3、ループグルーピング

「こんなに早く収録終わるのなんて珍しいよなー」

「スムーズだったな」

「ナツ、お前、途中寝てなかったか?」

「寝てないよー」

「ナツの微笑み顔、眠そうに見えるよね」

 そんなことを言い合いながら、スタジオから楽屋に戻る。今日のテレビの撮影は実にスムーズだった。

「なー、早く終わったし、ちょっとダンスの練習して帰らん?」

 せっかく全員が集まって、しかも時間があるのだ。予定外ではあるが、新曲のフリを合わせておきたい。そんなぼくの提案を、

「悪いが、明日模試なんだ。帰らせてもらう」

「じゃあ、悪いけど俺も。台本覚えたい」

「ボクもちょっと行くところあるんだよねー」

 メンバーは口々に却下して、おつかれーとさっさと帰ってしまう。嘘だろ? なんでそんなにやる気ないんだよ!

「あー」

 怒りに震えるぼくに、どこか困ったようにレンが声をかけてきた。

「オレでよかったら、付き合うけど……」

 その気を使ったような言い方にも、なんだか腹が立つ。

「いい! 一人でやる!」

 怒りに任せてそう宣言すると、荷物を手荒にまとめて部屋をでた。

「あー、おつかれ」

 背後からレンの困った声が聞こえてきたけど、シカトした。


 平均年齢十六歳の五人組アイドルグループNenAturaのリュウこと手塚隆一(てづかりゅういち)。それがぼくだ。

 最年少の十四歳ということもあって、世間的には弟キャラで通っている。みんなに面倒を見られる立場というか……。しかし、それには異議を唱えたい!

 NenAturaで一番しっかりしているのは、間違いなくぼくだ!

 他のメンバーは、どいつも、こいつも、やる気がない! なんで、あいつらがNenAturaのメンバーなのか、ぼくには一ミリも納得がいかない!

 リーダーのレンは、まあ確かにリーダーとしてNenAturaを引っ張っていってくれてるけど、インタビューとかで「お忍びデートしてるんですよ」とかぬけぬけと答える人間だ。アイドルだってこと、理解してないんじゃないか? バレてないからいいようなものの……。いつか週刊誌に撮られたらどうするんだ?

 シューも、ユーマも、片手間だ。シューは実は俳優がやりたいからアイドルやってるとかいう、所詮アイドルを足がかりにしか思ってないやつだし。っていうか、アイツは外に見せる顔と実際の顔が違いすぎる。あんな二重人格見たことない!

 真面目そうなユーマも医者を目指しているとか意味わかんないこと言ってるし! なんでアイドルが医者を目指すんだよ、どっちかにしろよ!

 ナツが一番意味がわからん! 何を考えているかいつもわからず、ふわふわ笑っているだけで。NenAturaになったきかっけも、なりゆきとか意味わかんないこと言うし。なりゆきってなんだよ! そんな理由であのオーディション勝ち抜いてきたのかよ? 倍率高かったろうが!

 ぼくの母親は、ぼくは生まれる前にも、妊娠中も、生まれてからもあるアイドルのおっかけをしていた。それについては言いたいことがたくさんあるんだけど……、子育て的な意味で。でも、その影響で、ぼくも小さい頃からライブ映像とかたくさん見てきた。そんな環境でぼくがアイドルに憧れたのは、ある意味当然だったと思う。

 アイドルを目指す、と言った時、母は喜んだ。多分、最初はそれが一番大きな理由。お母さんにぼくを見て、笑って欲しかったから。

 だけど、実際にNenAturaとなってからは違う。

 母親が憧れていたあの人たちみたいに、周りに夢と元気を与えるアイドルになりたい。つらいときや悲しいときでも、歌を口ずさめば思わず微笑んでしまう。そんなアイドルになりたい。

 そんな風にぼくは思っているのに、年下のぼくが思っているというのに、アイツらときたらっ!

 一人でダンスの練習を終えると、帰路につく。結局、レンのやつも来なかったし。

 いつもの帰り道、神社の前を通りかかる。物心ついたときから住んでいる町、この神社には毎年初詣に来ている。オーディションのときも、ここに神頼みにきた。

 なんとなく、むしゃくしゃした気持ちのままだったから、神様にでもお願いするか、という気分になった。アイツら、年下のぼくのいうことなんて、聞きやしないし。

 ぱん、ぱん。

 両手を二回叩くと、願う。

「アイツらが、仕事に本気で取り組みますように!」

 半端な気持ちで続けるなんて、許せない。

 もしも、それが無理なら、

「ぼくを納得させてみろ」

 あんたらのやり方が、間違っていないと。


 次の日、今日は仕事も学校もないし、と家でのんびりしていると、

「ちょっと隆一!」

 台所から母親の声。

「今日、テレビの収録でしょう? いつまでだらだらしてるの! 早く行きなさい!」

「え? 今日、休みじゃん?」

「何言ってるの」

 呆れたような声。

「え、だって、十日の日曜日だよね?」

 壁のカレンダーまで行って、確認する。この日には何も書いてない。

「何言ってるの、土曜日でしょう。九日の」

「え、だって、それ昨日……」

「寝ぼけてないで早く行きなさい!」

 口答えを許されず、家から追い出される。

 人気アイドルだのなんだの言われても、母親には逆らえるわけがない。うーむ。

 納得できないまま、家を出る。あのまま、家にいたらすっげー怒られそうだし。

 どっかで時間潰そうかな、と思ったものの、不安になって、レンに電話してみた。

「もしもし、あのさ、今日って仕事だっけ?」

「おいおい、しっかりしてくれよー」

 呆れたようなレンの声が、母親と同じことを言う。

 電話を切り、それでも釈然としないまま、仕事場に向かう。

 ふっと思い出して、ケータイで日にちを確認すると、確かに九日だった。あれー?


 まあ、自分の勘違いだったんだろうな。疲れてんのかな。若いのに。そんな風に思いながら、普通に仕事をこなした。

 けど、やっぱりなんかおかしいよなー。なんかやることなすことに覚えがあるんだよなー。これがあれかな、デジャビュってやつかなー?

