PALADIN-MARVELOUS

オリーブドラブ

PALADIN-MARVELOUS

 紅い雷光が轟くと、その光は薄暗い寝室を強く照らしてしまう。大きなベッドに横たわる1人の少年は、その眩さに激しく怯えていた。


「う、うぅっ……!」

「兄上、兄上! 案ずることはありません、このテルスレイドが付いております!」

「……ッ!」


 今にも折れてしまいそうな、そのか細い掌を握り――傍らに控えていたもう1人の少年が、懸命に励ましているのだが。

 汗だくになり震えている銀髪の少年は、弟の呼び掛けに反応すると――畏怖と憎悪に満ちた、紅い・・眼差しを送っていた。


「……うるさいッ! なぜお前なんだ! なぜ僕はこうなんだ、全部お前のせいだッ!」

「兄上! どうか落ち着いてください、お体に障ります!」

「うるさいッ! お前なんか……お前なんか、生まれて来なければ良かったのにッ!」

「……!」


 刹那。少年の罵声を搔き消すかのように、再び雷雨の夜に稲妻が走る。その強烈な音に怯え始めた「兄」は、布団に潜り込んでしまったが――彼と同じ白銀の髪を持つ「弟」は、掛ける言葉を見つけられずにいた。


 ――否。ショックの余り、そのことすら考えられなくなっていたのだ。

 生まれた時からそばにいて、何をするにも一緒だった双子の兄。そんな彼からぶつけられた、怨恨の言葉が――弟の表情を、凍り付かせていた。


「……兄、上」


 彼らが住まう、この王宮の外に広がっている城下町には――今もなお、紅い電光が轟いている。


 ◇


 ――そんな世界からは遠く離れた、2121年6月の日本。その首都である東京は今、AIの発達に伴い多くの都市機能が人工知能に依存するようになっていた。


「よっ……と。これで全部かな」

「こっちは終わったよ。花奈はな、お疲れ」

「あ、うん。輝矢てるや君も、お疲れ様」


 の、だが。それらはまだ、全ての層に普及しているわけではなく――掃除ロボットに清掃活動を一任している人々が多数を占める一方で、未だに人力でゴミ拾いを行っている者達もいる。

 小さな孤児院で暮らしている、2人の男女も、その数少ないケースに含まれていた。ボブカットの黒髪を靡かせる華奢な女性から、大量のゴミが詰まった袋を受け取った黒髪の美青年は、自前の碧いオートバイにそれを次々と積んで行く。


「じゃあ、業者さんのところまで持って行くから。花奈は先に帰っててくれ」

「うん! お夕飯の支度して、待ってるね」

「あぁ。……行ってくる」


 やがて長身の青年は緑のパーカーを翻すと、バイクのエンジンを噴かせて、ゴミ処理場を目指して走り去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで、女性は手を振り続けている。


「……私も、頑張らなくちゃ」


 そして、青年の姿が完全に消えた後。女性は踵を返し、近場のスーパーを目指して歩き始めた。

 の、だが。


「えっ……?」


 ふと、空を仰いだ瞬間。先程まで青く澄み渡っていた世界は――暗雲に覆われ。この地上を目指して走る、紅い稲妻の群れが――轟音と共に顕れていた。


 ◇


『原因不明の暗雲と落雷に対し、現在専門家が調査を――』

『この現象による被害は――』


 真昼の青空が突如暗闇に一変し、紅い落雷が何度も発生するという、不可思議な現象。その白昼夢のようなニュースは瞬く間に全国を駆け巡り、今日の話題を独占していた。


「なんだったんだろうね、昼のアレ! ちょっとしたらすぐに元通りになったけど」

「あちこち停電にもなったんだよね。でも、誰も怪我とかした人はいないんだってさ」

「よかったぁ……凄く怖かったよ。なんかヤな感じだったもん、あのカミナリ。いくら梅雨の季節だからってさ」

「こーらみんな、ご飯中に遊ぶの禁止!」


 それは東京郊外の孤児院においても、例外ではなく。夕食の席ではしゃぐ子供達の間でも、この一件で持ちきりとなっていた。

 そんな彼らを優しげに窘めつつ、今日の夕食を用意した女性――穂波花奈ほなみはなは、隣の席で黙々と食べている結城輝矢ゆうきてるやを一瞥している。その眼差しの意味を知る幼子達は、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「愛しの輝矢にーちゃんみたいにー?」

