この行動は、普通に物を見るよりも、1 目標物をよく見ることによって認知度が高くなる。2 指差しすることと合わせて声を出すことで、目や全身の運動機能、発声による筋肉運動、聴覚による目標物の確認など、複数の身体機能を使うことで、さらなる認知度が高くなります。最後に、筋肉運動によるものは、大脳の活性化を促し、強く印象づけられることになるので、記憶の補強にも役に立つと考えられませんか?」

「え?それだけで良いのですか」

「簡単でしょう。ああ、声に出す際は、大声を出した方が良いです。なるべくですが。自分の声を自分で聴くということは、二重の意味を持ちますので」

「でも、どこで何を確認すればいいのかも忘れてしまったら?」

「意外と大問題ですね」

「いえ、物忘れが多いような、多いようなですよ」

「その部分には、もう触れません」

「ありがとうございます」

「何に対してのお礼なのか分かりませんが、確認項目については、チェックシートなどを活用すると良いでしょう。シート自体が微妙と言うなら、大した行動ではないので、チェックシート自体に指差し呼称をするなども良いと思います」

「…どこまで出来るか、分かりませんが、参考にしたいと思います」

「ああ、私も日常的に、これをやっていますよ。出勤する際のカギ閉めを不安に思うことが頻繁にあった際に、この動作を記憶の補強に使っています。そうすると、わざわざ帰って確認する行動が減るので重宝しています」

「…物忘れについて、触れないと言っていたのに」

「…失礼しました。その部分を“忘れて”しまいました」


 元の世界に送還する際に、その格好と職業を聞いたところ、職場の安全担当者で職場巡視中に呼ばれたとか。指差し呼称は、仕事場における基本中の基本で、個人的にも記憶の補強に使うなど日常でも使える知識のひとつになっていると。

 帰還した際に、巡視前に持っていなかった物を持って帰るのは困ると難色を示したため、横断的情報処理と複合型危険予知のスキルに不幸回避のオマケを付けて、元の場所へ送還した。

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