第43話 兄



 兄を殺した。

 毒殺だ。

 兄が両親の遺産をひとりじめしようとしたからだ。


 兄は子どものころから、しつこい性格だった。がめつく、しつこく、根暗で、イヤなやつだ。友だちなんか一人もいない。


 両親も、おればかり可愛がっていた。とくに母は、容姿の整ったおれを猫かわいがりした。

 そんなとき、いつも、兄は物陰から、うらやましそうに、おれをにらんでいた。


 だから、だろう。

 両親が事故で亡くなると、遺産を隠し始めた。家にあったはずの高価なツボや絵画がなくなり、さらには自分に都合のいい遺書を出してきた。たぶん、偽造だろう。有名な悪徳弁護士をやとって、とにかく、おれに親の遺産を一銭も渡すまいとした。


 このときほど、兄が憎かったことはない。腹が立ったので、殺してやった。


 幸い、おれは医者だ。

 証拠を残さず、毒殺することができる。

 兄が最期に晩酌に使っていたグラスは戦利品として、とっておいた。きれいに洗浄して、とだなに入れた。


 ようやく、遺産を継ぐことができた。この家は、おれのもんだ。

 ちょっと、さきに生まれてきたからって、ひとりじめしようとするからだ。バカなやつめ。


 おれは、勝利を確認するために、兄が最期に使った切子グラスで、酒を飲むことにした。


 最初は変なところはなかった。

 だが、しだいに、どこからか、気配を感じた。


 兄が見ている——

 子どものころ、おれが母に甘えてるとき、かげから見てた、あいつの視線だ。


 酔ったのか?

 それとも、罪の意識が、そんな気分にさせるのか?


 おれは部屋じゅうをうろつきまわって、兄を探した。


 兄は死んだ。

 おれが殺したんだ。

 こんなところに、いるわけない。


 人のかくれていられそうな、あらゆる場所をのぞいて、誰もいないことを確認した。


 おれは、ほっとして、また酒を飲んだ。

 そのとたんに、強烈に視線を感じた。

 グラスを置いたおれは、叫び声をあげた。


 兄は、そこにいた。

 自分が殺されたグラスの底から、恨みがましそうな目で、にらんでいた。


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