039. おやつ ×2


 食堂の椅子に座って、本を眺めていた。眺めるというていで、読んでいた。

 肩を叩かれ、顔を向けると、隣に隼人はやとが座っていた。


「あーん」と言われ、口を開けると、冷たいものが入ってきた。


「美味しいですか?」


「うん! 美味しい!」


「種はこちらにどうぞ」


 隼人が、皮をむいた巨峰を食べさせてくれた。冷えていて、甘くて、美味しかった。渡された小皿に種を出した。


「はい、あーん」


「あーん」口を開けると、また巨峰を口に入れてくれた。


「ふふ」


 隼人がタレ気味の目を細めて、嬉しそうに微笑んでいる。巨峰のふさから果実を一粒とり、皮をむくと、今度は自分の口に入れた。美味しそうに口を動かしながら、皮をむいている。


 私の口に三粒目を入れてくれたところで、「何してるんですか?」と不機嫌な声が聞こえてきた。声のしたほうに顔を向けると、食堂の出入り口から黒羽くろはがジトッとこちらをにらんでいた。


「黒羽も食べますか?」


 隼人が皮をむいた果実を見せると、黒羽がスタスタと近づいてきた。隼人の前に立つと口を開けた。


「はい、どーぞ」


「む、ありがとうございます。ちょっと待っててください」


 黒羽は台所に消えた、と思ったら、すぐに戻ってきた。


「はい、どいてください。ずれてください」


 隼人が椅子を一つずれると、隼人の座っていたところに黒羽が座った。黒羽は、果実を一粒とると皮をむいた。


「はい、お嬢様。あーん。手は洗ってきたので大丈夫ですよ」


「う、うん。あーん」口を開けると、果実が口に入ってきた。


「黒羽、私にもむいてください」


「え~~」


 黒羽に皮をむいてもらいながら、隼人も皮をむいていた。隼人はむいた果実を、黒羽の口に入れた。


「美味しいですか?」


 黒羽はうなずきながら、隼人の口に果実を入れた。


「ふっ。ふふふ」思わず笑みがこぼれた。食べさせあっている二人が微笑ましかった。


 黒羽がむいた果実を、私に二粒食べさせてくれたあと、隼人に一粒食べさせていた。隼人は、黒羽に食べさせ、たまに自分の口に入れていた。

 隼人のほうがむくのが速く、黒羽のペースをみて、房の乗っている皿にむいた果実を並べていた。


「はい、あーん」


 黒羽が果実を差し出してくれたので、口を開けた。果実が唇にあたってしまい、落ちそうになった。


「あっ! あむっ」


 落とさないように、焦ってかぶりついた。果実をまんでいた指ごと食べてしまった。少しんでしまったかもしれない。


「ごめんね。痛かった?」


「いいえ。大丈夫ですよ」


 黒羽はにっこりと微笑んで、私が食べてしまった指を口元によせようとした。その手を、黒羽の後ろから伸びてきた手が掴んだ。


「手を洗いましょうねえ」


「え? ちょっと、隼人! いい、洗わなくていいから」


 隼人に引きずられ、黒羽は台所に消えていった。ほどなくして、にこにこしている隼人と、ブスッと膨れた黒羽が戻ってきた。


「同じコップから飲むことだってあるのに。別にいいじゃないですか」黒羽がぶつぶつ言っている。


「そうなんですけどねえ。どうしてでしょうか? なんか良くないって思ってしまって」隼人が微笑みながら、首を傾げた。


 房の乗っている皿に、むいた果実が四つ並んでいた。最後の四つだ。二人が食べさせあっているのを見て、私もやりたくなってしまった。


 隼人に「私が二人に食べさせてもいい?」と聞いた。笑顔でうなずいてくれた。二人にちょっと待っていてとお願いして、台所で手を洗ってきた。


 果実を一粒摘まんだ。


 最初に食べさせてくれたのが隼人だったので、隼人からと思っていた。でも黒羽の、絶対に僕から、という視線に動けなくなった。

 チラッと隼人を見ると、目が合った。隼人は笑いをかみ殺しながら、二回うなずいた。


「はい、黒羽。あーん」


「あーん」黒羽は嬉しそうに果実を食べた。


「隼人、あーん」


「ありがとうございます」隼人も嬉しそうに食べてくれた。


「じゃあ、次は隼人から」


 隼人が食べ終わるのを待ってから、もう一粒口に入れた。


「ふふ。美味しいです」


「じゃあ、最後の一つ。はい、黒羽」


「あー――」

「うまそうなもん、食ってんな」


「んんっ」


 黒羽は、大地だいちの声に驚いて、私の指ごと果実を潰した。痛くはなかったが、汁が指に垂れてきてしまった。


「ああ、も~。汁が~」


 汁が垂れてきた親指と人差し指を、チュッチュッと吸うように舐めた。


「あ!」黒羽が声を上げた。


