第1話 魔女のみる夢 その二



 聖マリアンヌ学園で起きている不可解な出来事。

 一、夜中に生徒が消える。

 二、消えた生徒は数日後に戻ってくる。

 三、消えた生徒はいなくなっていたあいだの記憶がない。


「——というような異常が続いているらしいんです。あと、ホテルのほうにも噂があって」


 龍郎は前を見て運転しながら、たずねる。

「どんな噂?」

「そのホテルは祖父が日本に来たときに、よく宿泊に使っていた場所なんですよね」

「おまえのおじいさんって、日本に住んでなかったの?」

「祖父はアメリカ人です。祖母はノルウェー人。祖母に瓜二つだった美人の母が、日本人の父と結婚して生まれたのが僕。父は婿養子だったんですよね」

「へえ」


 まあ、青蘭という名前を聞いたときから、なんとなくインターナショナルな感じはしていた。

 青蘭の肌の透きとおるような白さと、絹のようなめらかさは、西洋と東洋の血の結合がもたらしたのだと納得する。


「じゃあ、青蘭も外国で育ったの?」

「いいえ。僕はずっと……病院にいましたから」


 そうだった。青蘭はあの火事で大火傷を負った。長いこと入院していたのだろう。


「ごめん」


 配慮のたりなさを謝罪したが、青蘭はその話題にはふれなかった。あまり語りたくないのかもしれない。


「そのホテルは祖父のお気に入りだった。だから、祖父の隠し財産がどこかにあるんじゃないか、という噂があるんです。あるのなら探してみたいっていうのもあって」

「そうだよな。おじいさんの財産だもんな」


 たとえ数兆円の資産があったって、お金は腐るものではないし、と龍郎が考えていると、


「そうじゃないんです。祖父の隠し財産というのは、資産的な価値はないんです。ただね。祖父は趣味で変な骨董品を集めていたんですよ。聖骸布とか聖杯とか、オーパーツとかね。そのなかに、賢者の石があったって」


「えッ? 賢者の石?」


「そういう話ですね。もちろん、ほとんどの収集品は偽物だと思うんです。ただの金持ちの道楽だから、真偽を見きわめることなんてできなかったでしょうからね。

 でも、現に僕のなかに賢者の石の一つがある。アンドロマリウスが僕のなかに埋めこんだ賢者の石。おそらく、それは祖父のコレクションだ。だとしたら、ほかにも同じような玉があるかもしれない」


「なるほどね。それは気になる噂だな」


 賢者の石は三つあると青蘭は言っていた。青蘭のなかに一つ。龍郎のなかに一つ。ということは、残り一つがどこかに存在しているはずだ。


(まあ、おれのやつは欠けてるんだよな。ばあちゃんが、そう言ってた。欠けて一部しかないって)


 そんな話をしながら、車で北上していく。M市からY県までは、高速を乗り継いでも半日以上かかる。途中の道の駅で休憩しながら、Y県に到着したのは夜もかなり遅い時間だった。


「ああ。げっそり。一か月ぶんの運転した気分だ」

「もっととばせばよかったのに」

「何言ってんだ。こんな山道、とばせないよ。高速じゃないんだぞ。ほんとにこんなところに、そんなホテルがあるのか?」


 日が落ちて真っ暗な山奥。細い道がグルグルと蛇行する。雪もうっすらと道脇に積もっていて、龍郎は自身の未熟なドライビングテクニックに、じゃっかんの不安をおぼえる。

 はっきりと精神的な疲労を感じ始めたころ、ようやく、その建物が見えてきた。

 青蘭が嬉しそうに指をさす。

「あった。ほら、あそこ」

「ああ。あったな。和風の妖怪っていうよりは、西洋の悪魔が出てきそうなやつが」


 門の前まで乗りつけると、手入れの行きとどいた広い前庭のむこうに、いかにも一流ホテルというたたずまいの豪華な建物が見える。

 こんな辺鄙へんぴな山のなかに、とつじょヨーロッパの古城のようなホテルが出現し、別世界に迷いこんだような心地になる。

 もともとあったお城をホテルに改装しましたというのならわかるが、もちろん日本国内にこんな西洋の城が中世から建設されているわけがない。少なくとも明治以降のものだろう。


「こんな山のなかに高級ホテル造って、客が来るのかな? 観光地でもなんでもないんだろ?」

「祖父が自分のために建てたらしいです。ホテルというより、別荘をかねてたんですよ」

「なるほど」


 問題の学園は、ここからは見えない。

 今は保護者専用になっているとは言え、いくらなんでもホテルのすぐ近くに男子禁制の学園があるはずもない——と思っていたが、これは龍郎の読み違いだと、のちになってわかった。

 聖マリアンヌ学園は、ホテルのすぐ裏手に隣接していたのである。


「保護者しか泊まれないんだろ? おれたち入れてもらえるの?」

「問題ないと思うよ。総支配人はおじいさまのころと同じだから」


 おじいさま、か。

 ほんとに王子さまだな。

 恵まれた環境に生まれてきたのに、なぜ青蘭はこれほどまでに数奇な人生を送ることになったのだろうか?


 そんなことを考えているうちに、美しいレースの透かし編みのような鉄の門扉が、オートマチックにひらいた。門に防犯カメラが仕掛けられているに違いない。


 悪魔のひそむ(かもしれない)謎の学園。古城のようなホテルに隠された大富豪の財産。それも、賢者の石。


 なんだか、龍郎は武者震いがしてきた。

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