誕生日プレゼント

※ゴールデンウィークに一悶着ある予定なのですが、まとまりそうもないのでこちらを先に。

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 いろいろ大変だったゴールデンウィーク。

 だけどどうにか5月5日の夜、私と新川透はようやく二人きりになった。

 とは言ってもまだ車の中で、新川透は若干不機嫌なまま黙って車の運転をしているんだけども。


 車についているデジタル時計を見ると、時刻はもう11時半を過ぎている。

 5月5日は、新川透の誕生日。プレゼントはちゃんと事前に用意して、今はトランクルームにある私の鞄の中に入ってるんだけど。

 このまま横浜に帰るまで待ってたら、ギリギリ……じゃないな、完全に過ぎちゃうよね。

 12時過ぎてもいいからマンションで落ち着いて渡すのと、きちんと誕生日内に渡すのとどっちがいいんだろう。

 それに今はまだ東名高速の途中。止めてと言ってすぐ止められるもんでもないし……。


 ハラハラしながら車の時計と高速道路に立てられている掲示板を見比べていると、『海老名SA』という文字が目に飛び込んだ。


「ごめん! サービスエリアに寄ってくれる?」


 やっぱりどう考えても明日に持ち越しちゃいけない気がする。

 反射的に声を上げると、新川透が

「えぇっ!?」

と驚いた声を上げた。


「急だね。トイレ?」

「違う。仮にそう思っても聞いちゃ駄目なやつだから、ソレ」

「そうかなー」


 早くマンションに帰りたかったんだけどな、とブツブツ言いながら新川透がハンドルを切り、左車線に移る。1km、800mとカウントダウンが始まり、想像していたよりも早く左に曲がっていく道が現れた。

 道なりに進んでいくと、ドドーンと広い駐車場が目の前に広がる。奥の方に見える横に長い四角い建物へ向かって車を走らせ始めたので、

「あ、店に用事はないから! この辺で適当に止めて!」

と慌てて制した。


 SAの入口からほど近く、夜中なのもあってあまり車が止まっていないエリアに停めてもらう。

 トランクを開けてもらい、すぐさま車から飛び降りて後ろに回り、自分の旅行鞄を引っ張り出した。

 外灯から離れた場所だったから、鞄の中まではよく見えない。確かこの辺に入れてあったよね、と思いながらゴソゴソと探る。


「何してるの?」

「……あった! はい、これ!」


 硬くて四角い感触がして、グッと掴んで引っ張り出す。その勢いのまま、私に続けて降りてきた新川透の方に突き出した。


「ん?」

「誕生日プレゼント! やっぱり5日に間に合わせたかったから」

「俺の?」

「そりゃそうでしょ。はい!」


 再びグイッと目の前に突き出すと、新川透はちょっと驚いたような顔をしたもののすぐにガックリと項垂れ、「ふう」と溜息をついた。

 おかしいな、想定していたリアクションと違う。もうちょっと喜んでもらえると思ったんだけどな。


「……あのね、莉子」

「うん?」

「気持ちはすごく嬉しい。……だけど、どうしてそんなに事務的なの、いつも?」

「あ、そうか」


 そう言えば情緒も何もあったもんじゃないよね。

 手元にある長さ20cmぐらいの四角い箱。もう一度見てみると、綺麗にラッピングしてもらったはずなのに張り付けられたリボンが少し曲がっていた。

 ちょいちょい、と手で直し、

「はい。26歳の誕生日、おめでとう!」

と精一杯の笑顔を作って両手で差し出す。

 今度は素直に「ありがとう」と言って受け取ってもらえた。


「開けていい?」

「うん、いいよ」

「でもちょっと暗いから、やっぱりもう少し明るい場所に移動しようか。ちゃんと見たいし」

「うん」


 再び車に乗り、建物の前まで移動する。いくつか小さな丸テーブルと椅子が並んでいるスペースがあった。中の煌々とした明かりが外にも漏れていてやんわりと照らしている。夜中だからかガラガラで、人は全くいない。

 ここなら落ち着いて開けそう、ということで、私達はその真ん中ぐらいの椅子に座った。


 新川透はラッピングされた紙を破らないように丁寧に広げていった。中から四角い箱が現れ

「あ、これ万年筆?」

と弾んだ声を上げる。どうやら知っているメーカーのようだ。


「うん。持ってた?」

「持ってないよ。ただ一本ぐらい持ってた方がいいかな、とは思ってた。ありがとう、莉子」

「どうしたしまして。……はぁ、良かったあ」


 ホッと胸を撫でおろす。

 誕生日プレゼントを買いにいったときは、デパートをウロウロしたものの全然決まらなくて。

 いくつあっても構わないものというと服かな、と思ったけど、初めての誕生日プレゼントなのに無難すぎるし。

 財布は人に貰うといいって言うから財布も考えたけど、そもそも形がいろいろあるのよね。長財布が好きなのか二つ折りが好きなのかもあるし、あとはカードを入れる場所が多い方がいいとかマチが多い方がいいとかだいぶん好みに左右されるな、と思って止めてしまった。


 そこでふと通りかかったのが文房具店。一角に淡い照明の何かオシャレなスペースがあるな、と思ったら万年筆がズラリと並んでいた。10万ぐらいするのとか並んでいて一瞬怖気づいたんだけど、数千円のものもある。

 普段はボールペンとかゲルインクペンを使うから、万年筆なんてわざわざ自分で買わないかもしれない。

 仮に持ってて二本目になったところでそうは困らないんじゃないかなあと思って、その中の一万円ぐらいのを選んだ。ネイビーブルーの本体に金のペン先がカッコいいなあ、と見た目だけで選んじゃったけど。


「……ああ、4月の最後の月曜日かな、ひょっとして」


 新川透が思い出したように声を上げる。


「え? 何が?」

「プレゼントを買いに行った日」

「な、何で知ってるの!?」

「何でって……その日の午後かな、普段行かないエリアのはずなのにずーっと動いてないときがあったから」

「……」


 そうでした、そうでした。この人私にGPSを付けてるんでした。

 ってか、その日は急に午後の授業が休講になったから、「チャンス!」とばかりに買いに行ったんですけど。あなたは大学で講義を受けている最中では?

