20.旅人と愚者の選択
あーあ、使っちゃった。
出来れば使いたくなかったのに。
たった今倒したぶよぶよ肉達磨を見下ろして内心ぼやく。
後ろを振り返ればびっくりした様子で、でも何が起こったか理解できない顔で私と魔物を交互に見る騎士&冒険者一同。
私が黒い布を外したのも声を出したのも気付かれてない。
まぁ今気付かなくてもいずれ嫌でも知るだろうよ。迷宮の深い階層にいくほど魔物が手強くなるんだから。
実際、ぶよぶよ肉達磨に罠も剣も効かなかった。
それまで倒した魔物はいくら手強くても罠と剣で事足りたのに、急にそれらが効果を発揮しなくなった。
もうここから先は罠も剣も通用しないと思っておかないと痛い目を見そうだ。
全くもう。神様ってやつはとことん意地悪だね。
罠も武器も通用しない階層がある迷宮なんてもん作りやがるんだからさ。
戦闘に役立つ何らかの能力持ちがいなきゃ話になんないじゃんかー。
あれか?凡人に踏み入る隙はねぇんだよバーカってか?鬼畜にも程があるだろうよー。
ゲームはクリアできるルートがあるからこそ面白いんじゃねぇか。クリアさせる気ないなら迷宮なんてもん作るなよ。
まぁ私は美味しい食料のためならどんなに無謀でも頑張っちゃうけどね!
罠や武器も使うけど、言霊能力でバッタバッタ魔物を倒していく頻度が増えていき、ロイド王子と爽やかくん以外の面子は私に向ける感情に変化が現れた。
「……すっごい恐がられてるよ、エリー」
ぽつりと溢したロイド王子の言葉にやっぱりそうかと納得する。
端から見たらただ近付いただけで魔物が倒れていくんだもんね。何かしら能力を使ってるのは理解してるけど、それが何なのかは分からない。分からないけど魔物の命を一瞬で奪っているのは事実。
もしその能力を自分達に向けられたらと思うと恐くて仕方ない、そんなとこだろう。
後ろに視線をやれば、私と目を合わせないようにする騎士達の姿が。比較的フレンドリーに接してくれてた勇者騎士までそんな態度だ。
ちぇっ!なんだよ皆して。剣で魔物倒したときは尊敬の眼差し送ってたくせに、能力使った途端にこれかよ。薄情なやつらだ。
まぁ慣れてるからいいけどねー。
人間誰しも訳の分からない事態に直面すると恐怖を感じるものだ。正常な判断さ。
「ところで爽やかくんは私のことが怖くないのかい?」
「え、なんでエリーさんを怖がるの?」
ロイド王子の通訳に心底不思議そうに問い返した爽やかくん。
おっと、その返答は予想外だった。
「私が能力使ったの何度も見てるだろ?あんまり言い振らしたくないからどんな能力かはご想像にお任せするが、普通一瞬で命を奪える能力だって知ったら怖くならないか?」
「うーん、確かに、全く怖くないと言ったら嘘になるけど……でもエリーさんは何の理由もなく誰かの命を奪う人じゃないでしょ。なら怖がる必要なんてないよ」
これまた予想外の返答にぴたりと足が止まる。
思わず爽やかくんを凝視してしまった。
おお……まさかそんなふうに言ってくれるとは思わなんだ。
今まで私の能力を知っても尚平和的思考を保っていられた人がいなかったもんだから、いやぁびっくりびっくり。
それだけじゃなく私が無意味に殺したりしないってのも……うん、確かにその通りだけどさ、こうも直球ストレートに言葉をぶつけられると戸惑うな……
初めてのことになんか心の奥がくすぐったい。
ロイド王子がにやにやしてる。なんかムカついたから一発殴った。が、受け止められた。そして握り潰さんばかりにギリギリと……痛い!
