無口な彼女は最強言霊使いだった
深園 彩月
【第一章】フォルス帝国編
01:旅人と王子様
星とは破壊の産物である。
小さな星同士が衝突すれば両者共に粉砕するし、大きな星同士で衝突しようものなら宇宙の大事故に繋がる。
最悪どちらも消えるだろう。
中には小さな星の欠片達が結託してデカい星に侵略するやつもいる。なんて強かなんだ。
そう。
我々の住む星は侵略された。
その強かな連中に。
隕石という名の小さな星が銀河を形づくって襲撃したのだ。
それが世界にもたらした影響はとてつもなく大きかった。
とにかく大きかった。
まず栄えていた文明が著しく退化した。
進んでいた化学は見事にぶち壊され、再度発展させようにも材料が全て消し炭にされてしまえばできる訳がなく断念。
人口も大幅に減った。世界から3分の2もの命が一瞬で消えた。
星が星を食らい、多くの命が散ったのだ。これを破壊の産物と言わずしてなんと言う。
全く神様もとんでもないことをしてくれる。星同士をぶつけて外野で観戦でもしてんのかね?
紙相撲の要領で大量に命生産しといて気紛れに表舞台から退場させるとかどんな神経してんねん。
あれか?
人間増えちゃって管理すんのめんどーい、じゃあ減らしちゃえーってか?
オメーがつくったもんだろうがきっちり最後まで面倒見ろや。
失うものは多かった。
だが暴れ馬ならぬ暴れ星がもたらしたものは人類の損害だけではなかった。
なんと隕石が地面に吸い込まれ、そこにダンジョンが出現したのだ。
落ちてきた隕石の数はざっと百。実際はどうか分からんけど。
つまりは百ものダンジョンが世界中に散らばっているのだ。
まぁそのダンジョンの中には魔物がウジャウジャいるけどな。
プラマイ比率おかしいやろ。
あと、これも隕石効果なのか、なにかしら能力を持った人間が急増した。
能力というのはこの世界において普通の人間ならばできないような超常現象を起こすものである。
その力は多岐にわたり、火や水などを出現させ操るといった時に生活の役に立ち、時に戦闘にも駆り出されるような能力もあれば、速読スキルが跳ね上がるとかそんなしょうもない能力もある。
あと極稀に身体の一部が異常に特化した能力を有する者もいる。
いずれも、一人につきひとつしか能力は宿らない。あ、もちろん能力を持たない人も大勢いるけどね。
物語とかだと魔物とか迷宮が出てくるやつって大体魔法が飛び交う世界観だけど、現実はそんな夢いっぱいじゃないのだよ。
色んな属性の魔法?なにそれオイシイの?
こちとらひとつの能力フル活用して死に物狂いで毎日生きとんのじゃボケナスがぁ!と、世界中の能力者が心の中で叫んでいるに違いない。
そして長ったらしく前フリを語っているこの私、エリー・ケラーもそのうちの一人である。
『第3迷宮 パーティー募集』
何人かの受付嬢が愛想を振り撒いて依頼書片手に並んでいる屈強な男達に仕事を割り振っていたり、依頼をしにきた平民が隅っこの受付嬢に申請したりとてんやわんやしているギルド内にて。
これまた屈強な男達が壁一面に広がる掲示板を食い入るように見ている中、背は女にしては高めだが小柄な身体の旅人が彼らに負けないくらいの眼力で同じく食い入るようにそれを眺めていた。
目の前の掲示板のド真ん中にでかでかと張られた紙。
下には小さな文字で帝国騎士団と書かれている。
精鋭揃いの帝国騎士団が市民を募集するなんて、よっぽど人手が足りないんだなぁ。
まぁ私には関係ないや。迷宮攻略なんて興味ない。
そんな危険な仕事よりも楽な仕事がしたい。
え?早々にフラグ折るなって?
だって迷宮なんてパワーが有り余ってる脳筋どもがやることじゃん。
私はか弱い女の子なのよ。
そんな危険に突っ込みたくないです。
という訳で安全な採取あたりの仕事はどこですかいなっと。
掲示板の隅から隅までくまなく目を通す。
紙という紙でびっちり埋め尽くされたそこには上から順にX、SS、S、A、B、C、D、E、Fランクの様々な仕事内容が記されており、その下に報酬が書かれている。
ちなみに冒険者も同じくランクで分けられている。
冒険者だけでなく貴族や王族などの権力者もランク分けされているのだが、冒険者と違って権力者は強制だ。
冒険者は気軽に誰でもなれる職業でギルドカードも無料で発行できるが、権力者は有料なうえに公衆の面前で仰々しくギルドカードを見せつけないといけないらしい。え、なにその公開処刑。
ギルドカードを発行したときは誰でも一番下のランク、つまりFランクの表示だ。仕事をこなせばそれだけランクアップに繋がる。
つまり権力者は公衆の面前で格下アピールをしなくちゃいかん訳だ。権力者のプライドズタボロやん。
そんでもって基本自分と同じランク、またはその下のランクの依頼しか受けられない。
え?私はどのランクかって?
