第32話 10月4日

今日は仕事帰りに佐々木さんと飲んで帰ることになった。


「すず、行っちゃったわね。電話とかしてるの?」

「さすがに毎日はしないですけど、ぼちぼちですね」

「毎日してないんだ?すずは寂しがり屋だから、ほっておくと離れて行っちゃうよ」

「そうですかね、別に毎日話すことないし」

「しゅんちゃんのそういうところ私は嫌いじゃないけど、そんなんじゃもてないわよ」


よく3人で来ていた居酒屋に2人で来ていた。

特に店の内装が変わったというわけではないが、2人きりだと何となくいつもとは違う空気が流れている気がした。


しばらく佐々木さんの小言を聞き流していると、佐々木さんは少し思いつめた様子で聞いてきた。

「そうそう、すずはどこか悪いの?最近よく体調がどうのこうのとか言ってたし。私も大きな病気したことあるから何となくわかるんだけど」


「そうですかね。よく知らないけど」

佐々木さんをはじめ他の人には黙っているようにとすずさんにきつく言われていたので、僕はとぼけてみせた。


「あ、なんか知っているでしょ。ごまかし方が下手ね、それじゃ浮気もできないわよ」

浮気がどうのこうのということはどうでも良いが、さすがに佐々木さんはお見通しのようだ。

辛い気持ちを誰かと分け合いたいという自分勝手な想いもあり、年末に行けば何となくわかるだろうと自分に言い訳し、すずさんの病気のことを話した。


「ほら、すぐそうやって秘密をばらす」

佐々木さんは少し冗談めいた口調だが、目は笑っていなかった。

「まあ、大丈夫よ。可愛さは私に劣るけど、あの子、体力だけはあるし」

いつにも増して少し大きめのはっきりとした口調で、僕とそして自分に言い聞かせるように、言葉を発した。


店を出ると、秋の少し肌寒い空気が僕たちの不安を煽る気がした。

それを頭の隅においやるべく、年末の香港旅行の計画について、あれもこれもと二人でアイデアを出しあいながら駅に向かった。



それから週末に近所の神社でお参りすることが僕の日課となっていた。

彼女の方はというと、電話からは久しぶりの香港での生活を楽しんでいる様子がよくわかった。

年末に向けていろいろリサーチもしてくれているようだった。

病気は、特段ひどくなっているようではなかったが、ドナーが見つかったという話もなかった。

佐々木さんの言うところの強靭な体力と充実した生活環境が現時点での病の進行を妨げているようだった。

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