うちのお嬢様は地球を背負ったすてきな娘!!

星野幸介

第1話 最高の使者

 これは今から五年前のお話。

 十一歳になったばかりのリーナお嬢様に背負

わされた悲しい重責。

 彼女を見守り続けようと僕に決意させた

 ある事件のお話…… 


 浅草と秋葉原の電気街、それに横浜が混然

一体となったような小さな街、名古屋の大須。

 大須といえばやっぱり電気街が有名だけど、

食のことを忘れないというか、隠れた料理の

おいしい店というのが何件もあったりする。

 その中でもリーナお嬢様が幼少の頃、両親

に連れられて通いつめていた喫茶店が、派手

な電気街の入口でひっそりと営業している。

 お店の名前はコンパル。

 喫茶店のメッカとして全国的に知られる

名古屋でも老舗に入るお店で、工夫を凝らし

たコーヒーとボリューム満点のおいしいサン

ドイッチが納得のいく値段で食べられるとあ

って常連客もたくさんいる。

 芸能人の来店が多いことでも有名だ。

 そんなコンパルで五年前のある日、僕は

リーナお嬢様と一緒にプティ様のおごりで

朝食をとっていた。


 ムシャムシャ……ボタボタボタ

 パクパク……ボタボタボタ

 むぅ~~、アグアグ……ボタボタボタ


「はしたないですよお嬢様。玉子の黄身やら

キュウリをボタボタこぼしながらサンドイッ

チパクつくのは」

「うっさいな~~ハルロー。ここのサンドイ

ッチは具が大量にはさんであるからパクつく

と横からハミ出ちゃうのよ、しょうがないで

しょ!」

 地毛の青い髪をツインテールに束ね、青い

瞳がクリクリっとしたかわいい女の子がボヤ

く。

 八月八日に十一歳になったばかりのリーナ

お嬢様だ。

 さすがイギリス人と日本人のハーフの娘さん

らしく、まだ背は低いものの、すでにトランジ

スタグラマーだ。

「ダメです。ぼくが手本を見せますから参考に

して残りを食べてくださいね」

「ふぁ~~い。わかったよぉ」

メンドくさそうにブーたれ顔でにらむ、お嬢

様にひるんじゃいけない。

 十一歳にして飛び級で中学一年生、その裏

で探し屋(サーチャー)稼業も続けるIQ二百一

を誇る天才お嬢様だけど、歴史上の天才の

ご多分に漏れず、日常生活に欠けていると

いうか、人間として軸がズレている所がある。

 そこは専属の家庭教師である僕が正しい

方向へ導いてあげなくちゃダメだ。

「こういうときは、まず手近なナプキンの

ようなペーパーでサンドイッチを包み込んで

――って、あれ? ないじゃん!」

 僕がとまどっていると、にこやかにマスター

が出てきて「ああ、ウチのサンドイッチはボリ

ュームを楽しんでもらうため、そのままパクつ

いて食べるのが仕様です」と得意げに語った。

「ええっ、そんな……、このままでは……」

 ニタリと嬉しそうに笑いながら見つめるお嬢

様がこ憎たらしい。

 手本を見せると言ったものの、出鼻をくじか

れどうしょうかと迷う僕に、でやり取りを見て

いたお嬢様のお母様のプティ様が助け舟を出し

てくれた。

 〈お母様〉と言っても一メートル三十センチ

程度ので小さな金髪のビスクドールみたいな愛

らしい容姿はお嬢様の幼い妹に見える。

「フフフ、二人とも困ってるみたいね。じゃあ

お母さんがサンドイッチの本場、イギリス流の

食べ方を教えてあげるね!」

 ナイフとフォークで食べるつもりかな? なん

か無粋な気がするけど……

 興味津々でプティ様を見つめる僕とリーナお嬢

様。するとプティ様はニコニコしながら、サンド

イッチを二つおもむろに掴んだかと思うと、アゴ

をはずした犬のように、大口を空けていっきに口

の中に入れてしまった。

「ア~~グアグアグアグ……どう? 有名なシャー

ロックホームズもこうやって食べたのよ。周りも

散らかさないし」

 あっけにとられる僕とリーナお嬢様。

 プティ様の、豪快な食べっぷりに拍手するマス

ター。

 (さあ、あなたたちもお手本通りに食べて食べて

\(^〇^)/ )というプティ様のワクワクな視線に、

プティ様に弱い僕たちはお互いに顔を見合わせ、

渋々〈ホームズ喰い〉を始めた。

 ア~~グアグアグ……

 周りのお客さんたちの笑いまじりの視線が熱い。

ていうか恥ずい。

 もう、どーにでもしてくださいと僕たちが開き

直ってサンドイッチをパクついてると、紺の執事

服を着込んだ、スラリとした長身の二十歳前後に

見える若い女性が話しかけてきた。艶のある長い

黒髪が印象的な、インドやタイ系の人を思わせる

美人だ。

「あの……、お楽しみのところ、申し訳ないん

ですが……」


「あ、ああ、ハイ、どちら様でしょう?」

口の中のサンドイッチを大急ぎでアイスコー

ヒーで流し込み応対する。

「サーチャー(探し屋)の安治江 里那 (あんじ

え りな)さんに、お母様の安治江・プライト

ニング・ティーナ様、家庭教師の木野 晴郎

様……ですね?」

「二十二で一児の母だけど、まだまだ〈ピチ

ピチ〉のティーナでぇ~~っす!」

「里那って誰よ?」

「リーナお嬢様のことですよ」

「あれ? そうだっけ?? 愛称に慣れすぎて

本名忘れてた(笑)」

 ボケたやりとりに苦笑した女性は、「始め

まして、わたくし十六夜真紀(いざよいまき)

と申します。本日は主(あるじ)の命により、

探し物のお願いにあがりました」

 と挨拶して懐から名刺を三枚取り出すと、

両手を添えて手馴れた仕草で僕たちに配った。

「へぇ~~っ、すっごいなこの名刺!! めっ

ちゃ高価な材料に恐ろしく精巧な造りこみ!!

 一枚に三千万はしてるでしょ?