ふふふ。見てのお楽しみー。
うわ、見事に迷宮攻略と魔物討伐しかない。
どっちも血生臭いじゃんかー。それに重労働じゃんかー。
採取とか簡単なやつがいいのにさー。
ひとつも採取がないってどういうこと?
うーん、魔物討伐もできなくはないんだけど……うーん……
私の能力のこともあるし、極力避けたい。
うむ、仕方にゃい。
幸いまだお金は余裕があるし、また明日来よう。
そんときに採取の仕事があればいいなぁとぼんやり思いながら、掲示板の前に群がる人々を掻き分けて抜け出した。
ごろん、と大通りに寝転がる。
大通りといってもあまり人は通ってない。
旅商人とこの国の人間がちらほら見える程度。
ふふふ。それも結構距離があるから私に気付いてる人は皆無。寝転がり放題なのだ。
すうっと空気を吸い込む。
うん。この国の空気は美味い!
位置的にここが一番澄んでる。
長いこと旅してきたけど、こんなに空気が澄んでるところはそうそうない。
しばらくはここでのんびりしてくのもいいかも。
ぽかぽかの日差しに微睡んでいく。
やがて少しずつ意識が沈んだ。
―――――――――――――――――――――――
目を覚ますとそこには見覚えのない天井が広がっていた。
…………?
……………………??
ぱちぱちと瞬きし、むくっと起き上がる。
あれ?私確か道のド真ん中で豪快に寝転がってたはずなんだけど。
なんで見知らぬ家のベッドの上に寝かされてるん?
しかもめっちゃ豪華な造り。シャンデリアとか初めて見たわ。
王族とか貴族が住むような家と見た。
なんだこれ。夢か?
……はっ!
もしや寝てる間にこんなところまで来ちゃったとか?
なんかあったよね、そんな病。意識はないのに身体が勝手に動いて、んで目ぇ覚ますとその間のことが頭からすっぽり抜けちゃうやつ。
ま、まさか私がそんなヘンテコな病にかかるとは……
「病じゃない。俺が運んだんだ」
声のした方に顔を向ける。
開いた扉にもたれ掛かって探るようにこちらをじっと見る青年と目が合った。
目が合った瞬間、花が辺り一面に咲き誇るような美しい笑顔を私に向けた。
なんかすげぇイケメンがいるんですけど!?
誰あの金髪碧眼美男子。顔面偏差値高すぎだろ。
どこぞの王子様かい?白馬が似合いそうですね。
あ、王子様っていったら私が今いるフォルス帝国の王族って全員金髪碧眼だったような。
「フォルス帝国第2王子のロイド・フォルスだよ」
美しい笑顔はそのままに名乗った美男子。彼の笑顔に補正でも付けるように輝きが増す。その補正はいらねぇ。
マジの王子様やん。
あー、ご丁寧にどうも。私はエリー・ケラーっていう者ですー。
心の中で自己紹介。
するとその瞬間、彼の笑顔にほんのり影が差す。
見ようによっては哀愁を漂わせているようにも見える。
が、何故か私に向ける目に冷たい色を帯びていた。
「先程通報があった。大通りで倒れてる者がいると」
なーる。それで介抱してくれたのか。
実際はただ寝こけてただけなんだけど……なんか大事にしちゃったみたいですいませんね。
心の中で謝罪した直後、辺りに飛んでいた美しい花はすっと引っ込み、その代わりとばかりに氷のような冷たい空気を纏った。
尚、美しすぎるくらい美しい笑顔はそのままである。
……あれ、なんか雲行きが怪しいぞ?
「旅人というのは、人の迷惑も顧みず通行の邪魔をするためだけに道端で爆睡する生き物なのかい?エリー」
うっわ、めっちゃ刺々しい!!