「こんなに早く収録終わるのなんて珍しいよなー」

「スムーズだったな」

 楽屋でメンバーが思い思いに話す。

 ……いや、これも昨日やったような気がするんだけどなー。

「ナツ、お前、途中寝てなかったか?」

「寝てないよー」

「ナツの微笑み顔、眠そうに見えるよね」

「なー、早く終わったし、ちょっとダンスの練習して帰らん?」

 こんなに早く終わるなんて珍しい。せっかく全員そろっているのだから、フリを合わせたい。そう思ったぼくの提案を、

「悪いが、明日模試なんだ。帰らせてもらう」

「じゃあ、悪いけど俺も。台本覚えたい」

「ボクもちょっと行くところあるんだよねー」

 メンバーは口々に却下して、おつかれーとさっさと帰ってしまう。

「あー」

 怒りに震えるぼくに、どこか困ったようにレンが声をかけてきた。

「オレでよかったら、付き合うけど……」

 その気を使ったような言い方にも、なんだか腹が立つ。

「いい! 一人でやる!」

 怒りに任せてそう宣言すると、荷物を手荒にまとめて部屋をでた。

「あー、おつかれ」

 背後からレンの困った声が聞こえてきたけど、シカトした。

 イライラしたまま一人でダンスの練習をして、家に帰る途中、やっぱりおかしいよなーと思う。すっごい、今日のこと記憶にあるんだけど。

 でもまあ、勘違いなんだろうなー。

 イライラはするし、モヤモヤもするし、本当最低の一日だった。明日こそ休みだから、ちょっとのんびりして、気持ちを落ち着けよう。


 ということで、次の日、家でのんびりしていると、

「ちょっと隆一!」

 台所から母親の声。

「今日、テレビの収録でしょう? いつまでだらだらしてるの! 早く行きなさい!」

「ええ?!」

 昨日も聞いたぞ、それっ!

 今回は最初から、ケータイを手に取る。だって、今日は十日の日曜日……じゃないっ?! 九日?! え、なんで、昨日やったじゃん?!

 混乱しているぼくをシカトして、母さんがぼくを家から追い出す。

 ちょっと悩んで、ユーマに電話してみた。

「珍しいな、おれに電話してくるなんて」

「聞きたいんだけど」

 それを遮って、問いかける。

「今日は、九日の土曜日で、テレビの日?」

「ああ、そうだが」

「……昨日やらなかったっけ?」

「何を言ってるんだ? 寝ぼけてるのか?」

 ユーマの呆れたような声。

 うーん、ぼく、寝てるのかなー。これ、夢なのかなー。


 というようなことが、そのあと二回あった。ぼくはそのたびに、シューとナツにも電話して、同じように変なやつ、みたいな対応をされて……。

 ああもう、さすがにこれは絶対おかしい。

 六回目の、九日の土曜日。

 収録前に、ぼくは宣言した。

「今日の撮影は、異様に早く終わる!」

「は?」

「いいから。絶対早く終わるから。そんでもって、多分ナツは途中で寝る」

「寝ないよー」

「寝てるっぽい感じになる。それと」

 カメラマンさんがしたドジの話とか、いくつか記憶に残っていたことを言う。メンバーがみんなして、何言ってるんだ? こいつ、みたいな顔をしている。

「今は、変に思っててくれていいから! 終わったら、ぼくの話を聞いて!」

 必死にお願いすると、

「あー、うん。わかった」

 怪訝そうな顔のまま、レンがみんなを代表して頷いた。

 

 ぼくにとっては、もう六度目の収録を終え、楽屋に戻る。

「確かに、早く収録終わったな」

「カメラマンさん、こけたしね」

「ナツ、途中で寝てたしな」

「寝てないよー」

「寝てるっぽい顔なんだよな」

 なんて言いながら楽屋に入り、

「で?」

 それぞれ、なんとなく決まった定位置につくと、レンが首を傾げた。

「なんで、リュウは今日のことこんなに当てられたんだ? 予知能力でも身につけたのか?」

「違う。信じられないかもしれないけど、ぼくにとって、今日は六度目の今日なんだ」

 そこから、ここのところぼくに起きていると思われること、同じ日をループしている話をする。この撮影の全部がわかっていること、みんなに一回ずつ電話したこと、全部同じこと。

「さすがにもう、勘違いじゃないと思うんだ」

 ぼくが言うと、みんな真剣な顔をして押し黙った。

 やっぱり、変な奴、頭おかしいって思ったかな……。ぼくなら、そう思うし。

 解決策も見つからないし、どうしたらいいのかわからなくてみんなに告げたけど、言われたって困るよな。そんな風に思って俯いたぼくの耳に、

「リュウの言いたいことは、わかった」

 いつになく真剣なレンの声が届いた。

「それで、何か心当たりはないのか?」

「え?」

「映画なんかだと、心残りとかがあって、それを解決するまで繰り返す、っていうパターンが多いよね」

「心残りか……。今日の撮影とかか? それか、なにかいつもと違うことはなかったか?」

「まあ、一人ループの記憶があるリュウが鍵なのは間違いないよねー」

 え、ちょっと待って……。

「信じて、くれるの?」

「え、嘘なのか?!」

「嘘、じゃないけど」

 だって、ぼくなら信じない。同じ日をループしてるなんて、どんな物語みたいなこと……。

「そりゃあ、にわかには信じがたいけど、リュウがそういうってことは、そうなんだろう?」

 なんでもないようにレンが言った。

「最近、ちょっとオカルト的なことを信じる出来事があったしな」

「……そうだな、非科学的なこともないわけじゃないんだな、って思うしな」

 シューとユーマも言う。……いや、あんたら二人はどうした?

「リュウがそんな嘘つくわけないしねぇー」

「……なんだよ」

 そこで優しくしないでくれよ。

 あっさり信じてもらえたことに、なんだか泣きそうになる。

 ぼくは皆のこと、やる気のない半端な奴らだと思ってるのに……。

「ん?」

 あれ、もしかしてこれか?

