HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-

十夢叙華

第1部

第1章 a day like today

 魔晄まこう都市ミッドガル、深夜。高速で街を駆け抜ける列車。その貨車の上に俺はいた。これ以上無い振動と、身を切るような冷たい風が俺の身体を襲う。だが、それが俺の気分を酷く高揚させた。そう、それは戦いに赴く直前戦士が持つ独特の高揚感。俺が殺らねば自分が殺られる、そんな人と人との殺し合いへの期待感と真逆の恐怖感がない交ぜになった妙な気分。久しく忘れていた感覚に、俺は俺が誰であるか改めて認識していた。





 ――俺は、ソルジャー。『神羅しんら』の元ソルジャークラス1stだ――




 あんまり気取り過ぎた語りも疲れるが、ともかくもそんな風に感慨深げに思っている所に、


「過去の栄光に浸るのも結構ですが、これは大事な任務なんですからちゃんと集中してください」


 俺のすぐ前で貨車にへばりつく、片腕に銃を取り付けたハンサム顔のニヤケ面が営業用スマイルでチクリと皮肉を刺しやがる。ふん、そう得意げになったまんま貨車から転げ落ちんなよ。


「ご心配なく。自分の身の上はちゃんと弁えてますから」


 答えになってないぞ、それは。


「いえいえ。僕は有能で要領のいい副団長というポジションとして『ここ』にいるのです。そんなミッションが始まる前に、ヘマして貨車から転げ落ちて死ぬようなオチを、決して僕には『望んで』ないでしょうからね」


「よく分からんが、お前、何かさり気に自慢してないか、それ」


「そう聞こえたのなら謝りますよ」


 この隻腕の男――古泉イツキは全然悪びれた様子も無い笑みを浮かべ、


「ただ――」


「何だ?」


 揺れる貨車の上で器用に俺の方へ振り返る古泉。あのスマイルは口元だけで、目は全く笑っていないように見える。暫くそうして俺を見た後、首を横に振り、


「いえ、今はまあいいでしょう。もうすぐミッションが始まりますし」


 そう言って、前の方の貨車を見遣る。すると同じ方角から喧しい女のキンキン声が聞きたくも無いのに聞こえてきやがった。


「何お喋りしてんのよ、キョン、古泉君!! もう我がSOS団のミッションは始まってんだからねっ!!」


 そんなデカイ声出して神羅の奴らに見つかったらどうすんだ? 俺と古泉は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。


「――やれやれだ」


 そうこうする内に、耳障りするブレーキ音と共に、列車は急激に減速し始めた。どうやら無事壱番魔晄炉には着きそうだ。







『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』


 第1章 a day like today







「行くわよ、みんな! あたしに続きなさい!」


 列車が駅に滑り込むや否や、綺麗な黒髪を肩までで切りそろえ、黄色いカチューシャをつけた女――涼宮ハルヒの命令一下、俺を含む数人のテロリスト(今からやろうとする事は立派なテロ活動だ)は、貨車から飛び降り、一目散に壱番魔晄炉目掛けて駆け出した。それを待っていたかのように現れた神羅カンパニーの一般兵たち。


「――雑魚はどいてろよ」


 俺は己の身体ほどある巨大なバスターソードを振るい、二人一遍に一刀両断にする。他の奴らも古泉のガトリングガンで蜂の巣にされたようだ。転がる死体を気に掛ける余裕なんて俺たちには無い。そのまま魔晄炉のゲートに向かって走る、疾る。喧ましく警報音が鳴り響く中、ゲートを目指して駆け抜けていった。


「ここか」


 鋼鉄のゲートに、道はここで阻まれていた。見上げると、エメラルドグリーンの美しき光を天に向かって放つ巨大な塔が目に映る。これが、ミッドガルにエネルギーを供給する八つの魔晄炉のうちの一つ、『壱番魔晄炉』。これから俺たちが爆破する場所だ。ゲートの前では、ノートパソコンを抱えた眼鏡の女――由良と言ったか――がカチャカチャとキーボードを打っている。恐らくゲートのロックを解除しているのだろう。すると傍で手持ち無沙汰にしていた植松という男が俺に話しかけた。


「さすがソルジャーだな、助かったよ。でも、反神羅組織『SOS団』にソルジャーが参加するなんてスゲェよな!」


「その話って本当だったの? ソルジャーって言ったら私たちの敵でしょ?どうしてそのソルジャーが私たちSOS団に協力するわけ?」


 由良は作業する手を止めることなく話に入ってきた。何気に凄いな。そんな彼女の疑問に、植松はすかさず答える。


「早とちりするなよ、由良っち。元、ソルジャーなんだってさ。今はもう神羅を辞めちまって俺たちの仲間ってわけだ。そういや、まだ名前聞いてなかったよな。教えてくれ」


「……えっとだな――」


 俺が自分の名を告げようとすると、


「キョンよ!!」


 ハルヒが何処からとも無く現れて、故郷ニブルヘイム時代から続く、あの間抜けなニックネームを言い放ちやがった。お前な、田舎の幼馴染だからって、他人にどんどんその名前広めなくてもいいだろうよ。お陰で俺の本名、また言うことが出来なくなっちまったじゃねえか。――多分、自分の本名が本編で終ぞ明らかになることはないんだな――などと俺が一抹の悲しさに浸っていると、


「それより、何やってんのよあんたたち! 固まって行動しないって言ってるでしょ! ターゲットは壱番魔晄炉。魔晄炉前のブリッジに集合よ!!」


 俺の心の叫びはこいつに届く訳など微塵も無く、ゲートが開くや否や、間髪入れずそう言い放って魔晄炉に向けて駆け出して行った。古泉や他の面々もそれに倣う。俺も仕方なく奴らの後を追った。ここに居ても仕方ないしな。やれやれだぜ。