いや、迷惑かけるつもりはなかったよ?ホント。
「実際に迷惑かけてるだろう?」
ベッド脇に据えられた椅子に座った金髪碧眼美男子ことロイド・フォルスに視線を固定する。
私は一言も喋ってない。
心の中でぺちゃくちゃ喋ってはいたけど、声には出してない。
……ははーん?
人の心の声を聞く能力か。
特段珍しくもない能力だけど、王族がその能力を発揮してるのは意外だなぁ。高貴な家柄に生まれた者は、血筋の関係なのか戦闘に携わる能力を有してることが多いのに。
「落ちこぼれなだけだよ」
言われ慣れてるのか、眉ひとつ動かさない。
おっとこれも読まれたか。申し訳ない。
可哀想に。
ろくに役に立たない能力だからまともに扱われず、王族の恥さらしが!と罵られているに違いない。今までそういう人を何人も見てきたからその気持ちは分かる。分かるよ。
大丈夫さ青年。たとえ人間の心の闇を知るだけの地味で嫌な能力だとしても恥じるこたぁないさ。
敵の化けの皮をひっぺがすにはちょうどいい人材じゃないか。
お偉いさんの秘密握り放題。それをネタにこき使ってやれ。
もし私が心を読めたならありとあらゆる人の弱味を握って牛耳ってやるぜいうぇっへっへ……あたっ!
「おかしな妄想しないでくれる?」
チョップくらった。
痛ぇよにーちゃん。
「身なりからして旅人だよね?あんな場所で寝てたってことは宿代がないの?」
いぇす。
旅人の証である無地の黒いローブを見てそう判断したか。
今は身に付けてないからどこかに放置されてるかな?多分荷物も一緒だろう。
国によってローブの色と柄は違う。フォルス帝国は背中に二つの剣が描かれた白いローブだ。
あ、でも金はあるよ。多少。
微かに眉間にシワを寄せるロイド・フォルス。
笑ったまま眉寄せるなんて器用やね。
「じゃあなんであんな場所で寝てたの?」
えー、そんなん別に私の勝手じゃん。
だいたいあそこほとんど人通ってなかったしー。
「それもそうだよ。あそこは王族の通り道だからね。俺以外の王族が通ってたら処罰が下ってたよ」
まじっすかー。そらすいませんね。以後気をつけます。
次は人気のない道端で寝転がります。
「宿屋行けって言ってるのが分からないのかな?」
あ、眉間のシワが一本増えた。
いやー、ここ空気が美味しいから建物の中にいるのはもったいないって思って。だから外で寝るのは許してほしいなー。
ふっと彼の表情が和らいだ。
「空気が美味しいのは同意見だよ」
お?じゃあ!
「けどそれとこれは別問題だから」
そ、そんな……!
じゃあ私にどこで寝ろと!?
そこで彼は眉間に寄せていたシワを解き、不思議そうにこちらに目線を向けた。
「ところで、君声が出せないの?」
あーやっぱそこ突っ込まれるよねー。
残念ながら喋れないのさ。だから読心術の能力を持ってるロイド・フォルスはとても都合がいいのだよ。
口元に手を当てて、ふと違和感に気付いた。
私はいつも黒い布で口元を覆っている。
後れ馳せながら頭が覚醒していき、その黒い布が口元を隠してないことに気付いた。
「ああ、これのこと?寝苦しそうだったから外しておいたよ」
ロイド・フォルスが懐から黒い布を取り出す。
私がいつも口元を覆っていた黒い布。
おーサンキュー王子様。おかげでぐっすり寝れたわ。
これ寝るとき息苦しくなるから嫌なんだよねー。
でもこれがないと落ち着かないもんなー。
という訳でへいぷりーず!
右手を出して黒い布を返してもらおうとしたのに一向にそれは私の手に渡されない。
あのー。ロイドさーん?
心の声で呼び掛ければ、ロイド・フォルスは美しい笑顔を悪戯っぽく歪めた。
「道端でもう寝ないって約束するなら返してあげる」
がーん!という文字が浮かぶくらいショックを受けた。
うっそでしょ!?
私この国のみならず旅の道中は必ずと言っていいほど道端で惰眠を貪ってたんだよ!?そりゃ魔物が闊歩してる危険な町とかは宿屋に泊まってたけども!こんな美味しい空気を一日中堪能したくなるようなそこそこ治安の良い国で道端に寝るなだと!?
あの硬い地面の素晴らしさが理解できないのか!?
日中はポカポカ陽気に包まれて地面も温かく、すこぶる天気の良い日は絶妙に風が頬を撫でて気持ちいいのなんのって!
夜になれば月を見上げながら意識を手放すことのなんと贅沢なことよ!