 最初の今日、ぼくがやったこと、いつもとは明らかに違うこと。神社でのお願い。

「みんなが、仕事に本気で取り組みますように。それが無理なら、ぼくを納得させてみろ」

「ん?」

 みんなの視線が集まる。本人達にこれを言うのは、気がひけるけど。

「最初のとき、神社にそうお願いしたんだ」

「ちゃんと仕事って?」

「アイドルの。あの時、ぼくがはやく終わった時間でダンスの練習でもしようって提案したら、みんな模試だからとか、台本覚えたいからとか言って帰ったから……」

 ユーマとシューが顔を見合わせる。お互い、自分の理由がわかったんだろうな。

「だから、ぼく、ムカついて。アイドルとしての自覚が足りないっていうか」

「あー、まあ、確かに、リュウが一番純粋にアイドル目指してるもんな。別にオレらも、不真面目なわけじゃないんだけど……」

「……まぁ、ムカつく気持ちはわからんでもないな」

 怒られるかと思ってた。年下のくせに偉そうにって。だけど、意外にもみんな素直にぼくの話を聞いてくれていた。

「じゃあ、リュウを納得させるか。とりあえずそれがカギっぽいし」

「どうやって?」

「でも、うーん、とりあえず一人一人対応してもらった方がいいんじゃないか? 人によってリュウの不満の種違うだろうし」

「リュウには悪いけど、ループしてるなら時間はたくさんあるしねー」

「一日一人ずつ?」

「そうそう」

「なるほど。リュウはそれでいいか?」

「何回も説明するの大変だろうけどさ、何回でも納得するからオレらは」

 話をまとめた四人が微笑む。

 変な話を信じてくれて、疑ってたのに怒らずに相手してくれて、なんかぼくが小さい人間みたいで恥ずかしい。なんだよ、これ……。

「あ、うん。じゃあ、それでお願いします」

「よっし、じゃあ誰からいく?」

「誰でもいいけど」

「あ、じゃあ、シューで」

 一番座ってる席が近いから、ってだけだけど。

「りょーかい。俺に対するご不満は、役者になりたいって言ってるとこ?」

「あー」

「いいよ、今更遠慮しなくて。思ったこと言ってくれて。リュウが納得してくれないと、このループは終わらないんだし」

「うん。その、役者やりたいっていうのと、二重人格がムカつく」

 ぶっと盛大にレンが吹き出した。

「わかるわー、こいつ二重人格だよな。仕事の時と、一人称も変わるし」

「人当たりのいいシューくんのはずが、誰よりも愚痴が多いもんな」

「うるせーなー。結果的にこうなっただけだよ」

 舌打ちしながらシューが立ち上がった。

「まあいいや、ここじゃなんだから、ウチ来いよ」


 シューの家まで着くと、

「ちょっと待ってて」

 と一度玄関前に放置された。

 散らかってるんだろうか。ありそうなことだ。

 でも、確かシューは一人暮らしだっけ。それじゃあ、しょうがないかもな。ぼくは、一人暮らしする自信なんてない。シューが年上とはいえ、すごいと思う。

「ごめん、お待たせ」

 終わったらしく、家に招き入れられる。

 入った部屋は思っていたより、綺麗だった。今の一瞬で片付けたのか。それとも、もともと綺麗だったけどヤバイもんでも出してたのか。

「しかしまー、納得させるってどうしたらいいかね」

 出されたコーヒーに口をつけながら、ぼく自身も首をかしげる。どうでもいいけど、お砂糖もらえないかな、牛乳は入れてもらったけど……。

「いや、まあリュウが怒るのもわからんでもないけどな。確かに、ちょっと前まで俺本当、適当だったし」

「適当……」

 思わずつぶやくと、

「前はな」

 微笑まれた。

「正直、前はアイドルとしての仕事なんて、どうでもいいって思ってたよ」

 言われた言葉に、胃がかっと熱くなる。自分が大切にしていたものを、邪険にされるのはやっぱりムカつく。

「だけど、やっぱりNenAturaあっての俺だから」

「本当にそう思ってる?」

「今はな」

「なんで、そう思うようになったの?」

 人って、そんなに簡単に考えを変えるものだろうか。口先だけじゃないか。なんとなく、信じられない。

 問い詰めると、シューはなんだか嫌そうな顔をした。言いたくなさそうな顔。ほら、やっぱり何があるんじゃないか。

「それは、だな……」

 言い訳を探すかのように、シューが視線を彷徨わせたところで、

「私のおかげだよな」

 どこからか別の声がした。女性の声。

「え?」

 いつの間にか、シューの背後に綺麗な女の人が立っていた。どっから湧いてでたんだ?

 それに、綺麗だけど、なんだか変な人っぽい。黒っぽい格好で、マントなんかつけてるし。コスプレ? 痛い人?

「だーいーあーなー!」

 シューが振り返って怒鳴る。

「なんだい? 上条修司」

 シューの座ったソファーの背に頬杖をついて、ダイアナと呼ばれた女性は綺麗に微笑んだ。

「出てくんな、って俺言ったよな?」

「せっかくの生リュウに会えたのに挨拶もするなとは、お前はファン心理というものがわかっていないな。だから、アイドル失格だのなんだの言われるんだ」

「そんなこと言うの、お前とリュウぐらいだよ! 俺を誰だと思っているんだ?」

「天下のトップアイドル、NenAturaのシューくんだろ? 知ってるさ」

「なら口を慎め! だいたい、お前の推しはレンだろ?」

「それはそれ、これはこれ」

「適当なんだよ、お前はいつも!」

 やいやい言い合い出した二人を、あっけにとられて眺めることしかできない。いつも、ファンやスタッフに対する柔らかいシューしか見たことないから、女性に対してこんな怒鳴るところを初めてみた。

「あの、シュー?」

 ちょっと言葉が途切れた隙間をぬって声をかけると、

「あー、ごめん」

 本当、嫌そうな顔をしてシューがぼくに向き直る。

「あのー、あれ、こいつは、ダイアナって言って……。その、なんだ、ルーマニアからの留学生でだな。色々あってウチにいるんだけど、バレたらやばいから内緒にしててくれ」

「それはもちろん、内緒にするけど……」

 一緒に住んでるって、バレたらどうするつもりなんだ、こいつ?

「大丈夫だ、絶対にバレない」

 話に参加する権利を得たと言わんばかりに、ダイアナがシューの隣に座る。

「基本的に私はこの家から出ないのでな」

「なんで?」

「紫外線アレルギーなんだってよ」

「あー」

 それで外に出ないから、こんなに肌が白いのか?

