114. ワガママとシスコン 1/2(一護)


「――え、ねえ、一護いちご。起きて」


「……な……に? ……どうしたの?」


 枕を抱えた一加いちかに揺り起こされた。体を起こしながら、時計を手に取った。真夜中だった。


「お嬢様のところに行きたい」


「え?」


「お嬢様と一緒に寝る」


「今から?」


「うん」


「夜中だよ? お嬢様だって、もう眠ってるよ。迷惑だから、明日の夜にしようよ」


「やだ。今からがいい。今からじゃないとダメ」


「ワガママ言うなよ。ここで眠っていいから」


 ベッドの奥にズレて、一加が入れるスペースを作った。


「やだ。お嬢様とがいい」


「前は二人で眠ってたんだから。今夜くらい我慢しなよ」


「お嬢様のところに行きたいの。う、うぅ~」


「は~~」


 泣き出した一加に、思わずため息が出た。


「こんな時間に行ったら、嫌われちゃうかもよ?」


「うぅ……。嫌われないもん」


「嫌われる」


「お嬢様はこんなことで嫌ったりしない!」


「いや、嫌われる」


「うっく……。もう、いい! ううっ。一人で行く!」


 一加は勢い良く振り返ると、部屋を出ていった。


「勝手にしろ! お嬢様に嫌われても知らないからな」


 閉まったドアに向かって、文句を言った。横になり、布団をかぶった。



「ちょっと、一加待って!」


 お嬢様の部屋のドアをノックしようとしている一加を、小さい声で呼び止めた。


「なに? 一護も来たの?」


 一加にジトッとした目を向けられた。視線はボクの手元に向けられている。ボクは枕を持っていた。


「い、一加がお嬢様に迷惑かけないように。もう眠ってるだろうから、三回!」


「三回?」


「三回ノックして、お嬢様が起きなかったら、あきらめよう」


「やだ」


「一加っ!」


「うっ……」


 一加はまた泣きそうになった。枕をギュッと抱きしめ、ボクが引くのを待っていた。けど、ボクは引かなかった。しばらくにらみ合っていると、一加は目元に手の甲をあてた。口をへの字に曲げたまま、うなずいた。



 コンコン


(……やっぱり、眠ってるよね)


 三回目のノックのあと、少し待ってみた。思った通り、返事はなく、ドアも開かなかった。


「部屋に戻ろう。明日の夜、一緒に眠ってもらおう。とりあえず、今夜はボクと眠ろう――」


「――あっ! 一加!」


 ボクが戻ろうと背を向けた隙に、一加はドアを開けて部屋に入ってしまった。ドアが閉じきる前に手をかけ、一加を止めるためにボクも部屋に入った。


「一緒に寝てもいい?」


 お嬢様はベッドの真ん中で眠っていた。一加はベッドに這い上がり、お嬢様のことを揺すりはじめた。


「一加、やめろって」


「お嬢様。お願い、起きて。うぅっ、う~~」


「……ん? ん~? 一加? 一護?」


 一加が声を落とさずに泣きだしたせいで、お嬢様が起きてしまった。


「怖いの……見たの。一緒に眠っていい?」

「ご、ごめん。夜中に……」


「よ、夜中~?」お嬢様は上半身を起こした。


「今……、何時? まあ、いいか。寒い……。ほら、風邪ひいちゃうから、はやく入って」


「うん!」


 一加はいつものところに枕を置くと、布団に潜り込んだ。一加のことを止めていた手前、どうしていいかわからなかった。ベッドの横に立ったまま、二人のことを見ていた。


「一護? 何してるの? はやく入りなよ」


 お嬢様は一緒に眠るときのボクの場所を、ポンポンと叩いた。



「フフフ。お嬢様、触り方が雑~。寝ぼけてる? アハハ。くすぐったいよ」


 さっきまでグズっていた一加が楽しそうにしている。お嬢様は一加のほうを向いて、もぞもぞしていた。


「ん~。一加、冷たくなってる」


「お嬢様はあったかい」


「まあね~」


「フフ。もっとなでて」


「怖くない、怖くない」


「うん。……くすぐったい」


「大丈夫、大丈夫」


「……うん」


「大丈夫だよ」


「…………ん」


「よし、よし」


「…………」


 静かになった。お嬢様のベッドに入ってから、そんなに経っていない。


(あれだけ騒いでたのに。もう眠った?)


 一加のワガママには、毎回困らせられる。一加はボクのことを頼るくせに、ボクの言うことを聞かない。

 でも、今夜はワガママを通してくれて、本当に助かった。


「はあ~」ホッとして、ため息が出た。


 ボクも怖い夢を見ていた。


(一加と同時に見るなんて久しぶりだな。湖月こげつ邸に来てから初めて? 前の一加のときみたいに、何かあったわけじゃないのに。疲れてたのかな? お嬢様と一緒に眠るのに、怖い夢見たとか嘘ついてるからバチが当たった?)


