08:王子様と絶品料理

 エリーがフォルス帝国内で野宿する代わりに俺が出した条件は2つ。


 フォルス帝国内の巡回と、帝国周辺の魔物の一掃。


 帝国内は今、皮肉なことに陛下が外遊でお留守なおかげでひとときの安寧を得ている。


 陛下は女にだらしなく、一目見て気に入った女を城に招いてお楽しみに浸ったり、逆に気に入らない女を奴隷のように扱ったりすることも頻繁にある。

 夜の店の女やそういう趣味の女ならまだ良かったんだけど、最悪なことに夜の店なんて毛ほども知らない平民の女にまで手を出しているときた。


 被害にあった憐れな子羊は数知れず。

 正妻である王妃殿下……俺達の母親には隠しているから側室を迎え入れたりはしていないけど、隠し子ができるのも時間の問題かな?

 母上はフォルス帝国よりずっと大きな国から政略結婚で嫁いできた姫で、その国の王様がかーなーり頭のカターいお方でね。

 おまけに超がつく親馬鹿。

 側室なんてできた日にはフォルス帝国滅びちゃうよ。

 だから母上には秘密ってわけ。


 少しでも陛下の目につきそうな女は極力外に出ず、出たとしても人目につかない場所にひっそりと姿を現すって感じで陛下に食い散らかされないようにしてたんだ。


 けど陛下が外遊に行ってる今はそんな心配がない。だから女達は安心して外に出れる。


 ま、反対にちょっとした問題も起きちゃってるけどね。


 陛下が外遊に行くにあたって帝国からAランク以上の兵士が選抜されて陛下の護衛についている。

 フォルス帝国を巡回していた高ランク兵士が連れて行かれた数は少なくない。


 そうすると、高ランク兵士がいないからって調子に乗って能力を駆使した犯罪に手を染める輩が増えるんだよねぇ。


 帝国内を巡回してもらうのを条件にしたのはこれが理由だ。


 フォルス帝国内でも特に犯罪が多い地域で巡回してくれれば悪さする奴らはおとなしくなるだろう。

 彼女、能力を抜きにしても身のこなしも剣の腕もかなりの手練れっぽいからね。きちんと仕事はしてくれるよ。

 たとえ頭の中アホ丸出しでもちゃんと考えて動いてるし、そこだけは多少信用してるよ。


(あ、鱗剥がれた。ちょっと持ってみよう……っておっも!?なんだこれ!鱗一枚だけなのになんだこの重さは!?こんなクッソ重い鱗を防具に加工すんの? マジで? 頭おかしくね?重すぎて押し潰されるだろ絶対。 うっわ動きにくそう……こんな厄介なのと一生付き合ってる蛇が憐れだ…… よし、これからは蛇の魔物を見つけたら即狩ってやろう。 そのクソ重い鱗から解き放ってやる! あれ?そうすると私蛇の魔物からすれば救世主じゃん! ふはは!感謝するが良い蛇ども!!)


 ……信用……してるよ。うん。



 もうひとつの条件である帝国周辺の魔物の一掃は、まぁぶっちゃけ意味はない。


 だって平原の魔物なんて基本ホワイトシープしかいないし。極稀に他の魔物がいてもせいぜいDランクとかその辺だし。

 一般兵士でも普通に討伐できる魔物しかいないのに、わざわざエリーに頼む道理はない。


 じゃあなんでそんな条件を加えたのかっていうと、エリーの実力を測るためだ。


 熊の魔物を瞬殺した件然り、ギルドカードを見る限り腕っぷしは信用できると思うけど、やっぱり彼女が戦うところを間近で見てみたくて頼んじゃった。

 ラルフにもお願いしてそれなりに強い魔物を平原に出現させるよう手配したのも俺だ。

 まさか置いていかれるとは思ってなかったけど……


 平民の食糧難のこともあるし、平原の魔物を片付けるの手伝う名目にエリーの戦い方を間近で観察しながら魔物を狩って調理法教えてもらおうかなって思った矢先に放置プレイ。悲しい。


 第一、俺戦えないなんて一言も言ってないのにさ。酷くない?