「この部屋に盗聴器など仕掛けられていない限り、私の存在は秘匿されているも同然。盗聴器がないのは、毎日ちゃんと調べているしな」

「おかしいだろ、こいつ。毎晩絶対調べるんだぞ?」

「前も言ったがな、私のせいで君に迷惑がかかるのは私の本意ではないんだよ」

「はいはい、そうですね。そしたら、ひいてはレンの迷惑になるからな」

「ああ」

「即答すんなよ」

 ちっと舌打ちする。

 なんだかよくわかんないけど、アイドルが同棲しててどうのこうの! みたいなのにはならなさそうで安心した。この人、変な人っぽいけどそのあたりはしっかりしてそう。

 さて、とダイアナはぼくに向き直り、

「私は、NenAturaのファンなんだよ」

 厳かな口調で告げた。

「推しはレンなんだそうだ」

 忌々しそうにシューが付け加える。ああ、自分じゃない誰かが推しって言われるとちょっと悔しいよね。わかる。

「故に、NenAturaがうまく行っていないとしたら、それはとても悲しいことだ。しかも、上条修司のせいだとしたら目もあてられない」

「俺だけのせいにするな」

「だから、私も参加させてくれたまえ」

 優雅に足を組んで、微笑む。惚れ惚れするぐらいの美人だけど、やっぱり変な格好。

「さて、最近の上条修司は、ちゃんとアイドルも頑張ろうと努力はしているよ。結果として目に見えているかは別として」

「一言余計だな」

「でも、大切なのは役者の方なんだろう?」

「ああ」

 ぼくの質問に、一ミリのためらいもなくシューは頷く。ちょっと嫌な気分になる。即答かよ。

「嘘をついても仕方ないからはっきり言うけど、小さいころからの俺の夢は役者になることだし、オーディションは姉が勝手に申し込んだし、役者としてやっていくためにNenAturaを足がかりにしていることは否定しない」

 ぼくの目を見てまっすぐ答える。調子のいいことだけ言うかと思っていたから、あまりにまっすぐな言葉に帰ってちょっとたじろぐ。

「だけど、今はNenAturaの仕事も同じぐらい大切に思ってる。っていうか、それを大切にできないようじゃ、役者としても多分やっていけないんだろうな、って思って」

「え?」

「悔しいけど今、俺のところに来ている仕事は、「NenAturaのシューくん」にきている仕事に過ぎないから。俺の実力とかじゃなくて、アイドルなのに役者顔負けの演技をするっていう但し書き付の評価だから」

 ほう、とダイアナが呟いた。

「ずいぶんと、自分のことを客観的に評価できるようになったね、上条修司。やはり、私のおかげかね?」

 シューは一瞬嫌そうな顔をしたけど、

「そうだな」

 意外にも真顔で頷いた。驚いたような顔をダイアナがする。否定されると思ったのだろう。

「ダイアナに会って、NenAturaのファンとしての意見を聞いて、俺が間違ってたっていうのに気づいた。俺は確かにNenAturaという立場を利用させてもらっている。実際、そのとおりに進んでいる。というか、それがないと何にもならない。だったら、利用させてもらっている分は、NenAturaにちゃんと返さなきゃいけない。最近は、そう思っているんだ」

 ま、リュウにこれで納得してもらえるかはわかんないけどな。苦笑して付け加える。

 プライドの高い、裏人格が自意識過剰のシューから、そんな自分を低く見積もる言葉が出てくるなんて思ってなくて、ぼくは何も言葉を返せない。

 シューは、ただ、何かを受け入れたかのように柔らかく微笑んでいる。シューくんとしての笑顔とも違う、笑顔。

 ダイアナがその顔を見て、ふーんとなんだか満足そうに笑う。それから、

「上条修司、私の分の飲み物はないのかね?」

 急に意味わからんこと言いだした。いや、意味はわかるんだが、それ、今言う?

「空気を読めよ、お前は!」

 シューも表情を崩して怒鳴った。ただ、それでもすんなりと立ち上がる。何お前、尻に敷かれてんの?

 そのままシューがキッチンに消えていき、冷蔵庫をばたばた開ける音がする。がたがたと派手な音がして、アイツ、何を入れるつもりなんだ? コーヒーじゃないのか?

「リュウ」

「あ、はい」

 呼ばれて、意識をダイアナに戻す。

「彼はどうしようもない自信家で、大変だろう?」

 微笑まれる。綺麗な赤い唇で。

「確かにね、アイドルとしての彼は、実に中途半端でどうしようもない存在だと思うんだ。だけど、役者としての彼はとても頑張っている。不本意かもしれないが、それは認めてやって欲しいんだ」

 台所から、ぐぃーんという機械音がする。

「ああ、気にするな。ミキサーの音だ」

 なぜ。なぜ飲み物を入れにいって、当たり前のようにミキサーの音がするんだ?

「それよりも」

 ダイアナは立ち上がると、ロールスクリーンがかかっている本棚の前に立つ。

「ほら」

 そして、そこをあけると中にはぎっしりと本が詰まっていた。っていうか、押し込めれている。

「例えばこれ。ヴァンパイア・キッスの時のもの」

 上から二段目に指を滑らせる。

「吸血鬼について、彼が調べた時のものだ」

 引き出した一冊の本、吸血鬼大全なる怪しげな本からは、たくさんの付箋が飛び出していた。

「演じる上で、自分の役に関するあらゆることについて調べる。私はね、上条修司のそういう姿勢には関心しているんだ」

 本を棚に戻し、別の棚に手を伸ばす。取り出されたのは、脚本。ダイアナがぱらぱらとこちらに向かってめくってくれたそれには、たくさんの書き込みがしてあった。

 何も言えないぼくに、ダイアナはただ微笑む。

 台所からの機械音がやみ、ダイアナは本棚に元のようにロールスクリーンをかけると、さっきの位置に腰掛けた。

「彼は、本当になりたいもののためには努力できる人間なんだよ。そんな彼が少しは真面目に、NenAturaに向き合うようになったんだ。今はまだ、形にはなっていないかもしれないが、形になるまでもう少しだけ待ってやってくれないか?」

 ぎっしりつまった本棚。自信家のシューの自分を低く見る発言。書き込みだらけの脚本。今あったものが次々と脳内にあらわれて、消える。

「それにな。それぞれの得意なものがあって、それが寄り集まっているのがグループの良いところだ。みんなが同じならばグループとしてやっていく意味がないだろう? 私はね」

 ダイアナが笑う。幸せそうに。

 あ、この顔見たことある。瞬間的にそう思った。

 ライブやった時とかに、見る顔。ファンの人の、満足そうな顔。

 ぼくが見たいと望み、行動の目的にしている顔。

「NenAturaが大好きなんだよ。NenAturaは、レンとシューとユーマとリュウとナツがいなきゃ、ダメだろう? どうしようもなく二重人格だけど、シューも必要だろう?」