「……っ!? ん、んなっ、何言い出すのこの子ったらもう!」

「みんなそう思ってるよ! なぁ!」

「ヒューッ!」

「ちょっ……もぉお! え、えと、気にしないでね輝矢君! この子達が勝手に言ってるだけで……輝矢君?」

「……」


 だが、子供達の冷やかしに赤くなる花奈を他所に。最年長の輝矢は1人、神妙な面持ちでシチューを口に運んでいる。

 普段なら柔らかな笑みを浮かべているところだが、今日の彼はどこか物憂げな表情を見せていた。


「輝矢君……?」

「……ん、あぁ、ごめん。何の話だって?」

「輝矢にーちゃん、花奈ねーちゃんがねー!」

「わー! 輝矢君、わー!」

「……?」


 そんな彼に異変を感じた花奈が、声を掛けようとする――のだが。子供達に茶々を入れられ、それどころではななくなってしまうのだった。


「……」


 だが。彼には、分かっていたのだ。

 一見すれば平和そのもののようにも見える、この団欒の陰に――その安寧を脅かす者達が、潜んでいることが。


 ◇


 ――その日の夜。子供達を寝かし付けた花奈は1人、自室で机に向かっていた。真剣そのものな眼差しで、教科書と睨み合っていた彼女は――ノックの音を耳にして、ふと顔を上げる。


「はぁい、どうぞ」

「……花奈、まだ起きてたのか?」

「輝矢君……うん、ちょっとね」

「無理するなよ、昨日も遅くまで勉強してたじゃないか」

「……でも、今の成績だとちょっと厳しいからさ」


 自室に足を運んできたのは、意中の彼であった。こんな夜更けに彼が訪れて来たことに緊張を覚えつつ、花奈は机に広げられた教科書を一瞥する。


 ――彼女は本来、とある航空会社の社長令嬢として生を受ける、はずだったのだが。

 彼女が生まれた約20年前に、会社の旅客機が墜落事故を起こし――その責任を問われた父が失脚したことで、大きく運命が変わってしまったのだ。


 父は多額の賠償金を抱え、母はマスコミのバッシングで精神を病み。生後間もない花奈を残して、家族はバラバラになってしまった。最初に引き取られた親戚の家でも、学校でもイジメに遭った彼女が、ようやく落ち延びた先が、孤児院ここなのである。

 だが、いつまでもここで暮らしていけるわけではない。比較的安価な掃除ロボットさえ買えないほどに経営が困窮している、この孤児院を救うためには――何としても大学に入り、稼げる職にありつくしかないのだ。バイトを掛け持ちするだけでは、限界がある。


