世界設定Δορουπディエラ地方
隆見ヲサム
第1話 ディエラ地方
隔絶された文化圏
「ディエラ地方(デューラ)」とは南と東を「ディーラ海」に囲まれた「エイドリア大陸」の南西のはずれ一帯を呼ぶ。デューラとは広大という意味のエゼル語デュウラの言葉が変形したものとも、カーゴ人の無限をあらわすダイラが語源だとも言う。
この地方の北は「レムディーク内海」が広がっているが厳しい冬に見舞われる魑魅魍魎の生息地帯である(深い深緑の地)「北方暗黒樹海」であるため毛皮や漁獲資源を目的とした武装入植民のキューナ人の部落(エクスプローラーコロニー)が点在しているにすぎない。
この地方から大陸の奥地の西方へ続く道はか細く、ディエラ南部から西へ向かうには磁力とあらゆる魔力の消滅をもたらす不毛の地、「スコープス・ベノン」(蠍毒平原)を越えなくてはならない。この地にもキューナ人が住んでいる。
北部から西へ向かう場合には危険な魑魅魍魎の跋夸する「スティッカ・エルディー大森林」が行く手を阻む。このルートの開拓はエゼル人がとっている。エゼル人は寛大な民族のためか、北から南まで広く分布している。
南周りの西方へ伸びる航海ルートは「コンソゼーシング海(狂気の海)」を通る。このルートもまたスコープス・ベノンと同じ磁力も魔法もなしの危険な航海を強いられる。このルートを好むのはカスタナ人である。南方にとくに分布している。このように文化経済的におよそ隔絶された地方と考えても良いかと思う。実際、どんな民族でもディエラ地方の対外交易は大規模な編成の隊商隊を組んで行われているほどだからである。
この地方での海上貿易はカラナース東方世界のカーゴ人が本領を発揮しているが、武力による制海権を得ている訳ではなく、その優秀な航海技術のためである。他の民族国家は互いに私掠船を出し合い、牽制し合っているからである。
賢者エカイエイ
賢者エカイエイはデューラ地方をこう記している。
「この地は文化と知性と理性の末裔であり、また末端である。そしてまた未開地である。滅びた強大な国家の栄光の影を追う人々が、新しい巨大帝国など生むことはなく、己の身のみを思い、己の身のみの苦しみからの解放を思っている。
「そんな人々の独善から真の力が宿るなどということはないであろう。虐げ合い、殺し合い、罵倒し合い、殴り合い、……それは他人への妬みからきているのだ。これは先人の生み出した運命であり、今すぐにはどうにもならないことである。」
突然の帝国滅亡
魔法文明時代末期にこの地方の南部に発祥し、そこを中心に魔法によって栄えた「エギン統一帝国」が最強の勢力を誇った時代以降、この地方の文明圏全域(当時)を統一した国家は歴史的にはない。「エギン統一帝国」の主勢力圏は現在カスターナ地方と呼ばれている。
その帝国の最後は、突如、蠍毒平原西方に栄えたアグリコルム内陸帝国を滅ぼし遥か西方よりの新興勢力と伝えられる「ハイルダル聖帝国」が大陸奥地を越えて勢力拡大を開始したことから始まる。エギン統一帝国の北方の勢力地域に侵入し一切の和平休戦協定を結ばず、大兵団と軍事魔法術を駆使して激しく交戦を繰り広げた。ハイルダル帝国がこの地方の様々な地域に侵略のための大規模な軍事拠点(要塞あるいは計画要塞都市)を建設、エギン統一帝国はそれを破壊するといった時代が四世紀余りの長きに渡って続く。このときハイルダル側の建設した要塞都市で唯一無傷のままエギン側の手に落ちた街がエイブルサック・シティーの前身となっている。
エギン統一帝国がハイルダル帝国と休戦を含んだ共同協定をはじめて結び、北方辺境の帝国圧政支配への不満から起こった住民蜂起という激しい混乱を収めるために両国が共同で大軍団を送り出したとき帝国時代は終わりを告げていた。大軍団を送り出した後で折しもスコープス・ベノンからやって来た好戦的な蛮族たちの連合軍が、手薄のエギン統一帝国中枢部の都市群に襲いかかってきたことで、南部一帯が次々に炎上して統一帝国の国家機能が麻痺、軍の輸送線が壊滅した。この意外な短期間の大侵攻でエギン統一帝国はあっというまに滅びてしまう。
一方、北方辺境のハイルダル帝国支配地帯にはその皇后の隠し子である息子、ペディオンがその一帯の民族や本国を失ったエギン統一帝国駐留軍の残党と深く結び付いた軍団を率いてクーデターを起こして分裂し、混乱に乗じて現在この地方最大の軍事大国となるペディオン王国を建国する。この王国は後のマルダン共和国および北カスターナ連合王国の支援と大規模経済団体(ギルド)の援助を受けて、一帯を平定しハイルダル勢力と数度の大きな戦いを勝ち進みこれを席巻、その後は他国を侵略すること無くディエラ地方に長い平和とそれに伴う経済上の安定をもたらした。
その後、このペディオン王国の他に、永世中立の都市国家を宣言したエイブルサック公国都市国家、ハイルダル帝国時代の圧政下に北方辺境の古代寺院の廃墟に逃れてきた開拓民が拓いたマルダン共和国が相次いで建国された。旧エギナ統一帝国中枢の地、ディエラ地方南部はスコープス・ベノン平原民族の末裔が領土をめぐり互いに争い合って、戦乱が打ち続いていたが、最終的にはマジ市諸侯王国同盟の結束の下に北カスターナ連合王国が結成された。その後現在に至っている。
駆逐された魔術
魔法文明末期に見られたエギナ統一帝国の魔術は現存していない。その内容が本当に魔術であったのかどうかは不明である。どうやら魔法文明末期の古代国家では、魔術と妖術の対立を認知していなかったという定説に漏れないものであったらしいと思われる。というのはスコープス・ベノンの蛮族たちが当時、文字と魔術を迷信的に恐れていたため大侵攻と略奪のあいだ、やはり焚書によって記録が失われてしまったからで、ここでも貴重な人類の宝が愚行によって虚無へ捧げられてしまったのは残念な事と言うほかない。
しかしこのディエラ地方の傾向として、魔術に対する軽蔑ともつかぬ反感は一般的であって、ただの蛮族の迷信と片付けられるものではない。それはエギナ統一帝国時代に世界の最高文明民族だと誇って我が物顔に振る舞った遠い過去のある少数民族のエギナ民族に対する根強い冷笑的な差別がいまだに残っていることと関係する。この傾向は北方、マルダン共和国に於いて特に顕著である。この差別が存在しないのは唯一、平等思想に煽動されたエイブルサック・シティーだけである。ただし差別はあっても例外として北カスターナ連合王国のうちの幾つかの独立小国家で、宗教と結び付いた魔法術を集成して新流派をなしているというものがある。
迫害を受けるエギナ統一帝国の末裔のエギナ人の中には帝国時代から伝わる独特の象徴魔術が残っているが、彼らは強烈な差別を恐れて自分たちの素性をなかなか明かそうとしない。帝国は魔術の術法の漏洩には神経を尖らせていたため中枢都市以外には魔術が広められたことはなかった。
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