バーン・ウィッチ・スクランブル

第1話 プロローグ

 業火が巻き起こった。灼熱の炎だ。それがアスファルト、ビルの壁面、電柱等々を焼き溶かしていく。見れば辺り一面火の海だ。そこいら中が赤く赤熱し、いたるところから炎が吹き出している。揺らめく炎は夜の街を赤く照らす。

「ああ、クソ。全然当たんないじゃないの!」

 そんな火の海の真ん中で少女が一人立っていた。彼女は心底忌々しそうに悪態を付いている。表情もその苛立ちを良く表していた。

 サイドポニーを結わえたウェーブのかかったロングの赤髪、顔立ちはずいぶん整っており、そのためにより歪んだ表情が見るものに強い印象を与える。

 少女はそして、その手に本を持っていた。赤い表紙の分厚い本。

 少女が開かれたそれに手をかざす。すると、記された文字が赤く光った。それとともにまた業火が巻き起こる。

「あー! もう! イライラする!」

 少女は感情に任せ持っていた本の表面を叩いた。

「かははは! 苛ついてるな」

 そんな少女に相対するは一人の男。パーカーにジーンズ、目深に被ったフードの下にはしかし顔が無い。そこにあったのは仮面だ。それはふざけた仮面でへのへの茂平爺が書かれていた。

 男は仮面の下でゲタゲタ笑っていた。

 二人が向かい合っているのは繁華街のど真ん中だった。街の中心部、駅の真ん前。構造ビルが立ち並ぶエリアだ。幸いというか、妙なことにというか人通りは無かった。

「あああ! 腹立つ! なんで私がこんなことしなくちゃなんないのよ!」

 少女は実に怒っていた。というかさっきからずっと怒りっぱなしであった。現状に怒り狂っているのだ。不条理に怒り狂っているのだ。

 巻き起こる炎。しかし、仮面の男はそれをかわす。一瞬で瞬間移動をした。さっきまでアスファルトの上だったのに今は街灯の上だ。男はさっきからこうやって炎をかわし続けている。それで少女はいらついているのだ。全然自分の攻撃が当たらないのである。

「まぁ、仕方のねぇ話だ。何せ相手は俺だからな」

「うざいっ!」

 少女の炎はまたかわされる。そして、男は次に少女のすぐ目の前に現れた。しかし、少女は動揺する様子も無い。両者は睨み合った。

「さぁ、どうする。タイムリミットはもう間近だ。もうすぐ完成しちまうぞ。あれがよぉ」

 そう言って男は上を見上げた。少女も上を睨みつけた。そこには立っていた。巨大なものが。それは機械だった。その背丈は周りにそびえるビルを超えている。恐らく100mはゆうに超えているだろう。機械の怪物といった感じだ。ゴリラとティラノサウルスを足して割ったような、そんな感じのデザインだった。腕は逞しく、顎もごつい。そして二足歩行で巨大な尾が付いていた。しかし、その体はところどころが欠けている。そしてさらに見ればその欠けた部分は少しづつパーツが生まれ、そして組み上がっていっているところだった。それが夜の街灯りに照らされて立っているのだ。動きはない。

「いやぁ、良いな。たまらん。見てみろあの鋭い牙をよぉ。そして、このデカさ。やっぱ怪獣ってのは良いぜ。ようやく夢が叶うっつーわけだからワクワクが止まらねぇんだよ」

 男はその怪物を見上げて心底嬉しそうに言った。抑えきれない高揚から両手を掲げる。しかし、少女は舌打ちした。

「ぜんっぜん分かんないわね。何が良いのあれ。なんであんなに腕太いの。バランス悪くない?」

「ああ? てめぇ、俺のロマンにケチ付ける気かよ」

「生憎だけど、ただただ忌々しいとしか思えないわね」

 そう言って少女はまた炎を巻き起こした。自分に炎がかかるのもお構いなしだ。不思議なことに少女が燃えることは無い。そして、男はまた消えた。今度は最初と同じような位置に戻った。

「まったく、いけねぇな。ロマンとか夢とか忘れちまったらお前、生きる楽しさ7割減って感じだろうが」

「知らないわね。私はお金があって、欲しいものが手に入ればそれで良いのよ。そもそも怪獣とか興味無いし。大体あれが動いたら私大損害なのよ。何が何でも壊さないとなわけ」