「それはそうかも知れないが……最近、ちょっと頑張り過ぎじゃないか? 花奈と一緒にバイトしてる子からも言われたぞ、ここのところちょっと辛そうだってさ」

「そ、そっかな……ごめん、紗香さやかにも心配掛けちゃってたんだね。今度のシフトで会った時に謝らなきゃ」

「……あぁ」


 そんな彼女の「後輩」として、この孤児院で働いている輝矢は、その苦しみをよく理解している。そして理解しているからこそ、放っては置けないのだ。


「……それにしても、輝矢君がここに来てから、もう5年になるのかぁ。私達、いつの間にか20歳おとなになっちゃったね」

「最初は右も左も分からなくて、散々迷惑かけちゃったな」

「あはは、ほんとだよもー。記憶もない身寄りもない、車もテレビも携帯も知らない。ナイナイ尽くしの子だったよね」

「うん、正直スマンかった」


 ふと、出会ったばかりの頃を思い出し笑い合う2人だったが……花奈の表情は次第に、寂しげな色を帯びていく。


「でも……嬉しかったよ。他の身寄りのない子供達はみんな小さくて、面倒見れるのは私1人だったから。輝矢君って凄く力持ちだし、最初から頼もしいって思ってたんだよ」

「そうなのか? 最初の1年は怒られた記憶しかないんだけど」

「だって輝矢君が非常識極まりないんだもん、そこは許してよー」

「はは、そりゃしょうがないなぁ」

「うん、しょうがない!」


 その貌に、気付かない上で。輝矢は知らないフリを通して、快活な笑顔を浮かべる。

 生まれながらにして孤独だった花奈を救った、その笑みを前にして――彼女は、今にも泣きそうな表情で、無理に笑っていた。


「……でもま、今無理したら余計しんどくなるぞ。しょうがないのは分かったから、今日はもう寝とけ。明日も早いんだから」

「……うん。お休み、輝矢君」

「お休み、花奈」


 それが、見ていられなくなったからか。輝矢は踵を返し、部屋を後にする。

 その背中を見送った花奈が――教科書の下に隠していた、1冊の本を取り出したのは、それから僅か数秒のことであった。


「……っ」


 分かりきっていたことだった。仮に大学に入れたとしても、ただでさえ生活が苦しい今では学費など捻出できるはずもない。


 自分が立派な大人として子供達を食わせていくには、愛する輝矢を守るには、「夜の仕事」も視野に入れねばならないのだ。

 その中には、先月に起きた新宿の事件で壊滅したという犯罪組織――「B.Sブラッドスペクター」が関わっていた「店」もあるらしいが。危険な気配が漂う「業種」だろうと、背に腹は代えられない。


 如何わしい求人誌を握り締め、花奈は己の臆病さを呪う。今の心地良い関係が壊れてしまうことを、恐れる余り――この期に及んで告白すら出来ずにいる自分の、弱さを。


「……せめて。せめて初めてくらいは……輝矢君に……」


 そんな願望を口にしながら、ベッドに身を投げ打つ彼女は。夢の中だけでも、理想の恋がしたいと――微睡みの彼方へ沈んで行く。


 ◇


 ――その頃。当の輝矢自身は、剣呑な面持ちで孤児院の外へと繰り出していた。愛用の碧いオートバイに跨り、彼は独り闇夜の東京を駆け抜けている。

 夜の帳が下りた今となっては、不自然とも言い切れない「暗雲の空」を仰ぎながら。


「昼間の落雷騒ぎは、お前の仕業だろう。出て来い、ジークロルフ」


 やがて東京から遠く離れた山中にある、採石場に辿り着いた彼が――そう呟いた瞬間。突如その眼前に、紅い稲妻が墜ちて来た。

 轟音と共に煙が立ち登り、輝矢の視界が覆い隠されていく。だが彼には見るまでもなく、その落雷の原因が分かっていた。


 ――やがて、煙が晴れる時。彼の眼前に白銀の甲冑を纏う、屈強な色黒の男が現れる。

 この世界で言うところの西洋の騎士、のような風貌を持つ彼は、その表情に静かな殺意を宿していた。身長230cmはあろうかという、大男である。


「……あれから5年になりますか。大きくなられましたな、テルスレイド殿下」

「久しいな、ジークロルフ。兄上……ルクファード殿下はお元気か?」

「すでに皇帝の座を継承され、今は陛下です」

「それは何よりだ。……して、今更俺に何の用だ。あんな真似までして、俺を誘き寄せるとは」

「……聡明なるテルスレイド殿下ならば、すでにお気付きでしょう」


 強面な顔付きの彼が、重々しく口を開くと同時に――次々と稲妻が降り注ぎ、彼と同じ白銀の鎧を着た男達が現れる。筋骨逞しい肉体を甲冑で覆う彼らは、鋭利な輝きを放つ剣を抜き放っていた。

