予期せぬ虫の知らせ

   カリフォルニア州 サクラメント 二〇一五年八月二四日 午後一時五〇分

 ベナロヤ劇団に所属する舞台女優のマーガレットは今、ワシントン州から北に位置するカリフォルニア州の州都サクラメントにいた。今年シアトルで主催される予定のクリスマス公演に向けたオーディションが、サクラメントで行われようとしている。

 この日のためにマーガレットは必死に練習を重ねており、いつになくやる気に満ち溢れている。

『……髪形も綺麗に整えたし、あとは本番に挑むだけね』


 事前に用意していた手鏡を見ながら、髪形を再度確認するマーガレット。首元には白のネックレスを身につけており、何かと気合が入っているようだ。そして手鏡を控え室のテーブルの上に置き、オーディションが始まるまでの間、マーガレットはそっと目を閉じる。

 なおマーガレットは今、ベナロヤ劇団が用意してくれた待合室に待機している。本番までまだ数時間ほどあるのだが、一人心を落ち着かせたいと考えたマーガレットは、一足先に待合室で待機している。

 何度も深呼吸をして“自分なら出来る”と心の中で言い聞かせたためか、今のマーガレットの心はとても穏やかだ。マーガレットが時計を見ると時刻は午後二時〇〇分を指しており、本番までまだ数時間以上ある。

 今まで気を張り詰めていたためか、身体のあちこちに軽い痛みを感じているマーガレット。そこで彼女は休憩しようと思い、カリフォルニア州の喫茶店で軽食を取ろうと考え席を立ちあがる。


 だがこの時“プツン”という何かの紐が切れるような音が、突然待合室に鳴り響く――静寂が支配する待合室の中では、玉のようなものが転がる音も同時に聞こえてきた。不思議に思ったマーガレットがふと床に視線を落とすと、そこには小さな白いビーズのようなものが落ちている。

「この間香澄に買ってもらったネックレスの紐が……?」


 実は今マーガレットが身につけているネックレスは、香澄が彼女へ購入したもの。それも今日のオーディションでマーガレットに頑張って欲しいと、香澄の特別な想いが込められている、いわばお守りのようなもの。

 そのお守りとも呼べるネックレスの紐が突然切れたことは、これまで穏やかだったマーガレットの心に一点の動揺を誘う。

「……何なの、この胸騒ぎは? とてもがするわ」


 香澄に何かあったのでは? 今すぐ香澄の声が聞きたい・香澄に会いたい――まるで走馬灯を駆け巡るかのように、マーガレットの脳裏には香澄の姿が思い描かれていた。

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