第十四節 老年の魔導師

 アトラントシティが楽園というのは表向きだった。

 多くの犠牲者の上に成り立った幻想であり、誰もがそれを見ないように包み隠していた。

 ミネルバが、マナの木のクリスタルを破壊したことにより、夢物語は終わりを告げる。

 俺は馬車に向かった。

 この荒廃した世界を、真の楽園にするために――。

 俺の後ろには、アヒルを抱えるミネルバの姿がある。

「で、なんで付いてくるの?」

「アヒルちゃんと一緒に暮らす」

 ミネルバは、そう言ってアヒルを抱きしめた。

 むぎゅー――。

「カツヤ、助けなさい」

 俺は、アヒルの手を掴んで引っ張った。

「いたたたた……」

 しかし、ミネルバは胸に抱きしめ放そうとしない。

「アヒルちゃんは、私のもの……ハァ、ハァ……」

 こいつ……こんな性格だったのか……。

「こんな不細工鳥の、なにがいいんだか……」

「だれが不細工よ!」

 アヒルは、ミネルバの胸の中で羽をばたつかせていた。

「俺たちは竜を倒すために旅をしている。この世界を元に戻すためにな――それでも付いてくるか?」

「すべての民に幸せが訪れるのなら、私にも協力させてほしい」

 ミネルバは、これまでの表情とは打って変わり、凜とした面構えで答えた。

「お前の剣の腕があれば百人力だな……よろしく頼むよ」

「任せて貰おう」

 アヒルを抱きしめたまま、真面目な返事をする姿はどこか滑稽だった。

「ユリルの魔法、ミネルバの剣、そして俺の変身能力があれば、竜倒せるんじゃねーのか?」

 はぁ――。

 アヒルは大きくため息を吐いた。

「あんたねぇ……無理よ、無理、無理……」

「やってみないと分からないだろう?」

「そうよ、わたしの魔法を舐めて貰っちゃこまるわ?」

 ユリルも俺に賛同する。

「楽に倒せるなら、とっくに誰かが倒しているわよ……」

「じゃあ、ちょっと様子を見るだけってのはどうだ?」

 戦うというよりも、正直この目で竜を見てみたい……そんな思いが強かった。

 ふぅ――。

 アヒルは首を横に振る。

「ところで竜って、どこにいるんだ?」

「お婆ちゃんなら知っているかも」

 ユリルが答える。

「お婆ちゃん家、ここからそんなに遠くないわ」

「なら、行ってみようぜ? どうせほかに、宛てもないわけだし」

「もう……」

「私はアヒルちゃんと一緒なら、どこへでも……」


 俺は馬車を走らせた。

「ユリルの故郷って、どんなとこなんだ?」

 俺は馬の手綱を握りしめながら、ユリルに話掛けた。

「どこにでもある、荒れ果てた田舎の村よ」

 荒廃しているのが当たり前だなんて、悲しい世界だな……。

「お婆ちゃんは、魔導師なのよ」

「ユリルの魔法は、その方に教わったのね?」

 アヒルはミネルバの手の中で、ユリルと話す。

「最初は反対だったみたいだけどね」

 ユリルは楽しそうに、故郷の話をしていた。

 荒野の中を数時間馬車を走らせると、やがて小さな集落が見えてきた。

「あそこよ!」

 ユリルが俺の横まで出てきて指差した。

 満面の笑みを浮かべている。


 集落から少し離れた奥まった場所に小さな小屋があった。

 小屋の前には小さな畑があり、そこに年老いた女性が腰を下ろしている。

 ユリルは、それを見て駆けだした。

「お婆ちゃーん」

「あら、ユリルじゃないの!?」

 俺たちも年老いた女性の元に向かった。

「ユリルがお友達を連れてくるなんてねぇ……初めてかしら」

 年老いた女性のその言葉に、ユリルは顔を真っ赤に染めて動揺する。

「ち、違うわよ……別に、友達とか……そんなんじゃ……」

「俺は、ユリルの友達・・のリボンだ!」

 俺がそう言うと、ユリルは顔をさらに赤らめ俯いてしまった。

 まったく……。

「あと、こいつはミネルバ」

 ミネルバは深々と礼をする。

「それと、喋るアヒル……」

「ローズ……久しぶりね」

 俺が紹介するまえに、年老いた女性はアヒルの名を言った。

 アヒルは驚いて、ミネルバの腕から飛び降りた。

「何で私の名前を……?」

 その女性は、アヒルを見て笑顔を浮かべる。

「あなたがくるのは分かっていたわ……占いに出てたもの……これでもその昔、魔導師として名を馳せたのよ?」

「あなた……もしかして……」

「でも、あなたには遠く及ばなかったけどね」

 年老いた女性は、アヒルに向かってそう言った。

「リリィ……?」

 アヒルは、年老いた女性に飛びついた。

「もう、すっかりお婆さんじゃない……」

「ふふっ、昔と変わらないでしょう? 美容には気を遣ってきたから」

「生きていたのね……」

 アヒルは泣きながら、リリィの胸に抱きついている。

「あなたのことは風の噂で聞いていた……破天荒なアヒルがいるって」

 リリィはアヒルを両手に持ち、満面の笑みを浮かべる。

「そんなアヒル……ローズくらいしかいないものね」

「もう……」

 アヒルのこんな嬉しそうな笑顔は初めて見た。

「なんだ、知り合いか?」

「ええ……私の親友よ」

 アヒルはリリィの頭の上で、楽しそうに羽をばたつかせている。

 俺たちは、リリィに招かれ家に入った。

「ハーブティ、飲むでしょう? 庭で栽培しているのよ」

 リリィの淹れてくれたハーブティは、真っ赤で酸味のある味わいだった。

「懐かしいわね……いつも三人……一緒だった」

 アヒルは、ティーカップにクチバシをつけながらそう言った。

 三人?

