第62話 記者会見
画面上、誘拐された女の子の義父と、右隣に弁護士と思われる白髪の男が立ち上がった。左側から制服を着た警察官が2人フレームインしてきた。偉そうな初老の警察官と、それよりも若い警察官が何やら耳打ちしながら席に着く。若い警察官の方はオレと同じくらいの年齢で、ジェルで綺麗にセットした髪型は、いかにもやり手といった雰囲気を醸し出している。無能なくせに年功序列とゴマスリで管理職になった上官をサポートしている感が画面からも見て取れてしまう。上官は不機嫌そうな
やり手警察官の方が、義父と弁護士に声をかけると2人は座った。
『たった今、静岡県警の方だと思いますが、来場しました。間もなく会見が始まろうとしています。静岡から生中継です』
慌てた様子で現場のリポーターの声が入った。画面にはリポーターは映っていなく、白テーブルを前にして座っている4人にフォーカスされている。
女性スタッフが司会のボックスに立ち進行し始めた。そちらにもカメラのシャッターが鳴る。こういう記者会見で司会者の女の写真なんか撮る必要があるのかと疑問に思ったが、またボコボコとマイクを触る音が聞こえ、偉そうな上官の方が、なんだこりゃ、どうやってやるんだ、という呟きをマイクが拾ってしまったが、やり手警察官は乱すことなく冷静に上官を制し、マイクに向かって喋り始めた。
『静岡県警の野々村です。それと今回の事件の指揮をとる刑事課課長の馬場です』
野々村と名乗った男は、この場では自分たちの自己紹介など然程必要ないっといった調子で、早口でさらさらと喋った。紹介されて無能な上官は、何が不服なのか知らないが面白くなさそうな顔で頭を軽く下げた。自分のことをもっと敬って厳かな雰囲気を醸し出せとでも思っているのだろうか。
1人の記者が待ちきれないのか義父に質問を浴びせると、他の記者たちも好き勝手に質問をし出し、会場は騒ついた。
『早速ですが、今日は連続幼女誘拐事件を、連続幼女誘拐殺人事件に切り替えて捜査を進めているというご報告と、市民の皆様に情報を提供をお願いしたいということで、お集まりしていただきました。それと本人たっての希望で、現在行方不明の関みずきさんの父親、
無駄も隙もない喋り方だった。余分なことを喋り出しそうな上官と、勝手に質問を投げかける記者たちを制するのに適切な口調だった。会場はまたもやシャッターの音のみとなる。事件の概要も端的で頭の悪いオレにも
最初、隣に座る課長のことを現場の指揮官だと紹介していたが、主になって動いているのはこの野々村という男なんだろう。本当に能力のある人間は、例え上司が無能であろうとなかろうと、公の場では立てる。それができない人間はビジネスの世界では通用しない。自分の地位をひけらかすような態度を取ると、器が小さい奴に見えると知っているからだ。警察官になるためには、柔道や剣道が必須だということを聞いたことがある。こういう奴は多分柔道も強い。
それに引き換え、この上官の課長は態度が悪い。周りが見えていないのだ。いずれこの野々村という男に寝首をかかれることになるだろう。
公開捜査ということで、事件性のない家出の可能性も示唆しつつ、行方不明になった女の子の写真と特徴、いなくなった日の服装を会場に備えられているモニターに映し出した。テレビ画面のワイプも同じように少女の写真を映し出した。同じ写真だった。やたらに画像の悪い写真だった。白いワンピースを着てしゃがむ少女の両脇には大人の男女の足も写り込んでいる。3人で撮った写真を拡大したものだろう。でも、なにか違和感がある。
画面には女の子の特徴として、10歳、身長約145センチ、家族が最後に見た服装として白いワンピースを着ていたということが書かれていた。写真も白いワンピースだ。違和感の理由はすぐに分かった。写真が古いのだ。少女はしゃがんでいるとはいえ、隣の大人の体に比べると明らかに小さい。どう見ても145センチあるようには見えない。顔つきも幼く、10歳とは到底見えない。多分小学校低学年か、幼稚園児くらいの時の写真だ。目撃情報を集めたいのなら、もっと最近の写真を出すべきではないか。
それにいなくなった時の服装が白いワンピースとピンクのサンダルで、写真も白いワンピース。それに写真に写っている足元もピンクのサンダルに見える。小学4年生にもなって体型があまり変わらない子なのか。まあ、白とピンクが好きな子なんだろう。
ピンクのサンダル?