 その顔を、シューも誰かにさせることができるのか。当たり前だけど。

「ダイアナ、ほら」

 シューがグラス片手に戻ってきた。赤い液体。

「ごくろう」

 ダイアナがそれを受け取り、満足そうに飲む。っていうか、それは。

「野菜ジュース。こいつ、コーヒー飲めないから」

 ぼくの顔を見て疑問を読み取ったのか、シューが答える。

「ミキサーで作ってたの?」

「ああ。フレッシュじゃないと嫌だとかいうから」

 だからってわざわざ作るとか。尻に敷かれているだけかもしれないけど、コイツはやっぱり真面目は真面目なんだな。

 美味しいとつぶやくダイアナに、それは良かったと答えるシューの、初めて見るタイプの優しい顔を見ながら思う。

 根が真面目なシューがちゃんとやるつもりだ、と言っているのだ。

「……わかった」

 ぼくは頷いた。

 二人がぼくを見る。

「完全に納得したわけじゃないけど。シューがNenAturaの仕事もちゃんとやるつもりでいるのはわかった」

 役者の仕事を優先しているのはムカつくけど、あんなに真摯に役者の仕事に向き合っているとは思わなかった。あれは、尊敬してもいいと思う。だから、もう少し猶予をやる。

 今回のところは、そこまでわかっただけでいい。

「……わかってもらえたなら、良かったよ」

 肩をすくめながらシューが答える。グラスをテーブルの上に置いて、ダイアナが微笑んだ。


 七回目の九日。

 ぼくは前回と同じようにみんなに今日起きることを話して、ループしていることを納得してもらった。

「はー、ウチに来たんだ? 全然記憶がないや」

 シューが呟く。

「ならば」

 シューの隣に座っていたユーマがこちらを見てくる。

「座席順ならば、次はおれか?」

「そうだね」

「そうか。なら、とりあえず、同じように家に来てもらうか……。ひとまず」

 と、さっさと立ち上がり、楽屋を出て行こうとする。

「あ、ちょっと」

 慌てて後を追う。せっかちだなぁ、ユーマは。

 エレベーターの中、片手でケータイをいじりながら、

「おれに対する不満は、医者になりたいと言っていること。でいいのか?」

「うん、まあ。なんか、親父さんがうるさいとかは聞いたけど、仕事減らしてるのもなんかなーって思ってる」

「了解した」

 ケータイをポケットにしまう。

「幸い今日は、家にいるからな。話が早そうだ」

 言ったユーマの顔は、冷静なユウ様らしからぬ、心底嫌そうなものだった。


 ユーマの家は、なんだか妙に大きい一軒家だった。

「実家、なんだっけ」

「ああ」

 がちゃっと鍵をあけながら、

「先に言っておく。不愉快な思いをさせたらすまない」

「え?」

 どういうことか、重ねて問う間もなく、さっさと家の中に入っていく。

「お邪魔します」

 あとに続く。綺麗な玄関。大きめな革靴が一つ、揃えておいてあった。それを見て、ユーマがため息をついた。

「あらあら、いらっしゃいー」

 奥からぱたぱた小走りでてきた小柄な女性。ユーマのお母さん。前になんかの時、一度会ったことがある。

「リュウくん、こんにちは」

「お邪魔します」

「父さんは?」

「リビングだけど」

「わかった」

 ついてこい、とユーマが目で合図する。

「あら、お友達来ているなら、無視していいのよ」

 結構ひどいこと言うな。

「それが目的だから」

 ユーマはそう返す。一体何が目的だというのか……。

 リビングに行くと、厳しい顔つきのおっさんが一人座っていた。手元には、なんだか小難しそうな本。

「ただいま戻りました」

「あ、お邪魔しています」

 どう考えてもユーマの父親だろうな。目元とか似てるし。

「あの、ぼく、ユーマと一緒に……」

「手塚隆一くんだな」

 食い気味に言われた。おお、フルネーム言われるのは珍しいな。とか思っていたのもつかの間、

「君もいつまであの馬鹿げたごっこあそびをしているんだ?」

 言われた言葉を理解するのに時間がかかった。

 どう考えてもそれは、NenAturaのことで、

「はぁ?」

 キレかかったぼくを、左手でユーマが制す。

「悪い、こらえてくれ」

 耳元で囁かれて、しぶしぶ深呼吸。なんだこのくっそ失礼なおっさんは。

「僭越ながら、初対面の人間に投げかける言葉ではないと思いますが」

 ユーマが言う。

 おっさんは、新種の生き物でも見るかのようにユーマを見る。

「息子の分際で、父親に意見するのか」

「人として当然の道理を投げかけているだけです。おれには何を言ってもいいけれども、おれの仲間に失礼な態度をとるのはやめてください。篠崎の人間として、恥ずかしくないんですか?」

 ユーマが握った拳が小さく震えている。怒りなのか、恐怖なのか、それ以外の感情なのか、ぼくにはわからない。

 だけど、冷静なユウ様にしては、声に怒りが含まれている気がする。

 おっさんは、一瞬小さく眉をあげたが、すぐに無表情に戻り、

「半人前でどっちつかずな人間のくせによく言う」

 ふんっと鼻で笑い、本に向き直る。

「挨拶で寄っただけなので、失礼します」

 それを見て、ユーマは少し拳を緩め、そう言うと、ぼくの肩を押してリビングの外に出た。そのまま、ユーマの自室に案内される。

「すまなかったな」

 部屋に入ってすぐに謝罪される。

「なにか嫌味の一つふたつ言うだろうなとは思ったんだが、まさかあそこまでストレートに言ってくるとは思わなかった」

 イライラした手つきで髪をかきあげる。普段冷静なユーマらしくない態度を見ていたら、逆に冷静になれた。

「ううん。なんか、ぼくも悪い」

「え?」

「親父さんがうるさいって聞いた時、何ふざけたこと言ってるんだろうって思ってた」

 自分が応援されているのもあって、想像ができていなかった。あれじゃあ、うるさいどころの話じゃないだろう。ぶっちゃけた話、

「反対されてるんでしょ?」

「まあ、そうだな」

 ユーマが困ったように笑うと、椅子を勧めてくれる。ユーマの勉強机の上には、難しそうな参考書が開かれたまま置かれていた。

 ユーマはベッドの端に腰掛けると、

「やめろって言われてる。うちは代々医者の家系で、父さんも医者で、おれも小さい頃から、医者になるもんだって育てられてたんだ。別にそれ自体には、異論はないんだけどな」

