第25話 決意
愛藍学園の中央庭園のテーブルにべたりと伏せたまま、ひなたは考え込んでいた。
何か悩み事があるとき、ひなたはこの場所にやってくる。ここは日差しがよく、風通しがいい。心を落ち着かせるにはちょうどいい環境で、ゆっくりしているだけで穏やかさと冷静さを取り戻させてくれる。
ひなたは一人考えていた。
どうしてこんなことになったのか。どうして兄はこんなことをするのか。本当に自分を置いていくという決断をしたのだろうか? もしそうなら、どうして、そんな決断をしたのだろうか。
もしかしたら、本当に自分のことを嫌いになってしまったのだろうか。自分がいろいろな作戦でちょっかいをかけたから、本当は嫌がっていた、とか。
……ひなたはふるふると首を振った。自分の兄のことだ。そんなことで人を嫌いにならないことを、ひなたはよく知っていた。だからこそ、分からない。自分のことが嫌いではないのならどうして――。
『――そうか、それならもう大丈夫かな』
ふわりと頭に浮かんできたのは、愛結の一件で兄が浮かべた表情だった。あの時の、安心感と寂寥感の混じった、顔。あれは一体何を意味していたのだろうか。
少し考えて、ひなたは立ち上がった。そして、勢いよく部室へと駆けだした。
天然少女は、何か決意をしたようだ。
◇
「学園全域にミサイルを撃ち落としましてよ!」
「そうだそうだ! スクラップアンドスクラップだッ!」
ひなたが部室に戻ってくると、彼方と愛結が手を組んで強硬手段を訴えていた。部室内はさらに混沌としており、誰もひなたが返ってきたことに気づいていないようだった。
「ダメだよ!? 危険なんだよ!?」
「じゃあ桜咲さんに何か代案があるんですの!?」
「あるよ! 私が……ひなたちゃんのお兄さんになる!」
「あんた何言ってんの?」
「千瀬ちゃんは私のお嫁さんになるんだよ!」
「どさくさ紛れに抱き付くな!」
「「スクラップアンドスクラップだ!」」
「あなたたちは冷静になりなさい!」
「みなさん、聞いてください」
ひなたが声を出すと、言い争っていたみんながぴたりと黙った。周囲の視線が集めた彼女は、胸の前で手を組んで口を開く。
「わたし、決めました。お兄ちゃんを送り出すことにします」
「え?」
思いもしなかった発言に、みんなは息を飲んだ。
「思えば、お兄ちゃんは最近ずっと迷っていたような気がするんです。海外に行くべきか、行かないべきか。わたしは、母さんが死んでから今までずっとお兄ちゃんのお世話になってきました。もしお兄ちゃんが本当は海外に留学したいのなら、わたしがその足を引っ張るのは……なんだか違う気がするのです。そんなことをする女性が、好きな人の隣にいるのは間違っていると、そう思うんです。だから……」
ひなたはぎゅっと掌を握りしめ、
「わたしは、お兄ちゃんを笑顔で送り出したいと思います」
顔を挙げて、力強くそう言った。
「そう、だな。それがいいのかもしれん」
「わたくし、感動しました! 何かあったら全力でサポートしますから!」
「ひなたちゃんが……大人になったんだよ……!」
ひなたの決断に各々感慨に耽っていた。
「さしあたって、疑問が一つあります。……そもそも、なんでお兄ちゃんはわたしのことを心配しているのでしょうか?」
「……へ?」
その質問に、みんなの目が点になった。
「だってそうでしょう。完璧なわたしを心配する理由なんてありません」
「そりゃあ妹一人置いていくのは気が引けるだろう」
「わたしはもう子どもではないのですよ? 掃除洗濯料理だって完璧にできます」
「なんでみなさん押し黙るのですの?」
俯き震えるみなに、事情を知らない愛結は首を傾げた。
「安心感がないんだよねえ」
「生活感もないわね」
「天然だしなあ」
「かなちゃん、わたしは天然ではありませんよ?」
「では、ウニとタワシの区別はつくのか?」
「わたしのことをばかにしているのですか? そんなの簡単です。食べられる方がウニで、食べられない方がタワシです」
「その区別はどうやってつけるのだ?」
「食べてみれば分かります」
「………………」
「なんですか! そのまだ歩けない子どもを見守るような温かい目はっ!」
露骨に苦笑いを浮かべられて、ひなたはむすっと顔を顰めた。
「まことに遺憾ですが、わたしに家庭感がないのがダメなんですね。分かりました! なら――」
ひなたは立ち上がって拳を振り上げた。
「わたしの家庭的な姿を見せつけてやります!」
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