第99話 解き放たれた炎
竜の力の源である竜玉。
実物は現公爵であるフィルモア公爵も見たことはない。
前回この部屋に来た時は、あのペンダントの継承をしただけだったのだから。
「おお、遂に竜の力が俺の物になるのだな!」
「さようでございます。あとは殿下のその宝刀でこの先に在る焔龍の核である『竜玉』を縛る戒めを切り落とし、それを殿下の御身に宿らせれば……」
「しかし竜の呪いとやらは本当に大丈夫だろうな?」
「もちろん、それについてはキーセット公爵様方が抑える算段となっております」
イグルナウスのその言葉に、先程まで人形のように固まっていたキーセット公爵とその取り巻きが戒めを解かれたかのように動き出すと皇太子の前に跪く。
「お前ら、たのんだぞ」
「御意に」
「お任せください、わが王よ」
皇太子の言葉に次々と返答を返す。
その姿をフィルモア公爵はただ見つめることしか出来なかった。
先程までは動かせていた口も動かなくなり、また頭に靄がかかり始めていた。
そして勝手に体が動き出そうとする。
今、彼はその力に抗うだけで精一杯であったのだ。
「では行くぞ」
皇太子のその言葉とともに階段を上がっていく一同。
最後に残ったのはフィルモア公爵とイグルナウス、そしてフォーリナの三人だけ。
「まったく強情ですわね」
「ここまで耐性が在るとは思わなかったな」
「どうする? ここで始末しちゃう?」
物騒なことを口にするフォーリナをイグルナウスは軽く笑って押し止める。
「別に今更邪魔になるわけでもあるまい。『贄』もあやつらで十分足りている」
イグルナウスはそれだけ口にすると、階段に向けて歩みを進める。
その後を小さな歩幅で慌てて追いかけるフォーリナ。
「まってよお父様」
その言葉を最後に二人の影が階段の上に消えると同時。
ゴゴゴゴという音と共に、左右に分かれていた祭壇が元の位置に戻り、階段が閉ざされる。
「ぐはぁっ」
道が閉ざされたおかげでイグルナウスの呪縛が弱まったのか、全く動けなかったフィルモア公爵がその場に崩れ落ちる。
「奴らを止めないと……」
心は今すぐにでももう一度扉を開き、彼らの後を追わねばと急かす。
だが、その体は鉛のように重い。
「私一人では無理か」
公爵はそう思い直すと、ふらつきながら封印の間の外へ向かう。
封印の間の外には部屋を守るための近衛が居るはずだ。
その者たちに声をかけ、助力を請うしか無い。
もう、間に合うとは思えなかったが、僅かな可能性にかけるしか彼には術はなかったのだ。
だが彼のそんな僅かな希望は、突然城中に。
いや、街中に響き渡った咆哮により打ち砕かれたのだった。
「封印が……完全に解かれてしまったのか」
彼の顔が絶望に彩られた瞬間。
封印の間の屋根が轟音を立てて崩れさった、
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「次に目が覚めた時、私の周りは瓦礫にまみれ、見上げると天井も無くなっていました」
フィルモア公爵自身は、かすり傷程度しか負っていなかったらしい。
ただ、暫くの間、頭の中がぼやけた状態で意識が安定しない状況が続いていたという。
その間にも騒ぎを聞きつけた近衛兵や城の者が謁見室にやって来て彼に声をかけたが、それに答えることも出来なかった。
「目が覚めると医務室でね。目の下にクマと涙の跡を付けた妻が私の顔を覗き込んでいたのを覚えているよ」
医務室に運ばれる途中でまた意識を失った彼が、次に目覚めたのは医務室のベッドの上だったそうだ。
「他の人達はどうなったんですか?」
封印の間のその先。
階段の上に向かったキーセット派の貴族、ナリザ、フォーリナ。
それとイグルナウスという謎の黒尽くめの男。
彼らは一体どうなったのだろうか
「それはわからない。封印の間から竜玉が封印されていた山の中へ向かう道は完全に崩れ去っていて、誰も入ることは出来ないらしいんだ。ただ……」
「ただ?」
公爵は一旦口ごもったが、エリネスさん達を一瞬見てから話し始める。
「今では完全にあれは偽物だとわかってはいるんだけどね。私の他に瓦礫の下から見つかった死体が二体あったんだ」
「それって」
「ええ、私たちの偽物ですわね」
エリネスさんとエレーナがそう口にすると公爵が答える。
「その通りです。近衛の報告によれば、崩れ落ちた封印の間で二人が折り重なるように倒れて亡くなっていたと」
「私たちの偽物の死体はフィルモア様はご覧になられたのですか?」
エリネスさんの問いかけに公爵は小さく頭を振った。
「実は特別に用意された場所に安置されたその二人の遺体なのですが、身につけていたものだけを残して翌日には消え去っていたのだそうです」
「消えた?」
「目覚めた私も呼ばれて確認しに向かったのですが、まるでそのまま体だけ溶けて無くなったように服と装飾品だけ、横たえられていた場所に残っていました」
ホラー過ぎる。
でもここは魔法があり、魔物もいる世界だ。
まだ会ったことはないし会いたくもないが、どうせ腐った死体とかも実在するに違いない。
腐って動き出す前に消えてくれただけマシといえよう。
ゾンビ映画みたいな展開だけは勘弁だ。
「大体私たちが死人扱いされていた理由はわかりましたわ」
エリネスさんはそう言うと「先程の公爵様のお話で気になっていた事がございますの」と続けた。
「気になったことと言いますと?」
「フォーリナの事ですわ」
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