第6話ここは一つ、里に貢献します!
ルクシオは今、肌寒く粛然とした倉庫の藁の中、しみじみと苦悩していた。
エルフの少女によるカミングアウト。
立て続けに聞いた価値観の相違にルクシオは何も言えなかった。
寝ようとしても寝付けず、脳裏にちらつくエルフ少女の憎悪に歪む表情がどうにもルクシオの心を締め付けてならない。
決して自身が彼女に直接被害を与えた訳では断じてない。
だが、エルフ少女の事に関して、ないがしろにする事などできなかった。
自分でなくとも他の人間がエルフを道具のように扱う事は良くある事だ。
その為、まるで自分が悪いかのような錯覚に襲われ、覚えのない自己嫌悪、罪悪感を感じてしまうからだ。
「ああああああああっ、もう!」
ルクシオは自身の両頰を強く叩いた。
「償いになるかは分からないけど。人間にもいい奴はいるって事を、知ってもらいたい」
ルクシオはエルフ達に少しでも人間の
***
未だ俺のスキルについて抵触していなかったので大凡を説明したいと思う。
まず、スキルとは人が成人すると神から与えられる祝福の事を指す。
一人に一つのスキル。
途方も無い数だけ存在し、有名なスキルなどは養成学校の図書館などで調べられる事が出来たが、やはりそれは星の数ほどあるスキルの末席にすら数えられない。
あっ、ちなみに魔法は一応誰でも習得可能。だがやはり、魔法関連のスキルがあのると無いのとでは雲泥の差らしい。
まぁ、スキルとしての説明はその辺で、俺のスキルは少々特殊で、養成学校の教師達ですら聞いた事すら無い珍しいモノだとか。
まぁ、それなりに鍛錬したので使えはする。
今日はそれを、エルフの里の為に使おうと思う。
と言うわけで、今日は里に来た時気になったとある家屋を訪ねている。
「おはようございます。人族のルクシオです。昨日お話しした件について伺いました」
すると中から妙齢の女性が姿を現した。
エルフは皆端正な顔立ちだと聞くが、昨日と今日でそれを嫌という程実感した。
目の前にいる女性も御多分に洩れず美人だった。
「あらあら、まだ朝も早いのに元気ね。本当にやってくれるの。私としては願ったりかなったりだけど……」
「大丈夫ですよ!任せて下さい。俺は脛を齧るだけの穀潰しでは無い事を証明してやりますよ!」
ルクシオの妙に高いテンションに首を傾げる女性だったが、ルクシオは気にしない。
「よし、早速作業に取り掛かるか」
これからやるのは、家の修理だ。
と言うのも、リベアが里の畑を荒らすついでに、被害にあった家屋がいくつかあるのだ。
何とも傍迷惑な話だが、家が壊れているのに何もしないと言うのは忍びないし、家主が不憫だ。
だから、昨日。
この家の女性に家の修理をさせてもらえないか事前に許可を貰ったのだ。
「……ふぅ〜」
右手の中に空間を作るように握り、力を込める。
すると、徐々にルクシオの右手が淡い青い光を放ち始める。
いつ見ても、神秘的だ。
空間の中で、光は
そして掌に残ったのは、一振りの金槌だった。
「よし、成功!」
これがルクシオのスキル。
【想像構築】
名前の通り、想像したものを世界に構築する。
しかし、これがまた使い勝手が悪い。
まず、想像するには明確なイメージをしなくてはならない。
色、形、素材に至るまで、正確であればあるほど、このスキルは真価を発揮する。
逆に言えば、イメージが甘いと、何だこれ?と言った代物になってしまう。
武器を作ろうにも素材まで詳しく知らないといけないし、大きい物程構築するには時間がかかる。
最初このスキルの説明を神官から受けた時は軽く絶望したがそれでも、まぁ使えない訳ではないから良しとしている。
同じ要領で鍵を構築し、作業に取り掛かかった。
***
「早く早く。来てくださいよ!」
「もう、そんなに急がなくてもいいじゃない。それと、この目隠しとっていいかしら?」
「ダメですよ、それじゃ面白くないじゃないですか!」
作業に取り掛かり約30分。
ルクシオは作業を終え、びっくりさせる為にあのエルフの女性を呼びに行っていた。
目隠しをさせたのは、出来るだけ驚かせたかったから。
