第二十九節 未来からきた救世主

 ローズがヴァイスハイトを撃破するも、竜との戦いは激化する一方だった。

 そんな中ローズは、太陽を落とす魔法を唱える。

 このままでは、世界が崩壊する――。

 魔導機関総裁の手により召喚された3人の英雄も、竜にはまるで歯が立たない。

「止めてくるよ……アイツらを」

 俺は飛び上がった。

 そして、手にしていたステッキで、ローズと竜を殴りつける。

 ローズはアヒルの姿に――。

 竜はドラゴリラに姿を変えた。

 アヒルとドラゴリラは、地上に落下した。

 俺はすぐに後を追って地上に降りる。

「いいかげん負けを認めなさいよーっ」

 リラーッ――!

 1羽と1匹は互いに口を引っ張り、取っ組み合いの喧嘩をしていた。

 やれやれ……。

 でも、これで世界の破滅は免れそうだ。

「アヒルちゃんが……増えた……はぁはぁ」

 ミネルバは、2羽のアヒルを両手で抱きかかえた。

「ちょっと-、離しなさいよーっ」

「ドラゴリラ?」

 ユリルも、ドラゴリラを持ち上げる。

 リラーッ!

 物陰からもう一匹のドラゴリラが姿を現した。

「繁殖したか……」

「家畜みたいな言い方するんじゃないわよーっ」

 ガブーッ――。

「いてーっ」

 俺は2羽のアヒルに頭を噛まれた。

「ちょっとー、元の姿に戻しなさいよ」

 アヒルは、ガーガー騒いでいる。

「元に戻す方法なんて知らねーよ」

「もう一度叩けば戻るんじゃない?」

 ユリルは言う。

 真っ二つに折れたステッキを紐で固定する。

 そして、ステッキのスイッチを入れた。

 カチッ――。

 普段なら先端の星型のランプが光るのだが、反応しない。

 カチッ、カチッ――。

 とにかく、叩いてみるか。

「どっちがどっちのローズだったっけ?」

 見分けが付かなくなったが、片方のアヒルの頭をステッキでぶっ叩いた。

「えい!」

 コツン――。

「いたーい!」

 ベキッ――。

 クルクルクルクル――。

 ステッキの先端に付いている星が飛んでいった。

「あ……」

 アヒルは頭を抑えてうずくまっている。

「ちょっとー、元に戻ってないじゃない!」

「壊れたから、もう無理かも……」

「ひとまず、竜を止めることはできた……けど」

 リリィはそう言って、町の方に目を向けた。

 酷い状況だった。

 悲鳴と叫び声が聞こえてくる。

 至る所で火が上がり、上空には羽を生やした者が飛び回る。

「次はあのモンスターを討伐しないとな……」

「あれは魔族よ……」

 アヒルが口を開く。

「高度な魔法を使ってくる……町の外にいる野生のモンスターたちとは強さが桁違いよ」

 空を覆い尽くす程の大群……何十という数が見える。

 そして、その上を巨大な太陽がこの世界を照らしている。

 真夏の炎天下の中でたき火をしているような、そんな感覚だ。

「暑い……もう……限界……」

 ユリルが倒れ込む。

 いつ体に火が付いてもおかしくない程の熱気に包まれていた。

「おい、元に戻せよ」

「だめ……いくら詠唱しても、この姿だと魔法が使えないわ……」

 もう一羽のアヒルが答えた。

 このままでは、水は干上がり、草木は枯れる……。

 そして、この世界は滅亡する――。

「お前が原因だったんじゃねーか!」

 俺は、アヒルの首を掴んだ。

「しかたないでしょう? こうでもしなきゃ竜を倒せなかったんだから」

「どうすんだよ……これじゃあ、何も変わらねぇじゃねーか」

 俺たちが、過去にきた意味がない――。

 誰も救えず……。

 世界は何も変わらない……。

「もう一度やりなおすんだ!」

 その言葉に、みなが俺に注目する。

「やり直すって……」

 アヒルが口を開く。

「もう一度、時間をさかのぼれれば……」

「危険よ! 何度も使うと時空が歪むわ!」

「もう一度だけだ!」

「時間を遡るって……どういうこと?」

 リリィが俺に声を掛けてくる。

「実は俺たち……未来からきたんだ」

 リリィとアヒルは、互いに目を合わせた。

 俺は続けた。

「50年後のこの世界は、滅亡していた……」


 水は涸れ、作物が育たなくなった世界――。

 暴力で残った水と食料を奪い合う世界――。

 毎日が飢えで生きるか死ぬかの……そんな世界だった。


「俺たちはこの世界を救うために、時を戻す魔法でやってきたんだ」

「時を戻す魔法……あなたそれが使えるの?」

 アヒルの質問に頷いた。

「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越クロノスリープ

「古の魔法書……伝説の魔法書……」

 リリィはそう言葉にした。

「時空操作は神の領域よ……あなた、いったい何者?」

 アヒルは俺を見上げる。

「この世界を救うためにやってきた……ただの魔法少女だよ」

 俺は笑顔で親指を立てた。

「時を戻すのは、今から数時間前だ! いくぞっ」

 俺は、アヒルを頭に乗せ、ユリルとミネルバと手を繋ぐ。

「違うわよ、私よわたし!」

