休み時間

閑話・恵の助言

 ※「無理。手遅れ」の真相です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私、中西恵の親友、仁神谷莉子は、まぁまぁ賢いとは思うのだが、いかんせん不器用だ。

 手先も不器用だけど、人間関係も不器用。前も話したように、いざ頼られると

「私にできることなら!」

と頑張るが、相手の意図は気にも止めない。ペース配分も苦手。


 悪意には敏感なので、それが嫌がらせや虐めの類ならばすぐに察するのだが、単に莉子に近づきたいから、という下心などには全く気付かない。

 こんな調子なので、莉子のことが好きなのかなあ、と思う男子もちらほらいたけど、特に何も発展せずに終わってしまう……というのが、中学時代の概ねの状況だった。


 高校は別だから詳しくは知らないけど、聞いている感じだとあまり中学の時と大差なかったようだ。

「いや、それアプローチされてるよね?」

と思うようなことも、全スルーだった。……いや、全スルーを

 おかしなことを言いそうな男子とは二人きりにならないし、そういう空気にも持っていかない。

 莉子は周りの人間とつねに距離を計っているので、必要以上に相手を踏み込ませないのだ。


 

 そんな天然要塞の莉子に巧みに近づいてきたのが、新川センセーと言えるだろう。莉子を見つけ、近づき、油断させ、莉子が警戒を解いたところで、10トントラックで幅寄せするぐらいの勢いで愛の告白をぶちかました。

 交通事故並みの衝撃があれば、さすがに鈍い莉子でも無視できないよね。


 そんな訳で現在、超絶イケメンの新川透センセーに言い寄られている莉子だが、当然まともには受け止めてはいない。

 ただ、ちゃんと考えることを拒絶しているだけかもしれないな、とも思う。


 たまに莉子と一緒に新川センセーのマンションにお邪魔するのだが、そんな二人の様子はなかなか面白い。


 新川センセーが、こう、何かエサを用意する。で、ノラ猫莉子が警戒しながらも食いつく。そこで、ひょいっと捕まえられてぐりぐり可愛がられる。……で、程よい加減でパッと放す。莉子は逃げる。

 しばらく経つと別のエサが用意される。食いつかなければ、別のエサを用意する。……以下繰り返し。


 私から見ると、現状はこんな感じだ。

 これはやっぱり、世間的には「溺愛」と言うんじゃないだろうか。

 あ、口から砂糖が出る……。


 なのに莉子は、

「何か言ったりハグすれば恥ずかしがると思って、すぐからかう!」

の一言でおしまいだ。

 まぁ、からかってはいるんだろうけど、なぜ頻繁に構うのか、どうして色々なことに口出しをするのか、その裏に隠されているであろう気持ちにはお構いなしだ。


 莉子の話を聞いていると、

「いやそれは、ただただ可愛がっているのでは」

「いやそれは、単に拗ねて気を引こうとしているのでは」

とツッコミたくなるのだが、変に自覚させてしまうのも可哀想だし、面白くないので、黙っている。

 しばらくは微妙にズレている二人のやり取りを、傍観者として楽しんでいようと思う。


 しかし……相手が莉子でなければとっくにオトしていただろうに……ぷぷっ。

 でも、そんな莉子だから新川センセーも必死なのかなあ。

 さすがに新川センセーが気の毒だなと思うときもあるが、どうやらそれすらも楽しんでいるようなので、このまま成り行きに任せることにして、莉子には余計なことを言わない方がいいんだろうな、と思っている。


   * * *


“恵ちゃん、こんにちは。突然ごめんね”


 あれは、9月末の月曜日。

 夕方6時過ぎに、新川センセーから電話がかかってきた。


「いいけど、何かありました?」


 また莉子がどうかしたのか、と急いで聞くと、新川センセーは“いやいや”と落ち着いた声で否定した。


“恵ちゃんが来るの、今日だったかな、と思ってね。もしそうなら夕食を3人分用意しないといけないから買い物に行かないと、と思って”

「あ、今日は行かないですよ。莉子だけです」


 なんだ、そういうことか、と思いながら答える。


「ウチの高校の中間テストはもうちょっと後なので……行くとしたら来週の木曜日ですかね」

“わかった。ごめん、俺の勘違いだったね。教えてくれてありがとう。じゃあ、来週の木曜日に”

「はい、よろしくお願いしまーす」


 私が返事をすると、“それじゃ”と言って、すぐに電話は切れてしまった。

 珍しいな、直接かけてくるなんて。莉子には繋がらなかったのかな。

 そんなことを考えながら画面を見ると、莉子からメールが入っていることに気が付いた。


『今日、恵の相談に乗る設定でアリバイよろしく』


 は? アリバイ?

