5、ひょんなことからぬらりひょん

「なあ、シュー。こんな話、きいたことあるか? NenAturaのメンバーは途中から一人増えている」

「はぁ?」

 レンの言葉に、変な声が出た。

 今日はレンと二人の仕事だ。楽屋に他のメンバーは居ない。

「その一人が誰かは、誰にもわからない」

 俺の言葉を無視して、レンは話を続ける。

「なんだよソレ。あ、デビュー前に途中でメンバー増えたとか? そんなの、事務所の構想の変更だろ」

「ちげーよ。デビュー後にだよ」

 何を言われたか意味がわからなかった。

「……増えてないだろ? 最初からこのメンバーだろ?」

 そんな途中介入みたいなことが起きてたら、もっと話題になってるだろうが。第一、俺らが覚えてないわけがない。

「……本当に?」

「だって最初から俺たちは四人、あ、五人か……。ん?」

「それだよ!」

 レンがこちらに身を乗り出してくる。

「……四人だったこと、あったよな?」

「……いやいや、え?」

 五人だった。はずだ。最初から。なぜなら今俺たちは五人で、途中で一人加わってきた記憶なんかないからだ。

 だけど、四人だったころがある、ような気もするのだ。

「トランプの曲、出しただろ?」

「ああ、ポーカーフェイス」

「あの時、四人だと柄と合うって話にならなかったか?

「柄プラスジョーカーだろ?」

「最初から、そうだったか?」

 言われると、少し自信がなくなる。

「いやでも、そんな不可思議現象あるか?」

 途中で誰かが加わっているけど、誰も気がついていないなんて、そんなこと。

「ダイアナちゃんがいるお前が、それを言うか?」

 レンに真顔で言われて口ごもる。

 まあ、そうなのだ。確かに、吸血鬼の恋人がいる俺が、それをありえないと否定してしまうのはおかしいのだ。

「だから、シューに聞いてみたんだ。お前なら、信じる素養があるから」

「あー、レンもな」

 怪奇現象に巻き込まれた同盟な。

「そろそろお願いしますー」

 外からの声に、返事をする。

「とりあえず、ダイアナに聞いてみる」

「そうしてくれ。とりあえず、今は目の前のお仕事がんばろうぜ」

「ああ」

 言いながら楽屋を出て、

「あ、そうそう」

 先を歩いていたレンが振り返る。

「ちなみにこの話、五人目の正体に気がついたら死ぬんだって」

「そんな話教えんなよっ!」

 ありえないって言えないから、怖いだろうがっ!



「っていう噂があるんだが、ダイアナ知っているか?」

 帰ってきて、リビングで団扇作りに精を出しているダイアナに問いかける。ちなみにもちろん、俺ではなく、レンの団扇だ。

「……そりゃあ、君、わからなくはないがね」

 顔を上げたダイアナは嫌そうな顔をしていた。

「明らかにすべきことかい? せっかく、上手くこのメンバーでやっていけているのに」

「……ファン心理?」

「多少な」

「なるほど」

 本当今更だけど、この吸血鬼はNenAturaのこと好きだよなー。

「とりあえず、レンがその五人目じゃないことはわかった」

 話を持ってきた本人が、そうだという可能性もあるだろうな、とは思っていたのだ。

「なんでそう思うのかね?」

「レンがもし、そうなら、ダイアナはわかるっていうことも言わない」

 ダイアナが知らないといえば、この話はなかったことになる。俺もレンも、そこまで本気にしているわけではない。身近な怪異であるダイアナが知らないのならば、やっぱり噂は噂だよなーと流していた可能性が高い。

 レンが大好きなダイアナが、レンがいなくなる危険性が少しでもある発言をするわけがない。なかったことにして、終わりにするはずだ。

「……君に読まれているかと思うと心外だね、上条修司」

 ダイアナがアンニュイにため息をつく。そういうところはちょっと色っぽくてドキッとする。普段はただのアイドルオタクだけど。

「あと、ちなみに。君がその五人目だということもないから安心したまえ。シューくん」

 わざとらしいシューくん呼び。

 っていうか、実は俺だったらどうしようとか思ってたの、バレてたか……。ダイアナに読まれていたと思うと心外だな。……さっき聞いたな、これ。

「あいつは、自分が招かれざる五人目だということに気がついているよ、ちゃんと。気になるのならば、一度あいつと話をつけてこようか? 私もあいつがいつの間にかぬけぬけと、しれっと、NenAturaに加わっていたことには一言物を申したいなと思っていたんだ」

