第二十六節 謁見の間に流れた涙

 夜空一面に、七色の星々が光輝く刻――。

 純白の双翼を広げ、天馬が舞い降りる。

 その背には、厄災を振り払いし英雄が――。

 導きの光を放つ塔を目指す。

 王女は祈り、塔の上で英雄を待つ。

 出会いし二人は愛の言葉を交わした。

 王女は、英雄に聖なる剣を手渡し――。

 英雄は、王女の胸に星屑の首飾りを掛ける。

 そして二人は天馬に跨がり、遙か楽園を目指す。


 朝礼後、俺とユリル、ミネルバは、リビングでアヒルの話を聞いていた。

「おとぎ話よ……それになぞらえて、今回の結婚式は執り行われるわ」

「すてき……」

 ユリルは頬を押さえ、うっとりしている。

「ふぁ……」

 俺の口から、思わずあくびが漏れる。

 おっさんには、乙女のロマンは理解できない。

 今夜、メグとヴァイスハイトの婚礼の儀が執り行われる。

 フォレスティアで行われるのは今夜の儀式と明日のパレード――。

 その後3日間の移動日をはさみ、次にヘルシャフトブルク側で儀式とパレードが行われる。

 フォレスティアに古くから伝わる、おとぎ話になぞらえた内容となるらしい。

「おーい、到着されたぞーっ」

 外で兵士が叫んでいる。

 表に出ると、城の正門に数十台の馬車が列を作っていた。

「ヘルシャフトブルクの一行が到着したみたいね」

 アヒルは、俺たちに顔を向ける。

「私たちが過去にきた意味を思いだして欲しいの」

「荒廃した世界を救うため」

 ユリルは言う。

「あんな世界にしたくないな……」

 ミネルバは、遠くを見つめた。

「今日が……重要な1日となるわ」

 俺たちは50年前に時を遡った――。

 この日に、いったいなにが起きたというのだろうか?

 アヒルは、これから起きることを知っている――。

 しかし、それを口に出して言おうとしない。

「私たちに課せられたこと……それは二つ――」

 俺たちは、黙ってアヒルの言葉を聞いた。

「一つはメグと国王の命を守ること……そしてもう一つは、立ち入り禁止区域に人を入れさせないことよ」

 メグと国王の命が危険にさらされる!?

 それと、やはり立ち入り禁止区域になにかあるのか?

