第26話「して?」と恐ろしいセリフを放つコイツ
偶然にも外で出会ったたくみのおかげで、無事に教室にたどり着くことが出来た。もう何日も経っているのだから、いい加減道順を覚えろと自分に言い聞かせたい。
「何だ、晴馬って迷子属性なのか? 珍しくたくみと登校してきたかと思えば、道に迷って泣いていたって?」
「ち、違うよ! 泣いてないってば。道に迷っていたのは確かだけど、泣いていたのは別のことがあって……」
「じゃあ、アレだ。レイケに朝からこき使われて泣いてた。正解だろ?」
「もう、何でカイは俺とさやめをそういう感じで繋げたがるかなぁ……しかも朝から一緒にいる前提で話すなんて」
「知られていないとでも思ったか?」
「え、何を?」
「レイケと一緒に暮らしているんだろ? 俺はとっくに知ってるぞ」
今の今まで学園の誰にも話していないことといえば、さやめが自分の寮に勝手に押しかけて来て、そのまま一緒に住んでいるということだった。
レイケとかいう強大な力とかで、てっきり情報は漏れていないのだと勝手に思っていただけに、カイの言葉にはショックを覚えた。
「な、何で……? たくみもこのことを?」
「いんや、俺だけだな。いや、正確には妹を含んでる。何だよ、妹のことは忘れたのか?」
「……カイの妹? あっ! い、泉ちゃんのことだよね? ごめん、俺、ずっと年下の男の子だと思っていたから、妹って誰のことなのかなって考えていたよ。そ、そっか、泉ちゃんが寮に来ていたんだった」
「最近、レイケと何か進展したんだろ?」
「へ? 何故そんなことを……」
「お前の表情を見ればすぐに分かるし、レイケも教室にいることが増えた気がするからだよ。もしかして一線でも超えたのか? そうだとすれば、泉には諦めもつくんだけどな。どうなんだよ?」
「し、してない! するわけないよ。何で俺がさやめごときにそんなことを……さやめごときにそんな色気のついた話をしても困るよ」
「あ……いや、そ、そうだな。ごめん……俺、席に戻るわ。じゃ、じゃあまたな」
「ええ? な、何でそんな急に謝るの?」
カイからさやめと一緒に住んでいることを聞かれて、知られていただけでも驚いたのに、どうして急に話を打ち切ろうとするのか理解不能だった。その答えは彼女たちの声を聞くまで、全く気付かなかったという俺の落ち度だ。
「大事なことだから二回くらい言う……だったかな? ううん、そうじゃないか。完全に舐め切った奴がほざく無駄台詞だったか。妙義先生は今の発言をどう思いますか?」
「ふむ……
「――え」
「お早う、はるくん。ねえ、わたしを二回も呼ぶなんてどういうことか、聞かせてくれない? ううん、後ろを振り向いて欲しいんだけど、出来るよな?」
「明空。学園に慣れたのは構わぬが、モナカが入って来るのを無視して無駄口を続けるのはどうなんじゃ?」
後ろから明らかに奴の声を感知しているのはもちろんのこと、何故かモナカちゃん先生の声までが聞こえて来るなんて、そんなのは想定外なことだった。
いつものように後ろから聞こえて来るさやめの声だけならまだマシだったのに、どうしてモナカちゃん先生までいるというのか。
「お、おおお……おはようございます。モナカちゃん先生」
「うむ。級友との親睦が深まっておるのは喜ばしいことじゃが、それは悪しき癖じゃ! せめてホームルームには気づけ。よいか?」
「は、はい」
「よい。モナカは、教壇につく。それまでレイケに詫びを入れておくのじゃな」
さやめに詫びを入れる……それはどうしてでしょうか? なんてことを言えるはずもなく、モナカちゃん先生の後ろにそびえ立っていた奴の微笑みからは、冷気しか感じて来ていない。
「おはよう、はるくん? ねぇ、どうしてかな? どうしてわたしを二回も呼ぶのかな?」
「呼んでなんかいない……って、銀色に戻ってる? え、何でお前その前髪……」
「嫌だなぁ……それが、思い出縛りの晴馬……縛り馬くんにとっては都合がよいのでしょう? いつまでも思い出に縛られ馬くん?」
「や、やめろ! そんな変な呼び方をするなっての! し、縛られていないし、縛ってもいない」
「ふ、ふふふ……朝からそんな過激なセリフを放つなんて、晴馬くんは溜まっているのかな? やっぱり揉みしだき足りないのかなぁ?」
「だ、誰が、揉みしだきたいなんて言ったんだよ!」
「こらこら、ここは教室だよ? そんな危ない発言を叫んだら、どうなると思う? 揉み馬くん」
さやめと話していると、いつもは自然と別空間のように、クラスの連中が耳を傾けて来ることは無かった。それなのにさすがに今回の発言は、声を大にしていただけに、カイやたくみはおろか、お嬢まで俺とさやめのやり取りに注目をしていた。
「あ、いや……」
ざわざわといつになく、騒めいている教室。以前までなら、レイケのいる場所だけは見えない世界として認知されていたはずなのに、どうして急に視界が開けてしまったのだろうか。
「晴馬は気づいていないかもしれないけど、レイケは心を決めたの。つまりそれは、特別視されないことを意味しているわけ。頭の足りない晴馬には理解出来るかな? ねえ、あ・な・た?」
朝から色気のある声で近づいて来たかと思えば、奴は銀色の前髪をかき上げながら、俺の眼前に迫って来ている。
「……はるくん、して欲しいなぁ」
「はっ?」
「忘れたのかなぁ? 忘れたなんてまさかそんなこと、言わないよな? 晴馬」
「え、えーと……お、思い出すから時間をくれ」
間近に迫り来るさやめの白肌……ではなく、桃色な唇……でもなく、前髪は何を意味しているのだろうか。
「ふふ、さすがに朝から深すぎる口づけは求めないけどぉ? ここ、学園の中だし。もちろん、揉みしだかれたくないし? ねえ、ソレでも分からないのか? 分からなければ、教壇の前で見せつけてもいいけど? どうするのかな? 縛り馬くん」
レイケなさやめと思い出のさやめちゃんが混在する中、この行為は明らかに思い出のさやめちゃんだ。その行為ですら、学園内……いや、教室でも求めて来るなんて聞いていない。
「忘れたとは言わせないけど? 言ったよな? 晴馬のお部屋で『どこでもいつでも髪に触れられる」』ってほざいていた。忘れたか?」
「あっ……」
「……ねぇ、して」
「し、してやる。それをしたら今の状況を直してくれるんだよな? レイケさんなら」
返事がない……そうですか、早くしろってことなんだ。うぅ、どうして自分はそんなことを言ってしまったのだろうか。ここが教室でみんなが見ている前で、堂々とこんな行為をしなければならないなんて。
「……ん、はるくん」
「こ、これで許してくれるんだろ?」
「そのままキス、して」
「無理無理無理!」
やはり以前と異なるさやめの態度は、周りの連中にも伝わったようでしばらく教室内は騒めいていた。
これは誰の責任? そんなことを思う間もなく、小さな先生は俺の机の上に座って、さやめと同じように俺に迫っていた。
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