 使用人にこんなのホイホイ配らせるなんて

あなたのご主人様ってどんな大金持ち?!」

 お嬢様が感心するだけあって、確かに凄い

名刺だ。

 品良くコバルトブルーに熱処理されたチタ

ン材とカーボンコンポジット材を基調に、純

度九十九・九九九九九九九九九九九%の超純

鉄に純金、プラチナ、高難度のカットを施し

たダイヤモンドを始め、その他ギラギラ眩し

い高級高価な最新素材や、フォスフォフィラ

イトなど希少な宝石をふんだんに使い、その

上に載る文字もただの印刷ではなく、どう見

ても材料から〈自然に『自ら』滲み出た〉と

しか思えない特殊な技法で書きこまれている。

 ただ、僕が気になったのは名刺その物より

内容の方だった。

 これだけの名刺を作らせる人が、記述を忘

れるはずはないし、伏せる理由もないはずだ

けど、どういうわけか〈十六夜真紀〉と書か

れた使用人の名前以外、所属団体名、住所、

連絡先などの必須事項が一切見当たらないの

だ。

 まるで〈そんなものに全く意味がない〉と

でも言うように。

 普通こんなものを渡されれば胡散臭さを感

じて、まず依頼主を警戒したくなるのが普通

なのに、どういうわけか僕にはそんなものは

一切感じられず、むしろ依頼主の恐ろしく気

高く崇高な意思を名刺から感じた。

「名刺のことはあまりお気になさらないよう

に。それでは探して頂きたい物の詳細をお話

したいと思います」

「どうぞ」

「実は今回里那さんに探して頂きたいのはヒ

エロニムス・マシンという機械です」

「ヒエロニムス・マシン?!」

「ええ。正確にはヒエロニムス氏が発明した

ヒエロニムス・マシンの原点になったと思わ

れる機械の在りかが、ある程度特定できたの

で、現地に行ってそれを回収して頂きたいの

です」

 ちなみにヒエロニムス・マシンっていうの

は、アメリカの電気技師トーマス・ガレン・

ヒエロニムス氏が鉱物の成分検査のために

開発したフリーエネルギー検出装置で、実

際にアメリカの特許庁に登録されているマ

トモな機械。

 見た目はプリズムが目立つ機械で正式名

称は鉱物放射検知器。

 最初はただ、鉱物の成分検査に使用して

いただけだったのが、この機械が使用者の

操作能力(超能力?)に左右される点が非

常に大きいのと、使用目的が本来の目的

からエスカレートし始めた頃からおかし

なエピソードが続出し始める。

 有名なエピソードといえば一九六八年、

ヒエロニムス氏はこの装置を使ってアポ

ロ八号乗組員の健康診断を地上から行い、

後にNASAが発表したデータとほとんど

同じ数値をはじき出したとか、数千キロ

離れた農園の害虫をこの機械から写真を

通して駆除したとか、構成部品をだんだ

んと省いていき、省いた部品の部品記号

は紙に書くというのを繰り返していくう

ちに、しまいには紙に書いた配線図だけ

で電源もなしに動いた……などがあるけ

ど、そのどれもが、あまりにウソっぽい

ため、今ではすっかりオカルトインチキ

機械として世間に認知されてしまってい

る。

 L字型に折り曲げたハリガネを二本持

って、地面の下の捜し物をするときに使

う〈ダウジング〉の親戚みたいなものか

な。

 最も、ダウジングはアメリカ海兵隊に

地雷探査で使われたり、日本でも昔、古

い水道管などを見つけるときに使われた

実績のある技術なので、こちらの方が信

憑性は高いだろうけど。

 ダウジングといえばリーナお嬢様も得

意で、発見困難な探し物をよく見つけて

いる。

「一八七二年に乗組員失踪事件があった

マリー・セレスト号という船舶と同名の

大型クルーザーがつい先月、バミューダ

海域で行方不明になりました。

 そのクルーザーにヒエロニムス・マシ

ンオリジナルとでも呼ぶべき機械が積ま

れていた事が判り、主(あるじ)がそれを

非常に欲しているのです」

「フ~~ン、それにしても変なもの欲し

がるのね、あなたのご主人様」

「人の趣味は十人十色ということで……」

ニコリと微笑む十六夜さん。

「現在、主(あるじ)は床に伏せっておりま

して、あまり時間が残されておりませんの