 ローズとリリィは、すでに城内の警備についていた。

 俺とユリル、ミネルバは、城内の巡回という役割だった。


 儀式は、日の入りと同時に執り行われた。

 城の周りは、人で溢れかえっている。

「まるで花火大会のような人だかりだな……」

「花火大会?」

 ユリルは不思議そうな顔をする。

打上爆裂星ファイアーワークスの魔法ね……」

 アヒルは言った。

「魔法で花火を打ち上げるのか?」

「そうよ……明日のパレードでも打ち上げられるわ」

「面白そうだな、今度教えてくれよ」

「技術力が必要な魔法だから、選任の魔導師じゃないと難しいのよ」

 アヒルは、そう言って眉をひそめる。

「初心者が爆発して、大やけどをしていた記憶があるわ……」

「そうか……じゃ、いいや」

 いのちだいじに――が俺のモットーだ。

 線香花火みたいな魔法があればいいんだけどな。

 俺たちは、儀式の開始を城の見張り台の上で待っていた。

 やがて、城の四隅にある塔がライトアップされる。

 民衆は固唾をのんで見守っていた。

 塔の屋上に、真っ白なドレスを着たメグが姿を現す。

 おぉぉぉぉぉぉっ――。

 民衆は、一斉に歓喜をあげた。

 それと同時に、王宮楽団の演奏が始まった。

 ストリングスの緩やかな音色が、幻想的な空間を醸し出す。

 塔の上に立つメグの姿は美しかった。

 ドレスと長い髪が風になびいている。

 メグは遙か遠くを見つめ、胸の前で手を合わせ祈る。

 次に対面の塔がライトアップされる。

 そこに、ヴァイスハイトが登場した。

 キャーッ――。

 女性たちの、悲鳴ともいえる歓声がこだまする。

 二人は塔を降り、二つの塔を繋ぐ通路の上を歩き始めた。

 通路の中央で二人は出会う。

 メグは、ヴァイスハイトに光輝くクリスタルの剣を渡し――。

 ヴァイスハイトは、メグに様々な宝石が彩られた首飾りを付ける。

 そして、二人は抱きしめ合った。

「すてき……」

 ユリルは、うっとりしている。

「ロマンチックだな」

 ミネルバも同じように、目を輝かせる。

 ふたりは見とれているが、本当に愛し合っているならともかく、愛の欠片も無いただの演技だと思うと興醒めする。

 アヒルは、険しい表情で見ていた。

 ヴァイスハイトが、胸の前でメグを抱きかかえる。

 おぉぉぉっ――。

 民衆から歓声があがる。

「キャーッ」

 ユリルは顔を手で覆った。

 そして、そのまま二人は城の中へと消えて行った。

「なるべく国王とメグの近くに行きましょう!」

 アヒルはそう言った。

 俺たちは、すぐに城の中に入る。

「謁見の間を目指しましょう」

 細い通路を進んだ。

「待って!」

 アヒルが俺たちを制する。

「なにか……いやな気分……」

 ユリルは、震えている。

 不安感ともいえる嫌な感覚が、前方から立ち込める。

 通路には幾つもの魔法陣が描かれていた。

 それが、紫色に光る。

 グブグブ――。

 魔法陣の中から、床を掴むように手が伸びる。

「ひぃっ」

 ユリルは悲鳴をあげた。

 魔法陣から何かが這い上がって出てきた。

 肉は剥がれ、内臓は落ち、骨だけになった者たちだ。

 アンデッド――。

 そのむごたらしさは、直視できない。

 ユリルは、目を伏せた。

 腐敗臭が辺りに充満する。

 吐き気がしてくる――。

「何で城の中に!?」

 俺はアヒルに問い掛けた。

「ネクロマンサーよ……彼らは魔法陣で冥界から直接召喚できるわ」

「くるぞ!」

 ミネルバが叫ぶ。

 10体ほどのアンデッドの群れが、いっせいに襲い掛かってきた。

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

 アンデッドは、無いはずの目で俺を見ていた。

 恥ずかしい……。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?