 当然の話だが、ゲートはそれ一つだけでなく、二重三重に張り巡らされてある。街の動力源っていう重要施設なんだからな、無防備な方がどうかしてるだろ、普通。早速、由良、植松、そして中嶋という大柄な男がゲートのコード解除作業に取り掛かっている。奴らの話によると、この解除暗号を手に入れるだけで何人もの仲間が犠牲になったと言うが、そんなの今の俺には関係ない。とにかくミッションを終わらせて報酬を貰えればそれでいいのさ。


「ところで」


「何だ?」


 俺同様やることがない古泉がヌッと出てきて話しかけてくる。どうでもいいが顔が近いぞ。


「これは失礼。それで、あなたは魔晄炉に来るのは初めてではないのでしょう?」


「まあな。これでもソルジャー……神羅カンパニーの人間だったからな」


 神羅カンパニー。その名を知らぬ者は世界に誰一人としていないであろう、超巨大企業体。かつては「神羅製作所」という一介の兵器業者に過ぎなかったが、50年ほど前、石油や石炭より遥かに効率的に電力や動力へと変換できる魔晄エネルギーを発見、その技術を独占してからというもの、それを傘に世界を牛耳るようになった。


「では、こんな話も知ってますか? この星は魔晄エネルギーで満ちています。星に生きる人間は、その魔晄エネルギーを使って日々の生活を送っています。電気もそうですが、それによって動いているコンピュータ、それによって維持されているライフライン、インフラ等々。最早魔晄が無くては生きていけないと言ってもいいくらいです。――でも、誰も魔晄の本質を知りません。魔晄とは本当は何であるか、あなたはご存知ですか?」


 また始まった。知り合ったばかりだが、こいつの解説好きという特性は既に理解し始めていたので、極力興味が無い風にこう言ってやった。


「ご存知で無いね」


 それを『教えてください』と都合よく解釈したのか、古泉はなおも喋り続ける。


「魔晄はいわば、この星を流れる血液なんです。人間は血液の半分を失えば死ぬといわれています。それを神羅という会社は魔晄エネルギーの有用性を発見して以来、これ幸いと延々吸い続けているんです。この、魔晄炉という鉄の塊で。以来50年近く、星が蓄えた魔晄はあっという間に欲深い人間たちによって吸い取られてしまいました。多分、致死量にあと少しというところまでね」


「能書きはいい。先を急ぐぞ」


 俺はそう言って古泉の口を制してやった。丁度ゲートも開いたしな。古泉は表情こそ微笑っているが、二つの眼は俺を非難するかのように暗く光っているようだった。が、俺は無視した。それも今の俺には関係の無いことだ。



 ゲートを抜けると魔晄炉中心部へ入るためのエレベータがあった。何事も自分が一番でないと気が済まないハルヒが、俺たちの到着を今や遅しと待っていた。


「キョン、遅い! 罰金!!」


 何で俺だけなんだ? そんな俺の当然の疑問も聞かぬまま、ハルヒは『SOS団』――今更だが、俺たちの所属する団体の名だ。『世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団』の略だそうだが、それ、ニブルヘイムで俺たちガキ連中を集めて組織したへんてこりんな団と同じじゃないのか――のメンバーをエレベータに押し込め、スイッチを押す。その後は言わんでも分かるだろ。この電気仕掛けの箱は俺たちを魔晄炉の最深部へといざなうのだ。


 そのエレベータの中、ハルヒは俺にこう言った。


「キョン、魔晄炉のせいで、この星の命が毎日削られていく。そしていつの日か……ゼロよ」


 俺と古泉の話を聞いていたのか、奴と同じ話題を振ってきやがる。何となくそれで苛ついたのだろう。


「悪いけど興味がないな」


 などと言ってやると、ハルヒはすかさず憮然とした表情になる。その瞳に何か悲しげなものが浮かんで見えたのは、きっと俺の気のせいだ。


「星が死んでしまうのよ、キョン!!」


「俺が考えてるのは、さっさと仕事を終わらせたいって事だけだ。警備兵やガードロボットが来ないうちにな」


 いい加減この問答に疲れてきた俺の素っ気ない返答を聞いて、ハルヒはそれ以上何も言わなかった。




 ハルヒの提案で植松、中嶋、由良は周囲を固めて神羅兵の侵入を阻止する役となり、魔晄炉爆破は俺、ハルヒ、古泉が向かうことになった。魔晄炉内部には通路なんてもんは殆ど無く、鉄梯子やパイプの上をひたすら渡る作業の連続だ。少しでも気を抜けば底に落ちて死は確実だが、ソルジャーである俺にはこんなのどうってことない。敵も数匹の雑魚を倒しただけで、魔晄炉最深部へたどり着くことが出来た。


 エメラルドグリーンの光がすぐ真下から俺たちを照らしだす。


「これが……魔晄炉……」


 ハルヒや古泉はここまで来るのはさすがに初めてらしく、しばし驚嘆した表情で、ある種幻想ともいえる景色を眺めていたが、


「さあ、行くわよ! 今日こそあの悪趣味なスクラップを、木っ端微塵の本物のスクラップにしてやるんだから!!」


 俺たち三人は、魔晄炉の心臓部といわれる場所へ急いだ。


「じゃあ、あたしが爆弾セットするわね」


 ハルヒは懐からこの日のために由良が用意した高性能爆薬を取り出すが、それを古泉が横から制した。


「古泉君……?」


「すみません。ですが、この役、彼にやらせてはどうでしょう」


 とんでもない提案をしてきやがった。いや別に、造作も無い事なのだが。


「お前らがやった方がいいんじゃないのか?」


 爆弾を造ったのは、曲りなりにもお前たちなんだし。例え、そのデータが昔存在した反神羅組織が残したモンの流用だとしてもな。しかし、古泉は首を静かに横に振る。


「我々は彼を見張った方がよろしいでしょう。彼が変な真似をしないようにね」


「古泉君?!」


 ――そういうこと、か。


「キョンは、あたしたちの仲間よ。変な事する訳無いじゃない!」


「確かに、あなたにとって彼は同郷の幼馴染かもしれません。しかし、彼がついこの間まで神羅のソルジャーであったと御自身で仰っているのも事実です。彼が神羅のスパイという可能性も捨て切れません」