 その身長はおよそ、平均215cm。195cmという長身であるはずの輝矢ですら、小さく見えてしまうほどの体躯である。


「あなたの御命を、頂戴に参りました」

「……いちいち俺を殺さねばならん理由があるというのか。何のために俺がこの世界に来たと思ってる」

「無論、存じ上げております。……しかしこれは、現皇帝陛下の厳命。帝国に仕えし騎士として、背くわけには行かぬのです」

「そうか。……帝国を出てもなお、兄上は俺の存在をお許しにならないと。俺を殺すためなら、この世界にまでも踏み込むと。そういうことなのだな」

「……」


 バイクから降り、口調を変えた輝矢に対して。ジークロルフと呼ばれた色黒の男も、その後方に並び立つ剣士達も、言葉では答えない。

 彼に向けた切っ先だけが、「返答」であった。


「……分かった。兄上がそう言っているということならば。これが、兄上の答えだというならば。俺も、動かざるを得まい」


 そして、彼らの様子から「全て」を悟った青年は――羽織っていた緑のパーカーを脱ぎ捨てると。


「――ハァッ!」


 天から迸る紅い雷光を浴び――腰まで届く白銀の長髪を靡かせる、赤眼の「異世界人」に戻って・・・しまった。その全身は、翡翠色エメラルドの鎧と黒の外套マントに覆われている。

 それが、結城輝矢という仮の姿への「変身」を解いた、彼自身が生まれ持っている本来の姿なのだ。


「……逞しく成長されましたな。その聖鎧が良く似合う、奇跡の聖騎士パラディン・マーベラスに」

「……この5年間。俺がただ遊んでいるだけだと思っていたのなら、残念だったな」


 その「正体」を前にして、息を飲む彼らの前で。銀髪の騎士となった輝矢は、背に手を回すと――外套の裏に隠し持っていた、棘付きの鉄球を取り出した。


「この世界に、ちょっかいを掛けた代償は――高くつくぞ」


 そして。彼が勢いよく、鎖に繋がれたその鉄球を回し始めた時。

 この採石場を舞台とする、聖騎士同士の戦いが幕を開ける――。


 ◇


 ――剣と魔法の幻想世界ファンタジー

 この世界の価値観に準じて形容するならば、正しくそのような言葉が当てはまる異世界には――「セイクロスト帝国」と呼ばれる巨大な国家が存在している。


 あらゆる魔法を意のままに操る魔術師メイジ。剣技を始めとする武芸全般に秀でた騎士ナイト。そして、その両方を兼ね備えた聖騎士パラディン

 そんな彼らによって護られているこの帝国には、双子の皇子がいた。


 第1皇子、ルクファード・セイクロスト。第2皇子、テルスレイド・セイクロスト。

 彼らは幼い頃から仲睦まじい兄弟として、周囲から暖かく見守られていたのである。その才覚に、大きな差異が出始めるまでは。


 代々、皇帝の座は長男に継承されてきた。その伝統に則るならば当然、次期皇帝は第1皇子のルクファードということになる。

 ――だが。そのルクファードには皇族としても帝国人としても、致命的なほどに魔法の才能がなかったのだ。


 セイクロスト帝国にとって魔法が使えるか否かというのは、血統の証明という重要な意味を持っている。魔法が使えないということは、何の権力もない平民と同じ――という認識なのだ。

 つまりルクファードは、次期皇帝として求められる「能力」という面において、非常に大きな問題を抱えていたのである。


 そして、そんな彼を何より苦しめていたのは――双子の弟であるテルスレイドの存在だった。彼は全く魔法が使えない兄とは対照的に、比類なき才覚に恵まれていたのである。

 並の聖騎士では一生掛かっても届かないと言われている「奇跡の聖騎士パラディン・マーベラス」の称号を、史上最年少の弱冠15歳で獲得した彼の登場は、帝国の皇位継承を大きく揺るがしてしまったのだ。