 だろうな。今だって勉強しているし。

「小さい頃、引っ込み思案だったおれを心配した母親が、習い事の一環として劇団におれをいれて。そこでの活動が、楽しかったんだ。だから、NenAturaに誘われた時、心の底からやりたいって思ったんだ」

「アイドルを?」

「そう。まあ、その時の気持ちとしてはもっと幅広く、テレビに出たりする仕事がしたい、だったんだけど。だけどまあ、当然父さんは反対して。それでも」

 ユーマがすごく真剣な顔をする。

「おれは、絶対にやりたかった。初めて、父さんに逆らった。それが、NenAturaになることだったんだ」

「あの、怖い親父さんに逆らった、んだ?」

「ああ。まあ、半泣きだったけどな、その時は」

 苦笑いする。

 ああ、でも、知らなかった。ユーマがそこまでの決意で、NenAturaになったこと。一人だけ別枠で、オーディションじゃなくて、半ばスカウトでなったユーマのこと、苦労知らずだって羨んでいた気持ちもあったけど。苦労知らずでは、ないな。

「結果、条件付で許してもらえたんだ」

「条件?」

「医者になるための勉強はやめないこと。学校のテスト関係で、九十点以下を取らないこと」

「きゅっ……」

 九十点?! なにその、高い条件。ぼくなんて、平均より上ならいい方なのに。

「下回ったら、すぐやめろ。そう言われてる」

 どんな条件だよ、それっ。

「だから、あんなに勉強してるんだ」

 楽屋で単語を覚えているユーマの姿を思い出す。

「ああ。実際、九十点以下をとったからって、すぐにNenAturaを辞めるってことにはならないと思うんだ。そこはやっぱり、ビジネスとしての大人の社会があるだろう?」

「そりゃあ、ね」

 事務所がなんとか、親父さんを説得しそうだし。

「だけど、おれの気持ちが許さないから。おれは、おれ自身が胸を張って、NenAturaであるといえるために、この条件を守ろうと思う」

「そうなんだ……」

 NenAturaのこと、大切にしているから勉強しているんだ。

「まあ、医者になりたいっていうのも、おれの本当の気持ちなんだけど」

「医者には、なりたいんだ?」

「なりたいよ」

 ユーマが微笑む。

「父さんは、あんなだけど、それでも医者としての父さんのことは尊敬しているんだ」

「そう、なんだ?」

「リュウにはどっちつかずに見えるかもしれないけど、やっぱりおれはどっちの夢も諦められない。どっちも両方手にしたい。歌って踊れる医者アイドルがいたっていいじゃないか、そう思うんだ」

 ぐっと手を伸ばし、何かをつかむジェスチャー。

 ああ、そうか。ぼくとは形が違うからわからなかったけど。形は違うけれど、アイドルを目指しているのは、アイドルをやりたいのは、ユーマも同じなんだ。

「そっか」

 なんだか、納得した。

「前に、みんな集めて言ったけど、おれのわがままで仕事を減らして悪いなとは思ってる。だけど、個人での仕事はやっぱり調整して、両方手に入れるために頑張りたいなと思うんだ」

「うん」

「その分、引き受けた仕事はちゃんとやろうと思ってるんだ。なによりも、しっかりと」

「そっか」

 あんまり喋らないユーマが、こんなにちゃんと自分の気持ちを話してくれるなんて思わなかった。話してもらえたらすぐに納得できたのに。

 どうして言ってくれなかったんだろう。そう思ったけど、同時にぼくに聞く気がなかったのかな、という気もした。

 こんな変な状況にならなかったら、素直にみんなの言葉に耳を傾ける気にはならなかったかもしれない。みんながやる気がない、わがままだって決めつけるだけで。

「ありがとう、話してくれて」

「いや」

 ユーマが微笑む。

「しかし、父さんがな」

 そして、さっきより軽い調子で話し始める。

「うるさいんだ」

「いや、それはわかったけど」

「そうじゃなくて、仕事減らしたこと、バレてて」

「え?」

「あの人、あれでNenAturaの仕事、全部ちゃんとチェックしてるんだ。監視してるんだよ。おれの露出が減ったんじゃないかって、ちくちく探りをいれてきて」

 ため息。

「本当、うざい」

 吐き捨てた言葉は、クールなユウ様らしくない、父親に不満を抱く息子っていう感じで、とっても面白かった。

 でもなんか、それって……?


 そのあと、珍しくユーマと長く話をして、夕飯までご馳走になって、帰ることになった。

 親父さんは、食卓では意外と何も言わなかった。ここぞとばかりに、NenAturaのユーマのいいところをアピールしてみたけど、逆効果だったかもしれない。でも、

「ありがとう」

 ユーマが嬉しそうに笑っていたから、いいや。

 まあ、ぼく以外は今日のことを忘れちゃうのかもしれないけど。一瞬でも、NenAturaのユーマがなかなかやるぞ、って思ってくれればいい。

 とか思っていたら、

「リュウ」

 トイレを借りて出てきたところを、親父さんに捕まった。っていうか、リュウって呼んだか? もしかして、今。

「侑馬は仕事を干されているわけじゃないのか?」

 早口で問われる。

「は?」

 身構えたら、一瞬反応に遅れた。

「だから、あいつは仕事を減らされているのか?」

 少し苛立ったような言葉。

「え、いや、別に。意図的に、減らしてるんだと思いますけど」

「そうか」

 親父さんが、一瞬笑った。ような気がした。わからん、一瞬だし。

「ならいい」

 え、いや、なんだ。今の? どういう意味だ。とか思っている間に、

「ああ、そうだ、リュウ」

 あ、ほら、やっぱりリュウって呼んだ!

「エンドレスドリームの」

「は?」

 エンドレスドリームって、新曲の?!

「サビの部分。音を外している」

「へ?!」

「きみのダンスはうまいが、歌が今ひとつだ。頑張ってくれたまえ。侑馬の足をひっぱらないでくれたまえ」

 それだけ言うと、間抜け面を晒しているぼくのことなんて、無視して、さっさと戻ってしまう。

 え、なんだ今の? ダメだし? ダメだしされたのか? あのおっさんに? え、ダメだしするほどチェックしてるってこと?

