待ち合わせ(後編)
うーん、新川透のイケメン見積もりを完全にミスってしまったな。
ここまでとは……私の認識がおかしくなってるのか。慣れって怖いね。
さて、ここでうんうん唸っていても仕方がない。何らかの手段を考えなければ。今はスマホを手にしていないようだけど、GPSをチェックされたら私がすぐ近くまで来てることはバレるしね。
いったん一階に戻って、改めて電話しようかな。もっと人がいなさそうなところに呼び出すか……。
そう考えて元来た道を戻ろうと後ろに振り返ったら、七、八メートルほど後ろにいたサングラスの長身女性がビクッとしてそっぽを向いたのが見えた。
黒の上着に花柄プリントのスカート……。
ん? あれっ!?
ちょっと、この女の人、根本さんじゃない!
ついてきたの!? えっ、何で!?
ど、ど、どうしよう。これは知らんぷりすべき?
いや、なぜ私をストーキングしてるの? ひょっとして私ってストーカーされやすい体質?
しかもその服装にサングラスって、目立ちすぎ! ストーキングには絶対に向いてないよ、根本さん!
何がどうなってるのかさっぱりわからずに頭がグルグルする。
まだ17時まで余裕があるし、とにかく根本さんの方をどうにかしよう。
理由はよく分からないけど、どうしても私に話したい事があるのかもしれない。もともとはお茶しましょう、と言ってたんだもん。
ストーキングされたまま新川透に会う訳にはいかないしなあ……。
そう思いツカツカと彼女に向かって歩き始めると、彼女はビクッと肩を震わせ、タタタッと逃げ出した。
「ちょっ……!」
なぜ逃げる! 何かやましいところがあるの、根本さん!
そもそも、私に用事があるんじゃなかったのー!?
とりあえずここで捕まえておかねば、と私も慌てて走り出す。階段を昇って地下1階から1階へ。
ぐう、パンプスでよく走れるな、そんな速く! 足の長さの差だろうか。特に今日はデニムタイトだから走りにくーい!
階段の一番上まで到着し、確か右に走っていったような、と思って見てみる。
根本さんは私が本当に追いかけてくるのか様子を見たかったらしく、ほんの五メートルほど先に彼女はいた。
私と目が合い
「ひえっ!」
というように両肩を上げている。
ちょっと待って、と言いかけたけど――。
「莉ー子」
という声と共にベージュの袖がにゅっと顔の両脇から出てきた。目の前でクロスし、両肩をガシッと押さえられる。
どんと私の背中が何かにぶつかった。
「ひゃっ!」
「何で逃げるの?」
「ひっ……」
見上げると、笑顔を作ってはいるものの若干口の端がヒクヒクしている新川透と目が合う。
ヤバい、これはお怒りモードだ!
だからって、こんなたくさんの人がいるところで羽交い絞めとか! 公開処刑じゃないか! しかもタイミング最悪!
道行く人がジロジロ見てるし、逃げようとした根本さんも……口をポカンと開けて、外したサングラスから覗いた瞳がやけにキラキラと……!
「いや、逃げたんじゃなくてね、そこに知人が……」
と、彼女を指差して私が言いかけると、根本さんがプルプルプルと首を横に振り、両手を揃えて右斜め下方向に振っていた。
いや、私のことはお構いなくドーゾドーゾ、じゃないのよ!
あなたいったい、何なの!?
「あの子? 友達?」
「クラスメイト。尾行されたみたいで……」
「ふうん」
え、『ふうん』で済みます? 結構、オオゴトだと思うんですけど。
どうやら新川透と根本さんの目が合ったらしい。彼女は肩をビクッと振るわせて申し訳なさそうな顔をし、私たちに向かって例の綺麗なお辞儀をした。
そして「それではごきげんよう」という風なしっとりした雰囲気で背中を向けると、今度は打って変わって物凄い勢いで走り去っていった。
何だか取り残されたような気分になり、呆然とする。
「な、何だったんだろ……」
「莉子と親しくなりたかったんじゃない?」
「親しくなりたいと尾行するの?」
「近づきたいと思えば」
そりゃ、アンタら独自のやり方だ!
……と、思わず大声でツッコミそうになって、ふと我に返った。
東京駅の人通りが激しい一階で、超絶イケメンがちんちくりん少女に後ろからハグ……。
さぞかし滑稽だろう。おかげでメチャクチャ注目を浴びている!
「もぉ、やだ! 離して!」
「逃げない?」
「そもそも逃げてないっての!」
たかが『待ち合わせ』をしただけで、何でこんな恥ずかしい目に遭わないといけないの!
うう~~!
