◆003. 少年の変化
部屋に戻ると、窓が開いていた。湯上がりに、とても気持ちの良い風が入ってくる。
私の部屋は、二階の右角にある。窓から外を見ると表庭が見える。
ドアを入ると右側に広くなっている。六畳の部屋が左右に二つ並んでいて、左側の部屋にドアが付いているような形だ。
入って右側の広がっている場所に、ダブルサイズはありそうなベッドが置かれている。右側の壁に頭側をピタリと付け、左右どちらからでも入れるように真ん中に置かれている。
ドアを入って目の前には、大人が三人は座れるソファーが、こちらに背を向けて置かれている。その奥にはテーブルが、さらに奥、窓のある壁に沿って二段の本棚が置かれている。
この本棚は、ベッドの横まで、左側の壁から右側の壁まで続いている。窓の下にあたる部分は、棚の奥行きがせまくなっている。窓を開閉するためだろう。
この部屋に窓は三つある。本棚のある壁に
腰高窓の下の部分と本棚の高さはちょうど同じくらいだ。この窓から外を見ると表庭が見える。
それらが全て開いていて、少年がバルコニー付きの窓から外を、壁に寄りかかりながら眺めていた。ソファーには、シーツなどのリネン類がかかっていた。
どうやら、ベッドを整えて、部屋の換気をしてくれていたらしい。
「お待たせ。このシーツは持ってくぞ。風呂から出たって伝えてくるわ。じゃ、あとはよろしく」
ベッドの足側に座り、少年にタオルとドライヤーで髪を乾かしてもらう。
私の髪は茶色で、肩下十センチくらい。サラサラのストレート、ではなく、うねうねしている天然パーマだ。濡れてストレートになっていた髪の毛先が、乾かすとピョンピョンとはねた。
仕上げの冷風を髪に浴びていると、ドアがノックされ誰かが入ってきた。
「お嬢様、食事をお持ちしましたよ」
線の細い青年Bは、運んできた食事をテーブルに広げた。
体調も良くなり、お風呂にも入ってサッパリし、さらに食事。しかも、準備してもらえるなんて、最高だ。いや、最近は思うように動けなかったから、準備してもらうことも多かったか。
(そうだっけ?)
(死にそうだったから?)
(………………)
「っ!」
ヒンヤリとしたものが、
青年Bの髪は、茶色でとても長い。前髪も長く、ふんわりと膨らませ、登頂部でいったん結び、全体の髪と合わせて後ろでゆるく一つに束ね、クルンと一巻きか二巻きして毛先を垂らしている。下ろしたら腰まであるかもしれない。
タレ気味の優しい目が、私を見つめている。
「お風呂に入ったから、多少は温かく感じますけど、確かに下がってますね。あの高熱、何だったんでしょうか」
(うーん、手が冷たくて気持ちいい)
みんなに心配かけてしまった。たぶん、知恵熱みたいなもの、なんだろうが、理由は誰にも言えない。
「
「あやと、あーがちょ」
看病してくれて、心配してくれて、ご飯作ってくれて、本当にありがとう。取った手をギュッと握りしめた。驚いたような顔をした隼人に、次の瞬間、思い切り抱きしめられた。
(ぐえっ、苦しい!)
「どういたしまして、お嬢様!」
苦しくて「んーんー」ともがいていると、「ほどほどに!」と少年が引き離してくれた。
「すみません。嬉しくて、つい」
隼人は、謝りながら優しく頭をなでたあと、「冷めないうちにどうぞ」と部屋を出て行った。
テーブルには、土鍋が置いてあった。お粥、いや、重湯だった。取り皿とレンゲ、お水が置いてある。ソファーに移動し、さっそく食べようと手を伸ばすと「僕がやりますよ」と少年にさえぎられた。
(熱いから、ちびっこにはやらせないか)
小さい子といえば、少年もまだ小さい子だと思う。小学生くらい、高学年に満たないだろうか。
重湯を取り分けたお皿を渡してもらうのを待った。待ったが、渡してはもらえなかった。
少年は、取り分けた重湯をレンゲで少量すくうと、「ふーふー」と息を吹きかけ冷ました。
「はい、お嬢様。あーん」
(なるほど、それもそうか)
取り分けたとしても、取り皿も熱くなる。少年は、取り皿と手の間にハンカチをはさんでいる。
口を、レンゲに近づけ、唇をつけてみる。大丈夫そうなので、パクッとレンゲにかぶり付いた。
(美味しい!)
ちょっとぬるめの重湯が、空きっ腹に染み渡った。欲をいうと、お粥が良かったが、固形物をしばらく食べていなかったので、仕方がない。体も子どもだ。無理はしない方がいいだろう。
一口食べたら、余計にお腹が空いてきた。もっと食べたいと、少年にせがんだ。
少年は、冷ましながら一生懸命食べさせてくれた。たまに熱くて、謝られながら、常温の水を口に含んで冷ましたりした。
そのうち、重湯でお腹が温まり、少年を観察する余裕が出てきた。
少年は、黒髪で、長さはミディアム。前髪は眉が、サイドは耳が隠れるくらいの長さだ。微妙に毛先が跳ねている。私と同じ天然パーマなのかもしれない。瞳の色も髪と同じ黒系だ。
大地も隼人も私も、明るさは違えど、茶色の髪だ。瞳の色は、見てなかったから分からないが、黒ではなかったような気がする。
私の瞳の色も、まだちゃんと鏡を見ていなかったので、分からない。
この辺りの人たちは、茶か黒の髪色なのだろうか。
(……少年って、美少年だな。アイドルとかできそう)
「お嬢様、どうかしましたか? お腹いっぱいになりました?」
考え事をしていたため、動きが止まっていたようだ。もう少し食べたかったので、首を横に振り、取り皿に残っていた分を食べさせてもらった。
水を飲んで一息ついた。落ち着いたところで、少年にもあの質問をしてみた。
「にゃーまぇ、なーまぇ」
すると、少年の瞳から光が消えたような気がした。「ダメじゃないですか」と、暗い声が少年から聞こえてくる。
「何度も何度も教えたでしょう? 大地さんや隼人さんの名前は忘れてもいいですよ。でも、僕の名前は忘れちゃダメじゃないですか」
正面から、私の両肩を掴み、笑顔でゆっくりと同じことを繰り返し話す。まるで、悪いことをした子どもに言い聞かせるかのように。
(……なんだろう。怖いんですけど。何度も聞いたのに、忘れてしまったのは悪かったけど、でも、なんか嫌だ)
ペチン
少年の
呪文を唱えていたかのような口の動きが止まり、キョトンとしている。「にゃみゃえ」と、少年の変化は見なかったことにして、聞き直した。
「
少年は、片手で
一通り聞いたところで、黒羽は、食器を片付けてくると部屋を出ていった。が、すぐに戻ってきて、歯磨きをするために、洗面所に連れていってくれた。
廊下をはさんで反対側の部屋が洗面所とトイレになっている。一人でも行けるのだが、いつもそうしてもらっているので、おとなしく従った。
「熱が下がったばかりですから、いつものように部屋でゆっくりしていてください」
歯磨きを済ませると、そう言われ部屋に戻された。
「お昼頃にまた来ます」
黒羽は部屋から出ると、こちらを向きながらゆっくりと扉を閉めた。
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