 まあな。そう受け取られても全然不思議じゃないね。俺がお前の立場でもそう思うからな。奴がさっきからずっと俺を疑うような眼で見てたのも理解できるさ。ハルヒは多少不満そうだが、


「差し出がましい事を申し上げてすみません。ですが、団長たるあなたをお守りしたくて、敢えて言っているのです」


 古泉のこの言葉で、ハルヒもさすがに怒る気にならず、俺に爆弾を渡した。


「……別にあんたを疑ってる訳じゃないから。古泉君の言うこと、あまり気にしないでよね」


 ああ、気にしないさ。これが終わればどうせお前らとはオサラバだしな。俺は手早く爆弾を魔晄炉にセットする。時限式だな。まあ、10分あれば十分脱出できるだろう。そうして時限スイッチに手を伸ばしかけた瞬間――頭の中で何かが鳴り響き始める。音はだんだん大きくなり、俺の頭を締め付ける。それは何者かの囁き声だった――何者か?いや、これは俺だ。俺の声をした囁きは何度も何度も同じ言葉を繰り返した。







 ――目を覚ませ!ここはただの発電所じゃない!!――







 何の、ことだ? 自分の声なのにさっぱり分からない。(……ョン、キョ……)ん? うるさいな、ただでさえ『俺が』うるさいのに。誰だ(キョン、キョン!!)だから、俺を呼ぶのはだ――



「キョン!!」


「え?」


 気がつくと、そこには心配そうに俺を見るハルヒと古泉の姿。俺の手は止まっており、時限スイッチも入っていない。


「どうしたのよ、キョン、早くしてよね!」


 幻聴でも聞いていたのか? 俺らしくも無い。とにかく仕事を終わらさなければと改めてスイッチに手を伸ばしたその時だ。突如として警報音が鳴り始めた。


「少々のんびりしすぎましたね。本格的にやって来ますよ」


 古泉は悠長な様でそう言いながら、ガトリングガンを構える。確かに。この感じは異様だぜ。何かが来る。そう、これは魔晄炉に侵入する俺たちみたいな不届き物を排除する――


「――ガードスコーピオンか!!」


 遥か天井から落ちてきたそれは、サソリの形状をした巨大なロボットだった。奴は早速サーチスコープで目標をロックオンしたようだ。最早戦う以外他無い。


「そうこなくっちゃっ!!」


 言うなりハルヒは両手にはめたグローブで拳撃をガードスコーピオンに浴びせる。結構な破壊力だ――誰に教わったんだ、そんな格闘術?


「あれ、言ってなかった? ザンガンっていう旅のおっさんに教えてもらったのよ」


 いくらソルジャーでも、あの打撃力は結構ダメージはでかい。ハルヒへの対応の仕方、今後再考の余地はありそうだ――などと考えている間にも、敵は尻尾状の武器と内蔵マシンガンで俺たちを攻撃してくる。あれをまず何とかしなくてはな。まぁ、奴は機械だし、電気に弱いはずだ。俺はバスターソードに埋め込んだマテリア――魔晄から人工的に作り出された、魔法など古代の戦闘術を可能にするための結晶――に全神経を込め、呪文を唱える。


「喰らえ、『サンダー』!!」


 俺の呪文に呼応して現れた雷雲からスコーピオンに雷の一撃が命中する。回路の一部がショートしたみたいだ。するとスコーピオンはおもむろに尻尾を高く持ち上げる。しまった、これは――


「――気をつけろ! 尻尾を上げている間に攻撃すると、レーザーで反撃してくるぞ!!」


 奴の仕様を思い出した俺は、咄嗟に二人へ警告を発したが、時既に遅し。古泉の右腕から数十発の銃弾が放たれた後だった。当然即座に尻尾からレーザーが放射され、


 ドガガガガガガガガッ


 俺たちは三人とも吹っ飛ばされてしまった。


「もう、キョン! そうならそうと先に言ってよね!!」


 やっとの思いで起き上がったハルヒがプリプリ怒ってたが、そんなの知るか。俺の話も聞かずに撃ちやがった古泉が悪い。まあ、これで敵の対処法が分かったし、奴が尻尾を納めている間にタコ殴りすればいいことだ。案の定、スコーピオンはほんの数分足らずでスクラップにされた。残骸の中から古泉はアサルトガンを見つけ、嬉々として早速右腕に付け替える。とにかく、爆弾のスイッチを入れてここから脱出だ。


 ピッという機械的な音を発し、爆弾はカウントダウンを始める。さあ急ぐぞ。たかが10分、されど10分だからな。何かのアクシデントがあって逃げ切れないということもあり得るからな。


「その通りよ。さっさとトンズラするわよ」


 俺たちはもと来た道を全速力で引き返す。が、


「キャッ!!」


 先頭を行くハルヒが何かに足を取られ、そのまま前のめりにこける。ハルヒはそのまま動かない。


「どうした?」


「くっ……足が…」


 ハルヒの顔は苦痛に歪んでいた。どうやら右足首を軽くひねっているみたいだ。たいした怪我じゃないが、残り少ない時間で走って逃げ切るには難しいかもしれない。俺はため息一つついて、ハルヒに背中を差し出した。


「キョン?!」


「時間が無いんだ、早くしろ」


「う、うん……」


 何故かハルヒは顔を赤らめて頷く。何てこと無いだろ。ニブルヘイムに居た頃は、俺たちを散々馬扱いにして山中を駆け回らせていたくせに。俺はやや強引気味にハルヒを背中に負ぶって走り出した。古泉が何故かニヤニヤしていたのが無性に気に食わなかったが。


 ゲート前には植松たちが待ち構えており、俺たちが合流すると同時にゲートを開け、そろって魔晄炉施設から抜け出たその刹那――







 ドオオオオオオオオオォォォォォンンンンンン!!!!!!