「もう絶対に、待ち合わせなんかしないから!」
「駄目だよ、結局失敗してるし。これじゃミッション達成できてない。近いうちにリトライね」
「何でそうなるのよ!」
そのあとしばらく言い合いをしていたけど、新川透は頑として首を縦に振らなかった。
結局、『もっと人がいなさそうな場所』で『私にちゃんと準備できるだけの時間を用意する』という条件付きで、再挑戦することになった。
なぜそんなに拘るんだろう。……待ち合わせって、そんなに重要なイベントなのかなあ。
私にはやっぱり、新川透の考えてることはよく分からない……。
* * *
翌日、いよいよ大学の仮受講期間が始まった。当然根本さんとは会う訳で、朝一番にガッチリ捕まえた。
でも、最初は彼女だとわからなかった。赤茶色のフレームの眼鏡をかけて、背中に垂らしていたきれいな黒髪もきっちり後ろでお団子にしている。服装も白いブラウスに無地の紺色タイトスカート、と打って変わって普通……というよりおカタい恰好。そして当然、スッピンだ。
でも、スッピンでも色っぽい目元と口元は健在だったけど。
「実は、あの、私……地味な自分をどうにかしたいと思っていまして」
俯きながらモゴモゴという。相変わらず敬語。
どうやら敬語で喋るのは普段からのようだ。
「一昨日の新入生統一テストで、仁神谷さんを、見て」
「あ、うん」
「さり気なくお洒落で……小さくて可愛いのに、ほのかな色気もあって素敵だな、と見惚れたんです」
「いや、それは褒め過ぎ……」
あなたのようなスタイル抜群の色っぽい人に色気があると言われても……。
どうやら彼女は、別に嫌味ではなく本気で言っているようだ。彼女の目には、何か特殊なフィルターがかかってるとしか思えないなあ。
苦笑いしながら否定すると、根本さんは
「とんでもありません、本心です! 内側から滲み出てくる魅力とでも言いましょうか!」
と、このときだけはまっすぐに私を見下ろして大声で主張した。その迫力に、思わず「ひゃっ」と小さく声が出てしまう。
えーと、何かよくわからないスイッチを押してしまったらしい。
じゃあそこはとりあえずさらっと流しておくか。
「えっと、ありがとう……。それで?」
「あの、話しかけたかったのですが、こんな私では……と気が引けて。それで、あの……」
再びボソボソ声に戻り、俯いてモジモジしている。元々は相当内気な性格らしく、なかなか話が進まない。
とりあえず宥めすかしながらゆっくりと話を聞き出した。
まとめると、
『田舎出身で都会に憧れがあったけど、何から手をつけたらいいか分からない。そこでこの人ならと思い、まず話しかけるために一念発起してメイク道具と服を買いこみ、自分なりに頑張った』
ということのようだ。
所作が綺麗なことを褒めると、何でも実家は田舎の格式ある旅館らしい。実際に接客をしていた訳ではないが、お茶やお花など一通りのことは習わされたそうだ。
これが大和撫子っていうんだろうか。
「あの……それで、何で尾行?」
「素敵な女子には素敵な彼氏がいるに違いない、と思いまして」
「へ……」
「どんな方なのだろう。二人並ぶとどういう感じなのだろう、とどうしても知りたくなりまして……」
えーと。……研究熱心なのかな。
メイクと服は、彼女の容姿には合っていた。ただ、雰囲気にそぐわなかっただけで。素材はいいのに勿体ない。
だけど……何か変な夢を見てるというか、勘違いをしているというか……。
世間知らずのお嬢様なんだろうか。何だか放っておけないなあ。
「あの、ごめんなさい……」
根本さんはきっちり30度の、とても綺麗なお辞儀をした。
「私、夢中になると、あの、周りが見えなくなるところがありまして」
「そうなんだ」
「そんなところを家族にも心配されていたのですが、些か過保護気味で……」
ああ、わかるー!
私1人でちゃんとできるもん!って言いたいよね!
何か急に親近感沸いてきたよ。
「それで、どうしても自立したくて家族を説き伏せ、上京してきたのです」
「ナイスファイトだね」
「ですので、仁神谷さん! あの、私を厳しく叱ってくださっていいので、その……」
厳しく叱る? 何じゃそりゃ?
彼女の発言に少々面食らっていると、彼女はガバッと120度ぐらいいってるんじゃないかというお辞儀をした。
「私を、仁神谷さんの弟子にしてください!」
「へっ!?」
「よろしくお願いします!」
ちょ、ちょっと! 弟子って何!? 頭を下げられても困る!
「いや、あの……」
「やっぱり、駄目ですか? ご迷惑で……」
「そうじゃなくて! 友達になろう、でいいんじゃないの!?」
「……っ!!」
根本さんの顔がぱあっと明るくなる。
「い、いいんですか。こんな私が……」
「こんな私、とか言っちゃ駄目だよ。根本さん、素材はいいんだから……」
「は、はい! すみません!」
「いや、叱った訳じゃなくてね……」
えーと、どうしてこうなったのかはよく分からないけど。
大学に入学した、2020年の春。
仁神谷莉子に、内気で礼儀正しいけど猪突猛進な友達ができました。
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実はわりと早いうちから頭の中にはあったお話。
2019年のうちに出しておくか、ということで。
お粗末さまでした。m(_ _)m
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