第12話「はわぁっ」と可愛い声の年下くん
さやめに構いすぎたおかげでえらい目にあってしまった。授業が始まっていたことを知らせない意地悪い妹のせいで、俺とさやめは先生に頭を下げに行った。
しかしさやめにはお咎めが無く、俺だけがモナカちゃん先生に頭を下げ続ける時間が満載だった。
「はるはわたしをどうかしたいんじゃなかったかな? それなら目の前にあることを一つずつ解決していきなよ。差し当たりはその恋文なんじゃないか? 年下くんから貰ったんなら、その子の心に応えてあげなよ? 結果は後で聞くから、授業には出なくていいよ。特別に部屋に入れていいから好きなことをしてあげな」
言いたいことだけ言い放って行くとか、一方的過ぎる奴め。恋文かそうでないかはともかくとして、そもそもこれをくれたのはお嬢と呼ばれている女子であって、年下くんではない。同性の年下くんから恋文を貰うこと自体がおかしなことだとは思っていないのか?
イマイチ納得の出来ない俺だったが、くいくいと袖を引っ張られていることに気づき、振り返るとまさにその年下くんがもじもじしながら俺を見ていた。授業の時間は共通ではないのだろうか。
「な、何かな? キミはどうしてジャージ姿か聞いてもいい?」
「はいっ! あ、兄者のお好みに合わせてみたんですっ! 兄者が良ければコレをわた――じゃなくて、オレの通常装備にしていく所存です! ど、どうですか?」
何やら変な世界観を持っていそうな年下くん。それと同時に何故か変な奴と思われているのが何とも悲しい。それにしてもよく見ると、サイズの合わないジャージを着ている年下くん。ブカブカで特に、足の裾上げすらロクにされていない。
「えーと、泉くんだったよね? その裾って、買った時に直さなかったの?」
「ひっ! は、はい。そのままですっ! も、問題ですか?」
「うん……いや、そうじゃなくて気になるから、泉くんは授業とか終わりなの? それともサボリとか?」
「さ、さぼっ……ではなく、お腹が痛くて早退を……」
「えっ? 具合が悪いならどこかで休むか、早く家に帰った方がいいんじゃ?」
「こ、これはいつものことで慣れっこなので、平気ですっ! あのあのっ……言いかけたことを言ってください!」
腹痛が慣れているとか、実は我慢強い子なのか。見た感じは男子にしては華奢だし、筋肉もさほどなさそうだし、何かの香りをつけているのか、彼が近くに寄るたびに鼻がくすぐったいんだけど。
「泉くん、俺はとある事情で強制早退をすることになったから、よかったら早退仲間として俺の部屋に来る?」
「ええっ!? あ、兄者のお部屋にですかっ? え、えっと、お着替えセットは必要ですか? それと、お布団はシングル……それともセミダブル……い、一緒に寝ることになりますかっ?」
「へ? いや、泊まるまではさすがに……泊まろうとしているなら誰か家の人に言って来ないとダメだと思うよ? でも、今日に限っては泉くんと一緒にいられることが出来たら、嬉しいよ!」
「はわぁぁっ! どどど、ど……どうしよう。い、行っていいのかな。で、でもでも……あいつに言っておかないと面倒だし……えとえと、兄者! わ、わたし、兄の許可を求めてからにするので、玄関で待っててもらっていいですか? す、すぐに向かいますからっ! で、では!」
「泉くん? ちょっ!」
泉くんの一人称はオレ以外にわたしも使うのか。ということは、躾が厳しいお家柄だったりするのかもしれない。兄もいると言っていたし、相当怖そうだ。
さやめによる強制早退はいいとして、見事に誰も歩いていない廊下で一人呟いているのは寂しさを通り越して、ただの危ない奴としか思えない。玄関で待っててと言っていたが、学園の玄関でいいのだろうか。
「こらっ! 転入早々にさぼり常習? お姉さん、悲しいな」
「え、あっ……美織センセー?」
「ノンノン……その口を今すぐ私の口で閉ざして、口の利き方を教え直そうか? んー?」
「お、お姉さん先生」
「よろしい! それで、キミはこんな誰もいない廊下で何をしているの? もしかしてお姉さんを探していたのかな? 叫んでくれればいつでも晴馬くんの元に駆け付けてあげるのに~」
危険すぎるお姉さんの再臨だ。しばらく見かけないと思っていたのは、恐らく本物の担任でもある、モナカちゃんが出て来たからだと思われる。
「いえ、俺……いや、僕は早退するのでこれから玄関に向かうところで……」
『――誰の許可で?』
あれ、声色が変わった?