居酒屋で常田と呑んでいる時の光景が蘇った。アイツが鞄から出してきた気持ち悪いサンダルもピンクだった。公園で出会った子供が忘れていったと言っていたが、アイツ、マジで誘拐したのか。オレは自分の疑いの目を逸らすために、知人でそういう怪しい奴がいると常田のことを
ヤバイ。面白くなってきた。
ワイシャツの胸ポケットから、あの刑事たちから貰った名刺を出した。オレの情報提供を基に、警察は既に常田を追っているのかもしれない。ただ一致した内容がピンクのサンダルだけでは弱い。そんなことだけでは警察は動かないだろう。でも有力候補としてマークするくらいはするのかもしれない。
アイツが誘拐なんてアホな真似するなんて考えられない。ましてやSNSなんかで子供を
でもオレには、アイツが犯人だろうがなかろうが、どっちだっていい。犯人じゃないにしても変な事件に巻き込まれて困ればいいのだ。オレに金を貸さなかった罰だ。オレがその制裁を加えてやる。
何を言えばあの刑事たちは動くのだろうか。思い出したことがあるとか言って、もっと大袈裟に伝えた方がいいかもしれない。今テレビのニュースで見たが、写真の女の子と一緒にいるところを目撃したと言おうか。完全に嘘を吐くと、あとで
そう言えばウチのマンションの下の階に、デブのニートとヤンキー姉ちゃんのカップルが住んでいた。あのデブはアイドルオタクで、いつもそのアイドルのTシャツを着ていた。アイドルと言ってもそんなに有名な奴じゃなくて、たまにテレビで見かけることはあるが、その辺の子供を寄せ集めただけのグループだろう。迷彩服を着てヘタクソな歌を歌っていて、グループ名もミリタリーなんとかといったか、多分それがコンセプトなのだろう。やたらメンバーが幼くて、オレはそれに熱狂するデブのことを変態だと思っている。こういう奴が誘拐事件とか犯罪を犯すのではないか。
おお、そうだ。常田をロリコンのミリタリーオタクということをでっちあげればいいんじゃないのか。むかしから小さい女の子が好きだとか、モデルガンを改造して近所で小動物を撃っているとか。最近アイツは金に困っていて、小さい子を誘拐でもして金作ろうかとか、誘拐するんだったら可愛い女の子だなとか、冗談混じりに言っていたとか。そうすればあのバカな刑事2人は、常田に対しての疑いを多少強めるんではないか。
カーナビのテレビ画面に目をやると、いつの間にか行方不明になった女の子の義父という男が喋っていた。急に立ち上がってカメラに向かって叫んでいた。
『娘を返してください!僕とみずきは血が繋がってはいません。ですが、それ以上の親子の絆があります!みずきを、みずきを返してください。もしみずきの身になにかあったら、犯人!お前を絶対許さない!みずきを返せ!』
後半だんだん口調が荒くなり、取り乱してきたので野々村という男が義父を制し、肩を押さえて落ち着かせようとしている。どこの取材班もここは抑えておこうと、シャッターは一斉に鳴る。
奇特な奴だ。血が繋がってなくても、そんなに必死になれるなんて。これは世間や妻に対してのパフォーマンスなのか。少し胡散臭くも感じる。オレなんか、血が繋がっている娘でも、特に会いたいとか思わないのに。
あの刑事から貰った名刺に書いてあった番号に電話してみたが、刑事は電話に出なかった。舌打ちをして顔を上げると、離れた場所にさっきオレの車を覗いていたカップルがこちらの方を見ていた。なにか勘づかれたか、またこちらに近寄ってきそうだったので、オレはとりあえずこの場から離れようと、車を発進させた。
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