 アヒルも、リリィもそのことに付いては、これ以上触れようとしない。

「お婆ちゃん、竜の居場所を教えて欲しいの」

 ユリルが切り出した。

「あなたたち、竜を倒しに行くつもりなの?」

「いや、様子をみるだけだよ」

「この子は?」

 リリィは俺を見つめる。

「俺は魔導師だ……」

 アヒルは、リリィに告げた。

「この子は……最後の英雄よ……」

 アヒルのその言葉を聞いて、リリィは驚きの表情を浮かべる。

「そう……遂に」

 彼女もまた、五十年前の竜との大戦のことを知る人物か。

「竜の眠る場所は、人のたどり着ける場所では無い――と言われているわ」

 リリィはゆっくりと口を開いた。

「それが、地の底深くなのか、天高い雲の中なのかは分からない……」

「そんな……」

 ユリルは落胆する。

「竜を見つけ出す方法はないのか?」

 リリィは俺の顔を見つめる。

 そして目を閉じた。

「もしかしたら……古の魔法書を使えば」

「古の魔法書……場所がわかるの?」

 アヒルがその言葉に食いついた。

「それは、グリモワールとは違うのか?」

「遙か古代の魔法が書かれた伝説の魔法書よ……どんな魔法が書かれているのか、内容は私も分からない」

「それがあれば、竜に辿り着き、そして撃ち滅ぼすことができるかも知れないな……」

「リリィ、古の魔法書のある場所……分かるの?」

 アヒルはテーブルの上に乗った。

「噂かも知れないけど……かつては、北の最果ての地と呼ばれていた場所よ」

「北の最果ての地……」


 翌日、リリィに別れを告げ、北の最果ての地へと向かう。

 ひたすら北上し、何日も馬車を走り続けた。

 なかなか目的地が見えてこない。

 途中に町や村は殆どなく、食料が底を突きそうになる。

 最初は浮かれ気分だった皆の覇気も薄れていく。

 永遠に到着しないんじゃないかって、そんな不安さえよぎる。

 やがて、一週間が経とうとした頃――。

 俺たちの行く手に、険しい山脈が見えてきた。

「あそこか?」

「そのようね」

 麓に馬車をとめ、徒歩で山を登る。

 山と言っても、岩と砂利ばかりで、草木一つ生えてやしない。

 北の最果てと呼ばれるだけあって肌寒い。

 登るにつれて、寒さが増してくる。

 俺たちは、毛布にくるまり山頂を目指した。

 途中洞窟の中で、一夜を過ごす。

 翌朝早くから、再び歩き始める。

 足元は凍り付き、滑りやすい。

 やがて霧が立ちこめ、俺たちの視界を奪う。

 朝なのか昼なのか、判断できない。

「なんか不気味なところね」

 ユリルが口を開く。

「人間相手なら負ける気はしないが、幽霊は苦手だな……」

 ミネルバはアヒルを抱きしめながら呟いた。

 丸二日掛けて、ようやく山頂に辿り着いた。

 そこには数キロにわたり遺跡が広がっている。

「綺麗……」

 ユリルは遺跡の方に駆けだしていった。

「こんな辺境の地に、文明が栄えていたなんて驚きね」

 アヒルも辺りの景色に見とれている。

 霧の中に広がる古代の遺跡。

 そこに僅かな太陽の光が差し込み、幻想的な景色を作り出す。

「まるで……天国のようだな」

 ミネルバが例えたとおり、今にも天使が降りてきて、あの世に連れていかれそうな、そんな気分になる。

「この景色、心が落ち着くな……」

「カツヤ、見て! コンパスが反応している」

「この近くに魔法書は存在するんだ」

 辺りを見渡しても、俺たちのほかに人がいる気配が無い。

 物音一つしない、静まりかえった世界。

 なにか神秘的な力で、人を排除しているかのようだ。

 誰もいないと思っていたが、それは間違いだった。

 こんな研ぎ澄まされた空間だからこそ、人の気配はすぐに感じとれた。

「誰か……いる」

 霧の奥に人の影がある。

 その影は徐々に大きくなる。

 近づいてきている。

 俺はステッキを構えた。