 あくまで伝統を重んじるか。より皇帝に相応しい方を選ぶか。この問題を巡り貴族達は真っ二つに割れ、どちらに付くべきかという政争にまで発展した。

 そんな中で、ますます劣等感を募らせたルクファードは、聖騎士なら誰もが使える紅い電撃魔法にすら怯えるようになってしまい――家族として自分を案じる弟のテルスレイドにまで、罵詈雑言を浴びせるようになってしまったのである。


 このまま事態が悪化の一途を辿れば、権利獲得を狙う貴族による「暗殺」の可能性も出てくる。最愛の兄を守るためにも、それだけは回避せねばならないと――テルスレイドは皇族の身分を捨て、帝国を去ることを決断した。

 そんな彼に敬意を表した、元教育係の聖騎士団長ジークロルフ・アイスラーは、彼の身柄を安全な場所へと移せる術を求めた。やがて帝国最高の魔術師から「異世界転移」という秘術を知った彼は、テルスレイドを魔法が存在しない異世界へと移動させることに成功したのである。


 かくして、帝国の影響が及ばない異世界に渡ったテルスレイドは――右も左もわからないまま、日本と呼ばれる国を彷徨い。変身魔法を頼りに、その世界の人間らしく振る舞い。

 手探りの中で学んだ日本語を駆使して、とある孤児院へと辿り着いたのだった。


「あれっ……君も、親がいない人? 名前、なんて言うの?」

「……俺は……」


 そして、門前の落ち葉を掃除していた少女に声を掛けられて。彼は咄嗟に、覚えたての言葉を組み合わせて――「日本人」としての名を、己に授けたのである。


「……輝矢。俺の名前は、結城輝矢。……それ以外は、何もないんだ……俺」


 ◇


 ――それから5年間。この世界のことが何も分からなかった自分を、根気強く支えてくれた花奈のために働きながら、鍛練を続けてきた彼にとって。

 真正面から向かってくる聖騎士達など、敵ではなかった。聖騎士団長であるジークロルフが一から鍛え上げた、精鋭部隊「S.Sセイクリッドセイバーズ」が相手であっても、例外ではない。


「ぐおぉっ!?」

「がはぁあっ!」

「――さっさと帰って兄上に伝えろ。もう一度2人で、話をしようと」


 皇帝の資格を持つ者にしか使えないと言われている鉄球――「帝鎚ていついセイクロイザー」を振るい、白銀の長髪を靡かせて。輝矢はこの世界のPALADINパラディン-MARVELOUSマーベラスとして、白銀の聖騎士達を次々と跳ね飛ばして行く。

 火炎魔法も氷結魔法も、爆裂魔法すらも容易く跳ね返す鉄球の回転は、全てを穿つ攻防一体の必殺技となっていた。無論、聖騎士達の剣技では近づくことすらままならない。


「ぬぉおぉおッ! テルスレイド殿下ッ! 御覚悟ッ――!?」


 ならばと他の聖騎士達は、輝矢を取り囲み全方位から飛び掛かる。鉄球の回転が届かない部位を攻めれば、勝機はあると信じて。


「――ごあッはぁあッ!?」

「案ずるな。覚悟なら、5年前からとうに出来ている」


 だが、刃も魔法も。身体強化魔法を纏う片腕だけで、全て凌いでしまった輝矢は。諦めずに向かってくる彼らに敬意を表して、鉄球による反撃で応えてしまう。


「……流石ですな、テルスレイド殿下。虎の子のS.Sを、こうも容易く……」

「ジークロルフ。お前が5年前に俺を、この世界に転移させてくれなかったら……今の俺はなかった。これ以上は戦いたくない、部下を連れて帰ってくれないか」


 白銀の鎧をいとも容易く砕かれ、絶叫と共に舞い上がったS.Sの聖騎士達が、次々と地面に墜落していく中――団長として彼らを率いるジークロルフだけは、今もなお両の脚で立ち続けていた。


