第17話 同居人と捜索5

「見つけました!」


 そう叫んで飛び込んだのは、家からそう遠くはないラブホテルの一室。

 聞き込みをしていた際に、偶然にもそれらしい姿を見たという人の案内で、なんとかここまでたどり着くことができた。


 しかし——。


 扉の先にいた蓮見さんの姿はあまりにも酷く、ほとんど裸に近い状態。

 着ていたはずのジャージや下着は、あちこちの床へと散らばり、あられもない姿のまま、ベットの上へと押し倒されている。


 しかも蓮見さんを押し倒している男。


 髪は金髪で耳にはピアス。

 顎髭を生やしているその姿は、いかにもという感じの雰囲気。


「あぁん? 誰だてめぇ」


 おまけにそいつは、俺に向かってガンを飛ばしてきている。

 その形相を見る限り、この男は間違いなくヤンキー。

 今まで何人もの人を殺めてきたような、恐ろしい顔つきをしていた。


「突然入ってきて何の用だぁ?」


 蓮見さんにまたがっていた金髪野郎は、おもむろにベットから降りた。

 そしてオラついた態度のまま、ドアの前にたたずむ俺の方へと向かってくる。


 ——やべぇ……結構こえーなこれ……。


 相手の目を見ればわかるその殺気。

 このままだと間違いなく俺はこの男にぶん殴られる。

 確証はなくとも、それを確信することはできた。


「てめぇ、俺の邪魔したってわかってんだろうなぁ。あぁん?」


 徐々に詰めてくる俺との距離。

 一歩一歩近づいてくるごとに、俺の気持ちも少しずつだが後ろに。


 でも——。


 それでも俺は、ここから逃げ出そうとは思わなかった。


 どんなに相手が恐ろしかろうと。

 どんなに自分が脅えようと。


 今の俺にとって、逃げ出すという選択肢自体が存在し得ないものだった。


 もちろんそれは蓮見さんを助けるため。

 未だ部屋の奥で怯える彼女を、見捨てることなんてできやしない。

 

 1人の男として。

 いや、彼女と共に暮らす同居人として、必ず蓮見さんは連れて帰る。

 その想いだけを頼りに、俺はすくんでいた足を一歩前に出した。


「あぁん? なんだやんのか?」

「そ、その人を返せ。彼女は俺の同居人だ」

「同居人だぁ? んなもん知るかボケェ」


 よし、ちゃんと声も出る。

 これならなんとかこの状況を打破できるかもしれない。


「突然邪魔しといて何ぬかしてんだよこらぁ」

「いいからそこをどけよ。通れないだろ」

「あぁん? てめぇいい度胸してんじゃねぇか」


 と、俺が強気の姿勢を見せた瞬間。


 俺の頬に焼けるような痛みが走った。

 と思ったら、俺の首は勢いよく90度右に捻じ曲げられる。


「どうした、このクソザコ」


 煽ってくる金髪野郎。

 俺は痛みをこらえながらも、傾いた首を元に戻す。


 ——ちくしょう……。


「俺の拳はいてぇーだろ? あぁん?」


 確かに今の拳は痛かった。

 痛かったけど、それでも我慢できないほどではなかった。

 もしかしたら俺の感覚が少し鈍っているのかもしれない。


 だとしたらそれはラッキーだ。

 今のうちにこいつをなんとかして——。


『バキッ』


 今度は逆の頬に痛みが走った。

 またもや俺の首が勢いよく捻じ曲げられる。


「オラオラどうしたぁ? もう終わりかぁ?」


 腹立たしい言葉を前に、俺は痛みを捨て相手を睨みつけた。

 しかし容赦のない金髪野郎は、それでも俺を殴るのをやめない。


 二度目が来たかと思えば三度目。

 三度目が来たかと思えば四度目。


 何度も何度も頬を殴られ続け、俺の頬には焼ける様な痛みが続く。

 バキッバキッという鈍い音と共に、俺の首は左右に揺れ続けていた。


「オラオラオラオラァァ……!」


 回数にして約10回ほど。

 随分と長い間殴られていた気がする。


 それでもこうして立っていられるのは、俺が我慢強いからか。

 それとも単にこいつのパンチが弱かっただけか。

 

 まあどちらにせよ、この程度の痛みなら何の支障もない。

 多少出血しているようだが、後で絆創膏ばんそうこうでも貼ればすぐに治るだろう。


 ——さて。


 ところでどうしてやろうかこの金髪。

 今はだいぶ余裕そうな態度をとってやがるみたいだが。

 ここは一発お返しでもしてやろうか——。


「あぁん? まだやる気かよ」

「……当然だ。あの程度で俺がくたばるわけないだろ」

「そういう割にはてめぇ、随分と可哀想なツラしてるな」


 そう呟いた金髪野郎は、傷を負った俺の顔をまじまじと見つめる。

 すると何やらお気に召したらしく、突然ケラケラと笑い始めた。


「キャハハハッ! なんだその顔! よく見るとおっもしれぇぇ!」


 その笑い声は、よくドラマの悪役にありそうな下卑た笑い。

 しかし奴の笑い声は、そんなドラマのものなんかよりも遥かに腹が立った。


 ——何がおもしれぇんだよクソが……。


 無性にあいつを殴りたい衝動に駆られる。

 自然と手にも力が入り、気づけば俺は拳を握っていた。


「ほらほら、来いよ」


 それに気づいたのか、金髪は手招きし俺を煽ってくる。

 その表情と立ち振る舞いが妙に腹立たしく、俺の怒りを増幅させる。


「どうしたよ。ビビってんのか?」


 殴ってはいけない。

 そんなの当たり前のことだとわかっている。


 ただ今だけはそれが正しいとは思えない。

 こいつを一発殴らなければ、いつか後悔するような気がするから。


 奴は蓮見さんをあんな目にあわせ、俺を好き放題殴り続けた。

 そんなクソみたいな奴を放って置くくらいなら、今ここで舌を噛んで死んだ方がよっぽどマシだ。


 それに俺の我慢の壁は、とうの昔に崩壊している。

 できるだけ優しくするつもりだが、それでも痛かったら勘弁だ。

 流石に思いっきりはまずいから、鼻の骨を折るくらいで許してやる。


「歯、食いしばれよ」

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