人工的なベッドはいらねぇ!大自然のベッドがありゃ私はそれだけで生きていける!
そう断言できるくらい大自然ベッドもとい地面に寝転がるのが大好きな私に、この男、なんつった?
人工的な匂いで充満している部屋で他の宿泊者の騒音を我慢しながら缶詰になれって?
「そこまで言ってないんだけど」
人工的なものも匂いも好きじゃない私に酷な取引を持ちかけるなこの鬼畜王子……!
でもその布がないと日常生活で困るんだよなぁ……
口元隠した無口な旅人なんて端から見りゃ不審者っぽいじゃん?
だから声かけられることなんてあんまりないんだよ。
でもそれ外して一歩外に出ると、なんでかわらわら人に囲まれるんだよ!しかも男ばっかり!野郎に囲まれても嬉しくもなんともねぇよどっか行けよ!!女狐に囲まれても嫌だがな!!
「君美人だもんね」
向こうは私が喋れないってこと知らないからどんどん話しかけてくるし!痺れを切らした奴なんて頭に血が上って殴りかかってきたり拐おうとしたり挙げ句の果てには襲おうとしたりするし!
そんでもって私を囲んでる野郎共の彼女か嫁らしき女に射殺さんばかりの眼力で睨まれるし!
手ぇ出してきた野郎共は半殺しにしたし、女の眼力に負けない殺気で応戦したら相手ビビって逃げたからいいけどさ。やっぱいちいち相手すんのめんどいんだよ。
つーか人と関わること自体嫌なんだけどね。
「人間嫌いなの?」
てな訳でその布がないといつもは回避できる厄介事が非常にめんどくさいことに舞い込んでくるのだ。それだけは阻止せねば。
そのために大自然ベッドとは暫しお別れせねばなるまい。
はぁ、仕方ない。
どうせここに滞在するのもそう長くないし、ちょっとは我慢しようかね。
「取引成立だね」
ええそうですよ不本意なことに。
すっと差し出された黒い布を奪い取り返してもらい、すぐさま口元を覆い隠す。
あー落ち着くわー。やっぱこれないと駄目だわー。
さて、非常に不本意ながらも宿屋を探さねば。
道端が駄目ならせめて屋根上とかで寝たいなぁ。
視界いっぱいに広がる満点の星空がたまらんのよねー。
よし、宿屋の店主に交渉してみよう。
ふははは!喋れなくとも意思を伝える方法はあるのだよ!筆談とかジェスチャーとか!
まだ諦めてないのかこいつって顔に書いてある目の前の王子様はスルーしちゃいます。私は何も見てません。
ロイド・フォルスから視線をずらして部屋を見回す。
城なんだからそりゃ当然豪華絢爛な訳で。あっちもこっちもどこを見ても馬鹿高そうな装飾品が飾られてて目がチカチカする。
金持ちは皆そうだけど、いらんとこに金かけてんなぁ。
散財する余裕があるなら国民から無駄に税金巻き上げんなよ。
まぁ一介の旅人にゃ関係ないがな。
自身が腰掛けているベッド脇にひっそり置かれた長剣と小さめの肩掛け鞄を見つけた。
おおそこにあったのか私の相棒達よ!
すぐさま膝立ちで駆け寄り頬をすりすり。
ロイド・フォルスが変人を見る目に変わってるのなんざ知らない。
さて、旅のお伴も無事手元に戻ってきたことだし、さっさとずらかりますか。目の前のキラキラしい王子様がいつまでも視界に入ってるのも目の毒だし。
「誰が目の毒だって?」
オメーだよ。
――――――――――――――――――――
ロイド・フォルスに案内されて城の裏口から外に出た。
入るときも裏口からだったらしい。
まぁこんな見るからに怪しげなやつ正門から堂々と運んだら兵士に即牢屋にぶちこまれてもおかしくないもんな。
ロイド・フォルスと別れ、早速宿屋に向かう。
はぁ、あの溢れんばかりの輝きを撒き散らす男は視界に入れるだけで疲れるな。
おまけに笑顔の裏になんか黒いモン飼ってそう。
極力関わりたくないなぁ。
ご丁寧に宿屋をいくつか紹介してくれたので、近いとこから順に回っていく。
判断基準は宿代の安さと屋根上に上がる許可をもらえるか否か。
前者はどこも魅力的だったが後者は全て断られた。何故だ!?