 別のアヒルが羽をばたつかせている。

 アヒル違いか……見分けが付かん……。

 俺は、アヒルを入れ替えて頭に乗せた。

「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越クロノスリープ

 カーン――。

 甲高い音と共に魔法陣が光輝き、地面から浮かび上がる。

 下から突風で吹き上げられるようにして、俺たちは大空に舞い上がった。

 そして、再び時空を超える――。


 陽は沈み、星々が光輝く刻――。

 城の周りは、人で溢れかえっていた。

 城の四隅にある塔がライトアップされる。

 民衆は固唾をのんで見守っていた。

 塔の屋上に、真っ白なドレスを着たメグが姿を現す。

 おぉぉぉぉぉぉっ――。

 民衆は、一斉に歓喜をあげた。

 それと同時に、王宮楽団の演奏が始まった。

 ストリングスの緩やかな音色が、幻想的な空間を醸し出す。

 塔の上に立つメグの姿は美しかった。

 ドレスと長い髪が風になびいている。

 メグは遙か遠くを見つめ、胸の前で手を合わせ祈る。

 次に対面の塔がライトアップされる。

 そこに、ヴァイスハイトが登場した。

 キャーッ――。

 女性たちの、悲鳴ともいえる歓声がこだまする。

 二人は塔を降り、二つの塔を繋ぐ通路の上を歩き始めた。

 通路の中央で二人は出会う。

 その上空には、俺とアヒル、ユリル、ミネルバがいた。

 俺は、ヴァイスハイト目がけて真っ逆さまに落下する。

 右手を力一杯握りしめて、顔面を殴りつけた。

 ドゴッ――。

 空から落ちてきた勢いもあって、ヴァイスハイトは吹っ飛んだ。

 そして、通路の上から落ちていった。

 イヤーッ! ヴァイスハイトさまーっ――!

 女性たちの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

「これで世界は……救われる」

 俺の目の前には、あっけにとられて佇むメグがいる。

「こい、メグ!」

 俺は彼女の手を取った。

 そして、走り出す。

 城の兵士たちが後を追い掛けてくる。

「まったく、何も考え無しで行動するんだから!」

 俺の頭の上でアヒルが叫ぶ。

「考えたって何も始まらない……なるようにしかならないだろう?」

 俺は走りながら答える。

 この世界を……メグを救うことができれば……それでいい。

「グリモワールⅢの章・造形魔法断道ノ石壁ストーンウォール

 ユリルが詠唱する。

 ゴゴゴゴ――。

 俺たちの後ろに石の壁が生成された。

 兵士たちは、その壁に阻まれて追ってこれない。

 俺たちは城壁の影に身を潜めた。

「ここまでくれば、ひとまず大丈夫だろう」

 俺は膝に手を突き、息を整える。

「誰かくるぞ!」

 城壁の影から顔を出していたミネルバが声をあげた。

 追っ手か!?

 俺もミネルバの向く方に目を向ける。

 ローズとリリィだ――。

 ふたりは、まっすぐこちらに向かってきていた。

「追跡魔法で私たちの位置がばれているわ」

 アヒルが言う。

 あのふたりからは逃げられないか……。

「いったいどういうことか、説明してもらえるかしら?」

 やってきたローズが、俺たちに問い掛けた。

「俺たちは未来からきた……なんて言ったら信じて貰えるか?」

 ローズとリリィは互いに目を合わせ、メグは唖然としている。

「ヴァイスハイトの狙いは、城の地下に眠る竜だ」

「なぜそれを……」

 ローズは驚きの表情で俺を見つめる。

「フォレスティア国王も、ベアも殺されて……そして、メグ……」

 俺はメグに目を向けた。

「キミも、奴に命を奪われる」

 メグは不安そうにローズを見つめた。

「竜の復活により世界はやがて滅亡する……そんな未来が待っている」

 本当はローズのせいなんだけどな……。

「うそかと思うかもしれないけど信じてほしい! すべてヴァイスハイトの策略なんだ」

「メグ……竜の復活には、聖女であるあなたの血が必要になるわ」

 アヒルは俺の頭の上に乗り、メグを見つめた。

「私はもう……あなたが死ぬとこなんて見たくないのよ!」

 アヒルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、俺の髪の毛を濡らす。

「お願い! 私たちの言葉を信じて!」

「あなた……もしかして……ローズ?」

 メグはアヒルの手をとった。

「50年後からきたの……この子たちと一緒に……」

 アヒルは、両羽でメグの手を強く握る。

「この世界を救いに……あなたの命を救いにきたの!」

 メグは少し考えていた。

 そして、静かに話し始める。

「ふたりのお話……ありうるかも知れません。今回の縁談はヘルシャフトブルク側から持ち出されたお話です」

「そして、立ち入り禁止区域への侵入者か……」

 ローズも口を開いた。

「国王とメグの警備を厳重にするんだ」

 俺はローズに告げる。

「そうね、私が直接護衛するわ」

 カツン――。

 誰かいる!?

