第53話 不思議な種の情報を集めよう!

 次の日の朝。

 朝風呂から出て、昨日と同じ様に食堂で寛いでいると、トルタスさんが迎えに来てくれた。


 今日は朝市に向かい、よさげな野菜の種を買い集めなければならない。

 俺は懐に入れた財布袋を確認してから宿を出た。


 朝市は俺の想像していたよりかなりの盛況っぷりだった。

 大きい広場のそこら中にゴザのようなものが敷かれていて、ゴザの上に置いた商品を通行人に売り込みをかけている人。

 屋台のような簡単な店を作っている商人もいれば、大きめのテントで広めの場所を陣取って何人もの店員を使い商売をしている人もいる。

 中央に作られた簡易な飲食スペースでは、沢山の人達が食事をしながら商談をしている姿も見える。


 そんな中、トルタスさんが俺を連れて向かったのは一畳ほどのゴザの上に小さな袋を並べただけで、売り込みも行っていない深くフードを被ったやる気のなさそうな小男の店だった。

 全く売り込みをしている風でもないのに、時々人がやってきている様子なのは固定客でもいるのだろう。

 そして多分トルタスさんもその固定客の一人と予想できる。


「やぁ、調子はどうかな?」

「ん、順調」


 親しげなトルタスさんの言葉に、その小男は片言で返す。

 少し高めのその声はまるで子供のようだった。


「それはよかった」

「今日もいつものやつ用意してある」


 小男はそう言うと脇に置いてあった大きめの袋の中から店頭に並べられているのと同じ様な小袋を取り出してトルタスに差し出す。

 トルタスはそれを受け取って銀貨を一枚渡し、次に俺を手招きすると、小男に俺を紹介してくれた。


「彼はタクミさんといって、私の命の恩人なんだ」

「恩人? トルタス、野盗にでも襲われた?」

「ええ、それを彼らが助けてくれたんですよ。それでですね、タクミさんたちは野菜の種を求めてこの街にやってきたと聞きまして」

「野菜? どれ?」

「えっとですね、キャロリアとマルカの良い種があればおねがいしたいのですが。なければ他にオススメの物を」

「その二つなら、ある」


 小男は大袋の中をしばらくゴソゴソした後、ゴザの上に二つの種袋を置いた。


「二つで銀貨3枚」


 銀貨なら詰め所で貰ったから十分それで足りる。

 懐の硬貨袋から取り出し小男に渡すと、空いた方の手で種袋を俺に差し出してきたので受け取った。

 少し降ると、中でザラザラと軽い音がする。

 思ったよりたくさんの種が入っているようだ。


「彼女は種に関してはこの街周辺で一番の商人でして、彼女が見立てた種はハズレがないと言われています」

「えっ、彼女?」


 俺はまじまじと目の前のフードをかぶった店主の顔を見る。

 そう言われてみると小男だと思っていたその人物は小柄な女性に見えなくもない。

 顔がよく見えないからわからなかった。



「そんなに種に詳しいんですか?」

「ええ、彼女の知らない種はこの世にないとも言われてますね」


 ほうほう。

 ということは俺の持っているチート種の知識もあるのだろうか?

 いや、さすがにそれは無いか。


 でも万が一って事があるかも。

 一応聞いてみようかな、もし俺がほしいチートの種がこの世界にあるのなら、出来ればそれを手に入れたい。

 そう、俺が欲しい種は――。


「魔力の種って聞いたことないかな?」


 俺が欲しいのは俺のとんでもなく低い魔力を上げることが出来るであろう『魔力の種』だ。

 これからエレーナ達が国に帰ってしまった後、家の中の魔導器具を動かすために絶対に必要になる力である。


「まりょくのたね? 聞いたことがあるような、無いような」


 彼女は頭を右へ左へ傾けながらしばらく考えていたが、突然手のひらをパンッと打ち鳴らすと、フードの奥の瞳をカッと見開く。


「魔力の種、そういえば昔じいちゃんから聞いた事ある。思い出した」 


 えっ、本当に魔力の種とかあるの?

 俺は驚きつつ半信半疑のまま彼女の言葉を待つ。


「うろ覚えだけど、一度だけ不思議な種の話、聞いた」

「うろ覚えでもいいから、覚えている範囲だけでも教えてくれないかな」

「うん、わかった。お客様大事」


 彼女の話によると、彼女の一家は今と同じ様に世界中でいろいろな種を集めて品種改良をし、売って生計を立てていた。

 祖父が若い頃、この国から遠く離れた魔族の村に訪れた時、魔力が上がる不思議な種についてその村の長直々に頼み事をされたらしい。

 鑑定で魔力が上がる種だとわかってるのに育て方がわからない。種の専門家である彼女の一家ならその種を増やすことが出来るんじゃないか。


 その日からおじいちゃん達は自分たちの持ちうる限りの知識を使ってその種を芽吹かせようと頑張ったらしい。

 でも結局その種は芽を出すことはなかった。

 そして、何度植えても不思議なことに腐ることもなく、鑑定しても種としての機能は全く失われていない。

 彼ら一家は一年以上かかって様々な手を使ったが結局何も出来ないままその村を去ることにした。

 結局その種は謎を解ける人が現れるまでその村の御神体として祀られることになったそうだ。

 そんな話を、種の一族唯一の敗北だったと寝物語として彼女は聞いていたとのこと。


「その村の名前は?」

「流石にそこまでは覚えてない」


 これは自分の足で探すしか無いな。


「ありがとう、参考になったよ」

「喜んでもらえたならいい。でも」

「ん?」

「どうしてタクミはその種を探してるんだ?」


 俺はその質問にどう答えようかと頭を悩ます。

 結局ごまかすしか無いな。


「俺って魔導不全症じゃないんだけど、魔力が極端に低くてさ。魔導器具にまともに魔力注入出来るくらいの魔力があればいいなって思ってるんだ」

「だからそんな荒唐無稽な物を探してる?」

「そういうこと。俺も親父から昔そういう魔法のアイテムが有るって聞いたことを思い出してね」

「そうなんだ」

「正直酔っ払ってた親父の作り話だと今までは思ってたんだけどね」


 種売り娘とそんな話を五分ほどしていただろうか、俺の服が後ろからちょいちょいっと引っ張られて我に返る。

 後ろを見ると、ウリドラを抱えたエレーナが少し不機嫌そうな顔で立っていた。

 種娘と長話しててすっかり他のメンツの事を忘れていたようだ。


 と言っても、エリネスさんとトルタスさんの姿は見当たらない。

 どこ行ったんだろう。


「ごめんごめん、暇だった?」

「そんなことはない……ですけど」


 そう言って俺の服の裾をつまんだままそっぽを向く。

 何だ?

 暇じゃなかったとしたら、俺たちの会話に混ざりたかったとか?


「そういえばエリネスさんたちはどこに?」

「お母様はトルタスさんの案内で市場を見て回ってくると行って、何処かにいっちゃいました」

「フリーダムだな。俺も用事終わったからエリネスさんたちに合流するか」

「はい、そうしましょう」


 そう言って俺の服の裾を強めに引っ張るエレーナ。

 そんなに慌てなくても。


「じゃ、じゃあ俺たちは行くよ。不思議な種の話ありがとうな」

「こっちこそ。また情報入ったら教える。そっちも教えて」

「ああ、わかった。それじゃまた野菜の種買いに行くるから」

「待ってる。種好き仲間だから」


 そう言い残しエレーナに引っ張られるように俺たちは種娘の店(?)を後にした。


「ちょっ、エレーナさん、服が伸びちゃうからっ」

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