 ちょっとこの人、ずっと私の行動をチェックしてるんじゃないでしょうね!?


 クラクラする頭を抱え、やっぱりこれを買って正解だったかもしれない、と思いながらもう一つ包みを取り出す。


「あと……これはオマケなんだけど」

「オマケ?」

「これも、プレゼント」


 こっちはラッピングはしていない。文房具屋の名前が書かれた紙袋に包まれたA5サイズの物を鞄から取り出し、すっとテーブルの上に出す。

 焦げ茶色のアンティークな洋書風の表紙の、かなり厚めの日記帳。ベルトがついている鍵付きの物にするかどうか悩んだけど、こっちの方がたくさん書けそうだしカッコ良かったから、これも見た目重視で選んでしまった。


「日記帳?」

「うん、そう。……あのね、自分の行動を振り返るって、すごく大切だと思うの」


 ここは大事。じっくりと言い聞かせるように、ひどく真面目ぶってしっとりと問いかけてみる。


 この人はどうも頭が良すぎるせいか、

「これはいい!」

と思いついたことをチャチャッと素早く計算してガガッとすぐに実行に移してしまうところがある。

 その結果、私の方に甚大な被害がある訳で……。


 思うに、脳の情報のアウトプットが足りないのよね。

 私としては、行動に移す前に

「これってどうだろう?」

とちょっと踏みとどまるというか、そういう時間を定期的に持ってほしいなあ、と思うのよ。


「ほら、毎日寝る前に書くようにすれば、その日の反省ができるじゃない」

「別に反省するようなことないけど」


 してください、少しは!

 と、叫びそうになるのをグッと堪える。

 今日は新川透の誕生日、あまりうるさいことも言いたくはないのよね。せっかくのイベントなんだし。


「えーと、ほら、過去を顧みるって大事じゃない?」


 本当は過去を『省みて』ほしいんだけどね、と心の中でボヤきながら畳みかけると、意外なことに新川透は

「そうだね、確かに」

と妙に真剣な面持ちで頷いた。

 焦げ茶色の本を手に取り、パラパラとめくる。


「莉子がくれた日記帳なんだし、せっかくだから莉子のことを書くよ」

「私のこと?」

「……今さ、幸せなんだよね」


 不意に私の右手をグッと握り、何の脈絡もないことを言う。

 え、と思って顔を上げると、新川透がびっくりするぐらい顔をほころばせていた。

 ぐふうっ!と鼻から何かが出そうになり、慌てて空いていた左手で顔の下半分を押さえる。


 珍しく何の裏もない、可愛くてキレイな笑顔! ま、眩しすぎる!

 このタイミングでそれは、ちょっとズルい!

 ってか、この人はそもそも存在がズルすぎるんだよぉ!


「は、はな……」

「まぁ聞いてよ。今ね、こうやって莉子と一緒にいられるでしょ? 昔のこと、忘れそうになるんだよね」

「昔のこと?」

「莉子を見つけてから、実際に会うまでの間のこと」

「……」

「忘れたくないな、と思うんだよね。その頃のこと。だから、記憶が薄れる前に書いておこうかな」


 そう言いながら、まじまじと焦げ茶色の本を見つめている。建物からのぼんやりとした明かりが彫りの深い顔を照らしていて、絶妙な陰影を作っている。


 えーと、台詞と画ヅラはとてもカッコイイです。……カッコイイのですが。

 ちょっと待て、よく考えてみよう。


 そうすると、その日記に記されるのは、『私へのストーカー行為の記録』になるんじゃないでしょうか。 


 何じゃそりゃ! それはヤバいんじゃない!?

 だいたい私と実際に会う前のことと言えば、私の知らないところで勝手にアレコレ動いていた頃のことでしょ。

 余計なことを思い出したせいでこの人の隠密行動が増えたらどうしよう……っ!

 しまった、こんなつもりじゃなかったのに! 何か盛大に間違えた気がする!


 そんなことがグルグルと頭の中を巡り、わなわなと唇を震えさせていると、それに気づいているのかいないのか、新川透はひどく上機嫌に私の顔を覗き込んだ。


「書いたら、読みたい?」

「いえっ、結構です!」

「そう言われるとちょっと傷つくなあ。興味ない? 昔の俺のこと」

「あるにはあるけど、興味があるのはソコじゃない!」

「ええー? 俺の過去から莉子関連を抜いたら、もうそれは俺じゃないよ、多分」


 私の比重が大きすぎるわ!

 ……と、辺り構わず大声でツッコまなかった私を、褒めてほしい。


 ああ、私があげた日記帳が、まさか『仁神谷莉子公認・ストーカー日記』になってしまうとは。

 何て恐ろしいものをこの世に生み出すことになったんだろう……と、嘆いてはみたものの、もうどうにもならないのだった。

 




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14,000PV記念SSでございます。ようやく出せた、新川透の誕生日イベント。


しかしこのPVは青天の霹靂!

何度も言いますが、連載当初は思いもしなかったことです。


この作品を読んでくださった方々、本当に、ありがとうございました。m(_ _)m

こんなに可愛がっていただき、莉子と新川透は幸せ者です。

一番の幸せ者は、勿論わたくし作者ですが(笑)。

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