第17話 凶賊ユクセルの裁判(前編)
翌日には悪神アンリの依頼票は取り下げられた。
悪神アンリは紳士の格好で食事をしに来て、食事を終えた後に、チャンスを個室に呼ぶ。
(さっそく、ゲームの始まりか。昨日の今日で、もう準備を調えるとは遣る気満々やね。できれば、失敗した時にも、それほど大きな罰がないゲームやといいんやけど)
席に着くと悪神アンリは笑顔で話し出す。
「もうじき、凶賊のユクセルが捕まります。ユクセルは火炙りの判決を受けます。チャンスは火炙りの処刑を請負、これを正しく処罰できたら、クリアーです」
(極悪人を火炙りにできたら合格? 何や? それほど難しいゲームやないな。でも、アンリのおやっさんの持ち掛けるゲームやから、何か落とし穴があるんやろうな)
「わかりました。ゲームをお受けします」
三日後、凶賊ユクセルが捕まった情報が、冒険者ギルドにも入ってきた。
冒険者たちが興奮顔で噂する。
「百人以上の人間を殺して、五つの村を焼いた凶賊ユクセルもこれで終わりだな」
「今までの罪を償えって言うんだ」
(街の人間は、ユクセル逮捕に好意的やね。でも、何か引っかかるで)
酒場で街の人の声を聞いていると、困った顔をしたゼルダがやって来る。
「少し話がしたいんが、いいか? ユクセル絡みだ」
ゼルダと一緒に密談スペースに行って話をする。
「ユクセルだが、アウザーランドで引き取れないだろうか?」
「アウザーランドでも、ユクセルは罪を犯しておったのう。でも、難しいで。ユクセルはここスターニアでは大罪人。おそらく、判決は死刑や」
ゼルダの表情は冴えない。
「犯した罪の大きさによれば、死刑も止むなしよ。でも、アウザーランドも、ユクセルを裁きたい。外交ルートで引渡しを求めているが、スターニアはいい顔をしていない」
「せいぜい、死体の引き取りが関の山やろうな」
ゼルダは考え込む。
「そうか、そうよね。スターニアも面子があるものね」
「なあ、ゼルダはん。裁判の傍聴券って、手に入る? わいもユクセルの裁判を見たい」
「チャンスにしては珍しく物見高いんだな」
「時の人といえば、時の人やからね」
「いいだろう。特別席を用意してあげるわ」
ユクセルの公判が始まる時、チャンスは十三人からなる弁護団の中にいた。
チャンスは同じく弁護団の中にいるゼルダに小声で訊く。
「ちょっと、ゼルダはん、特等席って傍聴席やないの? こんな大層な席は要らんって」
「悪い。あまりにも傍聴席が人気で取れなかったんだ。でも、こっちのほうがいいだろう。良く見えるし、必要なら、発言もできる」
「発言もできる」とゼルダが口にすると、弁護団の団長が咳払いをする。
ゼルダが申し訳なさそうに小声で言い直す。
「すまない。発言は、なしで頼む。チャンスの役職は弁護士ではなく、弁護団の速記係でお願いする」
チャンスはメモ用の紙束を持ち、愚痴る。
「でも、もう、何でこうなったんやろうな?」
ゼルダは真面目な顔で内情を打ち明けてくれた。
「それは、スターニアの弁護士で引き受け手がいなかったからな」
「ユクセルの弁護なんかやったら、何を言われるかわからんからな。スターニアの弁護士は二の足を踏んだか」
ゼルダが誇らしげに語る。
「そこで、我がアウザーランドが特別に用意した弁護団を派遣した」
「アウザーランドの弁護士って、スターニアで活動できるの」
「弁護士として登録していれば、お互いの国で弁護士資格が有効になる条約があるのよ」
(アウザーランド弁護団の目的は死刑の回避やな。死刑回避後にアウザーランドにユクセルを移送させて、アウザーランドの裁判を受けさせるのが目的やろう。国の体面とか、大変やな)
傍聴席を確認する。しっかり悪神アンリが傍聴席の一番前にいた。悪神アンリは裁判を楽しそうに待っていた。
ユクセルが入廷してくる。ユクセルには四人の刑務官が付き添っていた。ユクセルは抵抗する様子もなく被告人席に着く。ユクセルは腰に紐が付いた灰色の服を着ていた。
身長は百七十㎝と高くはない。ユクセルの年齢は三十七歳。髭(ひげ)は綺麗に剃られて、緑の髪は短く刈り上げられていた。
肌は白く、四角い顔で野生的な顔立ちをしていた。瞳の色は青く、青い瞳には怯えも怒りも浮かんでいなかった。
三人の裁判官が入廷してくる。裁判長が座る前に皆が立ち、一礼して席に着く。
裁判長から本人確認が行われた。ユクセルは静かに全てに答え、ユクセルだと認めた。
次いで、検察官から起訴状の朗読がある。これが長く、百二十分も掛かる、
(何や? 争点を絞っておるだろうに、それでも、こんだけ掛かるって罪が多すぎやろう)
「以下の起訴事実について認めますか」とユクセルが訊かれる。
「起訴事実は争いません」とユクセルは静かに答える。
弁護団長がすぐに意見を告げる。
「今回の裁判ですが、逮捕から起訴までの時間が短く、充分に時間を掛けて調べられたと思えません。また、こちらの準備時間も短すぎます。とてもではありませんが、充分な弁護は行えません」
「弁護人の意見は、わかりました。ですが、裁判の遅延は認められません。次回の公判は一週間後です。それでは、閉廷します」
(何や、これ? もう、この裁判の判決が決まっておるような流れやで)
弁護団が集まって会議になる。
チャンスとゼルダも参加させてもらった。
弁護団の中では、不満がありありと出ていた。
「なあ、ゼルダはん。この裁判、かなりおかしゅうないか? 何かスターニアは早期にユクセルを処刑しなければならない事情がある気がするで」
ゼルダは曇った表情で訊いてくる。
「極刑にするのでも、もっと時間を掛けていい気がする。それで、どうするんだ?」
「わいが事件を少し調べてみる」
「わかった。私は裁判でのユクセルでの態度が気に懸かる」
「なにが気になったんや、表情? それとも態度か?」
ゼルダは真面目な顔で答える。
「ユクセルは『認めるか』と訊かれて『認めます』と答えず、『争いません』と答えた。どうも、それが気になる」
「わかった。なら、ゼルダはんは、ゼルダはんにできる仕事をしてくれ。わいは、わいができる仕事をする」
「よし、なら、行ってこい。弁護団長には私から話を着けておく」
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