 地を揺るがす大音響と共に、壱番魔晄炉が爆散する。ハルヒの言葉通り、本物のスクラップと化した魔晄炉の破片は火の玉となってミッドガルを覆う周辺のプレートにプレートに降り注いでいった……






「星の命……ちょっとは伸びたかな」


 八番街プレート地下水道。ここも爆発の影響で所々破壊されていた。その隙間から魔晄炉だったのものが燃え盛る様を見つめながら、植松がボソッと呟く。その言葉に中嶋も「そうっスね」と相槌を打つが、何処と無く心ここにあらずといった感じだ。いや、ハルヒも、古泉も、程度の大小の違いはあれ、みんなそんな感じだ。予想外の大爆発に衝撃を受けているのだろう。このミッションは魔晄炉を破壊するだけで、一般人には危害を加えない、と俺は聞かされていた。だが、そんなモンじゃ済まないというのは爆弾を見ただけで分かる。多分、ハルヒたちは甘く見ていたんだろう。それほど、アバランチ――ハルヒたちSOS団がその意思を継承したと謳っているかつての反神羅組織――はお子様な連中じゃなかったってことだ。


「出来た! 下がって!!」


 爆弾のセットが終わった由良が叫び、俺たちは急いで退避する。小さな爆発音の後、壁に出来た穴から俺たちは八番街へと抜け出ることに成功した。辺りは壱番魔晄炉爆発の影響であちこちに魔晄炉やその巻き添えを食った壱番街の残骸などが転がり、大勢の神羅兵が辺りを駆けずり回っていた。ここで一塊になるのは危険だ。


「さあ、引き上げるわよ! ランデブー地点は八番街ステーション! 各自単独行動、列車に乗り込むのよ!!」


 ――が、ちょっと肝心の事忘れてないかハルヒよ。


「お金の話なら、無事にアジトに帰ってからよっ!」


 そう言い残してハルヒは何処かへ走り去った。もう足、治ったのかよ。立ち直り早い奴。見ると、古泉たちも既に居ない。とりあえず、やれやれだ。


 俺は混乱の真っ只中にある八番街を駆けた。ちょうどあの叙事詩『LOVELESS』の上演中だったらしく、街は華やいでいたのだろうが、今となってはそれも見る影が無い。ただ、無機質な兵装に身を固めた男たちが右往左往するばかりだ。



 ――いや、モノクロームに流れ去る俺の視界の中に、一つの小さな、可憐な色彩の花を俺は見つけた。魔晄の使いすぎで土地も空気も汚れきって、この街ではもう花も咲かないのに? 俺は堪らず立ち止まった。


 それは、一人の少女――小柄で微妙にウェーブのかかった長い栗色の髪をした美しい少女――が手にしていた、花がたくさん入っている小さな籠だった。


 少女は忙しなく走る兵士たちの間で、


「お花、いりませんかぁ」


 と可憐な声振りまきながら花を売ろうとしていた。だが、その声に耳を傾ける者は誰一人としてなく、


「邪魔だッ!」

「キャッ!」


 と兵士に突き飛ばされるだけだった。それでも、「ふぇ…」と泣きそうになりながら、


「綺麗なお花、いかがですかぁ」


 花を売るのを止めようとしなかった。こんな殺伐とした世界の中で花を売り続けようとする少女の姿は滑稽にも感じられたが、何となく健気にも思わせるその姿に、俺はつい彼女を呼び止めてしまった。すると少女は俺にこう尋ねた。


「あのう、何かあったんですか?」


 どうやらこの騒ぎについて何も知らないらしい。俺はここで「早く逃げた方がいい」というべきだったのだろうが――


「気にするな。それより、花なんて珍しいな」


 俺はどうかしてるのか? だが、彼女の持つ花が気になっていたのは事実だった。すると、花売りの少女は一輪の花のように俺に微笑いかけてこう言った。


「あっ、これ……気に入ってくれました? 1ギルだけど、どうですか?」


 きっと、『天使の微笑』ってこういうのを言うんだろうな――と陳腐な表現しか出ないほど、あまりにも愛らしい笑顔を、少女は俺に見せていた。だから、


「もらうよ」


 つい1ギルを少女に手渡した俺を誰が責められよう。しかもたった1ギルでこれを拝めるのだから、安いもんどころか、物凄いお釣りが返るだろうさ。しばし幸せに浸っている俺にその少女は、


「わあ、ありがとう!――はい!」


 一輪の白い花を手渡し、何処かへと去っていった。ほのかな花の香りを残して。


「……何だったんだろうな」


 俺は改めて八番街を見渡した。走り回っていた兵士たちも大方が現場の方へ向かい、辺りには殆ど人影が見えない。だが、あちこちのビルの壁面には




『神羅に騙されるな!

 魔晄エネルギーは永遠ではない!

 魔晄は星の命!

 いつか終わりがやって来る!