「……私とて、本意ではありません。しかし私にも、皇帝陛下と帝国に仕える聖騎士としての立場があります。妻子のためにも、あなたの首を持ち帰らぬわけには行かない」

「そうか。ならば首だけなどとケチなことは言わず、全身をくれてやる。これが済んだら、一緒に帝国に行こう。兄上とは、俺が直接話す」

「ふっ……なんとお優しい。やはりあなたこそ、真の皇帝に相応しいお方だ。……しかしッ!」


 輝矢の説得に対し、彼は笑みを零す。だが、答えとして彼が示したのは最大級の火炎魔法だった。

 彼の手に握られた長剣ロングソードに、巨大な火炎が収束されていく。今にも、弾け飛んでしまいそうなほどに。


「その優しさに甘んじて、生きているあなたを皇帝陛下に会わせるなど――言語道断ッ!」


 やがて暴発するかの如く、解き放たれた魔力の奔流が――灼熱の濁流となって、輝矢に襲い掛かった。


「我々は過ちを犯したのです、殿下!」

「過ち、だと?」

「殿下が帝国から旅立てば、現皇帝陛下の御身が脅かされることはなくなる……私も、そう信じてきた! しかしッ! あなたが『野放し』になったという事実は、陛下を苛む恐怖をさらに煽る結果を招いたのですッ!」

「……!」

「故に私は今こそ、聖騎士の端くれとして……その過ちを正さねばならないッ! 例えそれが、どれほど罪深い愚行であろうともッ!」

「……だったら尚更、ここで死ぬわけには行かないッ!」


 彼はセイクロイザーを高速で回転させ、その一撃を打ち払うと――素早く鉄球を投げ付ける。


「――ぐおぉおおッ!」


 だがジークロルフは、聖騎士としての意地を見せるかの如く。セイクロイザーの強烈な打撃を、その全身で受け止めてしまった。両脚で踏ん張る彼の足元が、衝撃でひび割れていく。


「シィッ――!」


 そこから彼は、意趣返しのようにセイクロイザーを投げ返してしまった。その鉄球の上を間一髪跳び越えた輝矢は、鎖に繋がる・・・・・柄を握った拳で、ジークロルフの顔面にストレートパンチを叩き込む。