 お荷物なんて言われたの初めてだよ。


 ……ま、いいか。

 陛下がいない今なら俺もある程度自由に動けるし、そのうちエリーに俺の勇姿を見せるときが来るでしょ。



「やぁエリー。SSランクの魔物相手でも怪我ひとつないようで安心したよ」


 国境付近で待ち伏せして、エリーが戻ってきた途端にそう声をかければ内心驚きに満ちた声を上げた。

 ただ不思議なことに表情筋は全く動いてないけれど。

 心の中では耳塞ぎたくなるくらいベラベラ喋ってんのに顔に出ないなんて本当不思議。


 俺の能力が帝国の外にも通じるって知ったエリーは内心で化け物能力やんけ!とか言ってるけど、それ君が言っちゃう?


「一先ず城まで来てくれるかな?話しておきたいこともあるし……色々と」


 俺がそう言った瞬間、わかりやすく警戒しだすエリー。

 やっぱこの国出てくか、なんて内心言いだしたので慌てて誤解のないようにエリーの能力を悪用しようなんて思ってないよと伝えておいた。

 けどほとんど警戒心は緩んでない。


 ……無理もないか。

 今まで何度も、それこそ数えきれないくらい何度も自分の能力を私利私欲のために悪用しようとした輩を相手にしてたようだし。

 それに、ただの言葉で警戒心が薄まるほど信頼も築けてないしね。


 言葉じゃなくて行動で示さないと、この人には伝わらない。



 ――――――――――――



 渋々ながらも他人に聞かれたくない内容だからか城の中の応接間まで無言でついてきた。心の中でも無言だからちょっと怖かった。


 途中、城の警備をしてる兵士が無言で背後を陣取ってるエリーを不審者扱いして武器を向けたが俺が手で制してお客だよと伝えると血相変えて謝り倒してきたのには笑ったけど。


「ねぇエリー。国内じゃなくて平原で野宿したいんだよね?」


 応接間まで案内し、互いに腰かけてから早速問う。


(帝国内の方が若干空気は美味しいけど、できることなら人工の建物が一切ない場所での野宿が一番望ましいかな。あ、ガンダールのボロ宿屋もなかなか快適だったんだよ?でもやっぱ私には大自然ベッドが一番かなーって。……つかなんで突然そんなことを)


「いいよ。平原で野宿しても」


 さらっと言った俺。目が点になるエリー。


(……は?いやいやおかしいでしょ。帝国内の犯罪者共に灸を据えてやるのが目的なんだろ?そのために私を帝国内に留まらせる取引なんぞしたんじゃなかったのかよ)


「仕事内容は変わらないよ。ただ仮住まいの場所が国外になったってだけの話。ルーテル平原の7割は帝国所有地だから取引内容に差異はない。帝国周辺にいてくれたら文句は言わない」


(…………どういう風の吹き回し?)


「だって君、能力を悪用しないって言っても信じてくれないでしょ。だから、いつでも寝首を欠ける状態で、もし万が一帝国側が君の能力を私利私欲のために使おうとしたら、すぐにでも出て行けるよってこと」


 彼女が目を瞬かせること数秒。


 突如立ち上がり、調理場はどこだと聞いてきた。

 え?この流れでどうして料理教室開くことになんの?


 頭上に?を浮かべつつ調理場の場所を教えるとさっさか向かっていってしまう。

 慌てて追い掛けると、突如調理場に乱入したエリーに王族専属の料理人達は困惑したり怒号を上げたりしたがそんなもの意に介さず、鞄からホワイトシープの肉を取り出した。


 ブロック状のそれは強烈な異臭を放っている。

 この場にいる者全員が鼻を摘まんだ。


「な、なんだこの悪臭……」


「あれ何の肉だ?ここまで生臭い肉は初めてだぞ」


「ロイド王子、あの者はいったい何を錬成する気ですか?」


「さぁ?俺も分かんない。出来上がるまで待ってようよ。何ができるのかちょっと気になってきたし」


 調理場をしばらくうろついて薬味が強い香草を探し当てた彼女はそれをトレイに敷いた。その上に包丁で薄く切ったホワイトシープの肉を並べる。

 それを何度か繰り返し、肉と香草が断層を作り上げた後、それを冷蔵庫で寝かした。


 あの香草が生臭さを抜くらしい。

 本当にあの臭みが抜けきれるのかな。

 すっごい強烈だったけど……


 次にエリーが鞄から取り出したのは鱗を剥がし終えた蛇の魔物の肉。これもブロック状。

 小さな鞄から掌サイズの肉が2つも出てきたことに料理人達はどうやって詰め込んだんだと訝しげな表情をしていたが、先程の悪臭を放つ肉とは打って変わって生肉だというのに食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐり、すぐに意識はそちらへ傾いた。