「何? どうしたの?」


「なんでもありません」


 黒羽はなんでもないと言ったが、ものすごくニヤニヤしている。黒羽の後ろでは、隼人が大地を一瞥いちべつしたあと、「まあ、仕方ないですね」とため息をいていた。


「俺の分は?」中に入ってきた大地が、隼人に聞いた。


「ありませんねえ」


「なんでだよ!」


「なんででしょうねえ」


 大地は「俺も食べたかった」と隼人に抗議した。隼人は大地を冷たくあしらっていた。


 父と大地の分はちゃんと取り分けてあった。夕食のときに出していた。大地は「なんだ、あったのか」と美味しそうに食べていた。



◇◇◇


 食堂のテーブルに、生クリームたっぷりのケーキが置いてある。ケーキ屋でカットされピース売りされていそうな、かなり大きいホールケーキだ。それを大地だいち隼人はやと黒羽くろはと私の四人で囲んでいた。

 誰の誕生日でもない。昨夜、父がもらったと持って帰ってきた。おやつに食べなさい、私はいらない、と言っていた。


「お嬢様、どれくらい食べますか?」


「八分の一」


「大地さんは?」


「四分の一」


「黒羽は?」


「八分の一」


「私はどうしましょうねえ。四分の一、食べられるか……、迷いますね。まあ、食べてから、また取ればいいだけですね。八分の一にしておきましょう」


 隼人が独り言のように呟きながら、みんなにケーキを取り分けてくれた。


「いただきます! あ、柿だ! ん? 梨も入ってる!」


 ケーキの上には何も乗っていなかったが、スポンジケーキの間には柿と梨が挟んであった。


「ん、うまいな」


「そうですねえ。柿、美味しいですね」


「梨も美味しいです」


 みんな、気に入ったようで、美味しい美味しいと言いながら食べている。


 生クリームがたくさん乗っている部分を頬張った。


(あんまいっ!)


「お嬢様、ここ、ついてるぞ」大地が自分の口の横を指さした。


「え? 本当? とれた?」ペロッと舌で口の横を舐めた。


「届いてないな」


 大地は立ち上がると近づいてきて、テーブルの反対側から手を伸ばしてきた。私の口の横を、親指で拭うと、白くなった自分の指を舐めた。


「ん、取れたぞ」


「ありがとう!」


 次は、果物の挟まっている部分を食べようと、ケーキを切り分けフォークを刺した。

 黒羽が視界に入った。こちらを向いて、ジーッと私のことを見ている。


「どうしたの?」ケーキを口に運びながら聞いた。


「はあ。大地さんが悪いんですよ」隼人がケーキを食べながら、ため息をいた。


 黒羽が大地をにらんだ。


「なんだよ?」


 黒羽は大地を無視して、ケーキにフォークを刺した。絶対に一口は無理だ、というサイズを大きく口を開けて頬張った。口には入ったが、口の周りには生クリームがたっぷりついた。


 黒羽は私に顔を向けて、にこっとした。


(え? これって、まさか?)


「あ、あはっ、あはは!」


 黒羽の行動に、思わず笑ってしまった。隼人も口を押さえて笑っている。大地は呆れた顔をしていた。


 黒羽の口元についている生クリームを、人差し指ですくった。


「あとは、自分でね。ふふ、あはは。ん」人差し指に移った生クリームを舐めた。


「はい」黒羽は嬉しそうに、残りの生クリームを舐めたり拭ったりしている。


「はあ、あはは。ダメだ~。とまらない」


 笑いのツボに入ってしまった。目に涙がにじんだ。私がずっと笑っているからか、黒羽は少し恥ずかしそうな顔をした。それもまた可笑しかった。


(かわいい)


 一口サイズに切り分けたケーキをフォークに刺した。


「はい、黒羽。あーん。ふふ、あはは」


 黒羽は目を丸くしたあと、満面の笑みで口を開けた。差し出したケーキを美味しそうに食べた。お返しに、黒羽も私に食べさせてくれた。



「残りはどうしましょうか? まだ食べられますか?」


「俺は同じくらい食える」


「僕も食べられます」


「私はさっきの半分くらい」


「それだと、足りませんね。まあ、残りは等分でいいですかねえ。お嬢様が食べきれなかったら、大地さんが食べれば……。結局、全部食べちゃいましたね。無理かと思いましたが、食べられるものですね」


 隼人が感心したようにうなずきながら、残りをみんなに取り分けてくれた。


 帰宅した父に、とても美味しかったとお礼を言った。全部食べてしまったことを伝えると、驚いていた。「若いからか……」とボソッと呟いていた。

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