沈黙が支配する時間の中で
オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前二時〇〇分
香澄とフローラの間に流れる緊張感はその後も続き、彼女たちの間には一向に進展が見られない。フローラの後ろで、その様子を見守っていたエリノアたち。そんな状況が三〇分以上も続いていることから、エリノアたちは少なからずストレスを感じ始めている。
フローラを静かに見守るジェニファーはまばたきの回数が多くなり、彼女の隣にいるエリノアについては、リップクリームが塗られた瑞々しい自分の唇を舐めている。ケビンには二人のような大きな仕草の変化は見られなかったものの、時折足を貧乏ゆすりをしている。……人一倍緊張しやすい性格なのか、ジェニファーはその白い首筋に少し冷や汗をかいているようだ。
その後も緊迫した状況は続いていたのだが、ここにきてある変化が見える――部屋の中で“ヒュー”という、何かが横切るかのような音が聞こえ始める。
『……? な、何なの、この部屋の中を風か何かが通り抜けるような音は?』
不審に思ったエリノアが視線を外へ向けるが、あいにく部屋の窓は閉められていた。それはジェニファーとケビンも同じ気持ちのようで、体が動かずとも視線だけは外側を向いている。
結局謎の音の正体を知ることなく、再びエリノアたちが視線をフローラと香澄の方へ向けると、
「……えっ!? も、もしかして音の正体って!?」
そこには彼女たちが予想しなかった光景が目に留まる。
これまで平静を保っていた香澄だったが、彼女の肩が何度も上がったり下がったりしている――その動きに合わせるかのように、風を切るような小さな音も聞こえてくる。そう……謎の音の正体とは、少しずつ動揺を見せ始めた香澄が息を吸う音だったのだ。
短期戦ではなく長期戦となってしまったが、少しずつ香澄を追い詰めていくフローラ。確かに二〇代の女性に限定すれば、香澄の頭の良さは並外れているものがあるだろう。
実際香澄自身も心理学の知識を駆使して、これまでフローラたちの行動を先読みしてきた。その結果フローラたちの行動が自分の思い通りに進むため、それが原因で香澄は彼女たちのことは何でも知っていると思いこんでしまう。
だが今の香澄が相手にしようとしているのは、自分の性格を熟知していると同時に、心理学のエキスパートでもあるフローラ。同時に香澄とは比較にならないほど、多くの症例を扱ってきた臨床心理士でもある――確かにフローラに匹敵するほどの頭脳を持つ香澄だが、人生経験や実績という意味においては分が悪い。
「……香澄、もういい加減気持ちは晴れたかしら? みんなも待っているから、早くお家に帰りましょう」
これまで氷のような微笑を浮かべていたフローラの顔も、香澄が良く知る優しい母親の顔に戻りつつある。優しい口調で話すフローラが無事香澄を説得し、これで一見落着した――と誰もが思った矢先のことだった。
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