「知り合いなのか?」

「ああ」

「そっか。……そいつ、危ないやつじゃないよな?」

 ダイアナが強いのは知っているけれども、正体がばれているってわかったら、逆上したりとか……。いや、まあユーマもナツもリュウもそんなことしなさそうだけど。

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 普段からかってくるくせにたまにこうやって素直に礼を言ってくるから、困る。ドキッとするじゃないか。

「わかった。楽屋に、招けばいいか?」

「ああ、頼む」

 じゃあ、次のレギュラー番組の撮影の時にでもと話をまとめると。ダイアナはまた団扇作りに戻る。

「……なあ、ダイアナ」

「まだ、何かあるのかね? 見てのとおり、私は忙しいのだが」

「五人目の正体知ったからって、死んだりしない、よな……?」


  **


 平均年齢十六歳の五人組アイドルグループNenAtura。最年長の十八歳。岡本夏彦(おかもとなつひこ)、通称ナツ。

 というのは、実は真っ赤な嘘。

 まずどこから嘘かというと、平均年齢が十六歳というのが嘘。確かに最初は十六歳だったけど、ボクが加わったことでぐぐんっと上にあがったはずだ。

 ざっと、二〇〇〇歳ぐらい。

 ちなみに、夏彦という名前自体は本名だ。いや、本名のようなものだ。八〇〇年ぐらい前から使ってるから、そろそろ本名にカウントしてもいいと思う。岡本は適当。

 NenAturaの秘密、と題されたインターネットの書き込みを見る。

 うーん、ボクの力も弱まってきたのかな。やんわりとバレるなんて。でもまあ、まだ個人の特定には至っていないだろうけれども。

 確かに、ボクはある時点から急にNenAturaに紛れ込んでいる。本当、成り行きで。

 アイドルが好きで追いかけてたら、気づいたら入っていた。

 当たり前のように。

 ボクはぬらりひょん。妖怪の総大将なんて一部で言われているけれども、全然そんなことはなく、それは創作で。実際のところ、人の家に上がりこんで茶を飲む。そんな妖怪だ。

 つまり、まあもうお判りいただけていると思うけど、ボクこそが招かれざる五人目、というわけ。

 ちなみに、ボクに気づいたところで、別に死ぬわけじゃないけど。ボクにそんなオプションないんだけど。

 そろそろNenAturaごっこも潮時かなー。そんな風に思いながら、楽屋でケータイを眺める。だいたいいつもボクが一番乗りだ。まだ、みんなくる気配がない。

「夏彦」

 唐突に、背後から名前を呼ばれて振り返る。聞き覚えのあること。

「……ダイアナ」

 戸口のところに、懐かしい黒い姿が立っていた。

「久しぶりだね」

 彼女の赤い唇が、皮肉っぽく歪んだ。

「どうやってここに?」

 吸血鬼である彼女は、招き入れられないと入れない筈なのに。

「上条修司に招き入れてもらったんだ」

「ああ」

 納得した。

「そうか、シューのダイアナちゃんは、やっぱり君なんだー」

 そうじゃないかな、とは思っていたんだ。

「アイドル、好きだからねー」

「それは君もだろう」

 呆れたように言われる。

「よく二人で追っかけしてたもんねー」

「ああ、君がせっかくあてたライブチケットを紛失するまではな!」

 ダイアナの声が上ずる。

 うわっ、この人まだ根に持ってる。

「ごめん……」

「そのくせ、自分だけはぬらり、ひょんっとライブ会場に入り込みおって」

「待って。ぬらりひょんってそういう擬音なの?」