「ははっ、本当にロイド王子と仲良いねエリーさん」
どこを見たらそう捉えられるんだい爽やかくんよ。
後ろの面々を丸っと無視して私達三人で和やかな空気になっていると、背後から突如肩を掴まれた。
そちらを振り向けば冒険者リーダーがいた。私の肩を強く掴んで恐怖心が見え隠れした顔で凄む。
「おかしいだろ!なんでてめぇが近付いただけで倒れんだよ!?」
うわーお。めっちゃ睨んできたー。
でもまだまだひよっ子だなぁ。瞳の奥に宿る恐怖心が邪魔をして睨まれても全然怖くないや。強がって吠えるワンコみたい。
「エリーさんに何をする!」
1拍遅れて私から冒険者リーダーを引き剥がす爽やかくん。
私を指差しながら暴れるそいつを拘束するとこいつのお仲間まで私に攻撃的な態度を取った。
「この化け物が!」
「女のくせに訳の分からない能力持ちやがって!」
「や……やめろ、お前達!万が一彼女を怒らせでもしたら……」
勇者騎士の制止を振り切って私に飛び掛かってくる。
はぁ。こいつら頭が弱いにも程があるだろ。
普通戦ってるとこ見てたら実力差を痛感しないかね?いや痛感してても得体の知れない能力を持つ不気味な人間が近くにいるのは耐えられないか。メンタルよわよわなら尚更。
人間ってのは、大半が自分の理解が追い付かないとその原因をどうにかしたい衝動に駆られる生き物だ。
弱いくせに強がるからこうして無謀にも私に挑む。
その結果、自分の身に降りかかる火の粉を払い除けることもできずに。
「ぐがぁぁぁっ!!」
冒険者達のがむしゃらな攻撃を避けると同時に進行方向から魔物が現れ、勢いを殺しきれずにそのまま突進した冒険者達の頭を掴み、紙屑を丸めてゴミ箱に捨てるみたいな感覚でいとも簡単にぐしゃりと潰した。
騎士の誰かが息を飲む。
魔物が現れたことにではなく、魔物が近くに来ていたのに知らんぷりしたこと、わざと冒険者達に攻撃させて魔物の餌食にしたことに驚いた様子。
流れる動作で魔物のいる方に突っ込ませ、確実に魔物の意識がそちらに向くようにしたのも瞬時に気付いたっぽい。騎士達の中でより一層私に対する恐怖が浮き彫りになった。
「俺の仲間を……よくもっ!!」
火事場の馬鹿力とでもいうのか、爽やかくんの拘束を無理矢理解いて魔物に突撃していく冒険者リーダー。
しかし、もうとっくに冒険者達の実力では逆立ちしても倒せないレベルの魔物が蔓延る階層である。
攻撃が通ることもなく、呆気なくその命を握り潰された。
冒険者リーダーの身を引き裂いた直後の僅かな隙を逃さず急接近し、剣を抜き放って叩き斬る。
上半身が鷹、下半身が獅子の翼を生やしたこの階層特有の魔物で、瞬発力があって飛び回ったりするのがやっかいだけど能力を使わずとも倒せるやつだ。
なんで地下迷宮に翼持ちの魔物がいんの?とか思ったら負けだ。それが迷宮クオリティなんだ。うん。
三人の屍の横に魔物の死骸が倒れる。
こいつの肉結構旨いから、これもまたちょうどいい大きさに切って鞄にしまう。
毛皮もなんかに使えるかもしれないので取っておく。
「……エリー。この状況を見て、なんとも思わない訳?」
なんとも言えない顔をして問いかけてくるロイド王子に首を傾げた。
この状況って?
「だから、その……直接でないとはいえ……」
ちらっと冒険者の屍を見て言い淀む彼。言いたいことはすぐに分かった。
間接的にとはいえ、人を殺めたことに何も感じないのか、と。そう言いたいんだろう。
別に何とも思わないよ。だってこいつら仲間じゃないもん。
素材横取りするわ、女ってだけで見下すわ、戦闘で連携なんてできもしないわ、そのくせ野営時に私が取った素材狙ってくるわ、そんな奴ら仲間だなんて言えないっしょ。
もし仮に魔物に狙われたのがロイド王子や爽やかくんだったなら助けたかもしれないけどさ、助ける価値も理由もない輩を助けてやるほど優しくねぇのよ私は。
それにどの道お前の弟クンが粛清対象にしてんだ、やり方がどうであれ結末は変わらなかったさ。
まぁほんのちょびーっと期待はしてたんだけどね。こいつらが改心してくれんの。
出会い頭から良い印象なんてなかったけど、もしかしたら少しぐらい心を入れ換えてまともにならないかなーなんて思ったりしてたんだけど見事に時間の無駄だったね。
こんなことならさっさと始末しておくんだった。少なくともあんなことを言われる前だったらこんな不快な気分にはならなかったのに。
「……化け物って言われたの、結構気にしてる?」
べっつにー。慣れてるし。
どうせ私は人の皮被った化け物ですよー。
ぷいっとそっぽを向いたら爽やかくんに頭を撫でられた。
むぅ。慰められた。本当に慣れてるのに。
仕切り直してパンパンと手を叩き注目を集めるロイド王子。
「君達ー、エリーの逆鱗に触れたくなかったら今まで通りに接してあげてね。間違っても面と向かって暴言吐いたりしないように。ま、そこは大丈夫か。エリーの実力を痛いほど理解してるからね」
おい王子よ。余計なことを言うな!更に遠巻きにされたらどうしてくれる!
だが意外にもロイド王子の牽制は効果を発揮したようで、怯えながらも通訳を通して話を振ったらちゃんと返事がかえってくるようになった。
さっきまで恐怖のあまり会話が成立しなかったり話振られないように目ぇ逸らしたりしてたから、良かった良かった。
これならちゃんと連携とれそうだ。
戦闘は相変わらず私とロイド王子が引き受けてるけど、それ以外では協力しないとね!
三つの屍を置き去りにして足取り軽く先へと進む。
さーて次は何が出てくるかなー?
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