 数枚分厚く切り落とし、残りは薄く切った後、薪をくべて火を着ける。

 小さな鍋に水を張り、沸騰したら薄く切った肉の半分をその中に入れてさっと茹でてから余計な脂を落とすために水で洗い流す。

 そのあと冷蔵庫の中から生で食べるのが主流の葉野菜をいくつか持って来て水で汚れを落としながらちぎって皿に盛り、その上に茹でた肉を乗せた。

 そして調味料棚の中からピリ辛のソースとマヨネーズを取って上からかけたら簡単サラダの出来上がり。


 ソース類と葉野菜は誰でも買えるお手頃な値段だし、調理時間も短い。

 これなら時間のない忙しい人や金銭に不自由している人でも手軽に作れるし、葉野菜は栄養も豊富だから健康にもいい。

 何よりすごく食欲をそそる匂い。サラダなのに何度もおかわりしそう。

 まだ食べてもないのにこんな感想を抱くなんて、味はいかほどのものなんだろう。


 次にフライパンを準備して分厚く切った肉を並べた。

 陛下の食事にしか使われないステーキソースをふんだんに使って焼いていく。

 本来、陛下の食事でなければ許可されないのだが、料理人達は全員陛下に不満タラタラなので、陛下のいない今多少のことには目を瞑っている。


 良い焼き色をしてきたら皿に盛り付け、冷蔵庫に寝かした香草とは別の香草をステーキの上に散らす。

 半分は見た目を良くするための飾り用だ。


 これはステーキソースの値段がちょっと高めだから富裕層向けだけど、平民でも特別な日とかに贅沢な逸品として食卓に出せる。


 こっちもすごく美味しそうな匂い。

 ステーキソースと香草の程好い香りにくらっとくる。

 夜にはまだ早いのにもうお腹空いてきた。

 料理人の何人かがごくりと喉を鳴らす。


 次にジャガイモとニンジンとタマネギをぶつ切りにして炒め、残りの薄切りにした蛇肉も合わせて炒める。

 調味料棚からあまり使わない遠い異国の調味料を出していくつか混ぜ、それを水で薄めて煮込んだ。

 灰汁を取りながら味を調節して蓋をし、煮込んでる間に冷蔵庫で寝かしていたホワイトシープの肉を取り出す。


 あれ?あんなに生臭かったのに今はそれがない。

 むしろ香草の匂いの方が上回ってる気さえする。

 寝かした時間はおよそ20分。それだけであの異臭が消えるなんて……

 料理人達にもどよめきが広がる。


 断層になっている香草を全て取り除き、臭みが消えたホワイトシープの肉をフライパンに投下。

 煮込んでるのに使ってる火はそのままに新たに薪をくべて火をつけると鞄から何かを取り出すエリーに注目が集まる。

 鞄から出てきたのは見たことのない調味料で、料理人達の興味はそちらへと向く。

 同時に、次々と普通なら絶対収まりきらない量の物が小さな鞄から出てくる現象に不気味そうに眉を潜めている。

 なんであんなに大量に入るんだ……?と思ってる人も少なくない。

 亜空間を閉じ込めた特殊な鞄だって知らないからね。

 その反応は正しい。


 彼女が出した調味料はラベルを見てみると黄金!焼肉のタレと書いてあった。

 遠い異国の特殊な調味料らしい。


 その見慣れない異国の調味料をフライパンに流し入れた途端に調理場を支配する香ばしい匂い。

 濃厚でダシの効いたそれがフライパンの中身を蹂躙する。

 ホワイトシープの肉と絡み合い、絶妙なタイミングで皿に盛り付けた。


 湯気と共にふわりと漂ってくる嗅いだことのない香りに思わず手を伸ばしそうになったがどうにか堪えた。

 とうとう俺の腹が限界を迎えて飯を食わせろと合唱したが、最後の煮込み料理が出来上がるまで我慢。


 あの調味料の入手経路さえ押さえれば平民に提供できる。

 こんなに美味しそうな料理を貴族だけ味わうなんてもったいない。

 もし焼肉のタレとやらの値段が高かったら定期的に無料で配るのもいいかも。


 しばらく煮込んでいた料理も彼女が納得できる味になり、深めの皿に盛り付けて完成。

 こちらもすごく美味しそうな匂いだ。

 これは貴族向けではなく、平民の家庭の料理になりそう。

 合計4品の料理が出来上がった。


(エリーさん直伝・魔物肉簡単調理法でしたーパチパチパチー。さぁどうぞ召し上がれ)


