紛い物の勇者
「困りますよブレイさん……返済期限の延長はうちはやってないんですよ」
ツカサは目の前で土下座をする重厚な鉄の鎧を着た男、ブレイを見下ろす。
「頼むっ!今日受けたクエストさえクリアできれば完済できるはずなんだ!」
下げた頭を地面に擦り付ける勢いで土下座をしながらブレイは叫んだ。
「……」
ツカサは竜からもらった目でブレイが嘘をついてないか確認したがどうやら嘘はついていなかった。
「はぁ……わかりました。今回だけですよ。で?そのクエストってどんなやつなんですか?」
「あ、ああ!それがだな……」
土下座はやめず頭だけをあげたブレイが嬉々として説明を始めた。
「はぁ……なんとかなったー……」
「ど、どうなったの!?」
「大丈夫だったか?魂抜かれてないか?」
大きなため息をつきながらブレイが屋敷から出てくると、杖やローブを装備した魔法使い然とした少女と筋骨隆々な格闘家の男がブレイに話しかけた。
「大丈夫だ!マージ!グラップ!早速クエストを片付け……」
「あ!勇者のお兄ちゃん!」
「お兄ちゃーん!」
「今日も冒険の話してー」
ブレイが魔法使いことマージ、格闘家ことグラップに声をかけていると、街中の子供達がブレイ達めがけて集まってきた。
「不味いわよブレイ!こんなとこで無駄話なんかしてたら……」
「そ、それにいつもの冒険話だって嘘っぱちだぞ」
「……」
マージとグラップが子供達に聞こえない程度の声でブレイに話しかける。
ブレイは子供達に自分達が勇者のパーティで存在しない魔王を倒す旅をしていると嘘の物語を話聞かせていたのだ。
きっかけは泣いてる子供をあやしたかっただけだったが子供の情報網を侮った彼らはすっかり子供達のヒーローだった。
「……今日俺達は魔王の城を見つけた!」
「「「ええーっ!?」」」
「だから今日はみんなにお話をする時間がないんだ!」
ブレイは今日も嘘を重ねてしまった。
「わかった!お兄ちゃん頑張ってね!」
「「頑張れー!」」
「おう!!みんなもいい子にしてるんだぞ!」
ブレイは子供達の声援を背に歩き始めた。
「よかったのか?また嘘をついて……」
「仕方ないさ。もう俺達はあいつらの勇者とその仲間になっちまってんだから……」
「誰のせいだと思って……!」
「過ぎてしまったことは仕方ないだろ。さっさと目的地に行くぞ!」
「「……」」
歩きながら会話していたブレイ達だったがブレイが歩みを早め出したので二人も黙って歩き始めた。
今回ブレイ達が受けたクエストは墓所の増え過ぎたアンデットの討伐だった。
道中も大したモンスターに出くわすこともなく戦闘にならなかった彼らは大した疲労もなく墓所についた。
「よし、ゾンビのような再生力が高いものはマージが魔法で、スケルトンのような打撃に弱いものはグラップに任せた。俺は二人の援護と遊撃に回る!」
「「了解」」
ブレイは素早く的確な指示を出し、二人もそれに即応した。
墓所に入ると彼らの前にはスケルトンやゾンビなどのアンデットが墓所を歩き回っていた。
奥まったところにある教会はアンデットの出現のせいで無人となっているが、中での休憩や聖水の使用は許可されていた。
「教会まで一気に突っ込むぞ!!せやぁ!」
「フレイム!!」
「身体強化!はぁあっ!!」
彼らは魔法や強化スキルをかけながら教会に向かって突撃した。
教会は神の祝福を受けているためか無人になってからもアンデットの侵入を拒んでいるようだった。
簡素な作りだったが聖水の貯蓄は多く、ブレイ達のクエスト攻略の助けになっていた。
「はぁ……はぁ……しばらく休んだら最後のアンデット倒して帰るぞ」
「はー……はー……り、了解……あぁ……魔力ポーションなくなりそうよ……」
「ぜぇ……ぜぇ……こっちも……スキル使用回数の限界だ……ギリギリだな……」
ブレイ達は何十体ものアンデットを倒して疲弊しきっていた。
「しかし情けないな」
「何が?」
「俺が本当に勇者だったらアンデットなんか楽勝なはずなのにな」
「それなら大魔法使いの私の爆発魔法で一撃よ」
「自分もどこかの流派の奥義とかで瞬殺だな」
彼らは休憩中に理想の自分について話した。
「現実はアンデット一匹に三人がかりでやっと」