 ていうか、もしかして実はユーマが仕事を干されてるって思ってたのか?

 ああ、なんだ。実は、応援してるのか? 監視してるんじゃなくて、心配でチェックしてるのか。なんだそれ。

 なんだかおかしくなってしまう。

 クールなユウ様が、実はわさびが食べられないぐらい可愛い存在だって、ぼくたちは知っている。その父親も、もしかしたらちょっと可愛いのかもしれない。

 駅まで送ってもらう帰り道。

「ユーマ」

「ん?」

「頑張れ」

 多分、ユーマ自身が思っているよりも、物事は最終的には簡単に進みそうだ。それはいいことだ。

「ああ。リュウもな。納得して、はやくいつもの時間にNenAturaを戻してくれよ」

 茶目っ気たっぷりに言われた言葉に、しっかりと頷いた。

 この二回で気がついた。ぼくはまだ、いろいろなことを気がついていないだけだ。子供、なんだ。


 とはいえ。

 八回目の九日。

「じゃあ、今回はボクだねー」

 笑うナツ。

 ナツの気持ちを、ぼくが理解できるとは到底思えないんだけど。

「お手柔らかにねー」

「やべぇ、俺、なんか不安」

 シューが呟く。本当、それ。

 ナツのことを、実はぼくはよく知らない。メンバーもよく知らないかもしれない。あんまり、自分のことを話したがらないから。

 いつも柔らかい笑顔を浮かべて、へらへらしている。そんなイメージ。

 その割に、実は歌もダンスも上手くて、腹がたつんだけど。

 だいたい今も、他のメンバーは家に連れてってくれたのに、ナツだけは近所のカフェだし。

「ボクが部屋に入れるのは女の子だけだからさー」

 へらへら笑う。

 あ、なんかイラっとした。

 悪い人じゃないのはわかっているんだけど、なんかこう、たまにすっごく面倒くさいのがナツだ。ぼくが女の子だったら、絶対カレシにしたくない。

「何考えてるかわかんない、私のこと好きじゃないんでしょ! とか言ってフラれたことない?」

 問いかけると、ナツはいつも微笑んでいるみたいに細めている目を、見開いて、

「すごいねー、リュウ、よくわかったねー」

 頷く。

 やっぱりか。

「いつもそうなんだよー」

 いつもかよ。

「ナツに対しての不満は、その何考えているかよくわかんないとこ」

 指を突きつける。

「だいたい、NenAturaになったきっかけがなりゆきってなんだよ」

「なりゆきは、なりゆきなんだよねー。運命って言っても、いいけど」

「よくねーよ」

 イラッとするなあー、本当。

「いらっとした?」

「したよ」

「別にはぐらかしているわけじゃないんだよなー」

 うーんっとナツが困ったような顔をする。本当に困っているっぽいからタチが悪い。

「ボクはね、アイドルが好きなんだ」

 それから探るように言葉を見つけてくる。

「男女問わずね、テレビでキラキラしているアイドルを見るのが昔から好きなんだよー」

「わかる」

 それには思わずしっかり頷いてしまう。

「気持ちが弾むよねー」

「そうそう!」

「昔から仲がいい女の子がいてね、その子もアイドルがすっごく好きでー」

「へー。幼なじみ的な?」

「そんな感じ。二人でよく、一緒に雑誌見てたりしてたんだー」

 へー、悪いけど、全然想像できない。小さいころのナツとか。

「それで、うーん、ほら、光に虫って集まるじゃん? そんな感じでね、ボクも明るい方に、この世界に導かれるようにきて、気付いたらここにいたんだよー」

 微笑む。

 ううん? 急によくわからなくなったな。なんか大事な過程すっとばさなかったか、今?

「ずっとアイドル見てたからこうなったんだろうねー」

 のんびり言われる。

 うーん、確かにぼくもアイドルに憧れて、目指してここにいるわけで、そういう意味では好きに引かれてここにいるっていうのは、わからなくもないんだけど。だけどなんか、ナツの言い方だと違う風に聞こえるんだよなー。へらへらしているからかなー。

「納得してくれた?」

「全然」

「あれー、おかしいなー」

 本気で困ったような顔をナツがする。え、あれで納得できるとちょっとでも思ってたの?

 困るのはこっちだ。なにが気にかかっているのかが自分でもよくわかんない。

「あー、ちなみに一番好きなアイドルっていうのは?」

 なんとなく会話の糸がかりにならないかなと思って聞いてみると、

「NenAturaだよ」

 当たり前のように言われる。

 当たり前のように言われて、だからそれってどんなのだっけな? って一瞬考えてしまった。

「って、自分たちかよ」 

「当たり前じゃんー」

 ボケだと思って突っ込んだぼくを、柔らかい笑みが受け流す。

「どんなアイドルもそれぞれいいところがあって、好きなアイドルっていっぱいあるけど。それでも、やっぱりボクたちが一番だよね」

 にっこりと笑う。

 あ、ずるい。と思った。

 ナツは、人たらしって周りから言われてる。ファンの子たちが言っているのをなんだそれ、って思って聞いてたけど、今わかった。こいつは確かに、人たらしだ。

 たったそれだけの言葉と笑みで、ぼくはいま、納得してしまった。

 何一つ説明されていないのに。

「ナツは」

 心の底にわずかに残った、苛立ちが言葉として吐き出される。

「うん?」

「人たらしだな」

 言うと、へらっとナツが笑った。

「よく言われるー」

 ぼくが一番欲しかった言葉を、瞬時に気づいて投げてくれた。NenAturaが一番だって、言って欲しかった。大切だって。好きだって。それに気づいて、一番最適な言葉を投げてくれた。

