第1話 魔女のみる夢 その二十二
「青蘭ッ!」
その部屋に龍郎がかけこんだとき、青蘭は体の自由がきかず、意識も明瞭でないようだった。
だが、龍郎の声を聞きわけ、かすかに自分をつれさろうとする男に抗うそぶりを見せた。
ようやく、青蘭の匂いを追って、この場所をつきとめた。部屋のぬしの総支配人は床に血みどろになってころがっている。
「やっぱり、おまえが魔王だったんだな! 鏑木。さっき現れたときに負っていたケガは、おれがおまえをなぐったときの傷だ」
青蘭と抱きあっている鏑木を見て、龍郎は嫉妬から彼の頰をなぐった。悪魔に苦痛をあたえる玉の力の宿る右手で。だから、花凛のいた部屋に現れたとき、魔王は頰に火傷を負っていた。
そして今、鏑木のその傷は、さらに広がっている。顔面のほとんどが焼けたゴムのようになって、ダラリと床までたれさがっていた。まとっている制服で、かろうじて鏑木だとわかる。
「青蘭をどうする気だ? 青蘭を放せ!」
「忌々しいエクソシストめ……私をこれほど痛めつけたのは、この一千万年でおまえが初めてだ。褒めてやろう。しかし、青蘭はもらっていく。魔女を殺せば、私を縛る契約はなくなり、魔界へ帰れるからな」
「そんなことさせるか! 青蘭、しっかりしろ!」
「おまえは彼に嫌われているのだろう? 寝てもらえないくせに。見苦しいぞ」
悪魔はどうやってか、龍郎の心を読んだ。今もっとも言われたくないことを、的確についてくる。
「……たとえ、そうだとしても、青蘭のことは、おれが守る」
「小賢しい。影のときのようには行かぬぞ!」
口では言うが、魔王は傷ついたことで、かなり体力を消耗しているようだ。青蘭をかかえたまま、部屋から逃げだそうとする。あまり戦う力が残っていないのかもしれない。
しかし、逃げ足は速い。
危うく龍郎のわきをすりぬけ、ドアをくぐろうとする。龍郎はとっさに、青蘭の腕をつかんだ。
「青蘭!」
「たつろ……さ……」
ぼんやりした目つきで龍郎をながめる。
「もうい……ほっといて……」
魔王が哄笑した。
「どうだ? 聞いたか? 姫君はおまえの助けなど欲しくないそうだ。青蘭。おまえも忘れられないのだね? あの甘美なときを。行こう。愛しい青蘭。地獄で愛しあおう」
魔王のとけくずれた顔が、青蘭の美しいおもてに近づく。そろそろと長い舌が伸びて、青蘭の唇をなめた。
青蘭の口から甘いうめきがもれる。
悪魔に快楽をあたえるあの玉が、ほのかに輝く。
龍郎は必死に、青蘭に呼びかけた。
「青蘭! 嫌なんだろ? ほんとは地獄なんて行きたくないんだろ? だったら、抵抗しろよ。おれが助けるから。おまえも戦え!」
青蘭の瞳から涙が盛りあがる。
泣きながら、青蘭は今ではない時をながめているようだった。
「あなたは……嘘つき……」
「嘘じゃない! もう言わないって言ったけど、前言撤回だ。何度でも言うよ。おまえが好きだ! 愛してるよ」
ゆっくりと、青蘭の視線が龍郎の上になげかけられる。
それは捨てられた幼子の目だった。
「だから、嫌い……あなたは、僕の心をかきまわす。僕のなかに、入って……くる」
「青蘭……」
それは、青蘭も龍郎のことが気になっているということではないのか?
それだけ聞けば充分だ。
龍郎のなかに力が湧きあがってくる。
つながれた二人の手から光が発した。青蘭の玉と、龍郎の玉が共鳴する。
魔王は細い悲鳴をあげて砕け散った。キラキラときらめく光の粒子となって、青蘭の口に吸われる。
「龍郎さん……」
青蘭が龍郎の腕のなかへ崩れおちてくる。優しく抱きとめると、青蘭は微笑んだ。
「あなたほどヒドイ嘘つきは、初めて」
「だから、嘘じゃないよ」
今はそれでも良しとしよう。
青蘭を抱きしめながら、龍郎はそう思った。
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