「ははっ。まぁ、そうだろうな。あんなもんが動いた日にゃあ、警察から軍隊から全部出動だ。まるで怪獣映画さながらにな。いや、良い。良いなおい。たまらねぇ」

 男は笑う。実に楽しそうだ。この現状を作り出している張本人は心の底から楽しそうだった。まさしく、万事うまく行っており後はただ成り行きを見守るだけのこの男は。

 少女は男を睨みつける。

「ちっ。さすがに余裕ね」

「ああ、余裕だとも。まったく負ける気がしねぇな。お嬢ちゃんじゃ逆立ちしても俺には勝てねぇよ。諦めな諦めな」

 男はそう言ってひらひら手を振る。しかし、少女はまた本に手をかざした。炎が起きる。やはり当たらない。

 信号の上に立った仮面の男は深々とため息を吐いた。

「弱ったお嬢ちゃんだ。なら、良識ある大人として付き合ってやるとするか」

 そう言って男は空中を拳で殴りつけた。おかしな話だが確かに殴りつけたのだ。

凄絶驚異の怪物門モンスターゲート

 男が言う。すると、そこに奇妙な紋様を描いた円が現れた。魔法陣だ。そして、その魔法陣からなにかが現れる。それは、怪物。長い腕、長い牙。その体は真っ黒で目は真っ赤であった。

「ザザム。余興だ。あのお嬢ちゃんのお相手をして差し上げろ」

 怪物は吠えた。地の底から響くような恐ろしい咆哮だった。

「そいつならもう勝ってるはずだけど。リベンジマッチなわけ」

「おい」

「まぁまぁ。こいつも悔しかったらしくてな。いろいろ反省して、それを活かしてまた戦いたいんだそうだ」

「おい!」

「まぁ、何度でも消し炭にしてあげるわよ。さっさと来なさいよ」

「おいおい!」

「ああ、吠え面かくのはお前だけどな。そら」

「おいって言ってんだろ!!!」

 唐突な第三者の絶叫に二人は動きを止めた。そして声のする方向に目を向ける。そこでは一人の少年が宙吊りになっていた。縄で縛り上げられ5階建てのビルの看板から吊り下げられていた。メガネのごくごく平凡な男子高校生といった感じだ。少年もまた怒りを露わにしていた。

「なに、今大変なんだけど」

「ああ、まったくだ。流れってもんがあんだろ少年」

「知ったこっちゃない。こっちはこっちで大変なんだ。ていうか早く助けろよ! お前俺を助けに来たんじゃないのかよ。ベラベラとそいつとやり取りしてんじゃねぇよ」

「助けに来たわよ。でも、こいつがあんまり攻撃を避けるもんだからイライラしちゃって。つい、ムキになったのよ」

「そんなもん気にすんな。そんなやつ気にすんな。自分のやるべきことを思い出せ」

「はいはい。分かってるわよ」

 少女はポリポリと頬を掻いた。それに男は訝しげに小首をかしげた。

「なんだ? 奥の手か?」

 男はさっと手を振る。するとその側に居た怪物が吠えたけり、少女に襲いかかった。少女はページを素早くめくった。そして、新しく出したページに手をかざす。すると、巨大な火柱が発生した。怪物はその中だ。怪物は巨大な炎に焼かれ苦悶の叫び声を上げた。

「クソ。確かに強くなってるみたいね」

 しかし、怪物は叫びながら火柱の中を一歩一歩歩き少女に近づいていった。少女は飛び退き距離を取った。

「そら見ろ。もう、こいつは簡単には倒せねぇ。そんで、頭の上じゃ俺の傑作が着々と構築中。どうだ。もう、打つ手は無いだろ。とっとと諦めろ」

 しかし、少年が叫んだ。

「いや、まだ手はある!」

 少年は少女に向けて言う。

「おい、分かったんだろうな」

 少女は答えない。

「分かったんだろう契約破棄の方法は!」

 少女は顔を上げた。

「ええ、分かってるわよ。その条件から何から、全部が全部ね」

「や、やったじゃんかよ」

 少年は歓喜した。ユラユラと縄を揺らして動かない体で喜びを表現している。まるでミノムシだ。

 しかし、少女は頑なに口をつぐんだ。

「どうしたんだよ。契約破棄しろよ。上のあれを作ってる魔導書との契約破棄を。そうすればこいつに勝てるんだろ!」

 しかし、少女はまた答えなくなってしまった。なぜだか知らないがうつむいてだんまりだ。少年はもう我慢ならんとばかりにユラユラ揺れながら叫んだ。

「どうしったてんだよカナタ! 契約破棄の条件を言えよ! そのための行動をしろよ!」

 少年の言葉に仮面の男まで面白そうに成り行きを見守っていた。火柱が消え、そこから抜け出した怪物も動かない。

 そして、それらの人物たちにじっと見られている少女はやはり黙りこくっている。

 しかし、ようやく口を開いた。

「嫌だ!」

 少女は言い、少年は驚愕した。

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