「フレイムじゃ消し炭にならないし」
「スケルトンを粉砕もできない……」
「「「……」」」
三人は現実を振り返り思い知る。
自分たちは大した存在じゃないと。
生活のために借金して返済のために低難度クエストを必死になってやるのが関の山だと。
「休憩終わり!さっさと帰るぞ!」
「「了解……」」
ブレイ達は少し重い足取りで墓所に戻った。
アンデットを倒すために。
借金を返すために。
クエストに向かって一日経ち夕方に差し掛かった頃。
ボロボロになってブレイ達は墓所から帰ってきた。
ブレイの鎧は傷だらけになりマージは魔力が尽きたからなのか目の下にクマができている。
グラップは拳の使いすぎで両指が軽く骨折していた。
街の入り口にはツカサが待っていた。
「お疲れ様です。クエストは完了したようですね。料金は先に俺が預かっておきました」
ツカサは笑顔でそういうと手帳を取り出した。
「ただし1トアル金貨分足りません。なにか返済のアテはありませんか?」
「き、金貨1枚分……」
「そんな……」
「なんてことだ」
トアル金貨1枚分というのは成人男性が一日労働した対価になることが多く、今からブレイ達が稼ぐのは到底無理な金額だった。
ブレイは膝をつきマージは足元を見下ろしグラップは天を仰いだ。
「お、お兄ちゃん?」
「どうしたの?魔王倒せなかった?」
「お、お前ら……」
その時ブレイ達を心配して集団で遊んでいた子供達が集まってきた。
「なんですか?この子達は?それより1金貨払えませんか?ならお金はいらないのでもらうものをもらいますが……」
「ま、まってくれ!俺達は冒険者なんだ!それだけは!」
ブレイは契約についても詳しく聞いておりツカサの能力についてもきちんと説明を受けていたため、自分たちのスキルやステータスを奪われる事を彼は恐れた。
ブレイはまた土下座をして勘弁してくれと叫んだ。
「お兄ちゃん……」
「勇者が金貸しに頭下げてる……」
子供達のそんな声が聞こえたがなりふり構ってられないブレイは下げた頭を上げることができなかった。
「ぼくのお金あげるからお兄ちゃんを許してあげて」
その時一人の少年がトアル銅貨3枚をツカサに差し出した。
土下座をするブレイの肩が震えた。
「へ?君たちが代わりに返済してくれるの?」
「やめろ……」
「あたしのお金もあげる」
「ぼくも……」
「やめてくれ……」
次々銅貨を差し出す子供達に困惑するツカサ。
土下座を続け、その下で涙を流しながら掠れた声で止めるよう言うブレイ。
「兄ちゃんは勇者なんだ!魔王を倒してくれたんだぞ!」
「え?そ、そうなのかい?」
子供の一人がツカサに言うので竜の目で子供の記憶を探り始めた。
「……そうか……そう言うことか。わかった!みんなのお金今から数えるね!」
「「わーい!!」」
「やめっ……うぐっ……」
「「……」」
子供の発言の意図、なぜ子供達が金を差し出してくるのかを理解したツカサは子供達から金を集め始めた。
土下座を続けるブレイは泣き声を隠せないほど泣いていた。
マージとグラップはなにも言えず立ち尽くしていた。
「6、7、8、9、よし!たしかに金貨1枚分もらったよ!……はい、ブレイさん」
「「「わーい!!」」」
「……ひっぐ……うぐっ……」
ツカサは大量の銅貨を数え終えると手帳から契約書をブレイに差し出した。
ブレイは泣き崩れながらそれを受け取ると胸元に抱きしめた。
「それでは俺はこれで。またのご利用お待ちしてますよ」
ツカサは早々と去っていった。
「あ……ありがとうみんな……おかげで俺達また冒険者続けられそうだ」
「お兄ちゃん!魔王倒せたの?」
「早く教えてよー!」
「……」
ブレイは涙を拭いてなんとか立ち上がり子供達にお礼を言った。
すると子供達はまた嘘の話の続きを希望してきた。
「……しょうがねぇなぁ!いいか!今回俺達は……」
「あーまた始まったわ……」
「でも良かったな、自分たちまだ冒険者続けられそうだ」
「そうね」
ブレイは子供達に囲まれながら魔王との戦いを話し始めた。
マージは呆れたがグラップに話しかけられそれに同意した。
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