       星の救世主:SOS団』




 という犯行声明のような文言(事実そうだが)が、サナダムシが管を巻いたようなお馴染みの変なマークと共に赤いペンキで塗りたくられていた。ハルヒ、お前いつの間に……


 ――それに気を取られてたのがまずかったのだろう。


「おい、そこの男」


 一人の神羅兵が俺の姿を見咎め近づいてくる。やばい、見つかったか。ソルジャーの服に大剣を背負うなんて、この辺では見ない格好をしているので、一発で怪しまれること請け合いだからな。俺はその兵士が来た方向とは逆に全速力で駆け出した。


「?! 待てッ!!」


 当然、兵士も追ってくる。しかも、笛なんか鳴らして仲間を集めるときた。さすがに人数が増えると厄介なので、振り返りざま俺はその兵士を斬り捨てた。だが、逃げても斬っても、


「こっちだ!」

「向こうに回ったぞ!!」

「そっちに追い詰めろ!!!」


 雑魚のクセにどっからでも湧いて来やがる。俺はとうとう、鉄道を跨ぐ橋の上で奴らに包囲されてしまった。まさに絶体絶命――いや。


「もう逃げられんぞ」


 兵士の一人が勝ち誇ったかのような顔で俺に近づく。その時、橋に向かって微かに汽笛が聞こえてきた俺は不敵に微笑い返す。


「残念ながら、お前らの相手をしているほど暇じゃないんでね」


 そう言うや否や、俺は橋から線路に向かってダイブする。そこへタイミングよく橋の下から飛び込んで来た機関車、ムカ百式九0形式600の真上に着地した。呆然と見送る神羅兵を横目に、俺を乗せたムカ百式は、轟音を立ててプレート内部へと吸い込まれていった。――俺はSOS団の連中がいるであろう貨車を目指して、走る列車の上を伝いながら走っていった。




 ――それと思しき貨車を見つけたのは、螺旋状のレールがプレートをそろそろ抜けようとした頃だった。俺は貨車の扉を外からこじ開け、中へと飛び込んだ。確かにみんな居たが、俺の姿を見て一様に驚いているようだった。大方、列車に間に合わなかった俺を死んだものと思っていたのだろう。見るとハルヒは目の端に微かに涙を浮かべ、


「バカッ!! 遅刻よ、遅刻っ! 大遅刻っ!!! 遅れた分、罰金だからね!!」


 と俺に向かって怒鳴り散らしてきやがった。何なんだ一体。


「心配させた割には、随分派手なお出ましですね」


 古泉はいつものスマイルで皮肉を言う。というかお前、心配してくれたのか?


「あなたのこと、まだ全面的に信用した訳ではないですが、まあ、一応生死を共にした仲ですしね。涼宮さんほどではないにしろ・・・・・・って所ですか。さて、全員揃いましたし、プレートも抜けましたから、客車の方へ移りましょう」


 古泉はそう言って客車の方へ飛び乗ってしまった。植松も中嶋も由良も俺に笑いかけて後に続く。残ったのは俺とハルヒだけだ。そのハルヒは俺の顔をじっと見詰めると、


「ちょっと、キョン、顔、真っ黒じゃない」


 そう言ってハンカチを取り出し、俺の顔を拭き始める。さっきまで煤煙に晒されてたから当たり前だ。それより、おい少々くすぐったいぞ。ハルヒは暫くの間俺の顔を拭き続け、その行為が終わると、俺の顔を一通り見渡し、満足したように頷いた。


「はい、出来上がり! こういう時でも身だしなみにには気をつけなくちゃダメだからねっ!」


 そう言ってまた俺にダメ出しするハルヒ……だがどうした?急にモジモジして。


「…………それから……魔晄炉で助けてくれてありがと……」


 いつものハルヒらしからぬ弱々しい調子でそう付け加えると、急に頬を赤くし、再び怒ったような表情になって、無言のまま客車に飛び移っていった。よく分からんね、女心って。俺もここに居ても仕方ないのでその後に続いた。




『ミッドガル八番街ステーション発最終列車、終点、スラム七番街列車墓場駅。到着予定時刻はミットガル時0時23分……』




「まだ列車の非常警備体制には移行してないみたいだな。明日はそうはいかないだろうけどな」


 植松の言うとおり、この列車内は平穏そのものだ。酔っ払いが「ここは俺の家だ~」とか戯言を呟いていたり、チンピラっぽい服装をした奴らがグースカ眠っていたりする。俺たちはこれ幸いと、思い思いに暫しの休息を得ていた。俺も椅子に寄りかかって少し眠ろうと思ったが、ハルヒの呼び声に邪魔されてしまった。何事かと思い行ってみると、どうやら列車内の電子マップを見せてやるという。そんなの別にいいのだが、


「あんた、ここに来てまだ間もないでしょ? だったら、見とくべきだと思うわよ」


 おいおい、俺は元ソルジャーだぞ――と言いかけて、俺はミッドガルに関する記憶が曖昧である事に気がついた。そう、俺にはこれから向かうスラム七番街駅でハルヒに拾われ、SOS団の雇われ兵になる前の記憶の一部が欠落しているのだ。


 ハルヒは、無言の俺を見て、納得したような笑みで嬉々として説明を始めた。マップ画面には巨大な鋼鉄の建造物が映し出されている。


「これが、ミッドガルの全景図。全体が巨大なプレートで覆われてるわ。プレートを支えているのは中心の大きな支柱と各区画に立てられた柱――柱は、機械塔とも呼ばれてるわ」


 するとハルヒはここで声を潜め、


(爆破した壱番魔晄炉が北のはずれにあるの…)


 まあ、大声で話す話題ではないな、それは。


「そこから順番に弐、参……八番魔晄炉まで八つの魔晄炉がミッドガルの電力供給を支えているのよ。それぞれの街には名前もあったんだけど、ミッドガルに住む人は誰も覚えちゃいないわ。名前なんかより、番号で呼ぶの。そういうところなのよ、ここは」


 ハルヒは忌々しげにため息一つつき、説明を続ける。画面には支柱を螺旋状に降りていく点線が示されている。


「次はこれ! ほら、見て! あたしたちが今乗っている列車のルートがこれよ。プレートを支えている大きな柱に螺旋状にレールが通っているの。今は柱のちょうど真ん中辺りね。各通過ポイントにはID検知エリアが設置されてるわ。乗客全ての身分や何から全部! 神羅ビルのホストコンピュータと連動してチェックされちゃうわけよ」