 思いきり目を見開いているのに、目が覚めない。玄関を出ても家の中に戻ってきてしまう。どんなに目を閉じても、見たくないものが見えてしまう。殴られて怖くて、でも痛くはない。

 そんな夢だった。もっといろいろと見てたと思うけど、詳しい内容は目覚めた瞬間に忘れてしまった。


(しかも、なんでよりによってあの家の夢……。もっと普通にお化けとかでいいのに。……過去にあったことを忘れるなってこと? そんなわけ……ない。変な夢見たから、変なこと考えちゃうな)


 お嬢様がのそのそと寝返りを打ち、こちらを向いた。


「あれ? お嬢様、起きてたの?」


「ん~」


 ボクのほうを向いたお嬢様は、ボクのことをベタベタと触りはじめた。


「な、なに?」


 顔中を触られた。寝ぼけているのか、優しくではなく、ビタビタと触ってくる。


「……一護、泣いてない?」


「な、泣いてないよ」


「そう?」


「ちょ、ちょっと……」


 今度は腕や太もも、体を触りはじめた。横を向いているボクの上側を、こするように触っている。一加が、触り方が雑と言っていた意味がわかったような気がする。


「寒いの?」


「え?」


「部屋から毛布持ってくる? それとも私の使う?」


 お嬢様のベッドはとても大きい。春夏秋の間は、大きいベッドの上でシングルサイズのタオルケットや毛布をかけて眠っている。冬の間は、ベッドサイズの掛け布団を使い、足元に湯タンポを置いている。それだけでも充分暖かいが、それでも寒いと感じるときは、シングルサイズの毛布もかけている。


 今は冬なので、お嬢様の部屋で眠るときは枕だけ持ってくればいい。だから、今夜も枕だけ抱えて、毛布は持ってこなかった。


「寒くないよ」


「無理しなくていいよ。縮こまっちゃって」


 確かに縮こまっていた。体を丸めていた。でも、それは寒いからではなかった。


「寒いんじゃなくて。ちょっと……」


「うん」


「いろいろと……」


「うん」


「ボクも夢見ちゃって……」


「うん」


「なんで、夢って。ボクが見てるのに、ボクの好きにできないんだろ……」


「空飛びたいよね」


「空?」


「手から光線とか出したいよね。出せるときは出せるけど、出せないときもあるよね」


「寝ぼけてる?」


「寝ぼけてないよ。ちょっと目が覚めちゃった」


「ごめん。夜中に」


「大丈夫。気にしないで。声かけても起きないようなら、勝手に隣で眠ってていいよ」


「そんなこと言ったら、一加が調子に乗るよ」


「そう?」


「そうだよ。ただでさえワガママなのに、さらにワガママになるよ」


「ふふ。一加はワガママなの?」


「ワガママだよ。夜中だからやめようって言ったのに、こうして来ちゃうし」


「一護も夢見たんでしょ? 怖いのでしょ? どうするつもりだったの?」


「えっと、部屋にいるつもりだったけど。一加に起こされるまでは眠ってたし」


「そ……ふあ~あ……。一護はワガママ言わないの?」


「ボクはワガママじゃないから」


「……そう」


「そうだよ」


「一護が聞いてくれるから、一加はワガママが言えるんだよ。一加がワガママを言うから、一護が聞くのかな?」


「え?」


「一護がワガママを言えば、きっと一加は聞いてくれるよ。遠慮せずに言ったみたら?」


「遠慮なんて……。喧嘩になるよ」


「喧嘩? 普段からしてるでしょ?」


「そうだけど。でも……」


「一護は遠慮……じゃなくて、我慢かな? どっちもかな? もっと言いたいこと、言っていいんだよ。怖いって我慢しないで。一護にとって、一加はワガママで手のかかるお姉ちゃんかもしれないけど。一加だって、ちゃんと一護のこと見てるし想ってるよ」


「うん……」


「まあ、一加のことは、私より一護のほうがわかってるか……。あと、ワガママを言う相手は、別に一加じゃなくてもいいんだからね。私にでもいいんだよ。たぶん、大丈夫」


「たぶん?」


「それはダメって言うときもあるよ。でも、遠慮せずに、言うだけ言ってみて。却下されても、めげないで。次に期待ね」


「フッ。アハハ。なにそれ」


「あ、いや、でも……。めげることも必要かな。めげなすぎも困るんだよね。黒羽くろはみたいに……」


「黒羽……さん?」


「黒羽はね~、ダメって言っても、全然聞かないんだよね。もう、ホント困る。自信満々で変なこと言うし。ふふふ」


(困るって……、嬉しそうだけど。なんか、変な感じがする。なんだろ? 気持ち……悪い?)


 この前、黒羽さんが冬休みで帰ってきていたときの、二人の様子を思い出した。

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