 やがて、その人物が霧の中から姿を現した。

「ファウスト……」

 ミネルバがそう呟いた。

 俺たちの前にやってきたのは、アトラントシティで俺たちと戦った大司教――ファウストだった。

 彼は俺たちを見て一瞬動揺したが、不敵な笑みを浮かべる。

「これはこれは、誰かと思えばミネルバ様……」

 俺は前に出てファウストに話しかける。

「お前が、なんでここにいるんだ?」

 嫌な予感がした――。

「私の目的はこの古の魔法書……」

 ファウストは右手に持っていた本を掲げる。

 俺たちの持っているグリモワールよりも一回り大きく、表紙には彫刻が施され、四隅には金属がはめられている。

 古めかしさと共に、神秘的な魅力を感じる。

「そんな……」

 アヒルは、その本を見て落胆した。

「そうか、奇遇だな……俺もそれを探しにきたんだよ……おかげで探す手間が省けたよ」

「そうですか……残念、一足遅かったようですね」

 ファウストは、おもむろに古の魔法書を開いた。

 俺たちは、身構えた。

「少し読んでみましたが、この太古の魔法は素晴らしい……」

 一枚一枚ページを捲る。

 そして、手を止め俺たちに不敵な視線を向ける。

「どうれ、少し試してみましょうか?」

「こっちは魔導師二人に剣士一人……どうみても、お前の方に分はないとおもうがな」

「ふふふ、どうでしょう?」

 古の魔法の威力がどれほどのものなのか……?

 余裕をみせるファウストが不気味だった。

「おのれ、私の両手が塞がっていなければ、剣で八つ裂きにしてやったものを……」

 ミネルバは、アヒルを胸にしっかりと抱きしめる。

「ハァハァ……アヒルちゃん、かわいい……」

「アヒル放せばすむだろうが! ……まぁいい、俺が相手してやるよ」


 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

 ファウストは嫌らしい目で俺を見ている。

 恥ずかしい……。

 でも、今回は町中じゃ無いから良かった。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?

 手足が無数にある。

 うねうねと這いずるような、この長い体――。

 ムカデか……。

「カツヤの変身は、相変わらずキモいわね……」

 アヒルは、ミネルバの胸の中でそう言った。

「キモい言うな!」

 ユリルとミネルバも、怪訝な表情で俺を見つめていた。

 くそっ、このうっぷんは、全部ファウストにぶつけてやろう……。

 ファウストは詠唱を始めていた。

「先手必勝!」

 シャーッ――。

 俺はうねうねと地面を這いずりながら、ファウストに近づいた。

「くらえ! ムカデ百手拳」

 そして、無数の手でパンチを繰り出す。

「オラオラオラオラ! アタタタタタタターッ!」

 ガン、バキ、ベキ――。

 ドーン――。

 俺の拳は、ファウストの顔面や顎、腹に命中し、勢いよく吹っ飛んでいった。

「どうだ!」

 ドゴッ――。

 ファウストが吹っ飛んでいくのが見えた、その瞬間だった――。

 地面から岩が突き出し、俺の腹に命中した。

「うぐっ……」

 俺は腹を押さえて蹲った。

 息が……できない……。

「くっくっくっ……」

 ファウストは、俺の目の前で不気味に笑っていた。

 な、何がおきた!?

「どうして? カツヤの攻撃が当たって吹っ飛んだように見えたけど……」

 アヒルがそう言葉にする。

「すごい……すごいぞ! これが、古の魔法の力か……フハハハハハ」

 ファウストは、俺の前に立ち、歓喜の雄叫びを上げた。


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⇒ 次話につづく!

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