 話しに夢中で気が付かなかった――。

「すべてお見通し……というわけか?」

 まったく音も立てず、気配も感じさせず、この男はいつの間にか俺たちの目の前に立っていた。

 ヴァイスハイト――!

「殿下……あなたは」

 メグは、ヴァイスハイトに問い掛けた。

 ヴァイスハイトは不敵に笑う。

「しかしな……王女を浚った狼藉者を成敗し、王女を連れ戻せば、ことは元通り運ぶ」

 チャキーン――。

 ヴァイスハイトは鞘から剣を抜いた。

「立場敵に不利なのは、貴様らなのだからな……」

 ミネルバもレイピアを構える。

「この人数を相手にする気か?」

 俺もステッキを構えた。

「見せてやろうか?」

 ヴァイスハイトは不敵に笑う。

「剣を収めて下さい!」

 メグはヴァイスハイトに向かって歩いて行く。

「私には、この国の民を守る責務があります」

 そして、ヴァイスハイトの目の前に立った。

「メグ危険だ! 離れるんだ」

「今回のお話は、この国の平和を維持するためのもの……」

 メグは、ヴァイスハイトを見上げ睨み付ける。

「あなたの目的が民を傷付けることであるならば……破談させていただきます」

「ふはははは」

 ヴァイスハイトは高らかに笑う。

 そして、剣を鞘に収めた。

「はなからこんな回りくどいことをせず……こんな弱小国家など、ひねり潰してしまえばよかったのだ」

 ヴァイスハイトは背を向けた。

「後悔するなよ……自分らのとった行動がどういう結果を招くのか?」

 そして、歩き去って行った。


 その日の内に、ヘルシャフトブルク一行はフォレスティアから去って行った。

 俺たちは、城の屋上からその様子を眺めていた。

「戦争になるわね……」

 ローズが口を開く。

「きっと……避けては通れない道だったのです」

 メグは悲しそうにそう呟いた。

「俺たちも協力するよ……みんなで戦えば楽勝だろ?」

「この戦いはきっとよい結果がでるわ」

 アヒルが、俺の頭の上から飛び降りた。

「だってほら……」

 その体は、透けていた。

「お前……どうしたんだ?」

「わたしたち……」

 ユリルが声を上げる。

 ユリルの体も透けて、後ろの壁が見えていた。

「私の体も……消えかけている?」

 ミネルバも同じだった。

「なんで……時を戻す魔法の影響か?」

「違うわ……」

 アヒルは首を横に振る。

「ここにくる必要がなくなったからよ」

 未来は……変えられた?。

「そうか、もう世界が滅亡することはないんだな」

 俺たちは世界を救った――。

 もうあんな過酷な世界で、人々が辛い思いをしなくてすむ。

 アヒル、ユリル、ミネルバの体はだんだんと薄くなっていった。

 俺は自分の手を見て、左手で触って感触を確かめる。

 何も変わっていないように思える。

「俺は……なんともないけど?」

 アヒルは、俺から目線を逸らした。

「あなたは、もともとこの時代にくるはずだった……」

 そして、悲しそうな表情を浮かべる。

「だから……消えないのかも」

「俺は、この時代に残るのか?」

 アヒルは、黙って頷いた。

 そんな――。

「ここは、あなたが望んでいたファンタジー世界じゃない……」

 アヒルは、俺に笑顔を見せた。

 確かに、そうだけど……。

 剣と魔法とモンスターのいる世界にきたかったのは確かだけど……。

 ユリルが、俯いたまま俺の袖を掴んできた。

 その手は、もう殆ど消えている。

「わたしたち……離ればなれになっても……ずっと……」

 ユリルの目には、涙が溢れていた。

 それでも、泣くのを必死に我慢して言葉を続けた。

「ずっと……ともだちだよね?」

 俺は、笑顔を作った――。

 作ったつもりだけど、泣き顔にしか見えなかったかも知れない。

「あぁ……俺たちは……ともだちだ……ずっと……」

 涙が止まらない――。

 これで、お別れなのかよ……。

 もっと、一緒にいれると思っていた。

 ずっと、一緒に冒険して、笑い合って、時には喧嘩して……。

 そんな毎日が、永遠に続くと思っていた。

「アヒルちゃんの世話はちゃんとするから……安心してくれ」

 ミネルバも声を枯らし、手で顔を拭っていた。

 そして、俺に手を差し伸べた。

 俺は、その手を掴む。

 もう……殆ど透明で……掴めないけど、それでも手を添えた。

 ユリルも、その上に手を乗せる。

 そして、アヒルも手に乗り羽を添えた。

「みんな……元気でな……元気で……」

 俺は力一杯握りしめたかった。

 でも、消えていて……その手に触れることができなかった。

 そして――。

 顔を上げたときには、もう――。

 目の前には、誰もいなかった。

 アヒルも、ユリルも、ミネルバも……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 俺は涙を流し、膝を突いた。

 なんで……俺だけ……。

 なんで……。


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⇒ 次話につづく!

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