でこの件を引き受けるかどうかはこの場で

即決してください。もしお引き受け願える

のであれば、必要経費は全額こちらで負担

の上、前金としてまず八百万、本日中に

指定口座へ振り込ませて戴きます。さらに、

この件に成功された場合の謝礼ですが、

この手形にあなた方のお好きな金額を書き

込んで提出して戴ければそのように手配致

します」

「へ~~え、んなこと言っちゃっていいの

ぉ~~?! じゃあ一億円って書いちゃうよ

~~、十六夜さん?!」

 ニヤリと挑戦的な眼差しで十六夜さんの

眼を覗きこむお嬢様。

「かまいませんよ〈成功できれば〉。なん

でしたら十億ドルと書かれてみては?」

 お嬢様の探りを入れた挑発に全く動じず、

微笑みを絶やさず切り返す十六夜さん。

 絶対確実に自分の主(あるじ)なら支払え

る確信がある、余裕綽々の表情だ。

「じゅ、十億ドル……って、あ、あなたの

主(あるじ)の仕事ってなによ?!」

 挑発したお嬢様の方が怯んでしまってる。

「今はお答えできませんがいずれ分かりま

す。これ以上はない素晴らしく〈真っ当

な仕事〉ですよ」

 十億ドル(約千百四十七億円)が余裕で

支払えるなんてドバイの大富豪かなんかだ

ろうか?

「ヒエロニムス・マシンねぇ。眉唾&うさ

んくささ爆発で、うちらの世界じゃ有名な

シロモノじゃん。けど面白そうじゃない、

やってみようよハルロー!」

 ヒエロニムス・マシンの写真を見たこと

あるけど、あんなガラクタみたいな機械に

はたして十億ドルの価値があるのかな? 

 鉱物の成分検査機なんか、今ならもっと

安価で高性能な物がいくらでも手に入ると

思うんだけど。

 実はヒエロニムス・マシンは釣り餌で、

十六夜さんの言うバミューダ海域のポイン

トには十億ドル級の凄いお宝が沈んでると

か? 

 まあ、どんなものか後学のために見せ

てもらうのも悪くないかな。

「成功報酬はともかく、前金の八百万は

有り難いです。引き受けしましょう!」

「ありがとうございます。今回の件では

二、三週間ほど、お時間を拘束することに

なりますので、そちらの手配をお願い致し

ます」

「わかりました、すぐ中学とテレビ局に手

配してお嬢様のスケジュールを調整します」

「それでは二日後の午前八時にセントレアに

集合できるよう早急に準備にかかってくださ

い。そこからフロリダまではこちらの手配

する特別便で向かいます」

「ハルローくん面白くなってきたじゃない。

二人とも頑張ってね!」

「はい!」

「もちろん!! ヒエロニムスなんか、すぐ手に

入れてフロリダ名物〈白いワニの唐揚げ〉い

っぱい空輸してあげるからね、お母様っ!!」

「あ……はは、里井久(りいく)くんのお腹

ポンポンね」

 さりげなくスルーしてお父様に丸投げです

か プティ様(笑)。

「それでは、私どもも準備がありますので、

失礼させて頂きます」

 十六夜さんは一礼するとレジで支払いを済

まし、綺麗な身のこなしで去っていった。


「う~~、急に忙しくなってきたー!! じゃ

あ朝食も済んだし、そろそろ帰ろっか」

「そうね。リーナちゃん、なにかお母さんで

手伝えることあれば言ってね」

「うん、ありがと! でもいい。私とハルロー

でなんとかする」

 思わぬ大きな事件が舞い込み、意気揚々な

リーナお嬢様とそれを暖かく見守るプティ様。

 騒がしいモーニングタイムを終えた僕たち

三人は、正午が近づき、客で賑やかになって

きたコンパルを後にした。


 僕は今回の仕事に、なぜか一抹の不安を感

じていたけど、仕事を依頼されたときの不安

はいつものことなので、このときは深く考え

ようとしなかった。

 後にあらゆる意味で〈最高の使者〉だった

と思い知らされる、十六夜さんが運んできた

重大事件はこうして幕を開けたのだった。



次回 星の準則の核心にさらに迫る

第2話 I just want to talk (私は話し合いたい)

へつづく

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