仕方ないので一番安くて人工的な匂いが抑えられたボロい宿屋に決めた。
女の子がそんなセキュリティ面ガバガバの貧相な宿屋に泊まるんじゃねぇ的なことを店主にやんわり言われたけど気にしない。
優しい女店主だな。でも自分の宿屋をそこまで卑下しちゃっていいのかい?
六畳くらいのとても狭い宿屋の一室に入り、簡素で硬いベッドに寝転がる。うーん、まぁまぁかな。
城のふかふかのベッドよりかは寝心地いい。
普通逆だろって?私にとっちゃこの感覚が普通なんだ。
ベッドシーツに土を盛って天井ぶち抜いたら完璧なんだけどなぁ。
瞼を閉じれば過るのは眩いキラキラをこれでもかと放つ王子様の顔。
あーあ。奴に目ぇつけられなきゃ今頃悠々自適に大自然ベッドで夢の中だったのに。でもあのまま王族の通り道のど真ん中で寝てたら処罰されてただろうし。
そう考えるとロイド・フォルスには感謝しないといけないかな。
それはさておき、明日こそ仕事しないとなぁ。
採取の依頼があればいいんだけど。
もしなかったら低級の魔物狩りに行くしかないかな。
予定外の宿泊代が結構イタイ。
フォルス帝国一安い宿屋でも、私の懐事情ではかなりの痛手なのだ。
このままだと明後日には無一文になる。それは嫌だ。
さっさとこの国から出て大自然ベッドを堪能するんだ!
そうやって内心息巻いていると、扉が数回ノックされた。
いやノックなんて可愛いもんじゃない。
ドンドンだ。コンコンじゃなくてドンドンと叩いている。
ここの従業員は荒々しいなぁ。それか急ぎの用かな?
本来ならここで「どうぞー」の一声くらいかけるべきなのだが、いかんせん喋れないもんだからこちらから開けにいかなきゃいけない。
不正な方法で開けるのが容易な簡素な鍵をがちゃりと回して扉を開く。
眉を八の字にして焦った表情をした男性従業員が視界に入った。
その後ろでは数人の従業員とそう多くはない宿泊者が一方通行にドタバタ走っていってる。
はて?そっちは出入り口じゃないか。なぜに皆して慌てているのか?
首を傾げてそれを観察していると、扉を荒々しくノックした従業員が説明してくれた。
「たっ大変です!Bランクの魔物がフォルス帝国に侵攻しました!速やかに避難して下さい!!」
あーなるほど。魔物かぁ。だから皆逃げてたのかぁ。
この宿屋が一番安い理由。
それはセキュリティ面の甘さもここのボロ具合もそうだけど、一番の理由はフォルス帝国の国境付近にあるからだ。
周辺に国はなく、広がるのは魔物が蔓延る平原のみ。
少し距離はあれど国はあるものの、平原の魔物が行く手を阻んでいる状態だ。
その平原の魔物がちょいちょいこの国に侵攻するようなのだが、それがちょうどこの国境付近なのだ。実に迷惑な話である。
従業員の男にこくりと頷き、人の流れに添って自分も出入り口へと進んでいく。
従業員の男は他の宿泊者などを避難誘導するためか反対側へと走っていった。
「グルルァァァァァ!!」
他の宿泊者と同じく外に出た瞬間耳をつんざく獣の咆哮。
うるせぇなぁ。その口縫い付けてやろうか。
人々が血相変えて国の中心部へと避難してる中、私一人気配を殺して宿屋の裏側に隠れた。
そっとフォルス帝国の国境へと視線を走らせる。
視線の先にはデカい熊。体長4メートルくらい。
青い体躯に赤い目って不似合いすぎて笑えるわー。
そこはせめて体も赤くしろよ。そうなったらビッグレッドベアーと命名してやろう。まんまだな。
体が青いからブルーベアーか?
なんかブルーベリーみたいでやだな……
青い熊を模したブルーベリー……うわ食いたくねぇ……
一人妄想を繰り広げている間にも青い熊の魔物は周辺を破壊し続けていく。
兵士は何してるんだろ。さっさと討伐しちまえよ。
あーでも帝都からここまでは結構距離あるからすぐには来れないか。
この国で馬とか馬車とかは見かけなかった。
じゃあ徒歩?このだだっ広い帝国内を?拷問やんけ。
この国は大分平和ボケしてらっしゃるのかね?