「さや……調月です。彼女に許可を貰えたので、それでです」
「ちっ」
「舌打ち……?」
「あ、何でもないよぉ? そう、レイケがそうしたんだぁ? それなら仕方ないかな。今は我慢してあげるね? それじゃあ、気を付けてね~ばいばい」
「はい、さようならお姉さん先生!」
「は? そうじゃないだろ?」
「バ、バイバイ、美織お姉さん」
「うんうんっ! いい子だね」
時々どこからか視線を感じることがあるけど、さやめの他に実は、あの人なんじゃないのかと思うくらいに恐怖を感じてしまった。それは気にしないとして、初めて自分の部屋に友達? を呼ぶことが出来るのは凄く嬉しい。
さやめもたまには気が利くじゃないか。それなら、年下の泉くんとは男同士の親睦を深めるために一泊だけでも泊ってってもらおう。これは楽しみな展開になって来た。恋文は部屋に帰ってから泉くんと一緒に対策を練るのもいいかもしれない。
「――というわけで、遠慮せずに入っていいからね?」
「か、顔認証とか……どうして兄者の部屋だけ最新式なんですかっ? 兄者って何者なのですか?」
「何者なのかは俺も分からないよ……というか、そんなに凄いことかな?」
「は、はいっ! 兄者をますます尊敬しますっ!」
初めて俺の部屋に友達? の男の子を連れて来てしまった。しかし、隣の部屋はもちろんのこと、自分以外の部屋には設置すらされていない完備すぎるセキュリティによほど感動をしたのか、泉くんはずっと純粋すぎる瞳をキラキラさせている。
「と、とにかく中に入ってね……って、その大きなスポーツバッグは?」
「お、お泊りセットを沢山詰め込んできました! と、泊まってもいい、ですよね?」
う、上目遣いな年下男子? 何か可愛いんだけど、何でこんなに可愛いと思ってしまうんだろう。
「お、お邪魔します。わぁっ! み、見事に何も無いんですねぇ……さすが、兄者ですっ!」
褒められている気は全くしないけど、何故か嬉しそうにしているのでよしとしよう。それにしても授業中の最中に、強制早退した俺と腹痛で正当な早退をした泉くん。学園から外に出るまで気が気じゃなかったのは俺一人だけだった。
本当にさやめにそういった特別な許可が出せるのだろうか。さやめの何がすごいのか未だに分かっていないだけに、今回の行動はどういうことになるのか不安で仕方がない。
「あ、兄者……あの、ここの壁は何ですか?」
「何かおかしいかな?」
「壁? え、でも……取り外し式の壁なんて見たことが無くて……」
泉くんの言った通り、よくよく見るとどこかのイベント会場のような、いつでも取り外し可能な壁になっていた。やはり突貫工事なのか、天井の訳分からない模様も継ぎはぎのように見える。
「そ、それはそうと……一緒に寝てくれますか?」
「かっ……」
「か?」
うっかり可愛いって言ってしまいそうになった。俺は理想の妹像から、ショタの方に移行してしまったのだろうか。そんなはずはないと自分に言い聞かせたいのに、胸の鼓動がいつまでもおさまってくれない。
「あっ! そ、それはそうと、恋文をとある女子から受け取ってしまったんだけど、良かったら一緒に見て貰えないかな? 同性の意見を聞いて、その子に返事をしようと思うんだ」
「恋文……ですか? 兄者は何故わた――オレに見せてくれるのですか? その相手とお付き合いをするおつもりが? そ、そんなのは嫌ですっ!」
「へっ? 嫌って……応援はしてくれないのかな? 俺、こういうの貰ったことが無いんだよ。だから恥ずかしながら、同じ男子目線でアドバイスがもらえればなーと」