 まるで、鎧のようなこの体――。

 頭には、すらりと伸びた大きな角――。

 即ちこれは、カブトムシ――。

 俺は腰を落とし、片手片膝を地面に付ける。

 そして、中腰の姿勢のまま、モンスターに突っ込んだ。

「カブトムシフットボールタックル!」

 ベチャッ――。

 アンデッドの体は、バラバラになって吹っ飛んだ。

 うぇぇ……気持ちわる……。

 ミネルバも、剣で応戦する。

 シュンシュンシュンシュン――。

 アンデッドは穴だらけになり、その場に崩れ落ちた。

 おぇーっ――。

 ユリルは、隅っこで吐いていた。

 再び床の魔法陣が光輝く。

「ネクロマンサーをやらないと、きりがないわ!」

 アヒルが叫んだ。

 俺は腰に手を当てて、再びマジカルステッキを天高く付きだした。

 今度はダンゴムシに変身する。

「よし、突っ込むぞ!」

 ゴロゴロゴロゴロ――。

 俺は体を丸め、通路を転がって行った。

 グチャッ、ベチャッ――。

 アンデッドは押しつぶされて、肉片と化す。

 通路の最後方にフードを被った男がいた。

 転がる俺に気づき、逃げようと背を向ける。

 しかし、俺は速度を緩めず、そのまま押し潰した。

「ぐはぁっ」

 俺は止まり、後ろを振り返る。

 フードの男は、俯せに倒れて動かない。

 魔法陣の光は消えていた。

 アンデッドは、ただの死体と化している。

 通路には肉片が散らばり、ひどい状態となっていた。

 アヒルを抱えたミネルバとユリルは、肉片を踏まないようにしながらやってきた。

 ピーッ、ピーッ――。

 甲高い笛の音が鳴る。

「急ぎましょう!」

 アヒルは叫んだ。

 俺たちは階段を駆け上がり、謁見の間を目指す。

 兵士たちの叫び声が聞こえてくる。

 まずい……まずいぞ……。

 急がないと――。

 謁見の間の扉は開け放たれていた。

 俺が最初に目にしたのは、玉座に横たわる国王の姿だった。

 玉座は血で真っ赤に染まっている。

 そんな――。

 その横に膝を突き、メグが涙を流している。

 国王だけではない――。

 幾人もの兵士が、床一面を覆うように倒れていた。

 そして、その中央で剣を持ち佇む者がいる。

 ヴァイスハイト――。

「お前、はなからこれが狙いだったのか?」

 俺は、ヴァイスハイトに向かって叫んだ。

「貴様は……あの時の……」

 ヴァイスハイトは、俺を睨み付ける。

 恐ろしい目つきだった。

 まるで獣……いや、この世のものではないような、そんな目つきだ。

「この間のような、遊びでは済まされんぞ……」

 ヴァイスハイトがそう言った直後――。

 一瞬だった――。

 奴の持つ剣がぴくりと動いたかと思うと、次の瞬間にはヴァイスハイトが俺の目前まできていた。

 しまった――瞬間地点移動ブリンクか!?

 奴の剣が、水平に弧を描くように俺に襲い掛かる。

 避けきれない!

「カツヤーッ」

 アヒルが叫ぶ。

 ガキン――。

 剣は、俺の体の目前で停止する。

 俺の前に魔法陣が描かれ、まるで盾のように、そこで剣は止まっていた。

「魔法障壁か――」

 ヴァイスハイトはそう言って、後方に飛び退いた。

「なんてこと……」

「そんな……」

 後ろで声がする――。

 振り返ると、ローズとリリィが謁見の間の入り口にいた。

 ローズは、玉座の側で座り込むメグに目を向けた。

「メグは、無事のようね……」

 ヴァイスハイトは口を開いた。

「所詮三下では、足止めにもならないか……」

「あなた……こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね?」

 ローズはそう言って、一歩一歩ヴァイスハイトに近づいて行く。

 俺の背筋が凍り付く――。

 殺気なんてものではない!

 空間すら凍り付かせるかのような冷たい恐怖を、ローズから感じた。

 ヘビに睨まれたカエルのごとく、俺は身動きすらできなかった。

 ローズの右手を、紫色の光の渦が包み込む。

 ローズが手をかざすと、紫色の光は巨大なモンスターのツメのような形をつくり、ヴァイスハイトに襲い掛かる。

 ガキン――。

 ヴァイスハイトは、それを剣で受け止めた。

 奴の剣も、怪しく紫色に光っている。

「あの剣、魔法をエンチャントしているわね」

 リリィが言った。

 ヴァイスハイトは、後ろに飛び退き、ローズから距離をとる。

 そして、剣を地面に突き刺した。

 すると、奴を中心にまるで津波のような衝撃波が襲ってきた。

 ドーン――。

「うわぁっ」

 俺は、後方に吹っ飛んだ。

 このままでは、壁に激突する――。

 俺は頭を抱え込んだ。

 しかし、激突する直前で、飛ばされた勢いは無くなった。

 体が軽い……宙に浮いている――。

 そして、ゆっくりと地面に降りた。

「怪我はない?」

 リリィが魔法を唱えていたのだ。

 ユリルも、アヒルを抱えたミネルバもゆっくりと地面に着地している。

 ローズを見ると、彼女は元いた場所から動いていない。

 手をかざしているところを見ると、魔法で威力を打ち消したのだろう。

「これほどまでの魔導師がいるとは……」

 ヴァイスハイトとローズは、にらみ合う。

冥府ノ束縛タルタロス・シャックル

 ヴァイスハイトは、そう言葉にした。

 あの魔法は――!?