 突如、列車全体でに赤色灯が点滅し、警報音が鳴り出した。なるほど、これか。


「噂をすれば、ね。この光がID検知エリアのサインなのよ。あたしたちはどう見たって不審人物だから贋のIDで通過してるの」


 検知エリアを抜けると、窓の外は少し明るくなった。だが、陽の光は全く入って来ないから妙に薄暗い。これが、繁栄を極めたプレート都市に覆われた暗部、スラム街。昼も夜も無い、俺たちの街だ。


「あの腐ったピザのようなプレートさえ無ければ、青くて広い空が見えるのにね……」


 ハルヒが車窓に向かって何となしに呟き、俺は釣られたかのように窓の外を覗いてみる。そこには、蒼さなんて欠片も無い、錆びた色の鋼鉄の空が、俺たちに押し付けてくるかのように広がるだけだった。


「空中に浮かぶ都市か……落ち着かない光景だな」


「あなたがそんな風に感じるとは、意外ですね。」


 ふと漏らした俺の言葉に、古泉が嫌味たらしい感想を述べる。


「上の世界――プレート都市――あれの為に、下の人間がどんなに苦しんでることか……下の世界は今では汚れた空気のたまり場です。おまけに魔晄炉はどんどんエネルギーをくみ上げてしまう。おかげで土地は枯れる一方です。空気を綺麗にする力も失くしてしまった」


 古泉はいつもと同じ穏やかな調子で話している。が、言葉の端々から深い、深い怒りの感情がにじみ出ているように思えた。怒り――それがこいつらをテロに駆り立てている根源的な感情なんだろう。だが、俺はそんなもんに浸りたくは無かった。だから場の空気を冷ましてやろうと、わざと馬鹿らしい問いを掛けてみる。


「どうしてみんな上へ移らないんだろうな」


「さあ。お金が無いからでしょ。いえ、それとも――どんなに汚れていても地べたが好きなのかもね……」


 ハルヒは気のない顔で答える。わざわざする必要も無い正解の解りきった問題だからな。


「判ってるさ。好きでスラムに住んでる奴はなどいない。――みんな、この列車と同じ。敷かれたレールには逆らえないんだ」


 俺のその言葉に誰も言葉を返さない。ただ無機質にゴトゴトと、鉄の音が車内に鳴り響くだけだった。






 七番街スラム。そこにSOS団が根城としているアジトがある。と言っても、そんな大層なモンじゃない。「セブンスヘブン」という普段ハルヒが看板娘なんかをやってる小さなバーがそうなのだ。これだけでも、こいつらの規模なんてたかが知れてることはお分かりだろう。正直、このままここに居ても碌な事など一つも無い。すぐ神羅の圧倒的な兵力と火力に踏み潰されるのがオチだ。幸いなことに今回のミッションではソルジャーは現れなかったが、奴らと戦うことになれば、ハルヒも古泉も無事では済まない。ソルジャーだった俺が言うんだから間違いないね。だから、ここは早いとこ約束の報酬を貰って立ち去る以外ないのさ――


 などと、頭の片隅でそんな打算を考えつつ、ハルヒたちと共に店の戸をくぐると、


「お帰り~! ハルにゃん! キョン君っ!!」


 短い髪を横でちょこんと纏めた幼い少女――というか、まんま幼女が飛び付き、堪らず俺は尻餅をつく。何しやがるこのやろう。しかしこいつはそんな俺の怒りも意に介さず、既に隣に居るハルヒと手を取り合ってじゃれている。


「ただいま、マリン!! ちゃんとお留守番できた?」


 するとこの幼子は、無邪気と表現するにはこれ以上無いってくらいの笑顔で元気良く「うん!!」と答え、ハルヒに頭を撫でられてニコニコしている。おい、人の話くらい聞けよな。


 一応、紹介しておこう。こいつの名前はマリン。6、7歳児にも見えるくらい幼い容姿をしてる上に言動も舌足らずでこいつの幼さをさらに倍化させているが、これでも歴とした11歳児だ。このスラムで親を亡くした孤児らしく、何の縁かハルヒが世話してやってるらしい。それで、ハルヒがこうした所用(主にテロ活動)で店を空けてる間、こいつが代わりに店の切り盛りしてるのだそうだ(……大丈夫なのか? まだ子供だぞ)。


 こう言うとなかなか良く出来た娘のように聞こえるだろうが、それは大きな間違いだ。こいつは芸術的とも言える位無邪気で人懐っこ過ぎる。誰彼構わず興味を持ったらついつい傍に寄って行ってしまう。いつか攫われたり、いつの間にか店が荒らされてたりしたらどうすんだ、と心配してしまうだろ。会ったばかりの俺でさえ、いきなり「キョン君!!」と呼んで、実の兄貴のように懐いてきやがるのには困ってしまうのだが――


「別に照れなくてもいいじゃない。……それともあんた、本当はこういう幼女に興味があるんじゃないでしょうね?」


 それは大丈夫だ。決して俺はそんなんじゃない。誓ったっていいね。俺の好みはもっと年上で、お前と違ってお淑やかで綺麗な――そう、あの時出会った花売りの――


「ねぇ、このお花は何?」


 ハルヒは俺が懐にしまっていた一輪の小さな花を目ざとく見つける。マリンが飛びついてきて、いつの間にか少しはだけたんだな。俺が止める間も無く、ハルヒはその花を掴み上げる。


