第101話 竜玉
時は
「これが
「そうです、それが俗に竜玉と呼ばれるものです」
その場所は不思議な空間だった。
封印の間から長い長い階段を登った先に待っていたのは真っ赤な溶岩に包まれるように存在する半円状の巨大な部屋。
透明な壁で覆われているらしく、周りを流れる溶岩は一切部屋の中には入ってこない。
そして熱も感じない。
その部屋の中心部。
石を適当に切り分けて作ったかのような台座の上にその玉は存在した。
大の大人が手を回せば届くほどの大きさの赤く輝く球体。
その中を覗くと、紅蓮の炎が渦巻いているのが見える。
「凄いものだな。いったいこれはどういう仕組なのだ?」
「その竜玉の中で渦巻いている炎をよくご覧ください」
「ん? 何が在るんだ?」
ルーティカ皇太子がイグルナウスの言葉を受けてもう一度竜玉の中を覗き込む。
「ただ炎が渦巻いているだけじゃな……うわあああああっ」
ルーティカ皇太子が目を凝らして見つめていた竜玉の中心に突然大きな『目』が出現し、覗き込んでいた彼を睨みつけたのだ。
思わず飛び退き腰を抜かしてその場に座り込んでしまった皇太子を、イグルナウスが優しく立ち上がらせる。
「な、な、な、なんだあれは!」
「驚かせてしまってすみませんでした。あれは
「
狼狽する皇太子をなだめるように優しい声でイグルナウスは答える。
それはまるで赤子に語りかけるように。
「殿下、
「どういうことだ?」
「竜族の王の一柱である
皇太子は、恐る恐るもう一度
先程確かに存在した
「ということはこの竜玉とやらは
「その通りです。さすが皇太子様、理解が早い」
「世辞はよい。それよりも、なぜ勇者共はそんな
イグルナウスはそんな皇太子の言葉に少し眉根を寄せる。
一国の跡継ぎたる者がそんな事も知らないのか。
彼のそんな心中がすこし顔に出てしまっていたのだ。
だが、深く漆黒のローブを被った彼の顔は皇太子からもわずかにしか見えない。
むしろ彼の背に隠れるように立っているフォーリナのあからさまにバカにしたような顔が彼から見えなかったのは幸いだ。
「竜族の魂というものが強大な魔力を秘めているのはご存知でしょうか?」
「ん? ああ、そういえば昔父上から聞いたことが在るが、それがどうした」
「竜玉に秘められた魔力というものは、普通にそこら中を知性の欠片も見せずに飛び回っている竜の竜玉ですら、開放されれば小さな村一つ壊滅できるほどのものなのです」
「なに!? それほどのものなのか! とすると……」
皇太子は眼の前の巨大な竜玉を見つめて息を呑む。
「勇者たちが
「あ、ああ。存分に理解したぞ」
イグルナウスはその言葉を聞くと皇太子に先程までと同じ様な声音で告げる。
「殿下、
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
この期に及んで怖気づく皇太子に少し苛立ちを覚えつつも、表面に出さずイグルナウスは大きく頷く。
「勿論でございます殿下。そのためにわれら一同がここにいるのですから」
イグルナウスが片手を軽く上げると、竜玉を囲むようにキーセット公爵を始めとする貴族たちが整列し、皇太子に深く頭を下げる。
「我ら一同、命を掛けて御身をお守りいたします」
最後にイグルナウスが深々と頭を下げる。
「殿下、今こそ
「「「おおおーっっ!!」」」
イグルナウスが大きく拳を突き上げると、それに呼応するように貴族たちも腕を突き上げ、広い空間に男どもの地鳴りのような雄叫びがこだまする。
「あつくるしいわね、まったく。お母様、少し下がっていましょう」
「……」
部屋の隅までいつの間にやら移動していたフォーリナが、母のナリザを連れて階段脇まで移動する。
その姿を目の端で確認しつつイグルナウスは一歩前に進み出る。
「さぁ殿下。あの忌まわしき楔を解き放つのです」
イグルナウスの瞳が黒く輝く。
同時、今まで怯えた表情を見せていた皇太子の瞳から不安が消え去る。
ルーティカ皇太子はそのままイグルナウスに背を向けると竜玉の前まで歩み寄ると、懐から肘の長さほどの短剣を取り出す。
それは王家に伝わる封印の聖剣。
かつて存在した勇者が、もしもの時に
本来なら封印を解くために使うものではないそれを、皇太子は竜玉に巻き付いた魔力の鎖に向けて大きく振り下ろす。
ガキーン。
硬質な音と共に、竜玉に巻き付いていた最後の封印が砕け散った。
「ウヴォアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアッ」
突如の雄叫び。
それは竜玉の前に立つ男から発せられたものであった。
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