この女性の夫は大分前に亡くなっていて、今は一人で生活しているのだ。
孤独は辛いし苦しいだろうから、少しでも明るくなってくれればと。
そう言ったルクシオの気遣いだった。
「まだなのルクシオちゃん?」
「もう少し、もう少しです。……はいストップ。目隠しを取っていいですよ?」
ルクシオの許可を貰い、エルフの女性は目隠しを取り瞼を開けた。
「まぁ!?うそ、こんな短時間で……こんな!」
エルフの女性は驚嘆の声を漏らし、目を瞠目し夢なのかと疑う。
「夢でもなんでもないです。現実ですよ」
屋根には大穴が空き、亀裂の入った大黒柱に辛うじて支えられていた、崩壊危ぶまれた家は、ルクシオの手によって大改造されていた。
屋根の古かった瓦は綺麗な光沢を放つ物に生え変わり、要所要所傷が目立った外壁は見る影もなく、綺麗に生まれ変わっていた。
建物のサイズも、里のどの家よりも大きく立派になり、文化水準が凄まじく向上した都市の様相になっていた。
とても30分で仕上げられたとは思えない完成度だった。
「これ、ルクシオちゃん一人でやったの?」
「はいもちろん。方法は秘密ですが、安全性は保証します。これで、もういつ来るか分からない崩壊に怯えて暮らす心配もいらないでしょう?」
「えっ……えぇ」
あまりの事態に当惑している様子だった女性は、時間が経つにつれ冷静になり、目の端から小さな涙を浮かべた。
「えっ、あの。大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとうルクシオちゃん。とても、とっても嬉しいわ……」
嗚咽しながらも言葉が途切れぬよう紡いだ感謝の言葉で、ルクシオは既に満足だった。
もともと唯の自己満足の為にしたのだ。
こんなんで恩を売ろうだなんて思わないし、欠陥があれば直ぐに修理する所存だ。
それでも嬉しかったのだろう、エルフの女性はひたすらに溢れる涙を手で拭い、ルクシオの手を両手で握ってきた。
他意は無いとはいえ、十分すぎるほどに魅力的で美人な女性に不意に手を掴まれたら困惑ぐらいするだろう。
ルクシオのような筋金入りなら尚更だ。
「えっあの……」
「本当にありがとうルクシオちゃん!ありがとう」
「えとその……どういたしまして?」
「もうッ!なんで疑問形なのよ?」
「いやだって。仕方ないといいますか」
エルフの女性が赤るみがかった頰をぷっくりと膨らませての上目遣い。
これは効く。
ルクシオの初な反応を面白がってなのか、エルフの女性が不敵に笑った気がした。
「私、ルクシオちゃんの事気に入ったわ」
「えっ?」
「ルクシオちゃん……」
「はっはひっ!」
思わず声が裏返り、姿勢を正す。
女性の顔が近づき、口が耳もとへ。
そして……。
「私、独り身なのよ?」
「……なぁッ!?」
ひっ独り身ッ。ここで、それだと!?
ルクシオのとある部分の血が跳ね上がった。
いかん落ち着け、落ち着けルクシオ・クルーゼ。
お前はまさか、妙齢の女性に手を出す気か?
そんな事はしてはならない絶対に。
「あなたなら、私の、あげるわ」
ぷつんっ。
無機質、それでいて、奥底に閉ざされた感情が激流のように奔流し、一線を超えた。
あっ、もういいや。
仕方ないさ。
だって健全な男の子ですし。
寧ろこれに抗えとか、むっ、無理でしょう?
Oh〜、今は亡き両親よ。ミリアよ。
俺、ついに大人に……。
「何をやってるんですか、ルクシオさん?」
「あっ」
背中に悪感が迸り、全身に危険信号が慌ただしく想起する。
が、ここで恨めし本能よ。
ルクシオは恐る恐る、首を回す。
そこには、美しいまでの光沢を放つ銀髪を逆立てる美少女、フィアナがいた。
顔が俯いているせいで表情を確認できないが……正直見たくない。
「ルクシオ様、私というものがありながら!」
「まっ待てフィアナ!話をしよう。何事も話せば解決っ」
「しませんっ!お覚悟を!」
「助けてぇッ〜!」
「あらあら、罪な子ね」
この日、ルクシオは里中を疾走した。
が、狼牙のフィアナに勝てる筈もなく……撃沈したのだった。
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