「私はチケットがないと入れないのにっ! できたばかりのさいたまスーパーアリーナには、入れなかったのに!」

「ごめんね、ごめん」

 チケット紛失事件で仲たがいしてから、なんとなく顔を合わせなくなっていたのだ。長く生きているわりには、結構最近のことで喧嘩しててごめんね。

「それで、今日はわざわざどうしたの? ってまあ、招かれざる五人目の噂だよねー?」

「ああ、上条修司が気にしているから来た」

「……シューはボクが五人目っていうことは?」

「いや、知らない」

 それにちょっとほっとする。そこまでばれていたらちょっとやりにくい。

「夏彦は、今後どうするつもりなんだ?」

「気が付かれ始めているのなら、そろそろ身の引き時かな、って思っているよー。現れた時のように、ぬらり、ひょんって消えるよ」

「ぬらりひょんってそういう擬音なのか?」

「待って、ダイアナが先に使ったんだよ?」

 吸血鬼だということを差し引いても、ダイアナはかなり変人だ、シュー、すごいよなー。よくこの子と付き合っていられる。

「アイドルが好き過ぎて、NenAturaがかっこいいなと思って、おっかけているうちにぬらり、ひょんっとメンバーに紛れこんだんだけど」

「ぬらり、ひょん。気に入ったな、さては」

 ちょっとね。ダイアナは黙ってて、ややこしくなるから。

「好きだから迷惑かけるつもりないしね。噂になっちゃってるなら、潔く身を引くよ」

 残念だけど。

 ダイアナはちょっと眉を吊り上げ、

「君がどうするのかは、君が決めればいい。だが、ファンとして一つ言わせてもらえればだな」

 怒ったような口調でいう。

「NenAturaはもう、五人組アイドルグループだ」

「そう? ダイアナは、最初怒ったんじゃないの? ボクが紛れ込んで」

「ああ、怒ったとも。私が上条修司のところに行くようになったころは、まだ君はいなかったしな。何完璧な四人組グループに、ぬらり、ひょんっと加わりがやがったんだ、と思ったさ。しかも、ポーカーフェイスっていうせっかくの、四人組である特性を生かしたトランプの曲で! いつの間にか、ジョーカーで加わりおって! ビッグワンか、貴様は!」

 あー、まあ確かに、タイミングが悪かったかな、とは自分でも思うけどさー。

「だが、それでもなんとなく五人が板についてきて、見慣れてきた今となって、抜けるだと! 勝手を言うな! ファンを何だと思っている!」

「見慣れたの?」

「ああ。実際、ベストの配置だと思うようになってしまったのだよ! 暴力的なまでに輝く太陽、生まれついてのアイドル、レン」

「何、ダイアナ、レン推しなの?」

 確かにあのキャラはダイアナの好きなタイプだと思うけど。

「当たり前だろ。彼ほどアイドルらしいアイドルはいない」

 まあ、それは同意。

「人当たりのいい、優しい外面シューくん」

「二重人格だもんね、彼」

「クールなユウ様、可愛い弟キャラのリュウ。いいか、この中でリーダーであるレンをサポートする役がいないんだ」

「でも、シューが」

「ああ、実際、上条修司が裏方としてサポートをしているだろう。だが、それは上条修司だ。シューくんは、レンを止められない。優しいからだ。彼の外面の優しさは、時に暴走するレンのアイドル力を止められない」

 暴走するアイドル力って、なんだろう? すごいパワーワードだなー。

「それを止めるのが、柳のように全てをぬらり、ひょんっと受け流すナツの存在なんだ。今はもう、みんなそのパワーバランスに沿って、キャラを落ち着けている。今更止められては、このバランスが崩れるではないか!」