 俺や料理人達に箸を渡して食べるのをすすめるエリー。

 出来上がった料理に目を奪われてる間に無言で箸を渡された料理人達は一瞬戸惑ったものの、胃袋を刺激する匂いに耐えきれずに並べられた料理に箸を伸ばした。


 そして料理を口に入れた瞬間、料理人達は目を大きく見開いた。


「こっ……これはっ!?」


「あんな異臭を放っていたのに、こうも美味しくなるのかっ!」


「なんだこれ……サラダなのに手が止まらないぞ!」


 堪らず俺も料理に口をつける。

 まずは味が半信半疑だったホワイトシープの肉から。


「…………!!な、なにこれ……」


 口に入れた瞬間口内に広がるタレの旨み。

 凝縮された甘辛さが肉汁とマッチしている。

 タレに混ざってる胡麻の風味がいいアクセントになってて、次々と口に放り込んでしまいたくなるほど美味しい。

 甘過ぎず辛すぎず、ほんのり塩気が効いてて申し訳程度にしょっぱさを感じるがそれがちょうどいい。

 噛めば噛むほど旨みが肉汁となって溢れ、本当にあの悪臭を放っていた肉なのかと疑ってしまう。

 肉の食感はやや硬めだが少しコリコリしていて食べごたえがある。それが逆にいい。


 サラダも肉を使ってるのにすごくさっぱりしてて、マヨネーズのこってりさが合わさったことでさっぱりしすぎて味気ないということもなく、ピリ辛ソースが絡まることで味に飽きがこない。

 蛇肉はとても柔らかく、一度噛むだけでほろほろと勝手に崩れていくほどだ。


 ステーキは分厚いのにも関わらずサラダの肉と同じくらい柔らかい。中までしっかり火を通してると硬くなったりするらしいのにそれが一切ない。

 初めて口にしたステーキソースが相性抜群だ。

 少し濃いめなのにわりとあっさりした味のソースが溢れ出る肉汁とともに口の中で混ざり合う。

 半分飾り目的の香草と一緒に食べても違和感なく味わえる。


 最後に煮物。

 ぶつ切りにした野菜と一緒に口の中で消えていった。

 柔らかいどころの騒ぎじゃない。冗談抜きで溶けていく。

 普通に炒めたりしても若干硬いあの野菜達が数十分煮込んだだけでこうまで変貌を遂げるとは……恐れ入った。

 この溶けるような柔らかさと程好い甘じょっぱさは子供に人気が出そうだ。


 つまり一言で言うと、どれも文句なしに旨い。


 料理人達と一緒に綺麗に平らげた。

 それも恐ろしくスピーディーに。


 気が付くと皿が空になっていて、思わずおかわりを所望する料理人もいた。

 けどやっぱり職業病なのか、自分でも作りたいと思った人が多く、エリーにレシピを事細かく聞く人がほとんどだった。


 彼女はご丁寧に先程の肉を使ったレシピを即席で走り書きしたノートを料理人達に渡している。

 料理長のレシピノートを勝手に使わないであげて。

 本人がめっちゃ喜んでるから何も言わないけどさ。


 エリーが書いたレシピを料理人達がこぞって熟読してる中、さりげなく彼女の傍に寄る。


「で?君こそどういう風の吹き回し?」


(人の善意にケチつけんな。魔物の肉手にいれたところで調理法が分かんなきゃ意味ないじゃん)


「まさか実演してくれるとは思ってなかったから」


(今まで食べたことのない未知な食べ物を口に入れるなら、口で説明されるより手っ取り早く実演して見せた方が味も確かめられるし一石二鳥だろ。口で説明してもどうせ半信半疑だったろうし)


「ははっ、否定できないなぁ」


 俺の方にちらっと顔を向けるエリー。


(誠意、見せてくれるんだろ?だったらそれなりに尽くしてやるよ。その代わり、少しでもこの国に留めようとしたらその瞬間サヨナラだけどな。短い間だけどヨロシク王子サマ)


 予想外な展開に目を瞬かせてるとふいっとそっぽを向いてしまう彼女。

 それが照れ隠しだとわかり、ふわりと顔を綻ばせた。


「……ありがとう」


 わざわざ自ら動かなくても、レシピを書き記したノート手渡すだけでも良かったのに。


 お人好しだなぁ。




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