こういう事態を想定して馬を手配するのは常識だろうに。
馬があれば迅速に魔物討伐に向かえる。被害も最小限に抑えられる。
一昔前なら車やら電車やらあったけど、隕石効果でほぼ全滅したから土台無理な話だ。
ちらっと青い熊の魔物を見やる。
近くには逃げ遅れた人達がぎゃあぎゃあ喚きながら逃げようとし、ターゲットロックオンされた人が今にも襲われそうだった。
「いたぞ!あそこだ!!」
「急げ!!」
ようやっとガタイのいい兵士が来る気配を感じたが、遅い。遅すぎる。
このままじゃ死人が出ちまう。
宿屋の裏からさっと飛び出し、魔物の前に立ちはだかる。
「おい、あの娘……っ!?」
「なにやってんだ!!早く逃げろ!!」
後ろからなんか叫び声が聞こえるけど気にしない。
ロックオンされた人とそのすぐそばにいたやつらを一纏めに葬り去る勢いで振りかぶった長い腕を寸でのところで受け止める。
片手で受け止めたことに背後で縮こまっていた逃げ遅れた連中も到着した兵士も驚愕で息を飲んだ。
後ろを見てみれば、なんとまぁすっかり震えて腰が抜けてらっしゃる。
全く、この程度の魔物でビビるなんて情けないねぇ。少しは根性見せろよな。
っつっても平民がそんな根性持ち合わせてる訳ないか。
この様子だと逃げることはできなさそう。
ならさっさと片付けてやるか。
再び前を向き、魔物を見据える。
背後で震え上がっているやつらから私へとターゲットを変更したそいつは怒りの咆哮とともに再び腕を振り下ろした。
学習能力のないやつめ。
魔物に知能なんてないし、学習能力もくそもねぇけどな。
後ろのやつらに被害が及ばないように横にずれる。魔物が視認できて、腕の機動力を私の方へと逸らせるくらいの速さで。
予想通り震え上がっているやつらを避け、私の方へと向かってきた。
何もせずただ突っ立ってただけならぺしゃんこに潰れていたであろうその攻撃を余裕でかわし、軽やかにジャンプする。
振り下ろした直後の魔物の腕を蹴って空中に躍り出た。
落下途中で剣を抜き放ち、魔物の首を斬り落とす。
胴体とバイバイしたそれは地面に転がり、胴体も崩れ落ち、それらを避けて地面に着地した私の足音だけがこの場に響いた。
あーあ、呆気なかったなぁ。
能力を使うまでもなかったわ。
魔物の血で汚れた剣をハンカチで拭いてから鞘に納める。
あとは兵士がどうにかしてくれるでしょ。
「あっ、あの……!」
さっさとこの場を離れようとしたら震える声で呼び止められた。
声のした方を向くとついさっきまでターゲットになってたやつが私の元までやってきた。
倒れている熊の魔物にビクビクしながらも懸命に目の前まで歩いてきて、いきなりがばっと頭を下げられた。
突然のことで若干びくっとした。
「僕と、そして家族を助けてくれて、ありがとうございます!ありがとうございます……っ」
みっともなく涙をボロボロ流しながら何度もお礼を述べる男。
後ろにいる女が嫁だろうか。二人の子供と妊婦特有のぽっこりした自身のお腹を守るように抱き締めて号泣しつつもペコペコ頭を下げている。
そんなに頭下げられても困るんだけど。
やめろ、という意味で男の肩を叩いても涙は止まらんわ感謝の言葉は止まないわ……どうすりゃええねん。
「す、すごい……!Bランクの魔物をあっさりと……」
「たった一人で……」
「第1王子以外で倒せた人、初めて見た……!」
なんか兵士の方が騒がしくなってきたぞ。
騒ぐ余裕があるならさっさと魔物の死骸片付けてくれよ。
「ただのぐうたら野生児かと思ってた。意外と強いんだね」
気配もなく近付いてきたのはつい数時間前に別れた、もう二度と会わないだろうと思っていたフォルス帝国第二王子サマ。
ぐうたら野生児て。
目の前でいまだに涙ながらに頭を下げ続ける男とその家族に目を向けて私が困っているからもう止めろと言ってくれた。そのおかげで感謝感激号泣祭りは幕を閉じたものの、逃がさねぇと言わんばかりに腕を掴まれてしまった。
誰にって?
ロイド・フォルスにだよ!
そろーっと見上げれば、目の毒にしかならないキラキラオーラを溢れんばかりに撒き散らす麗しいお顔が。
目が合った瞬間、ロイド・フォルスがにこりと笑った。見る者皆頬染めて昏倒しそうな笑顔である。
……あー……なんか、すっごいめんどくさくなりそうな予感。
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