「ふ~ん。お花なんて珍しいわね。スラムじゃ、滅多に咲かないのよ。何処で手に入れたのよ、これ。……へぇー、まさかねぇ~」


 一瞬の沈黙の後、ハルヒは妙にニヤニヤして俺を見やがる。何考えてんだ、別にそんなんじゃねぇよ。俺は何故か気恥ずかしくなって、頭からあの少女のことを消し去ってしまおうとする。でも、彼女と出遭った証たるこの花はハルヒの手にある訳で……どうするかね。仕方ないからハルヒにくれてやるか。いくら「花より団子」をベタに地で行くような奴でも一応は女だ。喜ばん事は無いだろ。


 するとハルヒは「へっ?!」と妙に甲高い声を上げると、


「あ、ありがとう、キョン。い、い、いいい香り! お、お店を花でいっぱいにしちゃうのもいいよねっ!!」


 などと若干呂律の回らない台詞を吐きつつ俺に背を向け、店の奥のほうへと駆けて行った。何だ? 変なモンでも食ったのか、あいつ。振り返ると、古泉が両の掌を肩ぐらいに上げて首を横に振る――いわゆる『やれやれ』のポーズ――をしてやがる。だから、何なんだよそれは。




 時間を置いて落ち着きを取り戻したハルヒの命で、俺たちは『セブンスヘブン』の地下にあるアジトへと降りていった。実は店の片隅にチョコンと置かれている古びたジュークボックスが簡易式隠れエレベータとなっているのだ。あまりにチャチ過ぎて気付かなかったぞ。ハルヒはエレベータから降りるや否や、アジトに据えられていたテレビのスイッチを入れる。そこから聞こえてきた声は、誰もが知ってる声、『神羅』を一介の兵器会社から世界を牛耳る大企業に一代で築き上げた最高権力者――プレジデント・ケイイチ・神羅のものだった。



『壱番魔晄炉破壊事件に関して、SOS団と名乗る組織から犯行声明が出されています。声明によるとSOS団は、今後も同様のテロを続ける事を予告しております。しかし、ミッドガル市民の皆さん、安心してください。我々神羅カンパニーはこのような暴力から皆さんを守るために、ソルジャーの投入を決定しました。これで――』



 ハルヒはテレビのスイッチをバチンと切ると、両手を腰に当てた仁王立ちスタイルで俺たちに向かってこう言い放った。


「みんな、良くやったわ!! 今回の作戦は成功よ。けどね、油断は禁物。本番はこれからよ! あんな爆発でびびってちゃダメっ! 次はもーーーっと派手にかますわよ!!」


 高らかに響く団長の力強い宣言に、拍手やらシュプレヒコールやらで大いに盛り上がるSOS団の面々。だが、俺はアジトの端っこで冷めた目でその様子を見ていた。何か無性に腹が立つ。これしきのことで騒いでどうする。神羅は、アイツラハモット――


 だが、そんな俺の様子を見咎めないハルヒじゃなかった。


「ちょっとキョン! あんたもちょっとは喜びなさいよ! せっかくニュースに出るくらいの大規模ミッションに成功したのよ。この調子で行けば、神羅の奴らから星を取り戻せるかもしれないんだからっ!!」





「――本当にそう思ってるのか?」





 自分でもぞっとするくらいの冷たい声だ。たちまち場は凍り付く。


「キョ……ン?」


 信じられないものを見たような瞳をしたハルヒが俺を見詰める。やめろ、そんな目で俺を見るんじゃ――俺は自分でも気付かないままに、一気にまくし立てていた。


「本気で神羅とやり合って勝てるとでも思ってんのか?!! 今回は、奴らが完全に俺たちのことをナメ切ってたから成功したようなもんだ! 俺みたいなソルジャーも出てこなかったからな。もし出会ってたら、お前らなんかとっくの昔にあの世逝きだ!! 今度こそ奴らは本気で仕掛けてくる。逆らった奴らは皆殺しさ。無関係の奴らも巻き添えにしてもな。それぐらいのことは平気でやるぞ、奴らはな!! 神羅と戦うってことは、そこまで覚悟してやるもんだ!! そんな事も知らずにたった一度の成功でいい気になりやがって。――結局お前らは、お子様の集まりに過ぎないんだよ!! あの爆発の後、予想もしなかった爆発にみんなビビッてだろうが! あれを考案したアバランチの連中は生半可な組織じゃない、正真正銘のテロリストだ!! お前らはそのお下がりを貰って喜んでる子供なんだよ!俺はもう付き合い切れねえ。報酬もいらねぇから後はお前らが勝手にやって、勝手にくたばってろ!!」


 そういい捨てると俺はエレベーターに乗って店のフロアまで一気に昇ってしまう。俺の心をとてつもない後悔が襲ってきた。何も、ここまで言うつもりは無かったんだ。でもハルヒがあんな瞳で俺を見ているから……


「ねぇ~キョン君、かいぎ、終わったのぉ~?」


 今の俺の気分と全くかけ離れた能天気な調子で話しかけてくるマリンを軽くあしらいながら、俺は店を出ようとする。これでいいんだ。最初からそのつもりだったんだ。これ以上付き合ってると碌な目に遭わない。ここは早いとこ立ち去る以外――



(キョン……)



 一瞬、悲しげに俯いて俺の名を呼ぶハルヒが脳裏に浮かんだ――間も無く、


「キョン、待ちなさいよ」


 その声に振り返ると、そのハルヒが目の前に立っていた。


「ほら、例の報酬。約束は約束だからね。遅れた分はちゃんと引いといたけど」


 ハルヒはギル硬貨の入った袋を投げて寄越す。中身を見てみると1500ギル入ってる。こんなスラムのバーじゃ、ここまで稼ぐのだって大変なのに――ハルヒは返事を待つことも無く、そのまま俺を真剣な眼差しで見詰めながら話し出す。


「出て行く前に聞いて。あたしだって馬鹿じゃないわ。神羅が生半可な奴らじゃないってことは知ってる。いつかはあたしも殺されてしまうと思う。……でも、ちゃんと覚悟はしてる」