 うーん、自分も大概アイドル好きだけど、ダイアナが言っていることがよくわからない。ただ、ここにいていいのだ、と言われたのはわかる。

「だけど、メンバーが」

 招かれざる五人目。遅かれ早かれ、全員の耳に入るだろう。それぞれが疑心暗鬼になってしまうのは、よくない。

「説明すればいい」

「は?」

「君がぬらりひょんだと」

「……君、正気かい?」

 誰がそんな話を信じるというんだ。

「上条修司とレンは信じるさ。あの二人はもう、怪異を体験している」

「……それでいうなら、リュウも何かに巻き込まれていた気配はあったけど」

 自力で脱出していたから、ほっといたけど。

「私の見込みでは、多分ユーマにも何かあったね。一時期、彼は別人がテレビに出ていた」

「どんな怪異アイドルなんだよー、ここ」

「名前の通りじゃないか。NenAturaは、不可思議なという意味だろう?」

 ダイアナが赤い唇で微笑む。

「それに……」

 誰かの話し声が近づいてくる。

「おや、誰か来てしまったようだね。私は帰らせてもらうよ。ナツ」

 愛称で呼ぶ。ここに来て。

「君の英断を願っているよ」

 そうして、ダイアナの姿は霧のように消え、

「おはようございまーす」

 リュウが入ってきた。

「おはよう」

 なんとか、微笑んだ。


 正直、その後二週間悩んだ。結論を出すのに。

 シューとレンが目に見えて、そわそわし出したので、覚悟を決めた。

「ねえ、今日仕事が終わったら話があるんだけど」

 ボクは今日、今の立場に決着をつける。


 仕事の後、いつもの練習場にみんなを集める。

「単刀直入に、言うね。招かれざる五人目の話、みんな知ってる?」

 全員が頷いた。やっぱり、みんなもう知ってたか。でも、騒がないでいてくれたのか。

「シューがその話をみんなにするのはもうちょっと待って、って言ってたから、待ってた」

 リュウが言う。レンとユーマも頷いた。

「ダイアナが待てっていうから」

 シューが肩をすくめる。

「なるほど」

 苦笑する。

 あの子は本当、おせっかいだな。

「こうやって切り出したということは、ナツがその五人目なんだな?」

「うん。ボクがそう。招かれざる客。五人目のNenAtura」

 微笑む。

 四人の視線を、逃げずに受け止めて。

「ある日突然、ぬらり、ひょんっと入り込んだ、ぬらりひょんだよ」

 沈黙。

 四人が顔を見合わせ、

「ぬらりひょんって、なんだ?」

 レンが小声で隣のシューに聞く。

「知らんよ」

「知らないとか、失礼だろ」

「じゃあ、ユーマ知っているのか?」

「存じ上げない」

「丁寧に言えばいいってもんじゃないだろうが」

「というかさっきの、ぬらり、ひょんはダジャレか?」

「そうじゃないの? ナツは前からそういうところあるからな」

「あ、あのぼくわかるよ。妖怪の総大将でしょう?」

「へー、すげー」

「あ、わかった。あの後頭部がでかい妖怪な。敵の」

 あー、君たち。聞こえてるんだけど。小声で話しているのはわかるけど、聞こえるんだけど。

 あとごめん、別に妖怪の総大将じゃないし。

 ちょっと、本来の意図していたのとは違うところで心が傷ついている。

「あの」

 声をかけると、四人が一斉にこちらを見た。

「それで、その、迷惑になるようなら消えようかなと思ってるんだけど。その、ボクが消えたらもとどおり四人に戻るだけで、齟齬は出ないと思うんだけど」

 人気アイドル四人の視線の圧に押されて、しどろもどろになってしまう。ボクは一体何なのか。

「え、なんで? 別に居ればいいんじゃね?」

 レンが不思議そうに言った。

「うん。なんで消えるの?」

「いや、急にはいりこんで迷惑かなって」

「でも、ナツ、アイドル好きなんでしょ? 一番好きなアイドルはNenAturaなんでしょ?」

「へー、そうなんだ。いい趣味してるな。オレもNenAturaが一番好きだぜ」

「奇遇だな、おれもだ」

「ぼくもー!」

「俺だって。五人組アイドルグループのNenAturaが好きだ」

 四人が楽しそうに笑う。

「いいじゃんか、別に。NenAturaってどうせ、不可思議とか怪奇現象とかそういう意味なんだから」

 シューが笑う。

「……それ、ダイアナも言ってたよ」

 思わず苦笑するとシューが顔を赤らめた。

「べ、別にあいつになにか聞いたわけじゃないからな」

「素でダイアナと発言かぶったんだー、うけるー」

「まて、なんでリュウがダイアナのこと知ってるんだ?」

「ああ、そうか。ごめんごめん、このシューは知らないんだ」

「この、ってなんだよ?」

「ちょっと話すとややっこしいことがあってさ」

「つまり、リュウもあるってことだな。不可思議な体験が」

「まあね。その言い方は、ユーマも?」

「ああ、なんだ。全員じゃないか」

 レンが笑う。

「シューとレンも?」

「残念ながら」

「仲いいな」

 笑う。

「そうだ、せっかくだから、今日はシューの家に泊まってみんなで暴露大会にしよう」

「待て、なんで俺ん家なんだよ」

「ダイアナちゃんがいた方が、話早いだろう? それに心配しているだろうし」

「それは、まあ」

「おれも見たい。どうも、シューのカノジョに会ったことないの、おれだけみたいだし」

「そうだねー」

「いや、マジ、リュウはいつ会ったんだよ?」

「それも、あとで話すよ。ほら、早くダイアナに連絡した方がいいんじゃない? あ、でもNenAturaが全員で行ったら、あの人気絶するんじゃないの? 大丈夫?」

「お前は、ダイアナを何だと思ってるんだよ!」

「平気だと思うの?」

「……まあ、ちょっと不安だけど」

 わいわい四人が勝手に話すのを、ボクはあっけにとられて見ているしかない。

 ああ、なんだ、この展開は。

「ほら、ナツ行くぞ」

 さっさと荷物をまとめたレンが立ち上がる。

「君たち、本気で言ってるのかい?」

 当たり前のように、四人がうなずく。

 ああ、なんだか、泣きそうだ。

「まったく、君たちは」

 ならば、もう少し。いなくなれ、と言われるまではここで頑張ろう。

「ボクはね、NenAturaが世界で一番大好きだよ」

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