香澄の日記(五)

 [二〇一五年八月一三日 午後一〇時〇〇分……ここ最近、私の体にある変化が見え隠れしている。久々に体重計に乗ったところ、知らぬ間に私の体重が数キロほど増加していたのだ。間食や夜食の回数が多くなったというわけでもないため、私にはその原因が一向につかめない――これがただの運動不足によるものだと良いのだけど。


 二〇一五年八月一五日 午後三時〇〇分……出来れば私もこの真実は知りたくなかった――そう思えるほど、これから述べる内容は私にとって残酷なものだった。


 今から半日ほど前の深夜のこと――ふと目が覚めると、私はなぜか自分の寝室ではなく一階リビングのソファーに眠っていた。同時に口の中にはほんのりと甘い香りが残っていたが、その理由が自分には分からなかった。以前にもこのようなことがあったのだが、当初は体に疲れが貯まっているのだろうと思っていた。

 不可思議な現象に違和感を覚えつつも、私はそのまま自分の部屋へ戻ろうとした矢先に、一階の洗面所前でメグとジェニーと出会う。時間帯から察するに二人は喉でも渇いたのだろうと思ったが、深夜にも関わらず二人は洗面所の電気を点けていなかったのだ。


 そのことを不審に思いながらも、私はメグとジェニーへいつものように挨拶を交わす。しかし二人は一向に私と目を合わせようせず、何度声をかけても反応は同じだった。むしろメグとジェニーの二人は私を見て、どこか怯えているようにも見える。

 親友の二人に冷たくされたことが気に障ったのか、私は“どうしてそんな態度をとるの!?”と思わず彼女たちへ強い口調で追及する。すると何を思ったのか、“か、香澄。洗面所の鏡に映るあなたの姿をよく見て”とメグは言いながら、洗面所の明かりのスイッチを入れた。

 一体そこに何が映っているのかと半信半疑になりながらも、私は鏡に映る自分の姿を覗きこむ――するとそこには、自分自身でも想像を絶する姿が映っていた。


 そこには口周りと両手にべっとりと赤い液体のようなものがついている、私自身の姿が鏡に映し出されていたのだ。それを見た私は錯乱すると同時に身震いしてしまう――自宅のフルーツの盗み食いをしていた犯人が、まさか私自身だったとは夢にも思わなかった。

 しかし私の心を恐怖に陥れたのは、それだけではない――自分自身でも考えられないほど、鏡に映る私はをしていたのだ。それはまさに犯罪者の瞳といっても過言ではないほど、冷たく慈愛を感じさせない恐怖を秘めていた。


 その後これらのピースが頭の中で組み合わされた瞬間、私の意識は遠のいてしまう。次に私が意識を取り戻したのは、同日の午前七時〇〇分だった。一階の洗面所前ではなく自分の部屋で目が覚めたということは、おそらくメグとジェニーが気を失った私を介抱してくれたのだろう。


 しかしこの日の出来事をきっかけに、メグとジェニーはどこかようになってしまった。実際に私が今回のことをメグとジェニーへ相談しようと思い声をかけても、二人はそそくさとその場を離れてしまう。

 いつになく他人行儀な態度を見せる二人メグとジェニーだったが、そんな二人を私は責めることなど出来なかった。メグとジェニーの動揺ぶりから察するに、二人はよほど恐ろしい光景を目にしたのだろう。だがメグとジェニーの立場から考えれば、彼女たちが私を避ける理由に納得出来る――いや、むしろ二人の仕草や態度こそ正常なのだ。


 しかしその原因が自分にあると分かっているとはいえ、私が心の底から信頼していたメグとジェニーに避けられてしまうことが、ある意味体をナイフで傷つけられることより苦しい痛みだわ。


 一種の自責の念とも呼べる感情を抱いたためか、私は今回の一件についてケビンとフローラにも相談することが出来なかった。しかしここで彼らに事情を話せば、間違いなく私は精神病棟へ入院、もしくはそれに近い選択肢を迫られるに違いない。

 すでに一年もの間ワシントン大学を休学しており、さらにもう一年間休学するとなれば、今度こそ大学院へ進学する道が閉ざされかねない。だからこの問題だけは、何としても自分の手で解決しないと!]

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