「……」


「……だって、あたしからは、何もかも奪われてしまったもの。神羅に。あたしにはもう、失うものなんて何も無い。多分、古泉君も、植松も、中嶋も、由良もみんなそう。だから、今この時を精一杯戦って、精一杯泣いて、喜ぶの。決して遠くない、いつか来る終わりの時に、『あたしたちは星の為に精一杯やったよ』って思えるようにね」


「ハルヒ――」


 俺は何を言おうとしたんだろう。さっきのことを謝るのか、それとも、やっぱり違うとでも言うのか、それとも――続きを口に出す前に、ハルヒが先に口を開いた。


「あんたを駅のホームで見つけた時、あたしは驚いたわ。そして、嬉しかった。約束通り来てくれたんだって」


「約束?」


「やっぱり忘れてるわね。いいわ。思い出して――キョン。あれは7年前よ――ほら、ニブルヘイムの村の給水塔。覚えてる?」


 そう言われて俺はハルヒとの約束について微かな記憶を辿ろうとする。すると、頭の奥底から何かが光りだすように、『その光景』が浮かび上がってきた。そう、あれは少し寒い冬の夜のことだった。ハルヒがなかなか来なくて給水塔の上でちょっと震えてたんだ。





『なによ、話って?』


 俺が約束の時間に遅れると「遅刻!罰金!!」と言って怒り出すくせに、自分のときはそれで済ますのかよ。しかし、こいつは俺のそんな理不尽に抱く不満に気付く様子も無く、ただ俺の言葉を待っていた。まあいいや。今日はある事を打ち明けるためにハルヒを呼んだんだ。


『俺……春になったら村を出てミッドガルへ行く』


 俺の告白に、ハルヒは少しは驚いてるようだった。


『男の子たちって、みんな村を出て行っちゃうね……つまんないの』


 ハルヒはここの村長の娘だ。ゆくゆくは誰か婿を貰って、村長夫人としてこの村を切り盛りしていくことになる。だから、こいつは村から離れることは出来ない。村の仲間が一人、また一人と村を出て行く度に、こいつはいつも悔しがっていたのを、俺は知っていた。


『俺はみんなとは違う。ただ仕事を探すだけじゃない……ソルジャーになるんだ。セフィロスみたいな最高のソルジャーに』


 セフィロス――それは長きに渡ったウータイ戦争を終結に導いた神羅の英雄。俺たちの憧れの的だった。


『セフィロス……英雄セフィロス、か。ソルジャーになるのって難しいんでしょ?』


『……しばらくの間、村には戻れなくなるな』


『大活躍したら新聞にも載る?』


『俺の頑張り次第だな』


 ハルヒは暫く黙って俺を見ていた。そして急にこんな事を言い出したんだ。


『決めた。あたしもいつかこの村を出る!』


『はぁ?』


『だってあんたたちだけ外の世界で不思議なこといっぱい体験しといて、あたしは仲間はずれで一生この村に居るなんて冗談じゃないわっ!……だからキョン、約束しない? もしキョンが有名になったその時には、あたしを助けに来て、一緒に戦ってくれる?』


 一体何言い出すんだこいつは。それに「戦う」って何とだよ。


『そりゃ、あたしの野望を邪魔するありとあらゆるものよ。とにかく、あたしがピンチになったとき、ヒーローが現れて助けてくれるの。一度くらい経験したいじゃない?』


『???』


 正直、意外だった。天上天下唯我独尊、馬耳東風、傍若無人でよその村にその悪名が鳴り響くほどのこいつが、そんな乙女チックな願望を抱いてるなんてな。俺が意外な成り行きに目を丸くしてると、ハルヒは俺のシャツを掴んで、


『いいじゃないのよ!約束しなさいっ!!!』


 なんて揺さぶるもんだから、


『分かった……約束する』


 と、つい言っちまったんだよな――






「思い出してくれたみたいね、約束」


 まあな。けどそれってお前が半ば強引にした約束だろ、それに――


「――俺は英雄でも有名でもない。約束は守れない」


 しかし、ハルヒは首を横に振って言った。


「でも、キョンはちゃんとあたしの目の前に現れて、あたしと戦ってくれた。約束、ちゃんと守ってくれた。それだけで十分。……それ持って、さっさと行きなさい。見送りはしないわよ」


 そういうハルヒは微笑みながら、目の端に小さな雫を浮かばせていた……ああ、くそっ!!そんな表情、見せられると――


「こんなシケた報酬、冗談じゃないな」


「え? キョン?!!」


「次のミッションはあるのか?倍額の3000で受けてやってもいいぜ」






 ――お前を放って置けなくなるじゃねぇか。






 ハルヒは少しの間呆然としていたが、すぐに例の100ワットの笑顔を見せて、


「そうと決まれば話は早いわっ!! 次の朝、早速ミッション始めるわよ! 古泉君たち集めて準備しなきゃ」


 おい。今のはまさか、嘘泣きなんてベタなオチじゃ――


「それから――キョン。あんたのさっきの暴言、忘れた訳じゃないわよ。今日の祝賀会の料理、あんたの奢りだからね!!」


 そう言い残して、ハルヒはさっさとエレベータで地下へと降りていく。


「ちょっと待てっ!俺、金なんてねぇぞ!!」


「今渡したそれがあるでしょ!!」


 俺の叫びもむなしく、地下からハルヒの死刑宣告と同然の台詞がこだまして来た。全財産だぜ、これ。――やれやれ。



 こうして、激動に満ち過ぎた一日が終わりを迎えた。思えば、俺の周りだけでなく、俺自身も大きく動かされた一日だったと思う。本当にやれやれだ。それにしても、今日のような日を迎えることはそう何度もないだろうな――そんな俺の考えが大いに甘かったことは、飲み疲れてアジトで眠りこけていたこの時の俺には、知る由もなかった。

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