製薬騒動

 貴方は夢を叶えるために何をするだろうか?

 努力を重ね、仲間を集め、私財を投げうち……。




 白衣の学者が怒りをあらわにしながら研究所から出て行った。

 その背中を追いかけるもう一人の白衣の男。


「連中は何もわかっちゃいない!あの薬さえ完成すればより多くの者が救われると言うのに!」

「しかし先生!あの薬を完成させるには我々の部署ではあまりにも無謀です!それに完成させたとしても……」

「教団の連中か……」


 歩みを止め空を見上げる学者。

 トアル国では薬品の認可に教団の審査が必要であり。多くの薬が治癒魔法に取って代わるような場合、製造禁止とされている。


「あいつらがどれほど我々の研究を潰してきたか……何が『神の名の下に』だ!糞食らえ!」

「先生!教団の方に聞かれたら大変ですよ!」

「しかし私は諦めんぞ。必ずこの新薬を完成させ、人々を救うのだ!」


 学者は天に向かって叫んだ。





「とはいいましても……我々の部署の企画は教団に取り潰されることが多く、研究を希望する職員が圧倒的に少ないです」

「しかし幸いなことに頭脳労働は我々二人だけでもどうにかなる。重要なのは作業用の人手だけだ」

「それなら研究所の学生を雇ってみてはいかがでしょう?」

「「!?」」


 開いていた研究室の扉入り口にツカサが立っていた。

 学者と助手は驚いてそちらに振り向く。


「研究所の所長さんから返済分を頂いた帰りなんですが……面白そうな話ですね」


 ツカサは軽い笑みを崩さず二人に近づいた。


「き、貴様は竜の鱗の金貸し……」

「で?どうですか?俺の提案は?」

「確かに……学生なら全くの素人を雇うより研究に理解も示すでしょうし……何より安く雇うことができます!」

「……わかった……君の提案を飲もう。それで君の名は?」

「ツカサ、と申します。金銭が必要な時は是非ご連絡を……」





 数日前、教授と助手は学生に日雇い案内の張り紙を掲示した。

 結果、狭い研究室は学生で埋め尽くされていた。


「あーうるさい!各員この指示表通りに動いてくれ!」


 学生は助手から指示表を受け取ると、試薬を配分通りに調合し、試験動物に対する反応を検証していった。


「うんうん!順調ですね!この調子ならあっという間に研究が終わりそうですよ!」

「あ、ああそうだな……しかしそうとなると教団にこの薬を禁止されないかが悩みどころだなぁ……」

「それもそうですが……学生たちの給料はどこから?研究所が出してくれるわけもないし」

「ああそれなら私の別荘と骨董品を全て売り払って捻出したよ。ははは……」

「よろしかったのですか!?研究所に資金を工面していただかなくて……」

「こんな教団に潰されそうな企画に研究所が金を出すはずがあるまい」


 学者は渋い顔で、順調に動く学生達を見ながら腕を組んだ。


「それならこんな方法があるんですが……」

「「!?」」


 突然後ろから声をかけられ驚いて振り向く学者と助手。


「なんだツカサ君じゃないか。驚かせないでくれ……で?どんな方法なんだ!」


 学者はツカサの両肩に掴みかかり揺さぶりながら問い詰めた。


「あわわわわ。慌てないでください!離してくださいっ!」


 ツカサは学者の両手を引き剥がした。


「ごほん……それでですね。その方法なんですけど……」




 数日後、薬は完成した。


「この度はわざわざ等寺院にまで来ていただき誠に感謝する」


 ここはトアル王国の教団本部寺院。

 その一室には教団の僧侶、そして学者と助手がいた。


「今回のご用命は何かな?薬の採用については私の一存では決めかねるのだが」

「しかし貴方は教団の製造品を管轄する人物だと伺っております。助手、アレを」

「はい」


 助手は箱を取り出して蓋を開けた。

 中には簡素な造りの瓶に液体がつまった物が入っていた。


「これは……」

「治癒薬です。多くの病気に効果がある事が人体実験で証明されました。さらに……」

「我らの治癒魔法で治せる病気も含まれるのか?」

「それは……」

「含まれるのだな?」


 僧侶の威圧的な発言に部屋は沈黙に包まれた。


「……話はこれまでだな」

「待ってください!」


 立ち上がって部屋から出ようとした僧侶。

 学者はそれを机を叩きつけ叫び、呼び止めた。