 だが、それだけでは大したダメージには至らず――ジークロルフは反撃のラリアットを仕掛けてきた。


「甘いですぞ殿下! これで終わり――!?」


 そして、咄嗟に屈んで回避した彼にとどめを刺さんと、大きく拳を振りかぶった――その時。


「ぐぁッ――はぁああッ!?」


 正面から飛んできたセイクロイザーが、輝矢の頭上を通り過ぎて――ジークロルフの顔面へと、直撃してしまうのだった。


 先程のストレートパンチによって引き戻されていた鉄球が、その瞬間に帰って来たのである。


「――SACREDセイクリッド-FINISHフィニッシュ


 やがて。

 セイクロスト帝国において、聖騎士同士による決闘の「決着」を意味する、その一言を――輝矢が呟いた瞬間。


 痛恨の打撃をまともに浴びてしまったジークロルフは、激しく吹き飛び――採石場の壁に、頭から突き刺さってしまうのだった。


「……バカ言うなよ、『端くれ』なんて。お前以上の聖騎士なんて、どこの世界にもいやしない」


 そんな彼の様子を、見届けた後。白銀の聖騎士テルスレイド・セイクロストとしての姿から、結城輝矢としての姿に「変身」した青年は、埃を払って緑のパーカーを羽織り。


 恩師の自虐を、真摯な声色で否定していた。


 ◇


 翌日を迎えても、朝のニュースはまだ昨日の「紅い落雷」で持ちきりになっている。が、専門家の調査を以てしても何も分からなかった、というのがテレビの答えであった。


「……ま、それもそうか」

「え? 何が?」

「輝矢にーちゃん、何か知ってるのー?」

「いや、こっちの話」


 朝陽が差し込む食卓を囲う子供達は、そんな輝矢の呟きにも興味津々で身を乗り出しているが――全貌を知る当事者は、敢えて何も語らず笑って誤魔化している。


「そうだ花奈、ちょっと今日から2、3日くらい出掛けてくるから……子供達のこと、頼んでもいいか?」

「え、えっ? 私はいいけど……急にどうしたの?」

「……ちょっとさ。知り合いに会う用事が出来たんだ。出来るだけ早めに帰ってくるからさ、頼むよ」

「う、うん……分かった。気をつけてね」

「あぁ」


 そんな中。朝食中にいきなり切り出された外出の話に、花奈は微かな寂しさを覚えていた。

 ――これから自分がやる仕事のことを思えばこそ、少しでも傍に居たいのに。そんな想いが、貌に滲み出ている。


「……今度さ。その知り合いのところに、花奈も誘うよ。綺麗な森と川があって、デッカい城みたいな建物もあるんだ」

「えっ……?」

「昔、緑がいっぱいの場所が好きって言ってたよな。きっと、花奈なら気に入るよ」


 そんな彼女の胸中を、知るが故に。朝食を終えて新聞を広げる輝矢は、穏やかに笑い掛けながら彼女を「旅行」に誘う。

 思いがけない提案に花奈が固まる中、それを耳にした周囲の子供達は一気にはしゃぎ出してしまった。


「え、旅行っ!?」

「じゃあ輝矢にーちゃんの用事って、旅行の下見!?」

「ん? んー……まぁ、そんなとこ」

「わぁー! 旅行だ旅行! 川だって! 泳げるじゃん、多分めっちゃ泳げるじゃんっ!」


 いつの間にか孤児院の皆で行く話になってしまい、苦笑する輝矢は――笑顔になりつつある花奈と、視線を交わす。


「大丈夫だよ。俺がずっと、一緒にいるから」

「……うんっ!」


 ――その笑顔だけで。この先に何があったとしても、自分は生きていける。

 それが、華やかな笑みを咲かせた花奈の、胸の内で高鳴る想いであった。


 ◇


「じゃあ、なるべく早く帰ってくるから。皆、ちゃーんと花奈ねーちゃんの言うこと聞くんだぞー」

「はぁーいっ!」


 そして、賑やかな朝食を終えた後。身支度を終えて、愛用の緑のパーカーを羽織った輝矢は――キャリーケースを引きながら子供達に手を振り、孤児院を後にする。


「じゃあ花奈、行ってくる」

「うんっ……行ってらっしゃい!」


 そして、門前で見送りに来ていた花奈の頭を、優しく撫でた後。彼女の眼差しを背に受けながら、最初の角を曲がり――


「じゃあ行こうか、兄上のところへ」

「……本気なのですか、殿下」

「あぁ……俺は今までずっと、逃げてたんだ。勝手に兄上のことを理解した気になって、話し合うことを避けてきた。俺がいつまでもそんなだから、お前達まで追い詰めてしまったんだ」

「殿下……」

「だから今度こそ、分かり合えるまで話し合う。俺はもう、逃げないよ」


 ――その先で縛り上げられていた、ジークロルフを始めとするS.Sの面々と合流した。すでに彼らの傍らには、「異世界」へと繋がるゲートが広がっている。


「……イタっ、イタタっ」

「血の繋がりがなくたって、『家族』になれたんだ。双子の俺達に……出来ないってことはない。今度こそ、分かり合ってみせる」

「イタタタっ! ちょっ、殿下、あの、殿下、もうちょっと優しく……イタタタタ!」


 縛り上げられた彼らを、キャリーケースと共に引き摺りながら。輝矢は門を潜り――帰郷する。


 そこからが彼の――PALADIN-MARVELOUSとしての、本当の戦いであった。


 ◇


 ――その後。


 セイクロスト帝国では、「2人の皇帝」が力を合わせて国を統治するという、前代未聞の政治体制が発足し。最初の政策として、異世界を跨いでの「孤児院移設」が行われた。


 そして、穂波花奈の就職先は――「皇后」に決まったという。


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