 最初は意味がわからなかった。ショートだからってもう少し文字数使えるでしょうが……とメールにツッコんだところで、ハッと気づいた。


 莉子が私を使って居場所を誤魔化す相手なんて、新川センセーしかいない。

 まさか、さっきの電話……。


「ひっ……」


 ゾゾゾーッと背筋に寒気が走り、危うくスマホを取り落としそうになる。

 新川センセーは、莉子のアリバイ工作の裏を取るために、私に電話してきたんだ。

 しかも、そうとは全く気づかせずに!


 普通なら

「今日、莉子って恵ちゃんちに行くの?」

とか何とか、直接聞いてしまうだろう。そして、もしそう聞かれたら、

(あ、そういう話になってるのかもな)

と考えて

「そうですよ」

と答えたに違いない。


 なのに、何も気取らせずに何てスムーズに……!

 お、恐ろしい! これか、莉子が「怖っ!」と叫んでいるのは!


 うーん、でもな、多分、莉子の嘘にはとっくに気づいてたんだろうな。

 九分九厘、確信しつつも私に電話したんじゃないだろうか。できれば嘘でないといいな、という……最後の砦とでもいうか。

 そう考えると、ちょっと可哀想な気もする。


『無理。手遅れ』


 最低限の言葉だけ入力し、莉子に送る。

 残念、莉子。もう詰んでるわ。

 せめてこのメールを見て、心の準備をしてちょうだい。


   * * *

 

「でさあ! 西日からの逆光で……舞台の演出は完っ璧で! もう、本当に怖くって!」


 それからしばらく経って、莉子がその時の様子を興奮気味に語ってくれた。


「何か、恐怖映画のBGMが頭の中で流れたよ、マジで!」

「だろうねぇ……」


 電話を受けた私ですら、ゾッとしたからね。負い目もある莉子ならさぞかしビビったことだろう……。

 だからだろうか、その後大いに新川センセーの我儘を聞く羽目になり、何やら色々恥ずかしいことがあったらしい。その内容については、聞いても

「うっ、言えない! もうちょっと待って!」

と顔を真っ赤にするので詳しくはわからないけど。

 赤面する程度なら、困ってるだけで傷ついてはいないのだろうから、まぁ、いいか。


「でも、何であんなピタリと待ち構えてんの!? 私の後を追いかけてきた、とかじゃないんだよ? 曲がった角の、後ろにいたの。あそこから私が出てくるってわかってないと絶対にあんなところで待ち伏せできないよ!」

「んー……」


 それについては、一つ心当たりがあった。

 言ってもいいものか一瞬悩んだけど、莉子は絶対にわからないだろうし、さすがにこれはちょっとフェアじゃない気がする。

 私は莉子の「味方」。よし、教えてやるか。


「多分だけど、タブレットにGPS機能がついてると思うよ」

「……へ?」


 やはり知らなかったようで、口を大きく開けたまま停止している。

 私は「スマホやタブレットを探すアプリで、別の媒体で所在地を知ることができる機能だ」ということを丁寧に説明した。


「お母さんが子供に持たせて、子供が寄り道せず帰ってくるか調べたりね」

「こ、これにそんなものが……」


 莉子はタブレットをまじまじと見ると、しばし考えこんでいた。横にしたり、ひっくり返したり……いや、そんなとこにはアプリ、入ってないけどね。

 さーて、どうするのかな。


「うーん、仮に消したところですぐバレて、もっと分かりにくいところに仕掛けられるかもしれない」


 おっ、警戒してる、警戒してる。


「だったら知らないふりをしておいて、いざという時にこれと別行動すればいいんだ。そしたら、巻けるってことだもんね?」

「……まぁ、そうなるね」


 赤面するようなお仕置きを受けたくせに、懲りないねぇ。

 追えば逃げる、まさにノラ猫……。ま、それでこそ莉子、だけどね。


「だいたい、何でいつも持ち歩いてたのよ?」


 ふと、疑問に思って聞いてみる。タブパソって、大きいし重いし、結構邪魔になると思うんだけどな。


 すると莉子は、

「預かりものだし、高価なものだし……」

と言い訳がましく早口で言ったあと、


「電話、くるかもしれないから……」


と、小さい声でごにょごにょと呟いた。


 その言いづらそうに答えた3番目の意味、自分ではちゃんと分かってないんだろうなあ。

 それでも大きな進歩だ。こりゃ、今後の戦いからますます目が離せないね。


 頑張れよ、莉子。

 流されるんじゃなくて、ちゃんと自分で決めてほしいからさ。私としてはね。

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