「今回はこの薬の製造許可を頂きに来たわけではありません!」

「では何を……」

「それは……」




 時は数日前に遡る。


「「薬の製造権利を譲渡するぅ!?」」

「そうです」

「しかしそんなことしたら我々は何も得ることができないではないか!」

「確かに二人の成果にも研究所の利益にもなりません」

「ならなぜ!?」

「でも教団の名の下で薬は流通し、多くの民が救われるでしょう」

「ぐぬぬ……確かに」

「さて?どうします?貴方の目的は何ですか?自分の名声を得ることですか?研究所の利益ですか?」


 ツカサに言われながら拳を握りしめる学者。


「わ、私は……」


 その時、助手が机を両手で叩きつけた。


「ふざけるな!」


 学者は驚き、ツカサはニヤリと笑った。


「先生はな!所長に認められなくても自分の私財を投げ打ってこの研究を進めてきたんだ!今更名声や利益の為に、多くの人を救うという夢を諦める訳ないだろ!」

「そ……その通りだ助手……」


 学者も言いたいことはあったが、それ以上に助手に言い切られてしまった。

 取り敢えず学者は助手の発言に乗ることにした。


「素晴らしい!なら完成次第教団本部に持っていきましょう!」





 太陽が山の陰に消えて行く頃。

 ツカサは教団本部入り口の前で待っていた。

 すると入り口の門が開き、学者と助手が出てきた。


「結果はどうなりました?」


 ツカサが問いかけると、学者が腕を上げて握りこぶしの親指を立てた。


「そうですか」


 ツカサもそれを見て微笑んだ。


「それともう1つお知らせがあります。俺、あなた方の研究所の所長が金を返済できなくて……奪うほどの才能もなかったから」


 ツカサがさらにその口角を上げた。


「所長から『所長である権力』を奪っちゃったんですよね。明日から彼は露頭に迷う事でしょう」


 訳がわからないという顔をした学者と助手をよそにツカサは話を続ける。


「でもこんな権力使い所無いですし、誰かいい副所長でも立ててその人に研究所を任せたいんですよ」


 話してる内容がめちゃくちゃだと学者と助手は思ったが、頭がツカサを勝手に『研究所の所長』と思い込んでしまうので、その話が事実なのだと二人は感じた。


「そこでですね。俺は自分を顧みる事なく大衆のために動くことのできる人……貴方を選ぼうと思いました」


 ツカサの差した掌は学者に向いていた。


「し、しかし私は今まで末端の研究員でしかなくて……」


 学者は少し足元を見下ろし、推薦を拒否しようとした。


「す、すごいですよ先生!副所長になればこれから様々な研究が出来ます!しかも先生の言ってた様に教団に媚びへつらわない方針で運営する事だって出来ますよ!」


 助手が大きな声で学者を讃え、学者の両手を握りしめた。

 学者は助手の爛々とした尊敬の眼差しと両手に伝わる熱に何も言えなくなってしまった。


「……わかった。副所長の話。引き受けましょう!」


 ツカサは学者の発言を聞いて、今までにない満面の笑みで答えた。





 数日後。


「ミーファ。薬買ってきたぞ」


 ミーファの部屋の扉をノックするツカサ。


「けほけほ……入ってくださーい」


 弱々しいミーファの返事を聞いて、ツカサは彼女の部屋に入った。

 扉を開けると、ベッドに横たわるミーファがいた。

 ツカサはベッドの横にある椅子に座った。


「今日販売されたばかりの薬、これ飲んだら明日には治るはずだ」


 ツカサは以前自分が関わった薬を差し出した。


「ありがとうございまーす……んぐんぐ……でも不思議ですねー?」

「なにが?」


 ツカサは首を傾げた。


「私の病気はかなり特殊な病気で薬はないって言われてたのに、そのための薬が当日に教団から販売されるなんて……」

「ああ、それは数カ月前、俺の竜の目でミーファが病気で苦しんでるのが見えてな……もう1つ、その病気を治す薬が製造されない未来が見えたんだ。そして結果ミーファが……ミーファ?」


 ミーファはすでに寝息を立てていた。


「まあ聞かせてもいいもんじゃないしな……お休み」


 ツカサは音を立てずにゆっくり歩いて、そっとミーファの部屋から出て行った。

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