 あの見ていたら怒れない笑顔で。

 ああ、本当に、ずるい。

 そしてまさか、この一番摑みどころがないナツに対して、最短で納得してしまうとは。なんか、悔しい。

「納得したよ」

「それはよかったー」

 へらへらっと笑う。

 怒れない。年上なのに。年下みたいで。ああもう、本当、ナツは仕方がないなー。

「さっきの女の子だけど、今はどうしてるの? やっぱりNenAturaのライブとか呼んでるの?」

 なんとなく思いついて尋ねてみると、

「うーんどうかなー。今はもう、連絡先もわかんないからなー」

「あ、そうなんだ?」

 てっきり、ナツがアイドルになってお祝いしてくれたのかと思ったのに。

「でもまあ、テレビ見てたら気がつくだろうし、向こうからそのうち連絡くるかもね」

「あーそうだねー。それが、いいのかどうか、わかんないけどねー」

 へらへらとナツが笑った。

 あー、なんか、微妙な感情があるのかな。実はコクってフラれてるとか。悪いこと聞いちゃったな……。


 そして、九回目の九日。

「じゃあ、最後はオレなわけな」

 レンがウインクしながら言う。誰向けのサービスだよ。

「やっぱり、大トリはリーダーのオレってわけか」

「まあ、レンについては特に不満はないんだけどね」

「あ、あれ? あっさり」

 なんだったら、このまま楽屋で片付けてもいいレベルだ。

「だってレンは基本的に、暴力的なぐらいにアイドルだから」

 戦隊ヒーローで言うなら、レッドだ。太陽みたいな輝きで、周りを惹きつける。多分、もう持って生まれた才能だ。

「あー、わかるわかる」

「たまに暑苦しいよねー」

「かっこつけたがりだしな」

 他のメンバーも口々に賛同してくれる。ほらね。

「えー、なにそれ。オレのNenAturaへの熱い思いを語ろうかと思ったのに」

「間に合ってる」

 それより、一個だけ気にかかっていること。

「お忍びデートってなんだよ」

「あ、それ俺も気になってた」

「んー、何? リュウもデートしたいの。若いのに生意気ー」

 おどけたように言われる。

 んなわけあるか。

「違う。お忍びデートのやり方とかどうでもよくって。どういうつもりだよ。それをぺらぺら人前で喋るってことが」

 恋人を作るな、なんて言わない。別に、事務所的に禁止されているわけでもないし。

 だけど、ぼくたちは夢を売るのが仕事だ。あんな風にへらへら笑って、デートだのなんだの言うべきじゃないだろ。

「シューみたいに本気の相手と、本気でつきあってるなら否定しないけど」

「待て! 今なんで、俺がでてきた?!」

 あ、そうか、このシューはぼくがダイアナと会ったこと知らないのか。

「まあ、どうせこのやりとりもみんな忘れるだろうから忘れて」

 面倒くさくてそう言う。

「えー」

 不満そうな声をだすシューを無視して、話を続ける。

「レンのは、別に本気じゃないんだろ?」

 本気だとは思えなかった。だから、許せなかった。ちゃらいアイドルってなんだよ。

「うーん。まあ確かに本気じゃないっていうか」

 レンは困ったような顔をして、しばらく何かを思い悩んでから。

「デートじゃないんだわ。言葉のあやで。一人で出かけてるだけ」

「だったらなおさら、デートっていうんだよ」

「だって、そっちの方が夢が広がるだろう?」

「は?」

「うーん、リュウの言いたいこともわかるよ。デートとかしてるアイドルが許されない、っていうのあるよな。でもさ、それって、キャラにもよるじゃん?」

 きゃ、キャラ?

「例えば、優しい外面シューくんとか」

「待て、何が外面だ」

「クールなユウ様が、デートしてたんです、とか言ったらもうそれガチじゃん? マジじゃん? ファンの子はさ、あー、恋人いるんだーって思うじゃん?」

「だろうな」

「でも、オレとかさ、あとナツもそうかな。人たらしナツが昨日は女の子と一緒にいました、って言っても、なんか卑猥でガチな感じはしないじゃん? あー、人たらしだもんなー。みたいな。わかる?」

「うーん、なんとなく?」

 確かに、感覚だけどシューやユーマがデートしていたっていう方が、重い。

「だろー? オレが言うと、夢があるじゃん? あー、もしかしたら自分もデートできるんじゃないかなーって、思うじゃん?」

「そうなのかなー」

「レンは、何にも考えていないようで、そのあたりちゃんと計算しているよねー」

 そうなのか?

「手が届かないところでキラキラ輝くアイドルだけだと、追いかける方は疲れるじゃん? 多少は、近くにいたいじゃん? このメンバーでその立ち位置ができるのは、やっぱりオレじゃん?」

 にやり、とレンが笑う。

「リーダーをなめんな? これでもちゃんと考えてるんだからな」

 そう言って笑うと、手を伸ばし、くしゃくしゃっとぼくの頭を撫でる。

 レンはたまにこんな風にぼくを妙に子供扱いする。それも結構不満なんだけど、今日は何も言わない。

 ぼくは、ぼくが思っていたより子供なのかもしれないって、今回のことで思ったから。

 シューとかユーマのこと、ちゃんと話を聞けば納得できたのに、今まで聞く気もなかったのがよくなかったなって。意地を張っていて、自分だけが考えているみたいな顔をして、それってすごく子供だったなって。

 ああ、うん、考えてないのは、ぼくだったのかもしれない。

「わかった、納得した」

 ぼくが呟くと、みんながほっとしたような顔をした。

「よっし、じゃあ全部解決だな」

 レンが手を叩く。

「早く片付いてよかったねー」

「リュウもお疲れ様」

「うん。あのさ、それじゃあ、今日この後、せっかくだしちょっとダンスの練習……」

「じゃあ、明日模試だから、帰らせてもらう」

「俺も。台本覚えたい」

「ボクもちょっと行くところあるんだよねー」

 ぼくの声は届くことなく、みんな口々に言って、帰ってしまう。

「あー」

 どこか困ったようにレンが声をかけてきた。

「オレでよかったら、練習に付き合うけど……」

「いい! そんな気はしてた!」

 ここは一緒なのかよっ!


 十回目の九日、はなかった。

 朝起きたら、真っ先にケータイを確認した。

 なんども見た九日の日付じゃなく、ちゃんと十日の日曜日になっていた。抜け出せた……。

 ほっと息を吐く。

 ちょっと悩んでから、レンに電話してみる。

「あのさ、昨日ぼくが話たこと覚えてる?」

「昨日? なんかあったっけ?」

「あー、覚えてないならいいんだ」

 そっちの方がいい。

「はぁ? 気になるんだけど」

 文句を言うレンに笑ってごめんっていうと、電話を切る。

 うん、大丈夫。やっていける。

 平均年齢十六歳の五人組アイドルグループNenAturaのリュウこと手塚隆一。

 それが、ぼくだ!

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