「ち、違……お、オレは兄者のモノになりたくてっ! だ、だから、その女子に会って欲しくないですっ! オ、オレは兄者のことが好――」
やばい流れに突入してしまう! これは話題を逸らして、何とかお話をする方向に戻さないと引き返せない道へ進みそうだ。
これは極度の緊張がさせている言葉に過ぎない。そう思った俺は、泉くんの華奢な両肩に手を置き、諭すようにしてゆっくりと声をかけようとした。
「い、泉くん……」
「……ど、どうぞ」
どうして目を閉じているのかな? しない、しないよ? 同じ性別でしかも年下男子の泉くんは何故に俺からのキスをお待ちなのかな? しかし肩に手を置いたその行為はまさしく、これからキスしちゃうぜ! な行為そのものなのではないでしょうか。
(クスッ――)
「う? 泉くん、今笑った?」
「わ、笑える余裕なんてないです……ボクじゃないです」
まさかこの不敵すぎる笑いは、見えない壁の向こう側に潜んでいる奴か? それとも天井裏?
「えーと、お、落ち着こうかな。泉くんはコーヒー飲むよね? 淹れて来るね。そこで自由にくつろいでていいからね」
「は、はい……はぁ……待っていますから」
気のせいかオレオレな言葉遣いから、可愛すぎる男の子になっている気がする。なかなか危なかったかもしれない。どうして可愛いと思うのか。そもそも何故にキスを待つのか……まさか初めからそのつもりで?
「はぁ……晴馬センパイ」
「へぇ……? 上手く侵入出来たね。キミ、後輩くん?」
「え? ど、どこ?」
「キミの真後ろ。あはっ、もしかして気づいていた上で、晴馬にキスをねだったのかな?」
何やら声が聞こえて来る。恐らく俺との会話をどうすべきかを、泉くんは一人でシミュレーションをしているに違いない。ならば濃すぎるコーヒーを淹れてあげよう。
「レイケが何故この部屋に……」
「さん付けしないなんて、随分と失礼な後輩……ううん、妹さんなのかな。そうだよね? 雨洞泉さん……」
「ひ、人違いです。わた……オレは榛名泉で――」
「気付いていたよ? 廊下で会った時から、ね。ジャージ姿でバレバレ。女の子は誤魔化せないよ? それで、晴馬に近づいた理由は何かな? 泉くん」
「そ、それは――」
「うん。言わなくていいけど、晴馬にキスをされたら何も聞かないでおくよ? わたしがいる前でキスをねだってみてくれる? キスをされなかったら、この部屋であなたを――」
『げっ! さ、さやめ? お前、何でここにいるんだよ? というか、泉くんをいじめてたのか?』
「勘違いしてただろ。わたし、帰らないとは言ってない。それよりも、晴馬にやって欲しいことがあるけど、やるよね? やれなければ許さないけど」
話がうますぎると思った俺が愚か者だった。いつだってさやめがついて回っているのは最近になって分かって来たことだというのに、どうして部屋に入る段階で気配に気づけなかったのか。
「お前に許されなくても構わないけどな。で、何だよ? 何をやれって?」
「あはっ! 強気な晴馬が出た。簡単なことだよ。そこの年下くんにキスをする。出来るだろ?」
「はぁっ? 泉くんにキスって、そんな馬鹿な」
「しようとしてたくせに怖気づくとか、情けない晴馬。男なら可愛い年下くんにキスの一つくらいは出来るだろ? しなよ? したら許してあげる」
肝心の泉くんは青ざめた表情と、ガクガクブルブルな全身でへたり込んでいるように見える。突然現れたさやめに腰を抜かして、さらには脅し文句でも言われたはずだから、怖い怪物を見ている最中なのだろう。
「やりなよ? ねえ、はるくん?」
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