幕間 魔女の見る夢 4
「そう……そういうことね。自分でウワサをでっちあげて、言いふらしてたってわけ。あなたが魔女なんて、ウソなんでしょ?」
リーネがにらむと、優美は青ざめ、背後の窓から逃げだそうとした。
だが、窓の外には足場のマキがない。マゴマゴしてるうちに、ちぎれたカーテンに炎が燃えうつる。
優美は炎のカベにかこまれていく。
「ゆるさない。優美。魔女だなんてウソをついて、陽菜をこんなめにあわせて」
すると、優美が叫ぶ。
「ウソじゃない! わたしは魔女よ。あの人と契約したの。陽菜の顔。香里奈の足。摩耶の髪。雪村先輩の手——みんなの
優美の肌は透きとおるように美しい。
きめこまやかで、真珠のようだ。
でも、顔立ちは十人並みだし、スタイルも貧弱。
優美が容姿にコンプレックスを持ってるのは、薄々、気づいていた。
自分もそうだから、リーネにはわかる。
「……だからって、こんなことしていいわけじゃないよ。よく友達に、こんなことできるね」
「友達なんかじゃない! いつも、心のなかでは笑ってたくせに! 陽菜も、香里奈も、摩耶だって。わたしのこと、ちょうどいい引き立て役としか思ってなかったでしょ?」
「陽菜は、そんな子じゃないよ」
「そんなの、わかんないじゃない!」
火柱があがった。
優美は一瞬で炎に包まれた。
優美の透きとおるような白い肌が、みるみる黒く焼かれていく。
「助けてーッ! わたしの悪魔……」
優美の叫びは、炎のなかに吸いこまれるように消えていく。
リーネは陽菜をかかえて、外へ逃げだした。
まもなく、山小屋全体から炎がふきだす。
「陽菜。陽菜……しっかりして」
背後で声がした。
「その子は、もう助からない」
聞きおぼえのある声。
「あなたが悪魔だったの。だから、魔女でもなんでもない優美の魔法が、かんたんに効いたんだね。魔法をかけられたふりをすればいいだけだもんね」
ふりかえると、神崎先生が立っていた。
神崎先生はメガネをはずし、炎のなかへ、なげこむ。
「若い子の魂は美味なんだよ。人間だって、子羊の肉が好きだろう?」
「契約不履行じゃない。優美はキレイになる前に死んだ」
「私は女の子たちのキレイなとこを集めて、すばらしい美少女を作ってあげると約束しただけだよ。それが、あの子のものになるとは言ってない」
神崎先生は、おもしろがるように笑っている。
オレンジ色の炎にてらされて、女性のように麗しいおもてが、ますます妖しく見える。
「その
「どうもしない。なんなら、君にあげようか?」
「わたしは、いらない。でも——」
「でも?」
「その体を陽菜にあげて」
「ほう」
悪魔は真顔になって、リーネを見直した。
「それで、その子を助けるつもりか? だが、人形には、まだ足りないパーツがある」
「足りないパーツ?」
「目だよ。優美は言っていたんだ。両目は——リーネ。君の青い目が欲しいと」
リーネは息をのんだ。
悪魔が、ふたたび笑う。
「君にできるかな? 友達のために、自分を犠牲にすることが」
陽菜のために、自分を犠牲にする。
陽菜の夢。
リーネの夢。
「できるよ。わたしの目をあげる」
「いいだろう。契約成立だ」
悪魔が笑い声をあげる。
でも、高笑いするのは、悪魔だけじゃない。
「おまえは、わたしとの契約をやぶることはできない! 今夜は満月。この学園をかこんで、魔法陣を描いておいた。古き盟約により、わたしはおまえを使役する。わが名のもとに、ひざまずけ! 魔よ! わたしの夢を叶えるがいい!」
リーネが嫌われてきた原因。
祖母ゆずりの不思議な力。
母には、この力はなかった。
何百年も前から代々、受けつがれてきた魔女の力。
リーネは一族最後の、そして最強の魔女。
悪魔は巨大な魔法陣のなかに封じられた。
おそらく百年は、ここから逃げられない。
なにしろ、最強の魔女が、全身全霊の魔力をふりしぼったのだから。
(……陽菜。幸せになってね。わたしは、いつでも、あなたのそばにいるよ)
もう目が見えない。
リーネは静かに大地にしずみこんだ。
*
木枯らしが吹きすさぶ。晩秋。
赤や黄色にそまった枯れ葉が風に舞う。
学園のまわりをなんとなく歩く。
あの惨事から一年。
今でも不思議だ。
なぜ、こんな結果になったのか。
美輪の芸術品のような手。
香里奈の長い足。
摩耶の黒髪。
優美の透きとおるような白い肌。
陽菜の美貌。
そして、空のように青い瞳。
そのすべてをそなえた精霊のような美少女。
この体は、陽菜のものになるはずだった。
だが、目ざめたとき、わたしは、この体のなかにいた。
わたしの体のなかには、陽菜が——
そう。それが、おたがいの夢だったから。
わたしは陽菜の幸福を。
陽菜は大好きな人と一つになることを。一つになって、ずっといっしょにいられることを、願った。
今では、わたしは陽菜と呼ばれている。
陽菜は、わたしの名前で。美月リーネと。
この魔法は、二人だけの秘密……。
了
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