エリノアの弱さ
ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後一時一〇分
拒食症を治すという理由でしばらくの間ワシントン大学を休学しようと思ったエリノアは、ゼミ講師兼カウンセラーのフローラへ書類の記入を依頼した。だがエリノアは肝心の拒食症になった背景は語ろうとはしなかったので、秘密は口外しないという約束をした上で、フローラは再度彼女にその理由を問いかける。
最初は何も話そうとしなかったエリノアも観念したのか、軽くため息を吐きながらも自分が拒食症になったであろう理由を語り始める。
「私の知らない間にトムが他界してしまったことが、おそらく関係している――そう私は思っています。あの時フローラたちがトムの死の真相を話してくれたのにも関わらず、その現実を受け止めきれない私の心の弱さがあったから、香澄たちと喧嘩をしてしまったのだと思います。私よりも長い間トムと一緒にいたあなたたちの方が、ずっと苦しんできたはずなのに……」
てっきりトムが他界したことに対して、フローラたちへ恨み事の一つでも言うのではと思っていたが、以外にも冷静に自分の心境を語るエリノア。……今までエリノアは香澄たちへ憎まれ口を叩き続けていたのだが、それは本心ではなかったのだろうか?
一方のフローラもエリノアの変化の原因に対しておおよその予測はついていたようで、時折視線を下へ向けながらも悲しげな瞳で彼女を見つめる。同時に数年前に起きた出来事が、今自分の目の前にいるエリノアを苦しめている現実を知ったフローラは、
『あの時エリーの存在を知っていれば、トムの未来も変わっていたかもしれない。もう少し早くエリーがアメリカに留学していれば……』
と悔やんでも悔やみきれない気持ちに浸る。それはフローラの横で黙って話を聞いているケビンも同じ気持ちだろう。
こうしてエリノアから心の内を聞くことが出来たフローラは、彼女が用意した書類にサインをしていく。フローラがテキパキと書類へサインをする一方で、今まで彼女たちの会話に口を挟まなかったケビンがエリノアにある質問をする。
「エリー、僕からも一つ質問してもいいかな? 休学届を申請する際に症状を記入する欄があるんだけど、ここにエリーは数ヶ月前のいじめ問題によるPTSDと書いてあるよね? 原因は自分でもはっきり理解しているのに、どうして過度のストレスによる拒食症と書かないんだい? むしろ拒食症と記入する方が、僕は一般的だと思うけど……」
ケビンの言っていることは理にかなっており、大学側も構内で発生したいじめ問題について事情を知っている。なのでエリノアが書類に拒食症と記入しても、何ら問題はないのだ。そんなケビンの意見にフローラも賛同しており、彼女もまたエリノアに症状欄の書き直しを勧める。
だが二人の予測とは異なり、エリノアの口から発せられたのは意外な一言だった。
「いじめ問題によるPTSDと書類に書けば、治療にかかる費用はすべて大学が負担してくれる――そう思ったからです。今後もたくさんのお金がかかるから、少しでも出費は抑えないと」
エリノアは以前フローラと約束した、“いじめ問題が原因で心の病が再発したら、いつでも相談して。費用はすべて大学が負担するから”という言葉を覚えていた。そして大学生のエリノアにとって入院すること自体が多額の費用負担となるため、彼女の考えは理にかなっている。
拒食症になったことで取り乱していると思われていたが、テーブルの下に手を隠しながらもエリノアの心は以外にも冷静だった。
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