第34話 12月25日
「さて、イチゴのショートケーキも買ったし、そろそろ搭乗しますか」
「本当にケーキ持っていくんだね。着いてから食べれるかな」
「さあ」
「さあって……」
「すずさんからお願いされているからね。佐々木さんの分も買っているから一緒に食べれますよ」
「私はいいや……」
僕と佐々木さんは、少し早めの年末休みを取り、香港行きの飛行機に乗るために空港で買い物をしていた。
「ちゃんと私の寝る部屋はあるんだよね」
「住んでいるマンションに2つ寝室があるらしいですよ。何なら3人で寝ても良いって、すずさんは言ってましたけど」
「冗談きついわね」
「すずさんの場合は多少本気かもしれませんよ」
そんなことを言いながら僕たちは機上の人となった。
「メリークリスマス!」
回転台で荷物を受け取り、到着ロビーに出たところ、真っ赤なドレスを着たすずさんが、元気よく駆け寄ってきて、佐々木さんにしがみついてきた。
「すず、久しぶり」
「佐々木さん、ありがとう、本当に来てくれたんだね、私は嬉しいよ」
「すず、元気そうだね。でもどうしたの、そんなお洒落しちゃって」
「そりゃ、客人を迎えるんだからお洒落もするさ。クリスマスだから赤いドレスだよ。似合うでしょ」
「しゅんちゃん、何か言ってあげな」
「え、まあまあじゃないですか」
健康的な日焼けに赤いドレスが映え、確かにすずさんはむしろ日本にいたころよりもきれいに見えた。
「まあまあって何よ」
示し合わせたようにすずさんと佐々木さんが僕を問い詰めた。
人ごみをかき分けてタクシーに乗り、すずさんの住んでいるマンションに向かった。
マンションに着いて早速日本から買ってきたショートケーキをつまみにしつつ、ビールで乾杯をした。
「本当に食べるんだ」
佐々木さんが少し不安そうに問いかけてくるが、すずさんは構わずケーキをほおばっている。
「やっぱり、日本のケーキの甘さは繊細で美味しいよね。このイチゴも新鮮でおいしいし。満足、満足。しゅんちゃんも良い仕事をしたね」
「良い仕事って……」
「私を喜ばせるなんて立派な仕事よ」
相変わらずのすずさん節に少しホッとした。
「そうそう、クリスマスなのに佐々木家は大丈夫だったんですか?巷では僕と佐々木さんは不倫関係にあるらしいですよ」
確かに冬休み前に二人で休暇に入ることは、周囲に若干の憶測を呼んでいるようだった。
「不倫って……本当なの?」
なぜか不安げにすずさんが尋ねる。
「本当のわけあるわけないじゃない。何言っているの」
佐々木さんは笑いながら続けた。
「うちの旦那はしゅんちゃんと一緒にすずに会いに行くんだったら心配してないってさ。ある意味心配しないのもどうかと思うんだけどね」
「旦那さんからの信用があるんですね。愛されているんですね」
「良いな~、愛されているんだ」
すずさんがけしかけたところ、
「何をばかなことを」
佐々木さんは意外とまんざらでもない表情を見せていた。
そんなことを言いながら、ノルマに課された缶ビール3本とショートケーキ1個を腹の中に入れた後、ちゃんと佐々木さんに一つの部屋を提供して、僕らは二つの部屋に分かれた。
「少しやせたでしょ」
「そうだね、ただそれよりも黒くなったね」
「やっぱり日差しが強いからね」
「思ったよりも元気そうだね」
「まあね、頑張んなきゃね」
何を頑張るのかよくわからなかったが、とりあえず聞き置いた。
すずさんは日本にいたころよりも充実しているせいか、これまでの可愛さに美しさが少し足された様子であった。
まあ、贔屓目に見ているところもあるだろうが、その様子は、病気のことを少し忘れさせてくれるようであり、幾分か安心したのも事実であった。
病気の話もそこそこに、サンタクロースがドナーをプレゼントしてくれれば良いのにと二人で笑いながら話すくらいであった。
また、香港での職を紹介してくれた人が何かと世話をしてくれているようで、生活面で不自由していない様子も、僕を安心させた。
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