「そんな魔法……私には効くとでも?」

 ローズがそう言うと、ヴァイスハイトは鼻で笑う。

 謁見の間全体を覆うように、足元に真っ黒なすすが発生する。

 そして巨大な手のような煙が立ち上がった。

 その手は人の大きさほどあった。

 俺が使った魔法よりも、遙かに威力が大きい――。

 その手は、俺の体全体を握りしめる。

「ぐわっ――」

 ギシッギシッ――。

 体がきしむ。

 骨が……砕けそうだ。

 俺を掴んでいる巨大な手は、俺を地面の中に引きずり込む。

 だめだ……からだが言うことを聞かない……。

 見ると、ユリルとミネルバも、巨大な手に拘束されていた。

 リリィは、床に手をかざし呪文を詠唱している。

「……ごめん……ローズ……私の力だけでは抑えきれない……」

 俺は、既に足首まで真っ黒なすすの中に引きずり込まれていた。

 くそっ、まったく身動きできない――。

 それどころか、声も出せない。

 俺たちを見たローズは床に手をかざし、詠唱を始める。

「時間稼ぎができればそれでいい……本題は貴様らと戦うことではないからな……」

 ヴァイスハイトは歩き出した。

 そして、メグの前で立ち止まる。

 メグの手首を掴み、立ち上がらせる。

「メグに何をするつもり?」

 ローズは叫んだ。

「おおっと、いいのか? 詠唱を中断して?」

 ズン――。

 俺は、さらに腰の辺りまで引きずり込まれた。

 このすすの中に飲まれたらどうなるのだろう――。

 考えたくも無いが……おそらく、命はないだろう。

 ヴァイスハイトは、メグを引っ張り歩きはじめた。

 こんな時に、何もできないなんて……。

 謁見の間を出ようとするヴァイスハイトの背後に、一人の兵士が駆け寄った。

 大柄な男は剣を持ち、ヴァイスハイトに向かって突き刺した。

 剣はマントを突き破る。

 ヴァイスハイトは剣を鞘にしまい、利き腕でメグを掴んでいた。

 兵士の不意打ちは、見事に意表をつく形だった。

 ガキン――。

 しかし、剣は鎧に阻まれる。

 ヴァイスハイトはメグを放し、剣を抜く。

 ズバッ――。

 一降りで、兵士の体から鮮血がほとばしる。

「ベアーッ!」

 メグは叫んだ。

 その兵士は片膝を突いた。

 しかし、剣は離してはいなかった。

 再び、ヴァイスハイト目がけて突き刺した。

「せめて、一太刀でも……」

 ガキン――。

 ズシャッ――。

 兵士の剣はまたもや鎧に阻まれた。

 そして、ヴァイスハイトの持つ剣が、兵士の体を突き刺していた。

「ぐはっ――」

 兵士は口から血を吐き出した。

 しかし、それでもまだ動こうとする。

 鍛え抜かれた太い両腕で、ヴァイスハイトの腕を掴んだ。

「こいつ……」

「お逃げ下さい……マーガレット様……」

 これほどの執念を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?

 主君にこれほどの忠誠心を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?

 ヴァイスハイトは、足の裏で兵士の顔面を蹴りつける。

 しかし、掴んだ手を放そうとはしない。

 ヴァイスハイトは、何度も蹴り続けた。

 ガン、ガン――。

 鈍い音がする。

 兵士の顔は真っ赤に腫れ上がっていた。

 それでも、手を放す気配は無い。

「もうやめて……もうやめてください!」

 メグのその言葉は、ヴァイスハイトに向けられたものだろうか?

 それとも、兵士に向けられたものだろうか?

 彼女の瞳から、涙があふれ出る。

 ヴァイスハイトは、左手で兵士の腕を掴んだ。

 兵士は抵抗することなく、ヴァイスハイトから手を放した。

 ドサッ――。

 そして、俯せに倒れ込む。

 ヴァイスハイトは、再びメグの手を掴み背を向ける。

「立ち向かってこなければ……死なずに済んだものを」

 そして、メグを連れたまま謁見の間から出て行った。

 俺は何もできなかった。

 自分の無力さを呪った。

 目の前で人が死んでいるのに……。

 メグが連れ去られているのに……。

 何も……何もしてやれなかった。

 ただ、だまって見ることしかできなかった。

 ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!


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⇒ 次話につづく!

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