第1話 魔女のみる夢 その四
*
翌朝。
龍郎は朝八時に青蘭とわかれ、聖マリアンヌ学園へと案内された。案内は昨日の鏑木というポーターがしてくれた。
「どうぞ。この扉の向こうが学園です。ここからは学園の生徒か保護者、関係者しか入ることができません」
そう言って、鏑木はオークの両扉を示した。
鏑木が扉をあけると、そのさきには霧にけむる中庭のなかに、長々と続く屋根付きの渡り廊下があった。百メートルはあるだろう。
聖マリアンヌ学園はその渡り廊下で、ホテルとつながっていた。
「ホテルの客は保護者だから問題ないだろうけど、全寮制の女子校とホテルがつながってるなんて、なんか、あぶなっかしいなぁ」
「防犯カメラもついておりますし、オートロックになっております。ホテルのルームキーか学生証、教員の身分証がなければ鍵をあけることができません。通行に使用された身分証はコンピューターに記録されております」と、鏑木は説明してくれた。
「なるほど。部外者は通れない。誰かが通ったとしても、その人間の身元がわかるわけか」
まあ、それなら問題はないのかもしれない。この渡り廊下を見て、あるいは消えた生徒は父兄の泊まる客室に遊びに行っていただけではないかとも考えたが、どうもそうではないようだ。
「では、私はここまでしか行けませんので、あとは本柳さまお一人でお願いいたします。あちら側から迎えが参ります」
「ありがとう」
鏑木と別れて、一人で渡り廊下にふみだした。
廊下は柱廊になっている。等間隔にならぶ白い柱の数を数えながら歩いていると、なんだか中世の修道院にでも迷いこんだような心地になる。
百メートルは長い。
廊下のすぐ外に腰の高さで刈りこまれた植えこみがあるため、道をそれて庭へ出ていくには、かなり不便だ。しかも植木は柊だ。葉っぱが服にひっかかる。なので、おとなしく廊下のさきへ歩いていく。
ようやく、校舎側についた。
廊下の端は
壁にすえつけの白い石のベンチがあったので、そこにすわって待っていると、まもなく扉が向こうからひらいた。
「あなたが本柳龍郎さんですか? 社会科教諭の?」
そう言って顔を出したのは、若い女の先生だ。さすがミッション系の学校だ。とても美人な教員の瞳は鮮やかななスカイブルーだ。
「はい。よろしくお願いします」
龍郎が頭をさげると、美人は自己紹介した。
「わたしは
「わかりました。不慣れですので、ご教授いただけると嬉しいです」
白石先生は年齢は二十五、六くらいだろうか。
龍郎が頭をさげると、くるっと背をむけて歩きだした。
ちょっと、おどろいた。
企業の面接官のおじさんにはウケが悪かったが、若い女の子には、物心ついてからというもの無条件に好かれてきたのだ。そっけない態度であしらわれたことが、これまでなかった。
女性教諭で数学担当というのも珍しいし、クールでカッコイイ。
青蘭に惚れてなければ、惹かれたかもしれない。
(めちゃくちゃスタイルいいなぁ。足長いし、モデルみたいだ)
一・五メートルほどあとについていきながら、スーツのタイトなスカートから伸びる足と、彼女が歩くたびに浮きあがるお尻の形に、しばし見とれた。
そう言えば、青蘭の尻の形には見入ったことがないのに、女の尻には目が行くのか。やっぱり自分は男なんだなと、なんだか情けなくなる龍郎だった。
そのあと、校長室に案内され、校長から身分証を渡された。それを首にかけると、龍郎もいちおう教員らしく見える……はずだ。青蘭が特注すると、朝には龍郎にピッタリのスーツが用意されていたので、今日はそれを着ている。靴もピカピカの革靴だ。
校長の印象は薄かった。
シスターの服装をした小柄なおばあちゃんだ。いかにも人がよさそうで、生徒の行方不明には、まったく関係ありそうにない。
「とりあえず、今からホームルームです。あなたを生徒たちに紹介しますから、来てください」
そう言われ、ふたたび白石先生についていく。
校舎のなかは外観よりモダンな建築様式だ。天井が高く、いかにも金持ちの女子校らしい品位がある。
校長室は一階にあったが、一年A組の教室は二階だ。
廊下を歩いているとき、男とすれちがった。服装から言って、神父だとわかる。
なぜかわからないが、その男を見たとき、龍郎はハッとした。
たしかに、かなり美形だ。長い銀髪をうしろで縛り、ブルーグリーンの双眸が、やけに人目をひく。身長は龍郎と同じか少し高い。アングロサクソン系だろうか? 年齢はおそらく、三十代のなかばから四十にかかるくらい。
(なんだろう。この男。イヤな感じがする……)
イヤなというより、正確には不安を呼び起こす感覚。胸の奥がザワザワして、平静でいられなくなる。
(どこかで……会ったかな? こいつ)
龍郎がながめていると、
「新任の先生ですか?」と、男は
「はい。本柳さん。社会科の先生です」と、白石先生が答えた。
龍郎は頭をさげる。
「よろしくお願いします。本柳です」
「よろしく。私はセオドア・フレデリック。ごらんのとおり、神父です」
「どうも」
握手をかわして別れたが、龍郎の気持ちは落ちつかなかった。
それは、予感のようなものだったのかもしれない……。
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