第53話 本日は晴天なり
売店は賑わっていた。
まだ夏休み前ということもあり、小さな子供は少なかったが、老夫婦や若い大学生くらいの団体、外国人観光客でイートインスペースの席は、ほぼ埋まっていた。こんな時期に子供連れだと不審がられるかと気にしていたが、小学生くらいの子供を連れた家族はチラホラいる。多分父親がお盆休暇を取れないような職種で、子供の学校を休ませて、一足早い夏休みを楽しんでいるのだろう。親に手を引かれた子供は、はしゃいでいた。俺たちは周りにどう見られているのだろうか。お盆休みを取れない仕事のシングルファーザーといったところか。まあ、周りは自分たちの旅行を満喫していて、俺たちのことなんて視界に入っていないのだろう。
他には長距離トラックの運転手が駐車場にはたくさん停っていて、運転手は早く車中で仮眠をとろうと、食事をかき込んでいる。家族連れは、ゆっくりと休憩しているが、トラックの運転手の席は早く空きそうだ。
しかしあまり腹が減っていない。午前10時半、昼食にはまだ早い時間だ。朝食バイキングでガッツリ食べてしまった。
「みずきちゃん、何か食べる?」
みずきはお腹の辺りに手を置き、首を振る。
そう言えば、彼女は朝のバイキング吐くほど食べてたからなあ。
「じゃあ、飲み物買おうか」
みずきはコクンと頷いた。何が飲みたいか訊いた。
「んー、何でもいい。けど、ちょっとトイレ」
「あー、じゃあオジサン、飲み物買ってるから、トイレ行っておいで」
彼女は頷いて、小走りで売店を出た。
俺は売店でペットボトルのお茶を2本取り、レジに並んだ。レジ横のラックにCDが並んでいた。レンタカーで気づかなかったが、無音のまま運転していた。無音だと、何か話さなければならなく、音楽がかかっていた方が気を遣わなくてすむ。それにドライブは音楽を聴きながらの方がいい。俺はレジ待ちの間、CDラックを物色した。
が、品揃えが悪い。演歌とクラッシックばかりだ。演歌はトラック野郎たちが聴くんだろうが、クラッシックをドライブで聴く人間がいるのだろうか。あとはメジャーなアーティストやアイドルのベストアルバムが申し訳程度に並んでいた。相当昔のアイドルグループのCDを見つけ、この時代に聴く人いるのかなぁと思っていると、その隣に桑田佳祐の2枚組のベストアルバムを見つけた。夏といえば桑田佳祐だ。俺の中で小さなこだわりは、好んで聴くのはサザンではなく桑田佳祐の方。サザンも桑田も一緒じゃん、いつもキーボード奥さんじゃん、という奴がいるが、これは全く別物。サザンは聴きやすいし、泣けるし、賑やかに楽しめるが、桑田佳祐のソロの方が色んな曲調があり、自由にやってる感じが出ていると思って聴いている。そういうこだわりが、オジサンだな、と自分でも思う。
「次の方ー、どうぞ」
はっと顔を上げると俺の番になっていた。
トイレから戻ってきたみずきは、店の前で待っていた。
「ごめんごめん。お茶でよかったかな?」
お茶のペットボトルを渡すと、みずきは頷き、両手で受け取った。余程喉が乾いていたのか、すぐにキャップを開け、首を上げてゴクゴク飲み始めた。なんとなく微笑ましい気分になった。俺も一口飲んで、車に向かおうと歩き出したが、振り返るとみずきはそっぽを向いて付いて来ない。どうしたのかと
「やっぱりお腹空いた?」
俺はみずきに訊いた。もしかしたら、さっきは遠慮していたのかもしれない。
「んー、お腹空いたっていうか、ちょっとだけ空いてるかな」
「じゃあ、食べるか」
「え、いいよ、いいよ。お昼まで我慢できる」
彼女は慌てて首を振る。健気に思えた。今まで家で我慢ばかりしてたんだろうな。お腹が空いたなんて言えなかったんだろう。なんで連れ出したのか今井考えても仕方ないが、俺が連れ出したのだから責任持って甘やかせてあげなければならない、という訳の分からない使命感で屋台に向かった。
「どれにする?」
「いいよ、本当に」
「オジサンも小腹減ったんだよ。昼は後でしっかり食べるにして、ちょっと食べようよ」
モジモジしながら小さく頷いた。俺もフランクフルトの焼ける匂いを嗅いでいたら、ちょっと食べたくなった。俺がフランクフルトにしたら、彼女も同じものにした。みずきはケチャップを付けた。俺はケチャップとマスタードを付けた。マスタードがなかなか出なかったので、思い切り絞ったら少し多く出てきてしまった。
側にあったベンチに並んで座り、フランクフルトを食べた。一口食べて空を見上げた。雲一つなく青空だった。この瞬間まで、今日がこんないい天気だということに気付いていなかった。
隣を見れば、みずきも同じように空を見上げていた。
「いい天気だね」
みずきも同じことを考えていたようだ。俺は微笑み返し、ペットボトルに口を付けると、みずきも同じタイミングでお茶を飲んだ。同じフランクフルトに同じお茶、タイミングまで一緒になって、まるで仲の良い親子みたいだ。
「これ、ありがとう」
みずきはベンチに腰掛け、足をブラブラ揺らして、足先を指差した。買ってあげたサンダルのことを言っているらしい。もう何度もお礼を言われている。そんなに喜んでもらえれば、こちらも嬉しくなる。
なんだろう。なぜ連れ出してしまったかなんか、どうでもよくなってきた。俺はこんな誘拐紛いなことをなぜしてしまったのかと後悔していた。
人助けのつもりだったのか、なにも考えずに自分のことをヒーローだと勘違いして正義感ぶって連れ出したのはいいものを、どのタイミングで家に帰そうかとか、この状況が誰かに知られてしまった言い訳だとかを考えたりしているが、どうやって切り抜けようとしたって、俺は誘拐をしたのだ。みずきの同意があって連れ出したのだとしても、分別のつく成人男性がどういう境遇であれ他人の子供を連れ出してしまったのだ。
今までは、どうにもならないことをウジウジと考える俺だった。でもどう考えても、どうにもならないことなら、それとどう付き合うか、どう楽しむかに変換すればいいのだ。俺は誘拐犯、そう開き直ればいい。俺は誘拐犯なのに、誘拐された子に感謝されてるのだ。こんな棚ボタな犯罪者がいるだろうか。
俺に足りないのは開き直ることだった。
ここでベンチに座り、ペットボトルを飲むことで俺は空を見た。その青い空を見ただけだ開き直れた。今まで俺はどれだけ下を向いて生きてきたのだろう。またもう一口ペットボトルを飲む。
顔を下ろして隣を見れば、微笑んでくれるみずきがいる。なんて良い天気だ。ドライブ日和だ。
今度はフランクフルトを一口食べた。涙が出た。マスタードをかけ過ぎたので、辛い。それを見て、みずきが更に笑っていた。
「それ、カラシかけ過ぎだよ」
手で口を押さえて、可笑しくて堪らないという顔をしていた。べつに辛くないよ、冗談で強がって見せた。絶対かけ過ぎだって、辛くないよ、そんなことを言い合っている視界の端で、俺たちを微笑ましく見守るお婆さんの姿が見えた。
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